秋生から話があった次の日の昼休み、朋也と渚は旧校舎の三階にある演劇部部室で一緒に昼食を取っていた藤林姉妹と一ノ瀬ことみにそれについて訊いた。
「ブドウ狩り?」
「ああ、あの試合で俺達が勝ったおかげで、活気を取り戻した町内の商店街の人達が、感謝と慰労の気持ちを込めて俺達に楽しんでもらおうと、このブドウ狩りを計画したらしい」
食事の手を止め、思わず聞き返してきた杏に朋也が説明する。
以前隣町の商店街チームに負け続きだったこの町の商店街チームの助っ人として野球の試合をし、自分達は見事勝った。これはその礼という事らしいと。
「そう言われると、無下に断るわけにもいかなくてな」
それで一応話だけして、行くか行かないかは個々の判断に任せる事にしたのだ。
「あの、どうでしょうか?」
「そうねぇ……」
渚に訊かれ、杏は机に頬杖を付き、手にしたプチトマト付きのフォークを
その姉の様子を見て、椋も悩み込む。
そんな二人を、ことみはきょとんと不思議そうに見ている。
「ブドウ園はちょっと遠いが、商店街の人達がマイクロバスを用意してくれるらしい」
運転手はオッサンだと、更に詳しく朋也は説明を加えた。
「それに、近くに温泉があるって話だ。ブドウ狩りした後そこに寄って行くことになっている」
ちなみに露天風呂やサウナも完備して充実した施設であるらしい。
「温泉のお湯は腰痛に肩凝り、疲労回復に皮膚病などによく効き、美肌効果もあるそうです」
「美肌?」
「はい、肌がツルツルのスベスベになるって、お父さんが言ってました」
温泉の効能の最後の一つに思わず興味をそそられた杏に、渚はにっこりと答える。
「費用は勿論全部商店街の人達持ちだ。俺達はただ楽しんでくればいいって事だ」
そう言って、朋也は杏達三人を見回した。
「どうだ皆、行ってみるか?」
「うん、わたしは行きたいと思うの。折角商店街の人達がわたし達の為に計画してくれたのに、行かないのはとても失礼なの」
「まぁね。そこまでされたんじゃ、行かないワケにはいかないわよね」
ことみの言葉に小さく息をつき、仕方なさそうに杏が言う。
「椋もいいわよね、一日くらい」
「う、うん」
姉が行くと決めたのなら、椋に異論はなかった。
「よかったです」
ほっと渚は
「よし、じゃあまずは三人か」
「まずって、他にはまだ声掛けてないの? 陽平とかは?」
「あいつ、今日まだ来てねぇんだ」
朋也は軽く肩を竦めた。
悪友の春原陽平とは、一年の時からの遅刻常習犯仲間だったが、渚の家に居候するようになってから、毎朝彼女と共に登校するようになって朋也は遅刻しなくなった。一方春原は三年の二学期になっても、相変わらず連日遅刻を繰り返している。
「春原は来たら話すってことで、放課後には智代と美佐枝さんに声かけて……問題は芳野さんなんだよなぁ」
ハァッと朋也は溜息をついた。
電気工の芳野祐介は顔見知りというだけで、特に親しくしているわけではなかった。あの時も偶然見かけ、仕事で忙しい芳野に無理に頼み込んで試合に出てもらったのだ。
おそらく今日も仕事でこの町の何処かで電気工事をしているのだろうけど、今芳野が何処にいるかなんて、朋也には知りようが無かった。
——まぁ、いざとなったら、早苗さんと親しい奥さんの公子さんに連絡を入れればいいか……
「あの、春原くんの妹さんはどうなるんですか?」
名前が挙がらなかった事に気付いた椋が問うと、杏が思い出して言った。
「ああ、確か芽衣ちゃんって言ったっけ。陽平と血が繋がっているとは思えないくらいしっかりした」
「そうなの。芽衣ちゃんもあの野球に参加してたの」
スポーツ推薦で入学した春原は遠い実家を離れ、今は学校の寮住まいをしている。あの野球の試合の時、芽衣はたまたま兄の処に遊びに来ていたのだ。
「芽衣ちゃんなら来るそうです。昨日の夜お母さんが春原さんの実家に電話して聞きましたから」
心配することみ達を安心させるように、渚が事情を説明する。
この町まで来てからだと大変だから、芽衣には道中の最寄りの駅まで来てもらって、ブドウ園に行く途中で拾う事になっていると。
「じゃあ、一緒にブドウ狩りができるんですね」
「よかったの」
「はい、芽衣ちゃんもまた皆さんに会えるのを、とても楽しみにしてました」
ほっとする椋とことみに、渚はにっこりと微笑む。
そこへ、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。
「じゃ、時間とか詳しい事は、また後で知らせるということでいいか?」
「ええ、それでいいわよ」
確認を取る朋也に杏が応え、それに椋もことみも頷いた。