秋の恵みの空の下~メモリーズ―秋―   作:飛鳥 螢

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旅の終わり

「それでモノは相談なんだが」

 そう前置きして、ボスはガバッと頭を下げた。それに倣ってヤスも頭を下げる。

「誰でもいい。どうかわしの事務所に入ってはもらえないか」

 と、(おもて)を上げて伺う様に少女達の顔を見回し、最後に最初に目を付けた少女に目を留める。

「絶対後悔はさせない。必ず売れるようにする。だから——」

「あ、あたしパス」

 いの一番に杏が声を上げる。

「あたしの将来の夢は保育士なの。アイドルなんてやってられないわ」

「「え?」」

 初めて聞いた杏の夢に、仰天した朋也と春原は思わず声を上げ、彼女を見返した。

 こんな奴が保育士なんて、子供が大丈夫なんだろうか。と不安になる。

「なに?」

「な、なんでもないです」

 ジロリと杏に睨まれ、二人は慌てて(かぶり)を振る。

「あ、あの。私も人前に出るのはちょっと……」

 遠慮がちに椋も辞退の声を上げる。

「私も芸能界には興味がない」

 ばっさりと智代は情け容赦もなく切り捨てた。

 半数に断られ、ボスとヤスは残りの面々に目を向ける。

 ウエーブの掛かった長い黒髪の一部を両サイドで結んだ少女が、ぽつりと呟く。

「わたしもパパとママが遺した研究を、完成させないといけないから」

 最初に目を付けた少女は、自分達を威嚇する兄の後ろから申し訳なさそうな顔をして言う。

「すみません。今の処、兄の世話が忙しいので無理です」

 確かに、あれが兄では大変だろう。

 大いに納得した二人は一縷の望みを掛け、もう一人の少年に寄り添うように立つ少女を見た。

「こいつは、体が弱いから無理だ」

 ぽんと渚の頭に手を置き、朋也が代わりに断りを入れる。

 断るのに誰一人迷う素振りすらない。本当にアイドルには興味ないのだろう。

「ま、そういう訳だ。他を当たるんだな」

 最後にそう秋生が締め括った。

 少女全員に断られ、二人組の男は打ちひしがれて席を立つ。

 それを哀れに思った早苗が、ちょっと待っていてくださいと持って来たのは、ふんわりと布巾の被った藤製のカゴだった。

 ピキリと、その正体を知る全員が凍り付いた。

「良かったら食べてください」

 にっこりと微笑んで早苗は二人にそれを差し出す。

「え、いいんですか?」

「はい、お昼に余ったものですから」

 そう言う早苗の後ろで、朋也はこそっと秋生に声を掛ける。

『オッサン。いいのか、アレ渡して』

 早苗さんは善意で申し出たのだろうが、食べたら卒倒し、浴びる程水が欲しくなる劇物だ。

『今更どうするよ』

『………』

 確かに、持って来る前なら何とか止められたが、あの状況ではどうしようもない。こうなっては自分達に後出来る事は、あいつ等が遠慮してくれるのを願うばかりだ。

「では、遠慮なくいただきます」

 ——ダメだった……

 ちょび髭男共々頭を下げ、申し訳なさそうに不精ヒゲの男がカゴを受け取るのを見て、朋也はハァっと溜息を漏らす。

 こうなるともう、後自分に出来ることは、運転中には絶対に食べないようにと忠告する位だ。

 でないと大惨事になる。

『小僧、そう気に病むな。考えようによっては、これで良かったんだよ』

 朋也の肩に腕を回し、秋生が諭すように言う。

『早苗のパンも無駄にならずに済むからな』

『………』

 確かに何時も売れ残った早苗さんのパンは、オッサンが自分の胃袋に収めていたからな……

 ある意味、秋生は彼等のお陰で命拾いしたともいえる。それにあの二人が重度の激辛好きかもしれないし。

 これで良かったのだと朋也は自分を納得させた。

 手土産のパンを持って男二人がカフェテラスから出て行くと、微妙な雰囲気の中秋生は威勢よく声を上げる。

「さあ、いよいよお待ちかねの、贅沢三昧特製ブドウパフェの時間だぜ」

 打って変わって、一同から歓喜の声が沸き起こった。

 

 

 色々あったが、朋也達は秋生がここの食事処に頼んでいた特別注文の特製ブドウパフェを堪能した後、帰路に着いた。

 途中の萌依野駅で芽衣を降ろし、マイクロバスは一路自分達の街を目指す。

 バスに揺られ、朋也は自分の隣の窓際の席で、すっかり陽が沈ずみ、黒ずんだ景色の中を流れる外灯の(あか)りを眺めている渚に声を掛けた。

「渚、疲れてないか? もし眠いなら俺に寄り掛かれよ」

 あの二人組の男の所為で、予定よりかなり帰るのが遅くなったのだ。初めての遠出で相当体に負担がかかった筈だ。

 現に他の連中は、各々自分の席で心地よいバスの揺れに寝息を立てている。

「ありがとうです、朋也くん。でも大丈夫です」

 振り返った渚は、にっこりと微笑んだ。

「不思議と全然眠くないんです」

「多分、初めての遠出で興奮してるからだろ。眠くなくてもいいから、ほら」

 渚の肩に手を掛け、朋也は自分の肩に寄り掛からせる。

「明日は学校があるんだ。少しは休まないとな」

「はい、すいませんです」

 申し訳なさそうに渚が応える。

 ふっと笑みを零し、朋也は渚の肩に添えた手を彼女の頭に乗せた。

「——渚、楽しかったか?」

「はい、皆とこんな風に出掛ける事が出来て、本当に楽しかったです」

「そうか……」

 弾んだ声で答える渚は本当に嬉しそうだった。

 そんな彼女の頭を明也が優しく撫でていると、それが心地よかったのか渚が小さく欠伸をした。

「少し、眠くなってきました」

「ああ、着いたら起こしてやるから、安心して休め」

「はい…です………」

 吐息を漏らすように応えた渚は明也の肩に寄り掛かったまま、すうすうと寝息を立て始める。

 寝付きの良さは相変わらずだ。

 ——渚……

 今日一日熱が出る事は無かった。この旅行を無事乗り切ったのだ。多分もう大丈夫なのだろう、渚の体は。

 そう思えた事で、朋也は漸く肩の荷が下りたように感じた。

 マイクロバスの窓越しに見える満月が、良く晴れた秋の夜に一際大きく輝いていた。

 

 

 その日古河家に帰り着いたのはかなり遅くなってからだった。

 到着時間を大幅に超えてしまった為、そのままマイクロバスで各家に皆を送り届けて戻ったからだ。

 家の前で早苗と渚、そして朋也を降ろすと、秋生は借りていたマイクロバスを置きに、また出かけて行った。

 もう遅いからと早苗に言われ、家に戻った朋也と渚は、昼間温泉に入ったので軽くシャワーを浴び、すぐに自分の部屋で休むことにした。

 やはり相当疲れていたらしく、バスの中で寝ていたのにも関わらず、二人は秋生が戻ってくる前に深い眠りについた。

 

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