【Buriedbones Continue】鰭   作:猫乃湯和

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村と海の向こうから

 セドニア半島西端、夕陽地方。海沿いの街道はここで枝分かれする。今でこそ下りの狭い道は生い茂る草で見えないが──3年前はそうでもなかった。『浜夕陽村まで徒歩2時間』と書かれた看板はまだあった。道は日頃から踏み固められ、面倒臭く蛇行しながら荒々しい斜面を海に向かって下る。

 蛇行すること2時間、明るい森と呼び鈴が付いた歓迎ゲートに差し掛かる。

『ようこそ!海鮮と果物の浜夕陽村』

と陽気な字体で書かれているが、実際は部外者の侵入を阻む結界の存在を意味するものでこの世界では当たり前の警備システムだ。だから呼び鈴で旅人の来訪を報せ、立ち入りの許しを得ねばならない。

 ゲートから50メートルばかり、明るい森を進むとT字路に突き当たる。左、つまり東へ進むと果樹がある山側になる。西へ進めば中心部──と言っても空き店舗と小さな教会、集会所くらいしかない──を経る。目の前には新しいT字路に突き当たり、この浜通りは浜に平行する。浜通りの手前側は漁師の家と唯一の漁師宿『とびうお屋』が建ち、彼らは桟橋から海に繰り出す。なお、村を守る結界は浜通りまで展開されており、ボス級の魔物さえ遮断する高度なものだ。

 太陽色の浜の向こうは遠浅の海で、殊に真夏は戦時中であることを忘れさせるほど美しく、空舞う鳶が歌うほどに長閑だ。

 今しがた──村の子供達に案内される旅人がとびうお屋に向かっている。東方人であろう精悍な男は無愛想だが、案内役の子供達に向いている眼光は柔和だ。

 

 とびうお屋は石と漆喰造りの2階建てで、裏手では東屋と日よけが心地よい休息所を作っている。そこには素敵なテーブル席と長椅子があり、隅には移動可能なコンロもある。読書や休憩、夕食やパーティーなど多岐に使えるのは間違いない。

 一行はとびうお屋裏手の東屋に入った。

「座って待ってて。ヴィンスを呼んでくるね」

信号用の旗を東屋から持ち出した年長の少年が沖に向かって叫び、

「おおい、ヴィンス」

宿の大将を呼びながら手旗を動かす。小船の一つが手旗で応答してから旋回を始める。

「漁師宿とは聞いていたが、中に入らなくとも素晴らしいのが解る。料理も期待できそうだな」

旅人──団蔵・スレイヤー=相模が目を細め、

「料理だけじゃないよ。果物もジャムも野菜も美味しいよ」

別の少年が生え換わり中の歯を見せて笑う。

「今はオレンジが旬なんだ」

「旨い物だらけとは大変だ。太って帰ることになるな」

子供達と笑う間、

「わあわあ言わなくてもわかってるって」

と魚籠を抱えた水棲蜥蜴人の大男が東屋に入ってきた。この時点で団蔵は大将の人の好さを速やかに理解した。

「おお、はるばるようこそ。直ぐに仕度しますのでもう少しご辛抱ください」

「有難い。こちらこそ突然の訪問で申し訳ないが1週間滞在したい」

「わかりました。直ぐにお茶を出します。アレン、ニコル、アルバイトだ。まずは手を洗って。アレンはシーツを交換、ニコルは茶菓子を仕度して」

ヴィンセント・フランクリンは子供達に指示を飛ばす。

 

***

 

 夜の今も残暑が厳しい。

 両親が寝静まった折に家を忍び出たアビー・ミュラーは浜通りの向こうの砂浜に出た。十六日の月のお陰で灯は要らない。

 浜の北端は岩場になり、更衣室代わりに丁度いい。アビーは服を脱ぎ放ち、若い肌を晒す。

 裸になってもまだ暑いが海の中は別であり、

「これこれ」

爪先に当たった冷たい波に喜ぶ。そして遠浅の海を泳ぎだす。

 足先が海底に届かなくなってからアビーは引き返す。浜で一度休んでから帰宅するか、それとももう一度泳ぐかはまだ決めていないが、いずれにせよ沖に流される事故だけは避けたかった。

 背後から巨大な鰭が迫っているが漣の音で聞こえない。聞こえたとしても大口を開けた巨大鮫から逃れる術はなく、その牙はアビーを心臓ごと噛みちぎった。

 

***

 

 夕陽村の朝は悲劇で始まった。砂浜で、

「何でアビーなのよ」

彼女の母親が千切れた足を抱いて嘆く。

「やっと授かった娘なのに」

ジェイソン夫婦への慰めの言葉が見つからない闇エルフの男は人だかりから離れ、とびうお屋の東屋に入った。

 東屋のテーブル席には人間族の女が茶に手を着けずに座っている。

「しんどい仕事だったな」

トビアス・リングはキャサリン・マリーンを労う。

「まあ、しんどかったけど一撃で即死だったのは幸い」

と屍体使いは肩を竦める。そのキャサリンは今朝方浜に流れ着いた左足から記憶を読み取り、それがアビーだと断定した一人だ。

「何にやられたのかは解るか?」

「解らない。少なくとも、人間サイズなら簡単には丸呑みにできるわ」

「鯱か?」

「解らない。ただ、牙は沢山あった」

「だったら鮫かもしれんな」

 東屋に唯一の宿泊客が現れた。

「やあ。どこも平和ではないな」

「おはよう、ダニー」

キャサリンは団蔵に挨拶する。昨晩、彼と村人達とで一緒に飲んだから、

「保養に来たのにあんたもついてないな」

と、トビアスも気易い。昨日が初対面なのに昔から知っているかのようだ。

「そうでもない。道中は平和で、ここにはいい宿といい食事がある。十分有難い」

「ヴィンスが聞いたら泣いちまうな」

キャサリンとトビアスは笑い、長椅子に掛けた団蔵はほんの僅かに微笑む。

「呼んだ?」

喪章を着けた当のヴィンセントも東屋に現れた。

「呼んではないがそろそろ時間だ」

「そうだな。お客さん、悪いけど昨日に説明した通りです」

「解っている。後は適当にやらせてもらう」

男寡の漁師宿ゆえ昼は従業員不在だから団蔵は快諾した。

「助かります。みんな、行こう」

弔いの鐘が鳴り、村人達は教会へ向かう。

 

 団蔵は浜で体操をし、走り込む。仕事柄、休暇であっても体を鈍らせるわけにはいかない。これが終わってから体を拭き清め、竈に残っている火で炙ったパンと干し魚のスープで朝食をやる──美味しいスープだ、大将にレシピを聞かねば。

 朝食を終えたあたりでヴィンセントが戻り、

「ああ、いいところに。釣りには興味ありますか?お好きなら穴場に案内しますよ」

皿を洗いながら問うてきた。団蔵は食後の紅茶を楽しみながら応じる。

「素晴らしい。海釣りなんて久しぶりだ。是非とも案内願いたい」

「じゃあ、濡れてもいい格好に着替えてください」

「ありがとう。そうしよう」

と、彼らは南の岬を目指すことになる。

「海が安全なら沖を案内したのですが」

「懸命な判断だ。その時は世話になりたい。可能なら素潜りをやりたいな」

「お客さん、幸運ですね。こう見えても私は素潜りをやってるんで、美しい場所を案内して差し上げますよ」

 

***

 

 死人が出ても出来得る限り日常生活をせねばならない。トビアスは内海での漁に戻り、キャサリンは作業用の屍体で果物の収穫をやる。この屍体は生前、山岳地帯出身の女戦士であっただけに急斜面で荷物を運ぶのも容易い。

 収穫した果物を空き店舗に並べ終えてから、

「こんにちは」

行商のなりをした若いハーフリングが現れた。だがその温厚篤実な顔には暗い影がある。

「どうしたの?」

「父さんにさ、アビーの事件は口外するなって言われてるから伝言してるんだ」

と村長の息子のジャスティン・カークは肩を竦めた。

「何で?」

「正体不明の魔物に襲われているなんて知られたら商売上がったりだからって」

「そんなこと言われても何時かはバレると思うわ」

「僕もそう思うし、周囲の村を守るためにも僕は正直に言うよ」

「そうね。懸命だと思う。で、ダニーさんにもそれ言うの?」

団蔵のことだ。

「うん。言わなきゃいけない」

「お気の毒。でもダニーさんなら約束守りそう」

「僕もそう思う。それにいい人だしね」

浜から叫び声が上がる。もう一度の叫びは言葉であり、

「鮫だ!」

「鮫だ、デカい」

「早く逃げろ、早く」

騒然が始まった。

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