【Buriedbones Continue】鰭 作:猫乃湯和
岩場には釣り道具、まな板、鳥の餌にしかならなくなった刺身が散らかり、釣り人達は岩で身を庇っている。真上には巨大な鮫の口があり並みの人類なら一呑みに出来ただろうが、今は釣り人達を食い損ねた恨みで唸っている。
「!?」
その鮫が突然消えた。
「一体、何だ」
「解らない。こんな魔物は初めてだ」
団蔵は岩越しに海を見て息を飲んだ。
浜夕陽湾の青い遠浅に4つの巨大な鰭が旋回し、4つの小舟をそれぞれに襲おうとしている。
「トビー!?」
小舟の上で異変に気付いたトビアスに鮫の牙が襲い掛かる。その彼の姿は消え、牙が空振りした鮫の体躯が小舟を破壊した。トビアスは瞬間移動で浜に跳躍し、その弾みで浜に転がった。
鮫はハーフリングの漁師夫妻とアランの漁労用Buriedbonesを丸呑みし、今度はケンが犠牲になろうとしている。そのケンの小舟に瞬間移動で駆け付けたトビアスが彼を抱え、浜へと共に跳躍した。しかしトビアスは瞬間移動の代償は疲労で起き上がれない。その体をアラン達漁師が支え、浜通りの結界内に連れ込んだ。
「集会所へ」
浜ではそう叫ぶ者もいた。
手持ち無沙汰の鮫はまた湾内を彷徨い、獲物を探している、それを観察する団蔵の背後から苦痛の悲鳴が上がった。
「大将」
「足を捻っちまった」
ヴィンセントの右足首は明らかに腫れており、酷い捻挫であると団蔵は推測した。となると彼を抱えて安全圏の第一結界内に移動せねばならないが、冷静に振り返れば──これよりも危険な任務や経験を幾つも乗り越えてきた──忍術の修行も過酷であったから──大丈夫だ──、
「私が大将を担いで結界内に入る。少し堪えてくれ」
「待ってくれ。あんた、俺はこの図体だ。助けを呼んでくれ」
団蔵はヴィンセントの体躯を担ぎ上げ、鮫の目を盗んで岩場の出口まで容易く進んだ。
「あんた」
ヴィンセントは大柄とは言えない男に担がれたまま驚愕している。
「これから煙幕の中を走る。煙いから頑張ってくれ」
団蔵は『倉庫』から出した煙幕に魔法で火を点け、行き先に放り投げれば煙は計算通りに湾内に流れてくれた。
団蔵は煙幕の辛い煙に紛れて走り出す。ここから浜通りの向こうまで、第一結界内まで50メートルだが長く感じる暇はなかった。新しい獲物を食いちぎろうと鮫達は瞬間移動で飛び掛かるが煙が狙いを狂わせる。そうでなくとも団蔵はジグザグに走ることで牙と、鮫の鼻先からの電撃も間一髪でやり過ごした。通りを横切った目の前には木立と夏草の茂みと窪みがあり、団蔵は諸共に飛び込んだ。
息を切らせながら団蔵は背後を見た。第一結界に体当たりを跳ね返される鮫が見えた。左手の中心部まで300メートル、彼を支えて茂みを歩くのは流石に厳しい──それ以前にヴィンセントに応急措置を行い、足首を固定せねばならない。団蔵は『倉庫』から出した包帯で腫れた足首を手早く固定していく。
「大将、助けを呼んでくる。もう少し堪えてくれ」
「ありがとう。堪えてみせるさ。何ならあいつらを『カマポコ』の材料にしてやるよ」
腰のナイフを示したヴィンセントも、
(蒲鉾が正しいんだがな)
と指摘を堪えた団蔵も笑みを見せ、
「心強い」
新しい友人を讃えた。
***
ジャスティンとキャサリンは浜通り手前に駆け付けた。息を切らせる者、恐れる者、泣く者、そして、
「くそったれ。まだあの屍体にはローンが残っているのに」
と屍体を鮫に食われたアランが呪い、それぞれは固い地面に腰を下ろしている。浜通りの向こうの海には4匹の鮫がまだ彷徨い泳ぐ。
「とにかく立って、みんな集会所へ」
ジャスティンは突然の悲劇で泣きじゃくるサムに肩を貸し、キャサリンはケンとトビアスを支え歩く。集会所は避難所でもあるため最も堅牢な第二結界が施されているからだ。結界を展開したジャスティンの推測が正しいなら、準征伐級の魔物の侵入を阻める。
「流石にここまで来ないよな」
殿で妻アンナを支え歩くジャレドの言葉が消えた。
ジャレドとアンナがいた場所には鮫がいる。その口から二人の足首が落ち、血が弾けて迸った。それを見た者は悲鳴を上げるしかなく、ジャスティンも然り。
「急げ!」
木立から現れた団蔵が叫び、辛うじて我に帰った村人達は走り出す。
「もうやだ、許してくれ」
とうとうへたり込んだサムの顔にジャスティンは平手打ちを飛ばし、
「いいから走って!」
引きずるように連れて行く。
火薬の匂いが背後から上がり、その煙が流れてきた。結界を抜けてきた鮫は煙幕で燻され、悶えてから瞬間移動で消えた。
ジャスティンの肩からサムの体重が消え、サムを担ぐ団蔵に手が引っ張られた。
***
トビアスは集会所の廊下、床に横たわっていた。
「大丈夫?」
シャーロットが問う。
「大丈夫さ。射程距離以上の瞬間移動をやり過ぎただけさ。みんなは?」
「集会所で会議してるわ」
「俺もすぐに行く」
迎え入れられた集会室には村長とジャスティン、屍体の操縦を止めたキャサリン、団蔵、長老のフローラ、アラン、リチャード、マイケルなどがいる。首脳陣と異常事態に強い者ばかりだが、
「ヴィンスは?」
村で喧嘩が得意な男の安否を問う。
「足を捻挫して治療中だ」
団蔵が答えた。
「何てこった」
村長ヒューの顔からは異常事態によってがめつさが失せ、
「トビー。病み上がりですまんがまた瞬間移動を頼むかもしれん」
疲弊しながらも指導者らしくなっている。
「体が動く限り瞬間移動やるよ」
「ありがとう。さて、話をまとめるついでに改めて説明しよう」
これからの計画として、
1 第一結界の補強
2 1が終わるまでの間、浜の住民を山側または集会所や教会へ避難
3 岩屋港の警察と軍に通報、及び援軍要請
4 警備シフト編成
が挙がっている。
1については集会所地下でノーラン姉妹が結界補強を始めており、会議が終わったジャスティンとフローラも加わった。
「第一結界を抜けるなんて初耳だ。考えた限り、あの鮫は結界をすり抜けられるだけの技か魔法の知識がある」
と結界魔法に明るいジャスティンは推測したが表情は困惑を否定していない。
2については住民の振り分けが終わりつつある。覇王戦争を生きているだけに村人の動きは速やかだ。
3はアランとマイケルが魔法の馬を借りて直ぐに出立する。飛行可能な魔法の馬に道の概念はないため3時間もあれば事情説明と日没前までの往復が可能だ。可能であればついでに行商を行い、アランのBuriedbones用屍体も購入する。
4の編成については思ったよりも早く解決できた。その理由は元々小さな村ゆえに警備は村人で行わねばならないが、今回は手持ち無沙汰な漁師達と王立情報室所属の忍者・団蔵がいる。またアランが新しい屍体を獲得し、ヴィンセントの足が回復すれば編成の難易度はもっと下がる予定だ。
電撃の音と悲鳴が上がり、警備編成の打ち合わせが止まってしまった。
***
「何だ!?」
リチャードが集会所から通りへと駆け出す。
「待て、鮫の罠だ!」
団蔵がリチャードを追おうとしたが、石垣沿いの第二結界から先に進まなかった。
咆哮と同時に現れた鮫が──結界をすり抜けた奴──が通りの真ん中にいたリチャードを丸呑みにし、瞬間移動で消えた。
浜通りの向こうでは浜から3匹の鮫が第一結界に向かって電撃を放っている。電撃を受けた不可視の結界には皹が浮かび、それは広がっていく。一方で鮫は瞬間移動で消え、内海に戻る。
(酸素の供給と水分の確保)
鮫を観察した団蔵はそう推測した。そして、
(狭い場所にいれば牙が届かない)
弱点を見つけた。
(ここは戦場だ)
団蔵の頭は冴え始めた。仲間の死を悼む暇はない。
「ダニー、リチャードは?」
キャサリンが問うてきた。彼女と会議室に戻りながら、言葉を濁しながら、
「これ以上犠牲は出せない。村長、相手を探るためにも一戦交えたい。特に、結界を抜ける奴は切れ者だから真っ先に倒さねば危険だ。お許し頂けるだろうか?」
村長に提案した。
「構わんが、危険だ」
「私も行くわ。Buriedbonesなら喧嘩できる」
「俺も行く。緊急時の瞬間移動役は必要だ」
キャサリンとトビアスが続く。
「待って。僕も行く」
杖を持つジャスティンも加わり、提案を続ける。
「いずれ第一結界は破られる。だったらいっそ攻性防壁で今いる奴らを片付けたい」
「攻性防壁!?」
団蔵は鸚鵡返しで問う。こんな小さな村で高等魔法の『攻性防壁』の単語を耳にするとは、その術者がいるとは思わなかった。
「村のために中央で勉強したんだ。攻撃魔法は下手だけど役に立てるつもり。後はトビーさんさえ瞬間移動で援護してくれたら結界破りだけでも倒せる」
「攻性防壁を纏って囮になるのか」
団蔵の推測にジャスティンは頷いた。
「いかん、いくら何でも」
当然ヒューは父として息子を制する。
「村長、御曹司の護衛は任せろ」
トビアスと、
「頑張るから税金を下げてくださいな」
キャサリンも意志が固い。
「俺も」
「一緒に行こう」
有志達も続き、勇敢な声が上がる。