初号機の発進準備が着々と進められる中、メカニックが作業の進捗状況を伝える。初号機のケージから発令所に戻ってきたミナトとアサヒが、モニターを見守っていた。
「第3次冷却、終了」
「フライホイール、回転停止。接続を解除」
「補助電圧に問題なし」
「停止信号プラグ、排出終了」
モニター越しにキングヘイローが状況を確認する。
「了解、エントリープラグ挿入。脊髄連動システムを解放、接続準備」
「探査針、打ち込み完了」
「精神汚染計測値は基準範囲内。プラス02から、マイナス05を維持」
「インテリア、固定終了」
キングヘイローは、シュヴァルが乗り込んだエントリープラグが無事に固定されたことを確認し、アサヒに報告する。
「了解。第一次コンタクト」
それを受けて、アサヒが指示を発した。
「エントリープラグ、注水」
キングヘイローは次の段階に作業を進める。
「うわっ、なんですか!?これ!あっ、あぁっ!」
コックピットの中がオレンジ色の液体で満たされていく。シュヴァルは、みるみるうちに液体に包まれ、思わず息を止めた。
「大丈夫、肺がU.M.Aで満たされれば、直接血液に酸素を取り込んでくれます。すぐに慣れるわ」
アサヒは、キングヘイローの後ろに立ってモニター越しにシュヴァルを落ち着かせようとする。
「主電源接続接続完了」
「了解」とアサヒが言った。キングヘイローが進行を続ける。
「第二次コンタクトに入ります」
「インターフェイスを接続」
「A10神経接続、異常なし」
「U.M.A転化状態は正常」
キングヘイローとセイウンスカイの声が交互に流れる。それを受けて、アサヒが初期設定を確認する。
「思考形態は、日本語を基礎原則としてフィックス。初期コンタクト、全て問題なし」
シュヴァルの乗ったコックピットから見える景色が移り変わり、正常に目の前の映像が映し出される。
「コミュニケーション回線、開きます。リスト一四:〇五まで、オールクリア。シナプス計測、シンクロ率41.3パーセント」
キングヘイローは、モニターに送られてくるデータを読み上げる。
「プラグスーツの補助も無しに?凄いわね」
初めてウマに乗るシュヴァルの出した数値を見てアサヒが驚く。
「ハーモニクス、全て正常値。暴走、ありません」
モニターを見つめながらキングヘイローが告げる。
「いける!」
アサヒは、後ろに立っているミナトの方に振り向いてゴーサインを仰ぐ。それを聞いてうなずいたミナトが、号令を発する。
「発進準備!」
「発進準備!」
初号機のドックを満たしていたプールの液体が、放出されて水位を下げていく。
「第1ロックボルト外せ!」
「解除確認」
「アンビリカルブリッジ、移動開始!」
初号機を固定していた巨大なブリッジが、モーター音を発しながら移動を始める。
「第2ロックボルト外せ!」
「第1拘束具、除去。同じく、第2拘束具を除去」
初号機の肩から腕にかけて固定していた壁のような機械がスライドしていく。
「第1番から15番までの、安全装置を解除」
「解除確認。現在、初号機の状況はフリー」
これまで初号機を固定していた器具が全て外されると、ウマンゲリオンの全容が現れた。
「外部電源、充電完了。外部電源接続、異常なし」
「了解、ウマ初号機、射出口へ!」
初号機を乗せたブリッジがゆっくりとスライドし、発射場所へと運んでいく。
「各リニアレールの軌道変更問題なし」
「電磁誘導システムは正常に作動」
「現在、初号機はKー52を移動中」
「射出シーケンスは、予定通り進行中」
「ウマ、射出ハブターミナルに到着」
発射台に初号機が到着すると、射出口のドアが開いていく。
「進路クリアー、オールグリーン」
キングヘイローがモニターのステータスを読み上げる。
「発進準備完了!」
アサヒが最終確認を行う。
「了解。……構いませんね?」
ミナトは後部の司令席へと戻ったヴィルシーナを振り返る。司令官は、机に肘を付いて顔の前で手を組み、落ち着き払った態度で答える。
「もちろんよ。使徒を倒さぬ限り私達に未来は無いもの」
「ヴィルシーナ。本当にこれで良いのかい?」
ヴィルシーナの傍らに立っていたタキオンが念を押す。ヴィルシーナは、無言のまま不敵な笑いを浮かべる。ミナトは主モニターの方へ向き直ると、大声で号令をかけた。
「発進!」
ミナトの合図と共に、初号機が射出口内を急上昇で通り抜ける。コックピット内のシュヴァルは、上昇スピードによって発生した強烈な重力に耐える。使徒が市街地の大きな道路へ歩み出たところで、正面の射出ゲートが開き、UMA初号機が地上に姿を現した。
「良い?シュヴァル君」
ミナトは、地上に出たシュヴァルに声を掛ける。
「はい」
シュヴァルは、決心を固めた表情で前を見据える。
「最終安全装置、解除! ウマンゲリオン初号機、リフトオフ!」
ミナトの合図で、ウマが射出ブリッジから体を切り離した。
「シュヴァル君、今は歩くことだけを、考えて」
アサヒは、ゆっくりと動き出した初号機に向かって声を送る。
「歩く……」シュヴァルは、意識を集中させて初号機の足を前に出そうとする。初号機の巨大な足がアスファルトを踏みしめ、その衝撃でビルの窓ガラスが割れた。
「歩いた!」
アサヒは、モニターに映った初号機を見て身を乗り出す。
「歩くっ!」シュヴァルが二歩目を踏み出した瞬間、足をもつれさせた初号機が、正面から転倒してしまう。顔面を強打し、うつ伏せに倒れこむロボットと同期するように、シュヴァルが痛みに耐えて顔を上げると、目の前に迫って来る使徒が姿が見えた。
「シュヴァル君、しっかりして! 早く、早く起き上がって!」
ミナトが、その状況に危機感を募らせる。
「うわぁっ!」
使徒は倒れている初号機の頭に掴みかかると、力ずくで引き上げた。そしておもむろに腕を取り、力ずくで折り曲げようとする。
シュヴァルの神経に痛みが襲い掛かる。
「シュヴァル君、落ち着いて! 掴まれたのはあなたの腕じゃない」
腕を抑えて苦しむシュヴァルに、ミナトが説得を試みる。
「ウマの防御システムは?」
アサヒがキングヘイローに確認を取る。
「シグナル、作動しません!」
キングヘイローはモニターを見つめながら報告する。
「フィールド、無展開!」
オペレーターのジェンティルドンナが声を上げる。
「だめか!」
アサヒは主モニターに映る初号機の姿に目を向ける。ついに初号機の腕が、使徒の腕力に負けて折れてしまった。シュヴァルは、その感覚に共鳴するかのように、言葉を失う。
「左腕損傷!」
キングヘイローが早急に事態を伝える。
「回路断線」
ジェンティルドンナが続く状態を補足する。
使徒は初号機の頭部を鷲掴みにすると、手から光線状の槍を放った。
「シュヴァル君避けてっ!」
顔を掴まれた初号機は避けられるはずもなく、ミナトが声を上げた時にはすでに間に合わない状況だった。
「う、うわぁぁっ!」
シュヴァルは眼球に走った激痛に苦しむように目を押さえた。使徒は、光線状の槍を初号機の顔面へ何度も何度も打ち付ける。至近距離からダメージを受け続けたコックピットが損傷し、シュヴァルの見ているモニターに亀裂が生じ始めた。
「頭蓋前部に亀裂発生!」
キングヘイローが初号機の状態を報告する。
「装甲がもう持たない!」
アサヒは主モニターを見て立ち尽くす。
使徒の槍が初号機の頭部を貫通し、そのまま体ごと押し出して遠くのビルへ激突させた。使徒が槍を引き抜くと、初号機は力なく首をうなだれ、動かなくなってしまう。同時に、槍が穿った傷口から大量の液体が噴出する。
「頭部破損、損害不明」
オペレーターのオルフェーヴルが、モニターに表示された非常事態の警告を読み上げる。キングヘイローがそれに追加する。
「活動維持に、問題発生!」
「状況は!?」
キングヘイローの後ろに立っていたアサヒが、肩越しにモニターを覗く。
「シンクログラフ反転、パルスが逆流しています!」
キングヘイローが硬い表情でモニターを見つめる。
「回路遮断、せき止めろ!」
アサヒが素早く指示を出す。
「だめです、信号拒絶、受信しません!」
キングヘイローのモニターは、次々と断線していく回路図を表示する。
「シュヴァル君は!?」
ミナトは、ジェンティルに向かってパイロットの状態を確認する。
「モニター反応なし。生死不明」
ジェンティルは、楽観視できない状況を伝える。
「初号機、完全に沈黙」
オルフェーヴルが最後通告を出す。
「ミナト!」
アサヒは振り返りミナトの反応を伺った。
「ここまでか……。作戦中止、パイロット保護を最優先! プラグを強制射出して!」
ミナトは奥歯を噛み締めて決断を下す。しかし、キングヘイローの報告によってそれは防がれてしまう。
「だめです、完全に制御不能です!」
「なんだって!?」
ミナトはシュヴァルの身を案じた。その時、完全に沈黙したはずの初号機の目に光が戻った。
「ウマ、再起動」
オペレーターの……報告に、キングヘイローが信じられない、といった面持ちで主モニターの方を見る。
「そんな、動けるはずありません!」
通常ではありえない事態を目の前にして、ミナトが声を漏らす。
「まさか……」
そして、冷静でいるはずのアサヒも息を飲んだ。
「暴走……?」
再起動した初号機が雄叫びを上げる。野獣のように姿勢を低く構えると、そのまま勢いを付けて高く飛び上がり、空中から使徒に向かって膝蹴りを仕掛けた。
「勝ったねぇ」
その光景を見たタキオンが確信を口にする。
一旦使徒から間合いを取った初号機は、地上を駆け抜け、一気に距離を詰める。再び至近距離まで近づかれた使徒は、初号機に対して光のバリアを展開し、その攻撃を防ごうとする。
「U.M.フィールド!」
リツコはモニターに映る光景を注視する。
「だめだわ、U.M.フィールドがある限り……」
使徒のU.M.フィールドに跳ね返された初号機を見て、ミナトが言う。
「……使徒には接触できない!」
アサヒが半ば諦めかけたとき、初号機は折られたはずの左腕を自力で再生させてしまった。
「左腕復元!」
オルフェーヴルがそれを報告する。
「凄い!」
ミナトは、ただ驚くことしかできなかった。
「初号機もU.M.フィールドを展開、位相空間を中和していきます!」
初号機は、使徒の前に展開されたU.M.フィールドの壁を、両手で掴んでこじ開けようとする。その状況を観測したデータを見てキングヘイローが報告を入れる。
「いや、侵食しているんだ……」
アサヒは主モニターの映像に釘付けになる。初号機は使徒のU.M.フィールドを完全に引き裂いて間合いを詰めようとする。それを見たミナトが驚きの声を上げる。
「あのU.M.フィールドをいとも簡単に……!」
初号機に迫られた使徒が、目から強力な光線を照射すると、巨大な十字の炎が市街地に伸び広がった。
「ウマは!?」
爆炎に巻き込まれた初号機の状態を、ミナトが確認する。
使徒の放った攻撃は、初号機に全く効果を示さなかった。無傷の初号機は、間合いを詰めると、使徒の腕を取っていとも簡単にへし折ってしまう。使徒を蹴り飛ばすと、馬乗りになってその体を破壊していく。
追い込まれた使徒が、突然体の形状を変形させた。初号機に巻きついたかと思うと、球体になって自爆を決行する。その瞬間、巨大な爆発音とともに、十字架の火柱が空高くまで立ち上った。
「ウマは……?」
ミナトが生存者の確認を促す。鳴り響く爆発音。水を打ったように静まり返る発令所。
爆風によって立ち込めた煙が、徐々に晴れていく。すると、凄まじい爆風にも耐え、粉塵の影から生還する初号機の姿が映った。アサヒは、モニターに映し出された光景を見て息を飲む。
「あれがウマの……」
ミナトは今まで自分が知らなかったウマの本性を知ることになる。
「本当の姿……」