翌日、朋也は普段もより早く目が醒めた。
窓を開けると、今日も良く晴れて残暑が厳しい一日になりそうだ。
布団を押し入れに入れ、制服の半袖シャツとズボンに着替えた朋也は、ネクタイを結びながら一階に降りる。
廊下の先にある店の方は、今日も出勤や登校前にパンを買い求める客で賑わっていた。
何時もと変わらない朝の風景だ。
その賑わいを耳にしながら、朋也は居間に向かう。
中に入ると、テーブルの上には自分達の朝食の準備がされていた。
だが、何時も先に起きている筈の渚の姿が無い。
「まだ寝てるのか?」
昨日は初めて皆と遠出したのだ。帰りも遅くなったし、疲れて寝坊したとしても不思議じゃない。
まだ時間は十分ある。後少し待っても大丈夫だろう。
朋也は起こしには行かず、テーブルの何時もの自分の場所に座り、渚が起きて来るのを待った。
ぼんやりとテレビを見ていると、漸く渚が起きて来た。
「すみません。遅くなりました」
「いや、まだ——」
と言い掛けて、朋也はハッとした。
ふらつくように居間に入って来た渚の顔がやけに熱っぽい。
「渚!?」
朋也は急いで立ち上がり、よろけた渚の体を支える。
「ありがとう…です、朋也くん」
潤んだ目で朋也を見上げ、渚が力なく微笑む。
その額に朋也は手を当てた。思った以上に熱い。
「渚、おまえやっぱり熱が」
「大…丈夫で——」
吐息を漏らすように言い掛けた渚の声が、不意に途切れる。
「渚っ!?」
腕の中で急に力の抜けた渚の体を慌てて抱え、朋也は血相を変えて呼び掛ける。
だが、それに応える声は無かった。
チャイムが鳴ると同時に、朋也は席を立った。
何も入っていない薄っぺらな学生鞄を手に、教室から飛び出す。
——渚……
廊下と階段を駆け抜けた朋也は、そのまま校舎を後にした。
あの後、朋也は気を失った渚を抱え、店にいる秋生達を呼んだ。
だが、客を放り出す訳にも行かず、店を秋生に任せた早苗が医者を呼び、朋也は渚を二階の部屋に連れて行った。
片付けられずに敷かれたままの布団に、そっと渚を寝かせる。
熱があって苦しいのか、渚は浅く荒い息を繰り返していた。
朝早くではあったが、主治医の先生はすぐに来てくれた。
渚の容態が落ち着くと、早苗は渚の傍を離れようとしない明也を促すように声を掛けた。
「朋也さん、渚はもう大丈夫ですから、学校に行ってください」
「いや、でも——」
「大丈夫ですよ。渚は強い子ですから、朋也さんが帰って来る頃には目覚めていると思います。それに朋也さんまで休むと、皆さんが心配してしまいます」
にっこりとそう早苗に言われては、朋也もそれ以上食い下がれず、後ろ髪引かれる想いで学校に来たのだった。
そして、渚の事は昼休み演劇部部室で杏達に、休んだ渚の事を昨日の疲れから熱を出しただけで心配ないと告げ、最後の授業が終わると同時に朋也は渚の眠る家へと急いだのだ。
家に着くと、朋也はまず居間に顔を出した。
早苗は店番をしているらしく、そこには秋生だけが居た。
「オッサン」
「おう、帰ったか。小僧」
テーブルに頬杖を付き、物憂げに
「渚は?」
「さっき目ぇ覚ましたトコだ。まだ熱っぽくて起き上がれねぇが、一応話しくらいはできる」
「判った」
頷き、朋也は一瞬
「オッサン、渚はやっぱり——」
「昨日の疲れが出ただけってこともあり得る」
皆まで言わせず、秋生さっさと行けと朋也に手を振る。
「ああ……」
言い掛けた言葉を呑み込み、朋也は二階の渚の部屋に向かった。
「渚、起きてるか?」
部屋の前で声を掛ける。
「——朋也くん……」
ややして、渚の声が返って来た。
「入るぞ」
断りを入れて朋也が中に入る。
渚は一度起きて服を着替えたのか、制服ではなくパジャマ姿で布団に寝ていた。
「おかえりなさいです。朋也くん」
「ただいま、渚」
熱っぽい潤んだ瞳を向ける渚に応え返し、朋也は布団の脇に胡坐を掻いて座る。
「具合はどうだ?」
「大分よくなりました」
確かに朝のように息は乱れていないが、顔色は相変わらず良くない。
「無理するなよ」
「はい。あの……すみませんでした」
「どうしたんだ。いきなり」
言い淀みながら、いきなり謝る渚に朋也は目を瞬かせた。
「結局また熱を出してしまって、朋也くんに迷惑をかけてしまいました」
「遠出したの初めてなんだから、疲れて熱を出すくらいよくある事だ」
申し訳なさそうに言う渚の額に手を置き、朋也は何でもない事のように言う。
朝程ではないが、まだ少し熱があるようだ。
「それに熱が出て辛いのはお前の方だろ。すまないと思っているなら、早く元気になれよ」
「はい、頑張ります」
「そうやって頑張り過ぎると、また熱が上がるぞ」
気を張る渚に苦笑し、朋也は渚の頬に手を添える。
「ただの熱なんだから、ゆっくり休めばすぐに良くなる」
「はい……」
火照った頬に朋也の手の冷たさが心地いいのか、渚は目を閉じた。
「もう少し秋が深まって山が色付いたら、今度は紅葉狩りでも行くか? 皆を誘って」
「はい。でも皆さん来てくれるでしょうか?」
「なんだかんだ言って付き合いいいからな、あいつら。大丈夫だろ」
「……楽しみです」
朋也の掌に頬を摺り寄せ、目を
どうやらまた眠くなってきたらしい。
「少し喋り過ぎて疲れただろ。傍にいるから、もうちょっと眠るか?」
「——はい……」
吐息のような返事を返し、渚は寝息を立て始める。
大分楽になった様子に朋也はホッとし、渚が目を覚ますまで何時までも傍に居続けた。
この熱は疲れからくるものだと、自分自身に言い聞かせながら。
数日
だが、またすぐに体調を崩し、寝込む日が多くなっていった。
そして、雪が降る頃になっても、渚の体が完全に復調する事は無かった。
〈秋の恵みの空の下 了〉
以前思い付きで、このメモリーズを春夏秋冬それぞれの話を書くと言いましたが、ここでハタと気付きました。
アニメでは、冬は渚がずっと寝込んでいるので、当然朋也もそれに付き合って家に籠ったまま動かないという事に。それでは何時ものメンバーで、ワイワイ騒げないではないかと。渚の枕元で皆が騒いだら、朋也が怒る。
「まどろみの向こう」のように元気になった大人の渚や、朋也の彼女を別の人物にすればという案もありましたが、ここで朋也の相手を替えるのは違和感ありますし、何時ものメンバーで高校生活の一場面を書きたいと思っている自分には、それ以外の設定での話がまるで思い浮かびませんでした。大人の朋也達の話である「まどろみの向こう」も、どちらかというと高校生活のシーンがメインでした。
まぁ、夢落ちというテもありますが、一回似たような物を書いたので、それもどうかもと今一書く気がおきません。
なので、このメモリーズは春・夏・秋の全六話、この話で終わりとなります。
今まで読んでくださり、どうもありがとうございました。
他に幾つか別の作品も書いていますので、そちらも読んでもらえると嬉しいです。