秋の恵みの空の下~メモリーズ―秋―   作:飛鳥 螢

12 / 23
新作早苗パン(前)

 園内には取ったブドウをこの場で食べられるように、ブドウ棚の下のあちこちに椅子とテーブルが置いてあった。

 とはいえ、今日は休日なので他にもブドウ狩りに来た客は結構いる。自分達の人数が多い事もあり、秋生と早苗はテーブルを使わず、ブドウ園の端寄りにあった広いスペースにレジャーシートを広げ、その上に皆が作ってきた弁当の包みを置いて待っていた。

 そして、朋也達が来ると、早速各自それぞれが作ってきた自慢の弁当を、皆の前に広げて見せる。

「うわっ、豪勢じゃん」

 目の前に並ぶ弁当の中身を見て、春原がヨダレを垂らし感激して声を上げる。

「ほんとに凄いです。流石みなさん、こんなお弁当見たこと無いです」

 芽衣も目を丸めて感嘆する。

 皆自慢するだけあって、和洋中各種取り揃えた色とりどりの様々な料理が、ずらりと並んだ重箱やバスケットにぎっしりと詰め込まれている。この人数でも食べきれるかどうか怪しいほどだ。

 その見た目だけでも腹が一杯になりそうな料理の多さに、思わず朋也は一学期に智代を庇って停学になった時の事を思い出してしまった。

 あの時朋也は自宅謹慎中で、春原兄妹と寝込んでいた渚を除くここにいる全員が、善意で作って持ってきてくれた弁当を一人で全部食べる羽目になり、酷い胸焼けを起こして死にそうな目にあったのだ。

 ——まぁ、今回はあの時と違って朝食を抜いてきた春原が居るから、たとえ食べ切れなくとも全てこいつに押し付ければいいんで楽だが。

 などと考えていた朋也は、広げられた弁当の脇にあるものに目を留めた。

 重箱や四角いバスケットに混じり、柄のついた藤製のカゴがあったのだ。何が入っているのか、こんもりと盛られた上にふわりと布巾が被せられていた。

「早苗さん、それは?」

 それを指差して朋也が訊くと、早苗はにこにこと嬉しそうに応えた。

「今朝焼いた、新作のパンです」

「「「「っ!?」」」」

 途端に朋也に渚に秋生、そして以前渚の家に泊った事のある芽衣の四人の表情が、ピシッと凍り付いた。

 それに気付かず、早苗は自慢げに新作パンについて説明した。

「今日はブドウ狩りと言うことで、それをイメージして作ってみたんですよ」

 と、さっと被せておいた布巾を取る。

 そこには楓の葉を(かたど)ったパンが山盛りになっていた。しかもその表面はゼリーっぽいものがたっぷりと塗られ、その上に光沢のある色鮮やかな赤い破片が貼り付けられている。

 秋だから「紅葉」というのは判るが、ブドウ狩りのイメージが何故に「紅葉(もみじ)」?

 いや、今はそんな事よりも——

『おい、渚。早苗さんはおまえと一緒に弁当作ってたんじゃないのか?』

 なのに、どうして早苗さんのパンがここにある。

『はい、そうなんですけど……』

 こそっと耳打ちしてきた朋也に、渚が困惑気味に応える。

 自分が起きた時、早苗はとっくに台所でお弁当の下ごしらえをしていて、あのカゴは既にあの状態でテーブルの端に置いてあったのだ。

『そういやぁ、早苗のやつ今朝は起きるのがやたら早かったような……』

 今朝の事を思い出しながら秋生が呟く。

 パン屋の朝はとても早い。開店前にその日の朝売るパンを焼き上げねばならないからだ。

 その分店が休みの日はゆっくりと寝るのが常なのだが、今日は何時もと同じくらい早く早苗は起きていたのだ。

『なんで止めなかったんだよ、オッサン』

『今日の弁当作るのに早めに起きたと思ったんだよ』

 まさかパンまで焼いていたとは思いもしなかった。

「さあ、たくさんありますから、好きなだけ食べてくださいね」

 こそこそと焦って言い合う朋也達をよそに、早苗はにこにこと自慢の新作パンを皆に勧める。

「それじゃ、いっただきま~すっ」

 意地汚くも真っ先に新作パンを手にした春原が、早苗が差し出したカゴから全員がパンを取り終わる前に、大きな口を開けてかぶりつこうとする。

「お、おにいちゃんっ」

「春原っ」

 一瞬『ブドウ園に謎の集団食中毒!?』と新聞の一面を飾る大見出しを想像してしまい、思わず芽衣と朋也は声を上げた。

「芽衣ちゃん、岡崎さん。どうかしましたか?」

「え、えっと……」

「あ、いや——」

 早苗に問われ、二人は口籠った。

 作った本人前にして、そのパンは危険だから食うなとは流石に言えない。

 仕方なく朋也はそれとなく忠告するだけにした。

「早苗さんのパンは、この世のものとも思えない味のするパンなんだ。だから春原、食べるんなら心して食べた方がいいぞ」

「わかったよ、岡崎。そんな究極の味のパンをタダで味わえるなんて、僕って幸せ者だよね」

 何処か諭すような朋也の言葉を、深く考えることなく額面通りに受け取った春原は、満面に笑みを浮かべてあんぐりと彩り鮮やかな早苗パンにかじり付いた。

「ゔっ……ぐはっ」

 途端に衝撃的な味が脳天を突き抜ける。

 ボトリとパンを落とし、春原は顔を真っ赤にして片手で喉を押さえ、もう一方の手を何か求めるように前に突き出したまま、力尽きたようにパタリと倒れ伏す。

「お兄ちゃんっ!?」

 芽衣が慌てて兄の肩を揺らすが、白目を剥いて泡を吹く春原は完全に意識が彼岸の彼方に飛んでいってしまっていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。