マイルドかっちゃんは幼馴染をヒーローにする 作:ふくふくまる
爆豪勝己におよそ友人と呼べる者はいない。
出久はただの幼馴染であるし、中学の奴らは幼過ぎて話が合わない。
しかし勝己の周りに集まるのは、こぞって良くも悪くも目立つ奴ばかりで。成績も見た目も悪くない───派手な強個性を持った勝己を同じグループに取り込みたい、あわよくば友人となって周りに一目置かれたいといった欲が透けて見える奴らばかりだった。
しかもそう奴に限って、クラスで目立たない
将来プロヒーローとして活躍することを見越し、学生時代はなるべくトラブルを起こしたくない勝己にとって、それは目障りでしかなかった。
だからこそ、目の前にある
中学校への登校時。
出久は委員会の仕事があるとのことで先に行き、勝己一人で登校していたところ、猫背でとぼとぼと歩く覇気のないクラスメイトの少年が目に入った。
気付いていないのか背中には『バカ』と書かれた張り紙が貼られており、周囲の生徒達からくすくすと嘲笑されている。
───朝からうざってえな。弱え奴相手して何が楽しいんだよ。大体そうやってうじうじ辛気臭え空気出すから狙われんだよ。
───てめえみたいなのが大人しくいじめられてっから、クラスの阿呆どもが調子乗って猿みたいに騒ぐんだ。
そしてその猿共は何かと勝己に擦り寄ろうとして近付いてくる。
お前もやれよ、と。
それを思い出した瞬間、激しい怒りが沸いた。
そして勝己はどすどすと少年に近付き、背中に貼られた張り紙を乱暴に剥がした。
「うわ!ば、爆豪君…………?」
驚いた様子で振り向くクラスメイトの視線が、勝己の手の中にある『バカ』と書かれた紙にいく。
それを見た瞬間、少年の顔は青ざめ、勝己をまるで恐ろしいものを見るかのように顔を歪めた。
おそらく勘違いをされているだろう。
粗野で乱暴で、いじめっ子達に擦り寄られる勝己は少年からしてみれば『恐怖』の権化だから。
そんな奴が貼り紙を持っている。
きっと自分に貼ろうとしていたに違いないと、そう思われているのは明白だった。
(どいつもこいつも………!)
「───チッ、うざってえな!鬱陶しいんだよ!」
怯え切った少年に舌打ちし、その貼り紙をBOMと派手に爆破する。
別に良いことをしたいわけではない。
良い人に見られたいわけでもない。
ただ全部が気に入らなくて。
クラスの調子に乗った奴らがますます調子に乗るのも、いじめられっ子が何の抵抗もしないでいるのもむかついて。
その貼り紙に書かれた『バカ』がまるで勝己を挑発しているようで苛ついたのだ。
(ああああ、クソがッ!!!)
思春期特有の感情の騒めきについていけず、人よりも振れ幅の大きい勝己はそれを耐えるのに苦労した。
一大人として粛々と生きた前世の記憶がなければ、それはより耐え難かっただろう。
そして勝己は盛大に舌打ちし、そのままいじめられっ子の少年を無視して去っていった。
◇
色々あって出久と喧嘩した。
幼馴染である緑谷出久と喧嘩した回数は正直言って数えきれない。
しかし勝己は粗野であるものの中身は前世の知識を持った大人で、出久は頑固ではあるものの物腰の柔らかい善良な少年。
そのため喧嘩しても何やかんや掘り返さず、水に流し、いつもどおり鍛錬のルーティーンをやれば自然と仲は修復した。
が、今回に至っては勝己は激怒した。
というのも後に『ヘドロ事件』と呼ばれる事件で、出久は自分の身を顧みず勝己を助けようとしたのだ。
一人でランニングしていたところ、液体の個性を持ったヴィランに拘束され耐えていると、プロヒーローの合間を縫って出久が飛び出し、無謀にも助けようとした。
最終的にオールマイトの登場によってその場は助かったものの、勝己の怒りは収まらない。
齢4歳の頃からこんこんと「自分を勘定に入れなかったら殺す」と言ってきたのに、奴はそれを未だに理解していないのだ。
もう知らん。
あんなアホの面倒なんて見ていられるか。
そんな気持ちで勝己は雄英までの受験期間、一人で黙々と鍛錬していたわけであるが───
「勝己君、うちの出久の様子が最近おかしいの。何か知らない?」
「……………………………さあ」
勝己にも弱点があった。
出久の母親である引子───のような、勝己みたいなタイプの人間にも無警戒で近付いてくるような善良な大人に殊更弱かった。
まずシンプルに調子が崩れる。
大抵の場合、勝己と関わる相手はおどおどとするか、媚びへつらうか、反対に叱りつけてくるかの3種類だ。
だから引子とか自分の父親みたいなタイプに弱かった。
明らかに自分よりも弱いくせに勝己を分かりやすく子ども扱いし「大人だから」という理由だけで守ろうとしてくる人間に、勝己はつい大人しくなってしまう。
「最近特訓に行って来るとか言って夜遅くまで帰ってこない日があるの。勝己君と一緒じゃないみたいだし、何をやっているか心配で………。
あ!ごめんなさいね!勝己君にも勝己君のプライベートがあるのに、何でもかんでも聞いちゃって!やだわあ。小さい頃からずっと一緒にいてくれたから、つい癖で聞いちゃうのよね」
「…………………いえ、別に」
「あの子ってば雄英に受験するっていうのに………あ、そういえば親戚からおみかんたくさん貰ったの。良かったら貰ってくれないかしら?」
「あす」
そう言って引子はマンションの自宅に引っ込んだかと思えば、紙袋いっぱいのみかんを持ってきて勝己に渡す。
勝己はあとでお返しの品を用意しないとなと思った。
ちなみにこれは前世の男の思考に大分寄っている。
するとその時、引子は勝己をまじまじと見つめた。
「本当に大きくなったわねえ。昔はあんなに小さくて、出久といっしょに公園を駆け回っていたのに。というか、出久がずっと追いかけていたって方が合ってるわよね」
そして引子がどこか遠くを見つめながら、口元に笑みを浮かべる。
「…………勝己君、ここまであの子といっしょにいてくれて本当にありがとう。あの子に個性がないって分かった時、離れていっちゃうお友達も多かったの。
でも勝己君は反対にあの子の手を引っ張ってくれたよね。私はあの子の親なのに、謝ることしかできなかったから」
本当にありがとう。
そう改めて言う引子に、勝己は前世の男の記憶が蘇る。
男には子供がいなかったが、妹夫妻の間には一人息子がいた。
両親がおらず、男手一つで育てた歳の離れた妹の───待望の我が子。
けれど体が弱く、病気がちで、妹は自分に何か問題があったのではないだろうかと誰もいないところで自責していた。
そんな妹と引子が重なる。
生まれてきた待望の我が子に個性がなく、おまけに夫は単身赴任で近くにいない。
周りは当たり前に個性を持つ中、それはよっぽど耐えるだろう。
「…………………………ちょっとアイツ探してくる」
「え、勝己君?」
呆気にとられる引子に構わず、勝己はみかんの紙袋を家の玄関に置き、そのまま走り去っていく。
勝己は引子みたいな人間に殊更弱かった。
善良で、自分が悪くなくとも悪いと思ってしまう人間に弱かった。
それに勝己も小さい頃から数えきれないほど彼女の世話になってきたのだ。
怪我をしたら手当してくれたし、小さい頃にジャングルジムから落ちそうになった勝己を引子の引き寄せの個性で(火事場の馬鹿力というやつで)助けてくれたこともあった。
そんな引子を、自分以上に世話になっている出久が心配かけているのはどうであろう。
勝己は出久を殺すことに決めた。
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オールマイトによる特訓にて、出久は海浜公園の粗大ゴミをあらかた片づけた。
砂浜一面に広がるゴミ山に最初は絶望したものの、元より幼少の頃から鍛え上げていたため、コツを掴めばすぐに効率よく作業することができた。
鍛え上げられた筋肉はより引き締まり、体幹も、体の使い方も実践的なものへ昇華していく。
オールマイトからOFAを継承しても尚、体は悲鳴を上げず、意識も失うことはなかった。
海浜公園の堤防の上に、骸骨のような男───オールマイトもとい八木と出久が座る。
そして八木は隣でぼんやりと夕日を眺める出久を一瞥し、ふと思った。
正直、奇跡みたいなものだと。
OFAを受け継ぐに値する精神性に、無個性でありながら悲観せず鍛え上げられた体躯。
はっきり言って特訓をするまでもなくOFAを継がせても問題はなかったが、成長期の身体にどんな負荷があるか懸念で限界まで仕上げさせた。
けれど幼少期からの積み重ねである筋肉がなければ土台無理であっただろう。
「…………緑谷少年、君は今まで一人で鍛錬をしてきたのかい?」
気になってそう聞けば、出久はあっさりと首を振る。
「いえ、かっちゃん………じゃなくて、幼馴染の男の子と協力して鍛錬してきたんです」
「幼馴染?」
「僕の幼馴染のかっちゃんは、声が大きいし、すぐに怒るし、めちゃくちゃ性格悪い男の子で…………」
「何だかとてもつもなく不穏になる前置きだね」
「…………でも本当にすごいんです。他人にも厳しいけれど自分にはそれ以上に厳しくて、かっちゃんはこうだと決めたことは絶対にやり通すんです」
そして出久は懐かしそうに表情を緩める。
「僕が4歳の頃、彼に『個性がなくてもヒーローになれるかな?』って聞いちゃったんです。そしたらかっちゃん、何て言ったと思います?『個性のせいにするな』って。お前なんか個性があってもなくても変わらないんだから、なりたいんならなれって」
それに八木は思わず言葉が詰まってしまった。
自分は目の前の少年に『ヒーローになれない』と言ってしまったから。
ヘドロ事件を経てそれは間違いだったと訂正したが、たった4歳でそれを言えてしまう───いや、むしろ幼かったからこそ言えてしまう無垢な答えに八木は驚き、笑みを浮かべた。
この少年が無個性でありながらも腐らず、我が身を鍛え、ヒーローになることを諦めなかったのは、その幼馴染の力が大きいだろう。
「良い幼馴染なんだね」
「はい!…………でも、」
そこで出久の顔色は変わる。
「喧嘩というか、もう見放されちゃったんです。昔からずっと自分を勘定に入れて動けって言われているのに、ヘドロ事件でかっちゃんを助けようとして…………」
八木はそこで
液体の個性を持つヴィランによって拘束された被害者。
中学生でありながらも、ヴィランによって体の主導権を奪わせず耐え続けたタフネスから一時話題になった人物だ。
ああ、あの子がかっちゃんなのか。
「かっちゃんは4歳の頃から特訓だと言って、一緒に鍛えてきたんです。でもあのヘドロ事件を境に避けられるようになっちゃって………。
自分で決めたことは最後までやり通す。そんなかっちゃんのポリシーを曲げるほど、僕は………」
そしてズウンと落ち込む出久に八木は焦る。
しかしその時、どこからともなくけたたましいアラーム音が鳴り響いた。
ピピピピピピピピピピ!!!
出動命令かと思ったが、違う。
八木は後ろから気配を感じ、振り向けば───
そこには防犯ブザーを片手にアラームを鳴らす中学生くらいの男子がいた。
「あ、かっちゃん」という出久の声が聞こえる。
そしてそのかっちゃんはもう片方の手でスマホを構えた。
「もしもし、警察ですか?事件です。知り合いの中学生が見知らぬ成人男性に声をかけられていて───」
「ストップストップストップ!!!」
かっちゃんの危機管理能力の高さに八木は泣きたくなった。
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「てめえ、引子さんに散々迷惑かけておいてどこほっつき歩いてやがんだ!おまけに知り合いとは言え、どこの馬の骨とも分からん奴に特訓してもらっていただと?
それ引子さんに説明できんのか!?引子さんにも説明できねえ、そもそも許可も取ってもねえ奴に教わんな!ろくな大人じゃねえぞ!?」
「お、落ち着いてかっちゃん」
勝己は激怒した。
幼馴染の危機管理能力のあまりの低さに頭が痛くなった。
(見た目で判断してはならないが)こんなどう見ても怪しい不審者と二人きりで一緒にいるとか、どうかしているんじゃないだろうか。
あと少しで日没だし、こいつも一応鍛えているが、もし洗脳系の個性を持っていたらどうするつもりなんだ。
しかもこんな海浜公園なんてすぐに助けを求められそうにない場所で、コイツ、まじか………。
と思ったわけだ。
別に勝己の知らないところで勝手に特訓していていい。
誰に教わったっていい。
それはお互い様であるし、正直こいつのプライベートなんて1ミリも興味ない。
だが引子に心配かけるような真似は許さなかった。
教わる相手ももっと身元がしっかりした奴にしろと言ってやりたかった(というか言った)
しかしまあ、誤解は解けるわけで。
八木がヒーロー事務所の職員であり、名刺に記載された連絡先が本物であるかどうか確認し、後日引子に謝罪と事情の説明をすることで勝己の怒りはようやく収まった。
「あの、かっちゃん本当にごめんね」
「うるせえ。引子さんにとっとと謝れ」
「うん、そうするよ。本当にごめん」
そして出久はしばらく思案した後、意を決したように口を開いた。
「それから───僕にも『個性』が発現したんだ。また病院で検査してもらうけど、そのことについても八木さんに相談していたんだ」
その言葉に勝己は目を丸くする。
今この時期に個性が発現することは、まずない。
けれど奇跡的に、しかも雄英を受験する前に───
そんなの───
「早く言えボケがあ!!!」
「いたーーー!!?」
勝己は遠慮なく出久の頭を爆破した。
手加減は一応したためか髪がちりちりになるだけで済んでいる。
しかし勝己の収まっていた怒りは再び沸々と沸き上がった。
「てめえ、もっと早く言えよ!こんな受験間近に個性出してうまくコントロールできんのか!?ええ!?」
「で、できるよ!ていうか最近発現したばかりだからしょうがなくない!?」
「しょうがなくねえわクソがあああああ!!個性がなくとも頑張れるっつーアピールポイントで面接突破できねえだろうが!」
「そんな姑息なこと考えてたの!?」
一応勝己なりに色々考えていたのだ。
筆記はともかく個性が無いなりの実技の突破の仕方とか、面接受けする内容とか。
またヒーロー科に落ちた場合の普通科からの編入方法とか、そのためにサポート科と共同で何らかの武器やらアイテムやらが必要では?とか考えていたのだ。
それを、コイツは………!!!
「もう知らん!」
「あ、ちょっと!かっちゃん!?すみません、オール……じゃなくて八木さん!お先に失礼します!」
勝己はすたすたとその場から去って行こうとする。
しかしその時、後ろから八木が声をかけてきた。
「かっちゃん少年!…………君もヒーローを目指すのかい?」
「? ああ」
「それは楽しみだ!」
何だこのおっさん。
そう思ったが、八木があまりにも真っ直ぐに言うものだから勝己は軽く会釈して踵を返した。
ギャンギャンと言い合いながら去っていく二人の少年に、八木は自然と笑みがこぼれる。
不審者扱いもされたが───こんなにも晴れやかな気持ちになるのは久しぶりだった。
来年彼らが入学してくるかもしれない。
それが楽しみでならなかった。
お久しぶりです。
筆がのれば、書いていきたいなと……