秋の恵みの空の下~メモリーズ―秋―   作:飛鳥 螢

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新作早苗パン(後)

 ——やっぱ、こいつでもダメだったか……

 ゴキブリ並の生命力を持っている春原なら、もしかしたらどんな味でも対応できるかもしれないと密かに期待していたのだが、しぶとい春原でもイチコロとは。恐るべし、早苗パン。

 タラリと冷や汗を流し、日々ヤバい方へ進化を続ける早苗パンの恐ろしさを再認識する朋也だった。

 そんな春原のあり様に、ことみや椋は手にしたパンを見て顔面蒼白になり、杏と智代は焦ったように朋也を見た。

「ちょ、ちょっと朋也」

「岡崎、これは一体——」

「さっき言っただろ。早苗さんのパンは、この世のものとは思えない味がするって」

 その味がどんなものか、これを見れば判るだろうと、春原を二人に示す。

 その言葉に、杏は野球の試合の時「早苗パン」の事を訊いた自分に、朋也は「知らない方が幸せだ」と言ったが、今その意味が判ったような気がした。

 そんな朋也に、何故春原がぶっ倒れたのか理由(わけ)が分からず、戸惑う早苗が声を掛ける。

「あの岡崎さん、春原さんは……」

「こいつ、あまりの美味しさに感激して卒倒しただけだから、ほっといても大丈夫です」

 不安そうに尋ねる早苗を安心させるように言うと、朋也は一同を見回して言葉を継いだ。

「皆も春原は取り敢えずほっといて食おうぜ。こいつの分は適当に取っておけばいいからな」

 春原が目を覚ますのを待っていたら日が暮れてしまう。

「芽衣ちゃんも、それでいいだろ?」

「はい、すみません。気を使っていただいて」

 ——折角岡崎さんが忠告してくれたのに、全然気付かないんだもの。ホントにもう、しょうがないなぁお兄ちゃんは……

 芽衣は情けなさそうに倒れたままの兄を見、小さく嘆息した。

「んじゃまぁ、皆遠慮はいらねぇ、好きなもん好きなだけ食えよ。たくさんあるからな」

「そうね、たとえ余らなくても、陽平にはパンがあるし」

 その場を仕切る秋生に杏が鬼のような事を言って、さり気なくパンをカゴに戻す。

 言外に、自分はこんな恐ろしいモノ絶対に食べないからと。

 そしてそれは、パンを焼いた本人以外全員の共通の認識だった。

「そ、そうだな」

「え、ええ……」

 皆杏に倣ってパンをカゴに戻すと、触らぬ神に祟りなしとばかり、誰もが他の料理に殺到する。

「おい早苗、そこのエビフライ取ってくれ。ついでに焼売とだし巻き卵もだ」

「はい、秋生さん」

 さり気なく自分のパンが避けられているのにも気付かず、早苗は夫の要求に応えてエビフライに焼売、そしてだし巻き卵を取っては秋生の取り皿の上に乗せていった。

「あ、そこの野菜の豚肉巻きちょうだい」

「この卵の茶巾絞り、色んなものが中に入っていて彩りもよくて美味しいです。朋也くんも一つどうですか?」

「ああ、もらうよ」

「ピーマンの肉詰じゃなくて、ツナを使ったチーズ焼きというのは面白いの」

「この鳥もものから揚げ、下味がしっかり付いていてジューシーですね」

 と、他の連中も秋生と同じに、早苗パンを無かったものとして他の料理に手を出す。

 芽衣は兄の為に料理を少しずつ取り分けてから食事に加わった。

 それぞれが舌鼓を打ちながら、互いの弁当の味を評価し合う。

 先程の春原の惨事などなかったような賑やかな食事風景である。

 そして、あらかた食べ終わった頃、春原が息を吹き返した。

「み…み……ず……。み、み……ず…」

 倒れた時と同じ格好のまま、うわ言のように擦れた声で呻く。

 それを聞いた全員が、頭の上に疑問符を浮かべた。

「ミミズ?」

 そんなものどうするのか。まるで意味が判らない。

「み、み…ず……」

 尚も春原は喉を手で押さえ、救いを求めるように誰にともなく手を伸ばす。

 その姿は、砂漠で行き倒れ、喉の渇きを訴えて喘ぐ人のようだった。

「ひょっとして、ミミズでなく、水が欲しいのではないか?」

 智代の推測に、こくこくと涙目で春原が首を動かす。

「なんだよ、それならそうと言えばいいだろ」

 ミミズなんて言うから、早苗さんのパンを食って、ゲテモノ料理に目覚めたのかと思ったじゃないか。

「お兄ちゃん、はいこれ」

 朋也が取ってくれた飲み掛けの烏龍茶のペットボトルを、芽衣が兄に渡す。

 それを掴むや否や、春原はそれを一気に(あお)った。

 口の端から零れるのもお構いなしである。

 (むさぼ)るように烏龍茶を飲み干すと、まだ足りないとばかりに血走った目で辺りを見回し、ブドウ棚の近くにある散水用の水道の蛇口に目を留める。

 そして、猛然とそれに飛びついて口を付け、蛇口を思いっ切り捻った。

 一体全体春原に何が起こったのか、何時もながらに常軌を逸した春原の行動に、全員が呆気に取られていた。

 数分後、漸く気が済んだのか、春原は水道の蛇口から口を離して盛大に息を吐いた。

「おい、春原。おまえ一体どうしたんよ?」

「それが——…」

 と、言い掛けて、春原は口籠もった。

 意識が飛んだついでに記憶も飛んだらしく、首を捻って早苗パンを食べた時の事を必死に思い出す。

 そして、漸く思い出したのか、ポンと手を打った。

「そうだ僕、あのパン口にした途端、なんか脳天を突き抜けるような辛さに、目の前が真っ白になって……」

 ——辛い?

 アイデア勝負の早苗のパンはどれも独創的過ぎて、その結果一般受けしないシュールな味になってしまうのだが、ブドウ狩りをイメージしたパンが、何故意識がぶっ飛ぶほど辛いのか。

「……早苗さん、一体このパンの中に何入れたんです?」

「ブドウ狩りという事で、中にはブドウを丸ごと入れてみたんですよ」

 恐々と朋也が訊くと、にこにこと無邪気な顔をして早苗は答える。

 それを聞いて一斉に春原のかじったパンの中を見た全員が、タラリと冷や汗を流した。

 確かに、ブドウが丸ごと入っている。房の状態で。

 皮は何とか我慢できるが、せめて房の柄、できれば種も取って欲しいと思うのは贅沢だろうか。

 しかし、それでは辛さの説明がつかない。

 その疑問に答えるように、早苗は更に自慢げに言葉を継ぐ。

「そして、パンの表面には紅葉(もみじ)の鮮やかな赤い色を再現する為に、溶かしたグミの上にキャロライン何とかっていう実の皮を貼ってみたんです」

「キャロライン——って……」

 とても可愛らしい名前でしょうと、にこやかに早苗は言うが、確か唐辛子に「キャロライナ・リーパー」という名のものがある。実の色は艶やかな赤で、ギネス認定されるほどの究極の辛さを持つヤツだ。

「はい、ジャムとかの他のものでは、今一色のイメージが合わなくて苦労したんです」

 近所の人達にも何がいいモノはないかと色々と聞いて回り、その一人がこれはどうかと家に有ったそれを持って来て勧めてくれたのだと。パンにそれを貼る為の接着剤代わりに使ったクマ型のグミと一緒に。

 ちなみにそのギネス認定されたヤツを遥かに超える辛さを誇る食べ物も存在する。見た目は味を裏切るとても可愛らしいクマの形をしたグミだ。

「でも、その甲斐があって、本物の紅葉(もみじ)みたいに綺麗でしょう? アイデアの勝利です♡」

「…………」

 ——早苗さん、見た目(いろ)よりも中身(あじ)(こだわ)ってください……

 得意気に言う早苗に、誰もが切実に心からそう思った。

 




 ちなみに、今は「ペッパーX」というのが、世界一辛い唐辛子としてギネス認定されているようです。
 日々辛い方へ進化を遂げる唐辛子。一体どこまで辛さを追求する気なのだろうか。
 辛いのが苦手な自分は味見したいとは思いませんが。
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