秋の恵みの空の下~メモリーズ―秋―   作:飛鳥 螢

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春原の処遇

 ボタンを投げ付けられ、思わずキャッチした春原が呆然とそれを見送る。

「ちょっと陽平っ、あんた何やってんのよっ」

 駆け付けて開口一番、フェンスの向こうで盛大に文句を言った杏は、春原の抱えているイノシシの仔に心配そうに声を掛けた。

「ボタン、大丈夫? 酷い事されなかった?」

「怪我とかはない?」

「ぷひっ」

 ボタンが飼い主姉妹に元気に応える。

 それに皆が安心したように表情を明るくした。

「僕の事は誰も心配してくれないのっ」

「するだけ無駄だろ、おまえの場合」

「ああ、する必要があるとは思えんな」

 誰一人自分に声を掛けてくれない事に抗議の声を上げる春原に、朋也と智代が素っ気なく応じる。

「滅茶苦茶冷たい上にヒド過ぎませんか、それってっ」

「でも、あの人達猟師さんには見えなかったの」

 二人の突き放した言種(いいぐさ)に憤然と言い返す春原など眼中になく、ことみがマイペースにポツリと疑問を口にする。

「確かにそうよね」

 ことみの呟きに杏は軽く眉を(ひそ)め、さっきの男達の姿を思い出してみた。

 目立たない地味な服装をして、一人はハンチング帽を被っていたが、二人とも手ぶらで猟銃なんか持っていなかった様だし、自分達に見つかって慌てて逃げ出したあたり、いかにも怪しげだ。

「猟師っていうより、変質者?」

「いや、なんかそれ違うと思うぞ」

 変質者だったら何の為にボタンを捕まえたのか、余計訳が分からなくなる。

「じゃあ、何よ」

「いや、俺に聞かれても……」

 杏に訊き返されて、朋也は困った。

 あれだけでそれが判れば苦労しない。

「また、ボタンを狙ってきたりするんでしょうか」

 椋が不安そうに藪の方を見回した。

 その可能性は全く無いとは言い切れない。

「ったく。陽平、なんであいつら捕まえておかなかったのよ」

 そうすれば男達の正体も判り、今後の憂いも無くなったものを。

「相手は大人二人だよっ。 僕一人で太刀打ちできる訳ないでしょっ」

 忌々(いまいま)しげに一方的に自分を非難する杏に、春原が声を荒げて訴える。

「つか、ボタン取り返しただけでも、感謝されてしかるべきじゃないんですか」

「何言ってんのよ。そもそもあんたがボタンから目を離したから、あんな奴等にボタンが捕まったんでしょ」

「それに、取り返したと言うより、あの人達がボタンを春原くんに投げ付けたように見えたの」

「うっ……」

 杏とことみの鋭いツッコミに春原はたじたじとなった。

「ったく、ホント役立たずよね」

「すみません、不甲斐ない兄で……」

「あぁ、別に芽衣ちゃんが謝る事ないわよ」

 彼女の存在を忘れ、つい何時もの調子で手酷く()き下ろしてしまった杏は、慌ててしゅんとする芽衣にパタパタと手を振った。

 酷く気まずい。

 そんな杏に助け船を出すように、朋也がその場を締め括った。

「とにかく、これからはボタンには皆の目の届く所に居てもらった方がいいな」

「そうね」

 ほっとした表情でそれに同意すると、杏はいい事を思い付いて春原を見た。

「陽平、あんたもたまには役に立つってトコ、芽衣ちゃんに見せてあげさせてやるわよ」

「へ?」

「フェンス脇に立って、ボタンを頭の上に乗せるのよ。早く」

「あ、ああ」

 なんだかよく分からないまま、春原は杏に言われた通りにフェンスに近づき、ボタンを頭の上に乗せた。

「で、どうすんの?」

「そのまま動かないで」

 春原に釘を刺すと、杏は両手を広げて優しくボタンに声を掛ける。

「さぁボタン。そこは危険だから、そいつの頭蹴ってこっちにおいで」

「ぷひっ」

 それに応え、ボタンは春原の脱色した頭を思いっ切り蹴ってフェンスを飛び越え、すぽっと杏の腕の中に収まった。

「いいコね、ボタン」

「って、僕は踏み台ですかっ?」

 これじゃあ、妹にいいところ見せるどころか情けなさ過ぎる。

 だが、そんな事など杏は頓着しなかった。

「いいじゃない。ちゃんと役に立ったんだから」

「アナタねぇ——」

 言いわけないでしょ。と春原が言い掛けた言葉を遮り、遠くから早苗のほんわかとした声が届く。

「みなさ~ん、そろそろお昼にしませんか?」

 そう言われると、途端に空腹感が襲って来た。

「じゃ、戻って弁当食べるか」

「はい、今日は朝早く起きて、お母さんと張り切って一杯作ったんです」

「わたしも、昨日から下ごしらえして一生懸命作ったの」

 渚とことみがにっこりと微笑んで朋也に言うと、杏も負けじと声を上げた。

「あ、あたしだって、椋と二人で頑張ったのよ」

「そ、そうか……」

 杏の言葉にちらりと椋に視線を走らせ、朋也は一瞬言葉を詰まらせた。

 姉と違って大人しく、いかにも女の子らしい椋だが、料理は杏よりも苦手で、以前杏に教えてもらって作ってきた弁当の一部は味見しなかったらしく、それをつまみ食いしたボタンが泡を噴いて卒倒した程だ。ある意味、早苗が作ったパンといい勝負であった。

「あ、あの、今回はちゃんと味見しましたから」

 朋也が一瞬見せた不安げな表情に、慌てて椋は言う。

「成程、皆力作揃いと言う訳だな」

 ふっと笑みを漏らし、智代は朋也を見た。

「私も腕を振るって作ったからな。楽しみにしてくれ」

「え? 皆さんお弁当作ってきたんですか?」

「ああ、人数が多いからな。大体皆料理は得意みたいだし、それならそれぞれ作って持ち寄る事にしたんだ」

 早苗さんに新作パンを作らせない為に。

 驚く芽衣に朋也が説明すると、それに渚が口を添える。

「一杯作ってきましたので、芽衣ちゃんの分もちゃんとありますから大丈夫です」

「そこは気にしなくていいぞ」

 項垂(うなだ)れる芽衣の頭にぽんっと手を乗せ、朋也は優しく言う。

「芽衣ちゃんはただでさえ俺達と合流するまでが大変だからな。皆で相談して、芽衣ちゃんの手料理は次会った時の楽しみに取っとく事にしたんだ」

「そうよ、だから今回はあたし達の手料理、存分に味わってよね」

 軽くウインクして言った杏の言葉に、全員が頷く。

 その皆の気遣いにじんわりと瞳を潤ませた芽衣は、にっこりと微笑んだ。

「はい、それじゃあお言葉に甘えて、遠慮なくご馳走になります」

「よし、じゃあ皆戻るぞ」

「ちょ、ちょっと。皆待てよ。僕を置いていかないでよっ」

 一人フェンスの外にいた春原は、自分を置いてさっさと戻っていく朋也達に焦り、慌てて金網に足を掛けてよじ登った。

 

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