秋の恵みの空の下~メモリーズ―秋―   作:飛鳥 螢

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男達の事情

 秋生の提案に、ボスとヤスは素直に同意した。

 逃げることなく、二人は大人しく秋生達と共に雑木林を掻き分けて山荘まで辿り着く。

 ロビーでは早苗達が既に着替えて待っていた。

「おかえりなさい、秋生さん」

「ああ、ただいま、早苗」

 まるで家に帰ったような会話を交わし、秋生は貸し切りにしたカフェテラスに全員を集めた。

「えぇっ! 誘拐犯ってもう捕まってたの!?」

 驚く春原に、秋生は大きく頷いた。

「ああ、あの速報が流れてすぐにな」

 速報を見た付近の人の通報で、呆気なくお縄になったらしい。

 秋生がそれを知ったのは、芽衣の悲鳴を聞き付けて下流に引き返した途中だった。

 あの後早苗は一人崖上の女湯の更衣室に戻って服を着、誘拐犯らしき不審人物が近くに居る事を施設の人に告げて警察に連絡してもらったのだ。

 その時早苗は、警察からその誘拐犯は既に捕まった事を教えられたのである。

 秋生は、それを知らせる為に例の露天風呂の緊急避難口から河原に出て来た早苗に、偶然出くわして知ったのだった。

 それで、芽衣の所に駆け付けるのが少し遅くなってしまったのだ。

 話を聞いた秋生は安堵したが、女性用の露天風呂の周りをうろついていた不審者がいるのは間違いない。

 秋生は早苗を露天風呂に戻らせて皆でロビーに居るように言い、急いで悲鳴の上がった下流へ向かった処、さっきの場面に出くわしたという訳だ。

 そこで何やら事情がありそうな男達に、話し合いを持ちかけたのだった。

 男二人の女児誘拐犯の疑いが晴れた処で、秋生はテーブルの向こうに座る二人組の男を見据えた。

「でだ。あんたら、なんで俺達を追い掛け回したのか、きっちり説明してもらおうか」

 それに応じ、二人の男はまず黒いサングラスを取った。ハンチング帽を被ったちょび髭の中年男は何処となく愛嬌がある顔で、もう一方の不精ヒゲの方は垂れ目がちで柔和な感じの、どちらも素顔の方がよっぽど怪しまれずに済んだんじゃないかと思う程だ。

 ちょび髭のボスはそこに集う一同を見回すと、着ているジャケットの内ポケットから一枚の名刺を取り出した。

「実は、わし等はこういうものでして……」

 テーブルの上に置いたそれには「綺羅星芸能プロダクション」と書かれてあった。

「ってコトは、芸能事務所の人?」

 杏がそれを見て、目の前の二人に胡乱(うろん)な目を向ける。

 他の面々も思いは同じだった。

 何故そんな者達が、自分達を付け回したのか、ますます訳が分からない。

 その疑問は取り敢えず置いといて、まずボスは自己紹介する。

「ええ、わしはその事務所の社長で、こいつは社員なんですわ」

 ボスに示されて、不精ヒゲの男がペコリとお辞儀をする。

「まぁ、社長と言っても弱小プロダクションなもので、業務はこいつと二人で回しているようなもんです」

 ボスが社長兼スカウトなどの営業及びタレントのマネージャーなどをやり、ヤスの方はそれ以外の事務全般と雑用及びタレントのボディーガードなどをやっていた。

 道理で不精ヒゲの男の身のこなしが玄人っぽかったわけである。

「で、うちに所属しているタレントってのが、この()なんだが………」

 言いにくそうに言葉を濁らせながら、ボスは懐から一枚の写真を出した。

「あ、この子、最近売り出し中の」

 屈託なく無邪気に笑ってポーズを決める少女の写真を見て、春原が目を輝かせた。

 結構好みのタイプだったので、既にチェックを入れていた()だ。

 ——後でサイン貰っちゃおうかなぁ、ついでに握手とかもしてもらったりして……

 などと、顔をニヤケさせる。

 そんな春原を余所に、杏は形の良い細い眉根を寄せる。

「でも、この子って確か大手のプロダクション所属じゃなかった?」

「そうですよね。確か有名な所だったと思います」

 杏の疑問に芽衣も同意する。

 それなのに、自分の所のタレントとして紹介するなんて。

 こんな見え見えの嘘を付くちょび髭の男に、一同は更に猜疑の目を向ける。

 この期に及んで、まだ自分達を誤魔化す気なのかと。

「おい、てめぇ、嘘を付くんならもっとマシな——」

「元はうちのタレントを、あそこが搔っ攫っていったんだよっ」

 凄んで問い質そうとした秋生の言葉を遮り、ボスはドンっと拳でテーブルを叩ながら悲痛な声で叫んだ。

「絶対売れると見込んで金かけて、漸くあそこまで育てあげ、やっとその苦労が報われると思った矢先に……」

「大手が言葉巧みにあの()を引き抜いてったんだよ」

 無念そうに言葉を詰まらせたボスに代わり、ヤスが後を引き継いで言う。

 元々トップアイドルを目指していた彼女は、大手の口車に乗せられてあっさり弱小の自分達に見切りをつけて移籍してしまったのだと。

 確かに芸能界で上を目指すなら、大手の方が断然有利に決まっている。彼女の判断は間違ってはいないだろう。現に大手に移籍したことで大々的に売り出してもらい、今大型新人など巷ではもてはやされている。

 だからと言って、捨てられた方は堪ったものではない。

 どんよりする男二人に、一瞬秋生は掛ける声を失った。

 他の面々も何とも言えない微妙な顔になる。

 春原はガックリと肩を落とし、いらぬ期待を持たせた男達に恨みの籠った目を向ける。

「ま、まぁ、とにかくだ。それと俺達を付け回した事と、どんな関係があるんだ?」

「あの()がわし等の事務所の唯一のタレントだったんだ」

 芸能界は色々と金がかかる。しがない弱小事務所では大手と違ってそう多くのタレントを抱え込む余裕はなかった。なのに、それを大手に横取りされてしまったのだ。

 それまで彼女につぎ込んだ金も、移籍料などと聞こえはいいが、その半分も戻っては来なかった。

「だから、早々に次の()を見つけて育てないと——」

 もはや事務所の死活問題である。

 そこで都会にいる打算的な子より、田舎の方が純粋に都会や芸能界に憧れる子が多く勧誘しやすいだろうと、当てもなく車を走らせて捜していた処、まるで家出少女のようにポツンと駅前に佇む芽衣を見つけたのだ。自分達が捜し求めていた理想の少女が。

「やっぱり芽衣を騙して都会に連れ去るつもりだったんだな」

 妹を自分の体の後ろに押しやり、春原が二人を威嚇する。

「そして、嫌がる芽衣を無理矢理働かせて——」

「ち、違うっ」

 とんでもない妄想話に、二人は慌てて左右に首を振った。

「家出娘なら家に送って行こうと思ったんだよ」

 その前に色々と話をして、自分達の事務所に入ってもらうよう勧誘するつもりで。先に本人をその気にさせれば、送って行った先の両親を説得しやすくなる。

 それを実行に移そうとした処へ、秋生達が来たわけだ。

「そしたら、バスからタイプの違う()達がぞろぞろ出て来て……」

 あの時の衝撃は今でも忘れられない。うっかり声を掛けるのも忘れて楽しそうにする少女達に魅入ってしまったほどだ。

 それで諦めきれずに、二人は朋也達を付け回したというわけだった。

 

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