昼食を無事に終え、一休みした一同はそこを後にした。
バイオリンリサイタルはことみだけでなく全員が、ボタンや春原の件など色々あってすっかり忘れていた為、ブドウ園は翌日の新聞の見出しに『音響破壊兵器!? 謎の怪音で果樹園のブドウが全落下で大損害』と書かれずに済んだ。
そこを出ると、秋生はバスをその近くにあるという温泉へと向かわせた。
川沿いの道を暫く走り、途中坂道を登って行く。
その先の谷川を見下ろす景色のいい場所に、ぽつりと風情のあるちょっと
その前にある駐車場に、マイクロバスが乗り入れる。
どうやらここが目的地らしい。
「へぇ、なかなか良いじゃない」
バスから降り、山荘の駐車場から見える眼下の谷川を中心に、紅葉し始めた木々に囲まれた大自然を、ボタンと共に眺めて杏は呟いた。
温泉と言っても日帰りのただ汗を流すだけだから、場末の銭湯みたいな公共温泉浴場みたいなものを想像していただけに、外観がこれなら温泉の浴場も期待できるし、そこから見える景色も中々のものだろう。
全員が自分の荷物を持ってマイクロバスを降り、山荘の一階にある受付カウンターで秋生と早苗が手続きを済ますと、部屋の鍵を持って一同は上の階へと上がった。
三階建てのこの施設は、一番上の階が宿泊専用の部屋になっていて、ここに泊まる事も出来るが、朋也達のような日帰り温泉を利用する客は、その下の二階にある広間を使う事になっていた。
「部屋は続き部屋になっていてな。広い方が女子で、野郎は狭い方だ」
外観は山荘だが、団体用の部屋は座敷になっていて板戸で仕切れるようになっている。広い方は八畳ほどあり、狭い方は六畳くらいの広さがあった。
早速仕切りの板戸を境に男女に分かれ、荷物を置いて温泉に入る支度をすると、一同はまた一階ロビーへと戻って来た。
「ここの温泉はな、地下二階にあるんだ」
「地下って?」
勿体ぶって言う秋生に、朋也達は頭に疑問符を浮かべた。
夫の言葉を継いで早苗が説明する。
「ここの温泉は、山の源泉から直接お湯を流し込んでいるんです」
要するにこの建物から二階分下の山の斜面から源泉が湧き出していて、滝のように下の谷川に流れ込んでいるのだ。温泉はその源泉の一部を施設の風呂場に流し込んで、かけ流し温泉として利用しているのである。
地下と言ってもロビーのある一階から下にあるというだけで、当然山の斜面に作られた温泉施設の浴場から覗く眺めはとてもよく、これからもっと秋が深まると紅葉色の錦に彩られた谷間を一望に見渡せて、温泉に入りながらの絶景を拝むことができる。
「じゃあ露天風呂は?」
「そこから外に出て、階段で谷川まで降りた所だ」
そこは谷川の岩で周りを囲い、谷川に流れ落ちた温泉水を引き込んだ、天然の露天風呂になっていた。
「って事は、露天風呂は混浴ですか?」
春原が期待に鼻穴を膨らませる。
「いや、確が男湯と女湯の階段は別々の露天風呂に繋がってた筈だ」
その間には手入れされてない雑木林が横たわり、周りを生垣で囲んでいるので覗きも行き来もできないようになっている。
「えぇ!? じゃあ、後のお楽しみって……」
「この温泉場のカフェテラスで食べる、特製ブドウパフェだ」
「特製ブドウパフェ!?」
「そんなぁ……」
特製と聞いて色めき立つ杏達に対し、春原は夢打ち砕かれて魂が抜けたようにその場にへたり込んだ。
「朋也くん、特製ブドウパフェ。今から楽しみです」
「ああ、そうだな」
どんよりする春原を横目で見ながら、朋也は嬉しそうにする渚の頭に手を乗せる。
「しかも、ブドウはさっき行ったブドウ園の、採り立ての新鮮なヤツが盛沢山の贅沢三昧パフェだぜ」
「確かに他では味わえない贅沢だな」
「新鮮で、とっても美味しそうなの」
「いいわね、温泉入った後の
「良かったね、お姉ちゃん」
「おうよ、風呂上りに冷たいパフェは最高だぜ」
盛り上がる女子達に、秋生はグイっと親指を立て、片目を
「まぁ、俺はビールだがな」
「秋生さん、運転手ですよ。ビールを飲むのは家に帰ってからにしましょうね」
やんわりと
ワイワイと言いながら温泉浴場のある地下に降りる階段に向かう一同を、ロビーに並ぶゆったりとしたソファに座りながら盗み見する二人の男がいた。
「ボス、連中これから温泉に入るみたいですね」
「ああ、これで邪魔な野郎がいなくなったな」
腕を組み、窓越しの景色を眺める振りをして、ハンチング帽を目深に被ったままボスがニヤリと笑う。
「え? でも温泉ですよ」
それは流石にヤバいのではと、ヤスが
だが、それをボスは一蹴した。
「だからなんだ。こっちは後がないんだぞ」
「そうですね……」
深々とヤスは溜息をつき、ソファから立ち上がった。
そして、外に向かうボスの後に付いてロビーの外に出て行いった。