【Buriedbones Continue】鰭 作:猫乃湯和
セドニア王室情報室の魔物対策チーム、平たく言えば国家所属の魔物狩人である団蔵がいるのは心強い。彼は素早く、かつ安全確実な作戦立案も買ってくれた。鮫退治の作戦が始まる。
集会所脇の林を9人の戦士達は行軍するが、先頭の団蔵の推測通りこの狭い場所に結界破りの鮫は現れなかった。
リチャードの自宅の右隣の空き地手前で戦士達は足を止め、それぞれは武器を抜き放った。後方で控えるキャサリンも女戦士の亡骸を借りて矢を番える。空き地のすぐ向こうは浜通りと第一結界で、鮫が湾を泳ぎ巡る。
合図の上でジャスティンとトビアスが空き地に踏む込む。案の定、鮫が瞬間移動で突撃してきたが見えない壁に阻まれ、表皮から血を吹き出しながら弾かれた──攻撃に反応して迎撃する攻性防壁!だが団蔵は迎撃の合図を敢えてせず、鮫を観察する。傷が速やかに塞がっていると理解してから、
「傷口を集中して狙え、行くぞ!」
と号令を飛ばした。団蔵を先頭に毒を塗り込めた得物を手にした戦士達は鮫に飛び掛かり、魔法と飛び道具での援護が加わる。ジャスティンとトビアスは既に後方に下がり、体力の温存を図る。
団蔵の忍者刀は傷口を抉るように斬る。キャサリンの毒矢は傷口に食い込み、そこからは新しい血が吹き出した。小瓶一つで10人を致死させるヒュドラの猛毒を受ければ巨大鮫とてただでは済むまい。
「固い!」
表皮に村人の刃が折られ、または魔法が弾かれる。
「魔法まで?!」
だからそう叫んだ者もいた。
「弱っている奴を狙ってくれ。活きがいい奴は私に任せろ」
団蔵は不器用な村人に無理をさせない。
結界破りの鮫は傷口に追い討ちを受け、のた打って暴れていたが、呼吸と咆哮、抵抗に苦痛が見えてきた。メリーがその口腔に火炎瓶を投げ込み、牙と鰓の隙間から炎が吹き出す。体に毒が回り、呼吸器が燃えている以上、鮫の死はいよいよだ。
村人の攻撃から逃れるために鮫はまた瞬間移動で消えた。海に逃れた鮫は鮮血で海を染めながら弱々しく泳ぐ。その腹の肉に他の鮫が牙を食い込ませ、頑丈な皮膚ごと容易く抉り取る。結界破りの鮫の生命活動は共食いによって締め括られ、満腹した鮫達が海に戻る頃にはその死骸が浜に打ち上げられていた。
第一結界に干渉する鮫達は海に戻ったが、生存する彼らの数は7匹にまで増えていた。
「何もかも想定外だ。あの数なら第一結界を確実に破壊できるだろう。観察した限り、奴らがどんな能力を持つのかも予想できん。変容しているんだ」
団蔵は最も聞きたくない言葉を放つ。
「でも攻性防壁は効いたから弱らせることできる」
それでもジャスティンの顔は明るく、団蔵も楽観的になる。
「そうだな。相手が解った以上、私も奥の手を」
メリーの体から血が一斉に吹き出し、仲間達が叫んだから団蔵の言葉は途切れた。
結界の向こうの浜には一匹の鮫がおり、その鮫が結界を貫通した風刃の魔法を放ったのだ。それによってメリーの頸動脈は裂け、痙攣しながらも急激な出血であっさりと落命した。
「畜生」
飛び掛かろうとするサムはキャサリンらに制される。
鮫達が浜に集まり、第一結界へ電撃を一斉に放つ。ジャスティンは結界用の御影石を媒介に新たな結界を展開し、破壊に抗おうとしている。そのジャスティンに風刃が飛んだが攻性防壁に弾かれた。弾かれた風刃に鮫が傷付く間、跳躍しながら覆面以外の着衣を脱ぎ放った団蔵は、
「きえええええええーーーっ」
手刀で鮫の鰓を切り裂いた。剣を弾いた表皮は弾け、血が迸る。
ここにいる者達は団蔵の出で立ちに驚きも突っ込みもしない。彼は体一つで災厄さえも確実に仕留める『マスターニンジャ』であり、過酷な修行の果てに得た技は村人達を惹き付けた。
「追い討て!」
団蔵の号令で勇気を得た村人達の追い討ちが始まる。更に団蔵は結界の外に飛び出し、手刀を奮う。2匹までは傷付けられたが鮫の巨大さのために止めには至らない。しかしこの2匹にも村人達が追い討ちを仕掛けている。
他の鮫達は速やかに瞬間移動で逃れ、または団蔵に体当たりを放つ。それを紙一重ですり抜け、追尾する電撃については結界内に戻ったことでやり過ごし、または『倉庫』の護符で分身を作り出して阻む。
風刃を放った鮫はサムが仕込んだ猛毒によって身悶え、口腔から血が混じる泡を吐き出している。動きは痙攣に変わり始めた。
ジャスティンによって第一結界は辛うじて補強されたが、彼は杖がなければ立てないほどに疲労してしまった。
「ジャスティ、離脱しよう」
トビアスが体を抱えるはずであったが、死んでいるメリーが立ち上がる。
「メリー?」
血まみれの彼が剣を抜き、トビアスに飛び掛かる。その屍体が剣を取り落とし、姿勢を崩しながら悶えた。
「メリーは任せて、乗っ取る!」
キャサリンが操る亡骸は草むらに倒れ、最後尾のその本人は地面に胡座をかいて念を揃えた。
***
メリーの非現実世界は彼の自宅であり集会所の地下でもあった。地下の廊下の奥の扉は操縦室であるがその重い木の扉は開かない。メリーを操る『誰か』が第三者に屍体を乗っ取られないように施錠するの当然だが、仲間の亡骸を取り戻したいキャサリンの手にはハンマーが握られていた──乗っ取りにはそれなりに自信はあるわ。
それを扉に叩き付ける。二度、三度、四度目で扉が曲がり、キャサリンはそれを蹴破った。だがそれ以上の行動はできなかった。
鮫が操縦席に体を捩じ込ませるように座り、鰭で器用に操縦桿を動かしている。
「?!」
俄に信じられなかった。鮫が肩越しにキャサリンを睨み付け、しししと笑ってから電撃を放ってきた。直撃と同時にキャサリンは現実世界に戻ってしまった。集中した代償で息を荒げねばならない。屍体の乗っ取りに失敗するなんて、否、鮫がやり手の屍体使いだなんて。
木立の向こうから血まみれのトビアスが首から血を流すジャスティンを抱えていたが、諸共に草むらに倒れた。
「トビー、ジャスティ」
「キャシー、もう駄目だ。第一結界がやられ、ジャスティもサムも死んだ。鏡面を持つ鮫がいるんだ」
攻性防壁を反射する鏡面まであるのか!凶報の多さで発狂しそうだ。
「せめてジャスティに『バリケード』を」
「解ってる」
二人でジャスティの亡骸を茂みに隠した。
「俺は集会所に行って知らせる」
「わかった」
キャサリンはジャスティンの虚ろな目を閉ざし、まだ温かい亡骸の胸に手を組ませる。覚悟を決めてから──今度は『倉庫』から取り出した薔薇の杭をその胸に打ち込んだ。聖なる品である薔薇はキャサリンの毛髪が結ばれ、本人以外による屍体の操縦を妨げるバリケードになった。とは言え現時点では応急措置程度の役割しかないが、何もしないよりマシだ。ましてやジャスティンほどの魔術師の屍体なら屍体使いとしては何としてもほしいであろう。
空き地を見た。
団蔵の忍術と仲間の飛び道具は死んだメリーやジャレドなどのBuriedbonesを迎撃しつつも後退を始めている。先ほどまで生きていた勇敢な村人は団蔵の手刀によって腕を斬られ、または首を跳ばされ、酷い姿になっていく。だがこうでもして屍体が動かなくなるまで破壊せねば仲間を冒涜する卑怯者共にこちらが倒される。
卑怯な鮫を守るBuriedbonesが全て破壊され、今度は鮫達が攻撃を始める。敵の数は6匹、こちらは4人。おまけに新しい鰭がまた海に現れた。
食い止めねば──どうやって?──足元には素晴らしい魔術師が死んでいる。
「ジャスティ、力を貸して」
友人を抱き締めてからその亡骸の世界に飛び込む。
その世界は図書館で、その廊下の奥の操縦室だ。操縦席の痛覚のスイッチを切ってから操縦桿を握り、ジャスティンの屍体を立ち上がらせたが違和感に困惑した。
ジャスティンの身長が小さいために視点が低く、空間認識が狂う。目眩がする。それでもまずは空き地の端まで進めた。ハーフリングの身長に馴染めなくとも鮫には関係なく、瞬間移動で飛び掛かってその小さな体躯を丸呑みにした。
(釣れた!)
両手を肉壁に押し当てれば脈動を感じた。脳内で素早く呪文を詠唱し、
「吹っ飛べ!」
鮫の体内で爆発の魔法を放つ。鮫は破壊力によってジャスティンごと砕け飛んだ──彼の亡骸だから出来た策略だ。
キャサリンは屍体の世界から弾き出される瞬間、ジャスティンに手を掴まれた。
「ありがとう。キャシー」
そして、
「『倉庫』にとっておきを入れておくよ。村を頼む」
と微笑み、世界ごと彼は消える。
「集会所に後退しよう」
グスタフがそう叫ぶ。自分の体に戻ったキャサリンは身長差の目眩を覚えたために立ち上がり損ねた。それをスピカの小さな体が支え、
「殿は私に任せろ」
団蔵が背後で身構える。
***
集会所の地下では非力な者が身を寄せ合い、怯え、または祈っている。最後の砦である第二結界の補強のために呪文を詠唱する者もいる。ヴィンセントは剣を抱えたまま戸口で胡座をかく。回復魔法を受けた足首はまだ万全ではないが、それでも現状はここの誰よりも喧嘩が強い。
「誰か来てる」
アデルが獣人の耳で察し、
「俺が行く」
燭台に火を灯したヴィンセントはそっと戸を開き、シャーロットも短槍を持って続く。足首の痛みは一先ずはないが、少しでもおかしな方向に力を加えないように気を遣う。
廊下を進み、突き当たりの急な階段を上る──足首を捻らないように。その果ての木の板を音を立てぬように押し上げた。
「トビー」
トビアスが隠し階段の前で横たわっている。
「酷い怪我」
シャーロットが上体を支え、
「起きろ、何があった?」
苦痛に喘ぐ友人に問う。トビアスは力無く目を、口を開き、
「鮫の大群だ。早く村を出ろ。いずれこの結界もやられる」
警告してから咳き込む。咳に血が響く。
「みんなは?」
トビアスは答えなかった。だからヴィンセントは最悪の事態を察した。
「逃げるしかねえってか。食い逃げ以来だぜ」
無理矢理放った冗談にもトビアスは答えなかった。瞬きすらもしていない。
必ずと言っていいほど村を離れたがらない者がいる。村長や長老がその例であり、アラン達が呼ぶ救援に賭ける。一方で安全圏への離脱を求める者もいる。この異常事態下においてどちらの答えも間違ってはいない。
「逃げ延びた者がいる限り浜夕陽村は決して滅びない」
村長の言う通りだ。
ヴィンセントはまだ元気な女子供を含む避難者8名を裏道から奥夕陽村へ率いる役を背負っていた。
「ついでに援軍も呼ぶ」
「頼んだ。儂らももう少し踏ん張ろう。帰る場所は守っておく」
「村長、すまねえ」
ヴィンセントは村長や長老と抱擁を交わしてから、
「行こう」
棚を押し退ける。隠し戸の奥は街道方面の裏道に出る非常口だ。