秋の恵みの空の下~メモリーズ―秋―   作:飛鳥 螢

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攻  防

「笹の葉ってのは、縁が鋭利だから切れやすいんだよ」

 ヤスは、腕の中で暴れる少女を宥めようと声を掛ける。

「そんな恰好で勢いよく笹薮の中に入ったら、露出している腕や足なんか傷だらけになってしまうぞ」

「もがもがもご」

 それに対し、芽衣が何か言っているが、口を大きな手で塞がれている為よく聞き取れない。

「そう暴れないでくれ。別に俺達は君を取って食おうとしてる訳じゃないんだから」

「ああ、そいつの言う通り、俺達はちょっと嬢ちゃんに話があるだけなんだ」

 恐がる少女に、ゆっくりとボスが近づく。

 芽衣は恐怖に顔を強張(こわば)らせ、目じりに溜まった涙が零れ落ちた。

「そう怖がらんでも、大人しくしてくれれば——」

 と、少女を落ち着かせようと、出来るだけ優しい口調でちょび髭男が言い掛けた時だった。

「芽衣を、放せーっ!!」

 雄叫びを上げ、脱色した金髪の山猿、もとい春原が飛び掛かった。

 

 

 曲がった谷川沿いに雑木林の脇を通り、その先の河原で芽衣が二人組の男の一人に捕まり、もう一人が嫌がる妹に近づいて行く姿を見た途端、春原はキレた。

「芽衣を、放せーっ!!」

 怒り狂い、足場の悪い河原を物ともせずに、背後からハンチング帽の男の背中に頭突きを喰らわせる。

「ぐわっ」

 思いっ切り背中をど突かれ、ちょび髭男がハンチング帽を飛ばしてうつ伏せに倒れ込む。

 すかさず朋也がデッキブラシと足でその背中を押さえつけ、春原はそのまま妹を捕まえている不精ヒゲの男に向かって行く。

「この野郎っ」

「おっと」

 少女を取り押さえたまま、ヤスは殴り掛かってきた脱色頭の少年の拳をひょいと躱した。

 拳を当て損ね、勢い春原はたたらを踏んで河原の石に足を取られてすっ転ぶ。

「もごもごんっ」

 ハデに転んだ兄に芽衣が叫ぶが、口を塞がれたままなので声にならない。

「なんなんだ、おまえ達。いきなり殴り掛かってきて」

「それはこっちの科白(せりふ)だ。芽衣ちゃんを放せ」

 朋也はちょび髭の男を捕えたまま、不精ヒゲの男を睨み付ける。

 春原のお陰で何とか一人は取り押さえたが、もう一人の方、あの不精ヒゲを生やした男は、さっきの身のこなしからして只者じゃない。

 しかも人質がいる以上、慎重に行動しなければ芽衣ちゃんに危険が及ぶ。

 そう朋也が考えていた処へ、石にぶつけて顔を腫らした春原が、ガバリと起き上がって男に殴り掛かる。

 咄嗟に不精ヒゲの男は、向かってくる脱色頭の少年に片足を蹴上げた。

 それが綺麗に腹に決まり、春原の体が吹っ飛ぶ。

「春原っ」

「もごもごっ」

 顔色を変える二人に対し、不精ヒゲの男はどこか気まずそうだった。

 ちょっとした牽制のつもりが、ものの見事にクリーンヒットしてしまった所為だ。

 吹っ飛んだ春原は、河原のゴロゴロした石にしたたか体を打ち付けて痛みに呻いた。

「お、おい。大丈夫か?」

 不精ヒゲの男から、心配する声が投げかけられる。

 ——くそっ

 全身ズギズギするのも構わず、ガバッと春原は跳ね起きた。

「芽衣を、放せっ!」

 猛然と妹を捕まえる男に飛び掛かる。

「放したいのはやまやまなんだが——」

 ぼやきながら、これまた不精ヒゲの男はひょいと捕えた少女ごと体を捻り、脱色頭の少年の突進を躱す。

 避けられた春原は、勢いそのまま脇を通り過ぎ、石に足を取られてコケた。

「落ち着け春原、相手の動きをもっとよく見るんだっ」

 頭に血が上り、闇雲に突っ掛かる悪友に、朋也は声を飛ばす。

「あ、ああ。判ったよ、岡崎」

 切れた頬から滲む血を手の甲で拭い、春原は大きく頷いた。

 親友の助言に漸く頭が冷え、今度はすぐに飛び掛からず、不精ヒゲの男の死角に回り込もうとする。

 当然ヤスもそうはさせまいと、脱色頭の少年の動きに合わせ、常に正面に向き合うように立ち位置を変えていく。

 なかなか隙を見い出せず、()れた春原が突っ込み、不精髭の男に軽く()なされて河原に頭からすっ転ぶ。

 朋也の折角の助言も短気な春原は生かしきれず、結局この繰り返しである。

 転ぶたびに酷くなっていく春原の顔の腫れに、朋也は加勢したくとも出来ないもどかしさで、自然とちょび髭男の首根っこを押さえたデッキブラシを持つ手に力が籠る。

「ぐぇっ、く、苦し、死ぬぅ~」

 首が絞まり、ちょび髭の男が喘いで悲痛な声を上げる。

 ハッとして手の力を緩めたものの、朋也は途中でそれを止めて下敷きにした男に声を掛ける。

「おい、おっさん。あいつに芽衣ちゃん放せって言えよ」

「言ったら、放してくれるのか?」

「……ああ、放してやるよ」

 少し考え、朋也が応じる。

 それを受けてちょび髭の中年男が、もがく少女を捕まえたまま、脱色頭の小僧を軽くあしらう不精ヒゲの男に声を掛ける。

「ヤス、その()を放してやれ」

「いいんですか?」

 放したらさっきみたいに大声で騒がれて、もっとマズイ事になりそうなのだが。

「いいから放せ」

 再度命じられ、ヤスは肩を竦めるように、少女から両手を放した。

「芽衣っ」

「お兄ちゃんっ!」

 解放された芽衣は、顔を腫らして駆け寄る兄の胸に跳び込んだ。

「ゴメンね、お兄ちゃん。お兄ちゃんの言う事信じないで……」

「そんな事、芽衣が無事ならそれでいいんだ」

 泣きじゃくりながら謝る妹の頭を、春原は優しく撫でる。

「え? お兄ちゃん?」

 少女の言葉に、ヤスは思わず狂犬のように自分に突っ掛かってきた少年の、無残に腫れた顔を見やる。

 ——あれが、この賢そうで可愛い少女の兄?

「おい、あの()を放したんだから、こっちも放せっ」

 朋也の足許でちょび髭男が喚く。

「ああ、ほら」

 と、朋也はデッキブラシを中年男の首あたりからどかす。但し、背中を踏みつけている足はそのままだ。これでは逃げるに逃げられない。

「おいっ」

「足までどかすとは言ってないぜ」

 抗議の声を上げる男に、しれっと朋也は言い返す。

 これで芽衣を取り返した上に、こっちはまだ人質がいる状態だ。

「なんて悪知恵が回る奴なんだ……」

「ああ、こういう事に掛けて、岡崎の右に出る奴はいないんだぞ」

 呆れた顔をする不精ヒゲの男に、何故か春原が得意げに言う。全然褒め言葉にはなっていないが。

「いいから、芽衣ちゃん連れてこっちに来い」

 憮然として朋也が二人を呼ぶ。

「そっちのオッサンは動くなよ」

 足許でじたばたする中年男の頭にデッキブラシを構えて牽制する。

「岡崎さん、ありがとうございます」

「ああ、芽衣ちゃんが無事で良かった」

 これで形勢逆転したわけだが、問題はあの不精ヒゲの男をどうやって捕まえるかだ。下手に近づいてまた人質を取られては堪らない。

「ところで、一つ質問していいか?」

 警戒心丸出しの少年達に向かい、ヤスが声を掛ける。

「なんだ?」

「その()を捕まえていたのは、その恰好でいきなり笹藪に駆け込もうとしたんで、危ないと思って止めただけなんだ」

 その後、大声で悲鳴を上げられて慌てて口を塞いだのだが。

「それなのに、何故ここまでされなきゃならないんだ?」

 非難めいた口調で問い質す。

 それに憤然と春原は言い返す。

「何言ってんだよ。この変態女児誘拐犯め」

「はぁ!?」

 思ってもみなかった事を言われ、ヤスは唖然となった。

 朋也の足の下にいる中年太りの男もだ。

「ちょっと待て。なんでそうなる!?」

「果樹園からずっと、俺達っていうより、芽衣ちゃん達をずっと付け回していたんだろ」

 選り取り見取りの少女達がいる自分達一行を。

「そ、それは——」

 ヤスは思わず口籠もり、厳しい表情(かお)をする少年の足の下で這いつくばるボスを見た。

 確かに、萌依野駅からずっと付け回してはいた。だが、それは退()()きならない事情があってのことだ。

「何か誤解があるようだが、わし等はたまたま君達と同じ場所にいただけで」

「誤魔化そうって無駄だぞ。テレビの速報で流れてんだよ。女児誘拐犯がこの山に逃げ込んだって」

 (とぼ)けるちょび髭の男に、春原が言い逃れの出来ない証拠を付き付ける。

「大体、露天風呂の女湯覗こうとしてた時点で痴漢確定じゃん」

 ——それ、おまえもな。

 この男達の件で有耶無耶になってはいるが、しっかり憶えていた朋也が内心で春原にツッコミを入れる。

「じき警察が来る。もう逃げられないぞ」

「そうだぞ。観念してお縄につ付け」

 朋也の言葉に乗って、春原が鬼の首を取ったように言い放つ。

「ま、待て。これには深い理由(わけ)が——」

「ほう、どういう理由(わけ)か、俺にも教えてもらおうか」

 警察と聞いて、慌てて言い掛けたちょび髭中年男の言葉を遮り、立木の向こうから秋生がデッキブラシを担いで姿を現す。

「オッサンっ」

「悪いな、ちょいと来るのが遅れた」

 思わず声を弾ませた朋也達に軽く片目を(つぶ)り、秋生はそこにいる一同に首を巡らせる。

「で、こんな所で話すのもなんだ。あそこで腰を据えて、じっくり話すとしようぜ」

 くいっと秋生が顎で示したのは、崖上にある温泉施設である山荘だった。

 

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