秋の恵みの空の下~メモリーズ―秋―   作:飛鳥 螢

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春原の所業

「いやーっ!」

 耳をつんざくような悲鳴に、雑木林から出て来た朋也はぎょっとなった。

 見ると、春原を前に水着にパーカーなどの上着を着こんだ杏と智代が、デッキブラシを両手にしっかりと握り締めている。

「大丈夫ですか? 皆さんっ」

 今の悲鳴を聞いて、早苗を始めとする他の面々も駆け付けて来た。

 手には手桶など、武器になりそうなものを持って。

 そして、そこに朋也と春原の姿を認め、一同は目を丸める。

「ちょっと、朋也。なんであんたまでここに来るのよ?」

 羞恥に顔を朱に染めて上着で水着を隠し、半ギレ気味に杏が詰問する。

 何の心の準備もなく、朋也に水着姿を見られたのが相当恥ずかしかったらしい。春原に見られても平気だったのに、乙女心とは不可解なものだ。

 早苗やことみ、芽衣を除く他の者達も、朋也達を前に何処となく恥ずかしそうにしている。

「まさかあんたも陽平と一緒に覗き見に来たワケ?」

「いや、俺はトイレから戻って来ない春原を捜してただけだ」

 共犯にされては堪らない。杏を宥めるように、朋也はこれまでの経緯(いきさつ)を全員に説明する。

 トイレに行って戻って来ない春原を捜して男湯の方まで覗いた時、脱衣所の露天風呂に下りる階段に出るドアが開いていたのに気づいたのだ。もしかしてと階段を下りたら、今度は露天風呂の緊急避難用の扉が開いていたのである。

 朋也はそこから雑木林の中に残る、真新しい折れた枝などの春原が通った痕跡を辿ってここまで来たわけだ。

「まさかと思ってたが、本当にここまで来てたとはな」

 呆れを通り越して、感心してしまう。とはいえ許す気は全くないが。

「ま、待てよ、岡崎。僕はちょっと河原を散歩しようと外に出ただけなんだ」

 勿論、そのついでに女性用の露天風呂を覗き見しようとしたことは伏せておく。

 ここで朋也に見捨てられたら、もう後がないのだ。

「そしたら、この露天風呂を覗こうとしたやつらを見つけて、僕が追っ払ったんだよ。ほら、果樹園の二人組。あいつら僕達の後を付けて来てたんだ」

「果樹園の二人組? 本当か?」

「嘘よ。誰もそいつら見てないんだから」

 春原に眉根を寄せて訊き返す朋也に、杏は断言する。

「言い訳するにしても、もっとマシな言い訳しなさいよね。そんなすぐバレるような嘘じゃなく」

「嘘じゃないよ、ホントだよっ」

 全然信じてもらえず、春原は焦った。

 このまま信じてもらえないと、杏と智代がその手に持っているデッキブラシでボッコボコにされるのは確定だ。

「ホントにホントなんだっ。信じてくれよ。僕は——」

「お兄ちゃん、もう止めてっ」

 なおも必死に言い募る春原を、堪り兼ねて妹の芽衣が止める。

「芽衣……」

「芽衣ちゃん……」

 突然の大声に、全員が目を(みは)って芽衣を見た。

「お兄ちゃんは、よく誤魔化したりするけれど、自分が本当に悪いと思ったら、ちゃんと謝るじゃないっ」

「芽衣、違うんだ。本当に——」

 慌てて妹の誤解を解こうとする春原だったが、最後まで芽衣は言わせなかった。

「嘘ついて、そんな言い訳までするなんて」

 きっと兄を睨み付け、芽衣は悲痛な声で言い放つ。

「そんなの、お兄ちゃんじゃないっ!」

 兄から顔を背け、ダッと谷川の河原に向かって駆け出す。

 その瞳の端には、涙が光っていた。

「芽衣ちゃん、可哀想なの」

 呆然とする春原に、ことみがぽつりと呟く。

 その声に、一斉に非難の視線が春原の体にグサグサと突き刺さる。

「おい、春原。どうすんだよ。芽衣ちゃん、泣いてたぞ」

「いや、だけど、本当に——」

「まだそれを言うの」

 妹を泣かせてまでまだ同じ嘘を貫き通そうとする春原に、杏は呆れた。

 そこへ、全身汗だらの秋生が駆け込んで来る。

「おまえら無事か!?」

 早苗と渚を見てホッとし、そしてそこに集う面々を見回して訊く。

 それに朋也はジト目を向けた。

「オッサン、何処から出てくんだよ」

 秋生が出て来たのは、女性用の露天風呂の緊急避難口だった。他の女性客がいなかったからよかったものの、施設の人に見つかったら痴漢として即警察行きだ。

「細かいコトは気にするな、小僧」

 パタパタと手を振り、秋生は眉間に(しわ)を寄せた。

「一人足りねぇみたいだが?」

「ああ、ちょっとな。春原の馬鹿の所為で、芽衣ちゃんが飛び出して行ったんだよ」

「なんだとっ」

 朋也の説明に、秋生は焦ったように自分がここに来た理由を口にする。

「今、テレビで速報が入ってな。この近くにわいせつ目的の女児誘拐犯の男が二人、逃げ込んだらしいんだ」

 誘拐された少女は無事保護されたものの、犯人の足取りは杳として判っていないとの事だ。

「え?」

 秋生の言葉に、全員が息を呑んだ。

 女児誘拐犯の男が二人。さっきから春原が居たと主張していた者も男が二人。

「芽衣っ!」

 身を翻し、春原は妹の後を追う。

「俺も行く」

「朋也くん、わたしも」

 春原の後を追おうとした朋也の後に、渚が付いて行こうとする。

 朋也はその体を押し止め、心配そうな顔をする渚の頭に手を置いた。

「おまえはこの中で待っててくれ。もしかしたら芽衣ちゃんが戻って来るかもしれないからな。けど、誘拐犯の男がまた来るかもしれないから、扉はしっかりと締めておけよ」

 こんな水着姿で外をうろついて、もし誘拐犯の男どもに見つかったら事だ。

「でも……」

「判りました。朋也さん、秋生さん。芽衣ちゃんを頼みますね」

 早苗が何か言い掛けた渚の体をくるりと塀の方に返し、露天風呂へと連れて行く。

「朋也。あんたも気を付けて」

 杏が餞別にデッキブラシを押し付け、妹とことみの背中を押して戻り、智代もそれに倣って手にした物を差し出す。

「こんな格好でなければ、私も行きたいのだが……」

 と、無念そうに肩を落とす。

「おう、おまえら、そっから出るんじゃねえぞ」

 扉の閉まった細竹の塀の向こうに声を掛け、秋生はデッキブラシを担いだ。

「取り敢えず、パツキン小僧の後を追うぞ」

「ああ」

 頷き、朋也は秋生と共に春原の後を追ったが、谷川の河原に出た処でハタと立ち止まった。

 すぐに追ったつもりだったが、谷川の流れがカーブして雑木林が邪魔で見通しが悪く、芽衣も春原も、既に姿が見当たらない。

 耳を澄ましてみても、かなり先に行ってしまったのか、滝の落ちる音と谷川のせせらぎが谷間(たにあい)に反響して芽衣を捜す春原の声も聞こえなかった。

「しゃあねぇ、二手に分かれるぞ。俺は上流に行くから、おまえは下流を頼む」

「判った。二十分後には一旦ここに戻って来る。もし居なかったら捜しに来てくれ」

「ああ、頼んだぞ」

 腕時計の時間を確認してお互いに背を向け、二人は春原兄妹の姿を捜して谷川沿いを進んで行った。

 

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