秋の恵みの空の下~メモリーズ―秋―   作:飛鳥 螢

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謎の男達

「くそっ、なんで僕がこんなコトしなくちゃなんないんだよっ」

 ガサガサと藪を掻き分け、春原はぶつくさと文句を言った。

 その結構先の藪がわさわさと揺れる。

 体が小さい所為か、ボタンは移動するのがやたらと早い。このままだと置いて行かれるのも時間の問題だ。

「ちょっ、ちょっと待ってくださいよ、ボタン様っ」

 焦って春原は必死になって藪を掻き分ける。

 だが、その距離はなかなか縮まらない。

 そんな春原の耳に、藪の向こうの園内からブドウ狩りをする楽しげな少女達の声が聞こえてくる。

「杏の奴ぅ、後で覚えてろっ」

 悪態をつきながらも藪を掻き分ける手を休めずに、律儀に春原はボタンの後を追い続けた。

 ——と、

「ぷひっ、ぷひぃっ」

 不意に、怯えるような悲鳴にも似たボタンの鳴き声が聞こえてきた。

「ボタンっ!?」

 ——ボタンに何かあったら、杏に殺されるっ。

 血相を変え、春原は焦りに焦って鳴き声のする方に大急ぎで向かった。

 

 

 ガサッ、ガサッ、ガササッ。

 一際大きく藪が掻き分けられ、中からサングラスを掛けた男が二人、ブドウ園のフェンス脇に出た。

 藪はフェンスから幅一メートルほど刈り取られていて、フェンスの周りを大人二人が並んで歩けるような、ちょっとした通路のようになっている。

 フェンスのメンテナンスと野生動物が身を隠せる所を無くす為に、必要最低限の藪を刈り取った結果らしい。

 マイクロバスの後を付けて来たボスとヤスは車を横道の奥に隠すと、ブドウ園の入口から見えない場所で藪の中に入り、ようやくフェンスの所に辿り着いたのだ。

 フェンスの中から、楽しげな少女達の声が聞こえる。

 割と近い所であの少女達はブドウ狩りを楽しんでいるらしい。

 見つからないよう、もう少し距離を取った所でフェンスを乗り越えた方がよさそうだった。

 すぐにそこを離れ、周囲を窺いながらフェンスと藪の間にある通路を歩いて行く。

「よし、こっから入るか」

 少女達の声から幾分離れた所で、ボスは足を止めてフェンスを見上げた。

 ——と、

 近くの藪が、さわわっと揺れたかと思ったら、茶色いずんぐりとしたものが飛び出して来た。

 ボタンである。藪の中を走り回り、ここに辿り着いたようだ。

「ぷひっ?」

 見た事もない男達に、ボタンは小首を傾げた。

 男達の方も、突然現れた茶色い小動物にギョッとした。

「ボ、ボス。これってウリ坊ですよね。あのイノシシの子供の」

 思わずヤスは身を引き、キョロキョロと辺りを見回す。

 イノシシなど山の中では珍しくない。とはいえ、その仔が一匹でうろうろしているなど有り得なかった。きっと何処かに親がいる筈だ。あの獰猛と言われるイノシシが。特に子供を持った母親イノシシは普段より気性が荒く、子供の傍にいるだけで怒り狂って襲ってくる。

「早く逃げないと、親が来ちまいますよ」

「いや待て、ヤス。このウリ坊、さっき髪の長い勝ち気そうな()が抱いてたヤツじゃねぇか、ほら」

 逃げ腰のヤスを制し、ボスはイノシシの仔の首辺りを示した。

 そこには少女が髪に結んでいた物と同じ、白いレースのリボンがしっかりと結びつけられている。

 春原にボタンが野生のイノシシの仔と間違えられるかもと言われ、念の為椋が予備に持って来ていたレースのリボンをボタンの首に結び付けたのだ。

 もし万が一捕まっても、ボタンが人に飼われているペットだと分かるように。

「あれって、コレだったのか」

 遠目でよく判らず、犬かと思っていたのだが、まさかウリ坊だったとは。垢抜けた都会派美少女なのに、またヘンなものをペットにしているものである。

「丁度いい」

 人慣れしている所為か、逃げもせずにきょとんと自分達を見上げているウリ坊を見下ろし、ボスはニヤリと笑った。

「ヤス、こいつを捕まえて、あの()達を誘き寄せるエサにするぞ」

 どうやって一緒にいる大人達や男子(ガキ)どもから引き離し、あの()達に近づこうかと思っていたのだが、思わぬ幸運が転がり込んで来たものだ。

 脅かさないように、そろりとボタンと藪の間に割り込むように移動する。

 それに倣い、ヤスもウリ坊の逃げ道を塞ぐように、反対側から藪を背に近づいた。

 ボタンはその男達の不可解な行動を、不思議そうに見ている。

「ぷひっ?」

「さあ、いい子だ。大人しくしてろよ」

 そう言いながら、ボスは腰を屈めてそっと手を伸ばすと、次の瞬間素早くがしっとボタンの体を両手でしっかりと掴む。

「ぷひっ、ぷひぃっ」

 突然体を掴まれ、身動きできなくなったボタンは驚き、悲鳴にも似た鳴き声を上げた。

「ボス、やりましたね」

「ああ、これで——」

 グワッシャン!!

 腕の中で鳴き声を上げて逃げようともがくボタンの口を押え、ボスが言い掛けた言葉を、突如響いた甲高い耳障りな金属音が遮る。

 ギョッとして二人が音の方に振り返ると、目の前のフェンスに、金網を突き破らんばかりに(ひしゃ)げさせ、何故か分厚い広辞苑が突き刺さっていた。

 ——なんでブドウ園のフェンスに広辞苑が?

 フェンスが無ければ、確実に自分達の後頭部を直撃していたに違いないそれを見て、二人はタラリと頬に冷や汗を垂らした。

 同時に、ざざっと藪の中から何かが飛び出してくる。

「うわっとと——あっ、ボタンっ!?」

 藪から出て、いきなり男達と鉢合わせして焦った春原だったが、その一人がしっかりと捕まえていたモノに気づいて声を上げた。

 救いを求めるように、ボタンがつぶらな瞳を春原に向ける。

 だが、いかにも怪しげな大の男達に、春原は一瞬躊躇した。

 そこへ——

「こらぁっ、うちのコに何する気よっ!」

 怒声と共に、声の主を先頭に少年少女の一団が駆けて来る。

 人知れずに穏便に事を運びたかったのに、これでは目立ち過ぎる。

「ちっ」

 舌打ちし、ボスは捕まえたウリ坊を目の前の脱色金髪少年に投げ付けると、ずぼっと藪の中に飛び込む。

「ああ、待ってくださいよっ」

 慌ててヤスもそれに続いて藪の中に逃げ込んだ。

 

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