ウマ娘プリティーダービー外伝『Mother's Archive』   作:J・イトー

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これは救世主へ繋がる物語。


救世主の記憶『あの日見た天頂へ』
空を渡ってティアラへ向けて


 ──オークス。

 

 ウマ娘らにとって樫の女王の座を争う舞台であるそこは、日本ダービーと双璧をなす東京レース場芝2400mのGIであった。

 

『さあ、ケヤキの向こうを通過して行きました16人のウマ娘たち!』

 

 今日び繰り広げられている激闘は、まさにその真っ只中。

 

『アウラスウィングも徐々に進出、先頭までは5、6バ身のところまでやって来ました』

 

 そう動向をアナウンスされるのは、1番人気を戴くウマ娘。トリプルティアラ初出走の弱冠ながら『女皇』との呼び声が高い有望株だった。

 

「……アぁ、決マリダ決マリ。姉サンモ見エテんダロ、コノ先ハヨぉ?」

 

 熱狂に渦巻くスタンドの最前列、そう身内へつまらなそうに問いかけるウマ娘がいた。

 

「そうね、スクデット」

 

 なだめるように口にするのは正にその姉。気のない返事に聞こえるそれは、一見して粗暴な妹の持つ聡明さを知っていた故の信用と同意の表れでもあった。

 

『第4コーナーから直線、イースタンスカンド、サウスマンデーふたりが並んでいる! アウラスウィングはバ場の四分どころ!』

 

 短いやり取りを終えた刹那、最終直線へ到達していた局面。しかし運命のラストスパートは、アクシデントと共に始まった。

 

『あっとサウスマンデー左右にヨレた!』

 

 元凶となったのは、これまで先頭を保持していた6番だった。入れ込み過ぎたか、審議は免れない斜行を見せた彼女に、周囲は回避を強要される不運に見舞われる。

 

「ッチ、ヤリヤガんナ……」

 

「心配ないわ、スクデット」

 

 言ってしまった手前というものだろう、不機嫌な声を洩らす妹を嗜めるように口にする。

 

 無論、外にいた1番人気が被害の例外であった訳ではないが、同時に彼女にとって障害足ることでもないと踏んだ故だ。

 

『さあ大外、アウラスウィング、バトルスウィフト! バトルスウィフト、アウラスウィング!』

 

 斜行を尻目に末脚を切った1番人気は、さらに大外から直線一気を試みる最内枠との叩き合いに興じることに。

 

『タイニィミネバも突っ込んでくるが、先頭はアウラスウィング! アウラスウィング、ゴールイン!』

 

 されど、この女皇を止める術はもはや無く。

 

 ──歓声が、沸き立つ。

 

「ああ、願うことなら、私も」

 

 いま幕を閉じた、ティアラを争う誉高き競走劇。

 ある者は感動を授かり、ある者は自らもその頂に座さんと決意を新たに。

 

 つい前年に中央トレセン学園の門を叩いた新参『アウラオルレディー』の瞳は、間近にそびえ立つ天頂を見据えていた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 ──自らと同じ名を冠した女皇の姿を目に焼き付けてから、およそ一年あまりが過ぎたある日。

 オルレディーは学園の敷地を駆け回っていた。

 

「トレーナー……どこに」

 

 自身がいま師事している人間を探すべく、広大な学園をうろついていた彼女。

 

 姿をくらました自らの師を連れ戻そうと奔走するのは、オルレディーにとって珍しいことではなかった。

 

 トレーニングに興じる生徒たちを尻目に物影を見渡すうち、幸いにも対象はその姿を現してくれた。

 

「いた、コヤマトレーナー。トレーニングを──」

 

 木陰に寝そべっていた師へ声をかけようとして口をつぐむ。

 コヤマ、とオルレディーが呼んだ男性の前には、他のウマ娘が佇んでいた。

 

「……ご起床なされよ、トレーナー」

 

 腕を後ろに組み、そう堅い物言いでコヤマへ声をかけているのは、オルレディーにとってはよく知るウマ娘だ。

 名を『ネビュラルシエル』という彼女は、自分と同じくコヤマに師事する存在だった。

 

「……貴女か、トレーナーならこの通りだ」

 

 駆け寄ってみればそう告げるルシエルに苦笑しつつ、未だ微動だにしない師の顔を見下ろす。

 間もなくルシエルが再び起床を催すと、コヤマはようやく唸り声を洩らした。

 

「……死神か?」

 

「やめられよ、縁起でもない」

 

 ルシエルの顔を見るなり皮肉を口にするコヤマに、当人は慣れたように首を振って流す。

 やや血色の悪い芦毛を携える彼女は、冷たげな言動や表情も合わせて畏怖されることの多いウマ娘だった。

 

「いつもトレーニングじゃ面白くないだろ」

 

 気だるげに呟くコヤマに、ルシエルらは二人してため息を吐く。

 目を醒ましているのにそうでないように映るのは、単純に彼が普段から薄目の表情をとるからだったが、今に限っては二度寝を決め込む腹づもりであったからだろう。

 

「──世には将星があまた存在する。欲に殉じて手綱を放し、それらへ挑む機すら逸さんとするならそれは罪悪……そう思いませんか、トレーナー?」

 

 どこか凄むように口にするルシエルに対し、薄く瞼を上げたコヤマはおもむろに立ち上がると、寝床にしていた樹木により死角となっていた場所からクリップボードを投げ渡してきた。

 

「わ、ちょ……」

 

 ルシエルが腕を組んだ姿勢を崩そうともしなかったために、慌ててキャッチを試みたオルレディーの手に収まったそれには、今日明日のみならず、一週間分のトレーニングプランが書き込まれていた。

 

「その気なら、また3時間後に起こしにきてくれよ」

 

 そう欠伸をしながらこの場を後にするコヤマ。

 二度は見過ごせない、と口を開こうとするオルレディーだったが、それはルシエルによって制される。

 

「……あれが組んだプランだ、欲を出さなければ心配はないだろう」

 

 慇懃無礼な態度には似合わない物言いに、訝しげな視線を向けるオルレディー。

 

 コヤマとの付き合いはルシエルよりも短い、と自認こそしていたものの、さすがに意図を掴みかねて一旦プリントへ目を落とした。

 

「ああ、それで3時間後と……」

 

 見てみれば、今から3時間を屋内での器具トレーニングに費やしたのち、練習コースに出て併走に励むスケジュールであるらしい。

 自分が見なくても済むようにセットを細かく指定してくる辺りは、さすがと言うべきなのだろうか。

 

「さあ、油を売っている暇はない。我々にはさほど時間的余裕が残されている訳ではないのだ」

 

 急かすようにするルシエルを前に、ぼやき口をつぐむ。

 彼女がこのあと、決まって口にする言葉を知っていたからだ。

 

「──これから歩む世代は、()()()と称されて然るべき陣容を誇るのだから」

 

 まだ見ぬ強敵たちを既に見据えるその瞳は、この言葉と合わせて常に見てきたものだ。

 

「……はい。私も、ティアラの栄誉を──必ず!」




読了ありがとうございます。

早速偽名ウマ娘を出しまくったせいで主役が薄めになったかも。
まずはメサイア母編、いかがでしたでしょうか。
グルーヴ母、アヤベ母などまだまだネタはありますが、後々考えていければと思います。
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