秋の恵みの空の下~メモリーズ―秋―   作:飛鳥 螢

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出発前の公園

 ブドウ狩り当日、昨日まで降っていた雨も止んで見事な晴天となり、絶好のブドウ狩り日和となった。

 秋生達の心配をよそに渚は寝込むこともなく、今日も元気に朝早くから早苗と二人弁当作りに精を出している。

 朋也達は各々温泉に入る時の着替えなどをバッグに詰め、待ち合わせの場所である古河パン前の公園に集まった。

「おまえ等、何でそんなに大荷物なんだ?」

 杏達の手荷物のバッグの大きさに目を見張り、思わず朋也は訊いた。

 弁当の他に一体何が詰まっているのか、ただブドウ狩りをして温泉に入るだけなのに、まるで泊りがけの旅行にでも出かけるような大きさである。

「女の子には色々と必要なものがあるのよ」

「そんなもんなのか?」

「あ、はい……」

 杏にああ言われても今一ピンと来ずに訊いてきた朋也に、ちょっと恥ずかしそうに渚は曖昧に応える。

 そういう渚も、結構大きめのバッグを持っていた。

「で、さっきから気になってたんだけど——」

 と、杏は不吉な物でも見たように、ことみの手荷物の一つを指差した。

 それは柄の長い瓢箪型をした黒い革張りのバッグで、その独特の形状の中には言わずと知れたバイオリンが入っている。

「あんた、なんでそれ持って来てるの?」

「車の移動中の暇な時に、芽衣ちゃんに聞かせてあげようと思って持ってきたの」

「事故るから止めて」

 何時も芽衣ちゃん、すぐ帰ってしまって聞かせてあげられないからと、意気込んで言うことみの素敵な思い付きを、言下に杏は却下する。

 小さい頃一時バイオリンを習ったことのあることみは、学校の音楽室に放置されていたバイオリンを譲り受けて、再びそれを引くようになった。

 但し、その腕前というか演奏は、お世辞にも素晴らしいとは言い難い代物、いや、それは既に殺人的な音響破壊兵器と言っても過言ではなかった。

 以前バイオリンの演奏会をやりたいと怖い事を言ったことみの為、朋也達は不安を覚えつつも人を集め、放課後比較的安全と思われる校庭でそれを催してやったのだが、そのことみの演奏を聴き終わった時、全員息絶え絶えで、人死にが出なかったのがいっそ不思議なほどだった。

 そんなバイオリンの演奏会を閉ざされた空間の車内でやろうものなら、今度こそ間違いなく全員の心臓が止まりかねない。

 だが、あのありとあらゆるモノを破壊尽くすような凄まじい音を、うっとりと聴き惚れる感性の持ち主であることみは、杏の懸念など全く理解できずにぷうっと頬を膨らませた。

「杏ちゃん、いじめっ子」

「いじめてないから、とにかくそれだけは止めて」

「そ、そうだよね」

 姉に相槌を打って椋も言う。

「折角の演奏ですから、狭い車内よりも、もっと広々とした空の下でした方がいいと思います」

「はい、わたしもその方がいいと思います」

 椋の言葉に渚も大きく頷く。

「外の方が、きっとバイオリンの音色も綺麗に聴こえると思いますから」

「うん、私もそう思う」

 智代も強く皆の意見を押した。

 折角の素敵な思い付きなのに皆にそう言われ、ことみは少し考え込んで渚の隣にいる幼馴染みに視線を向けた。

「朋也くんも?」

「ああ、俺も渚達に賛成だ。一学期にやった演奏会の時もそうだったろ。おまえのバイオリンは狭い屋内より広い屋外向きだ」

 でないと、とてもじゃないが聴いてるこっちの身が持たない。

「そ、そうだよね。うん」

 春原も顔を引き()らせて慌てて相槌を打つ。

「……わかったの」

 朋也にまでそう言われ、少し不満そうな顔をしながらもことみはコクリと頷いた。

「皆がそう言うのなら、ブドウ園に着いてから弾くことにするの」

 その言葉に全員が胸を撫で下ろし、安堵した。

 だけどこれは、ただ単に問題を先送りにしたというか、ブドウ園に被害を拡大させただけとも言える。

 おそらくそこでことみがバイオリンを弾いたが最後、その音の衝撃波に園内のブドウは一粒残らず全て枝から落ちる事だろう。

 ブドウ狩りなどの果物を客が自分で収穫して楽しむ類の施設では、取ったブドウは量り売りして入場料とは別に代金を払うのが一般的だ。

 もし、ことみのバイオリンの所為でブドウが全部落ちたら、誰がその代金を払う事になるのだろう。仮に商店街の人達がその代金を支払うのだとしたら、次の日から職種に関係なく、商店街全店の店頭にブドウが山積みになって売られるのだろうか。その光景を思わず想像し、朋也はげっそりとなった。

 そこへ、何処からかやってきた車体側面の白地に青いラインの入ったマイクロバスが公園の入り口付近に停まった。

 十四、五人くらい楽に乗れそうな大きさのヤツである。

「よぉ、待たせたな」

 運転席の窓から顔を出した秋生は、バスの昇降口の扉を開けて集まっていた面々に声を掛ける。

「さぁ、おまえ等さっさと乗れよ」

 だが、マイクロバスに目を向けたまま、誰もその場から動こうとしない。

「ん? どうした?」

「いや、ホントにこれで行くのか?」

 秋生の乗るマイクロバスを指差し、朋也が確認する。

「ああ、中古だがな。中々ゆったりしてて乗り心地は最高だぜ」

 と、秋生が保証する。

「それはいいんだが、なんでバスの側面に『光坂町商店街野球チーム』って書いてあるんだ?」

「そりゃあおまえ、試合で隣町のグラウンドへの移動用に、商店街の野球チームで購入したバスだからだよ」

 隣町の商店街チームが持っているので、こっちも負けじと中古のこれを買ったのである。

 ちなみに、皆奥さんに相談せずに購入した為、チームのメンバーはこのマイクロバスのローンが払い終わるまで、毎月の小遣いを大幅にカットされたらしい。

「やっぱ、あたし行くの止めようかしら……」

 こんなのに乗って行くなんて恥ずかし過ぎる。

「お姉ちゃん、そんな事言ったらダメだよ」

「そうなの、ここで止めたら商店街の人達にとても失礼なの」

「分かってるわよ。ちょっと言ってみただけだから」

 椋とことみの二人に(たしな)められ、杏はバツが悪そうにそう言うと、後ろを振り返って公園内に向かって声を上げた。

「ボタンっ、ほら行くわよっ」

「え? ボタン!?」

 杏の呼び掛けに、慌てて朋也達が公園内を見回すと、繁みの一角がもぞもぞと揺れ、同時にずぼっと茶色の体毛に焦げ茶の縦縞模様のある小動物が飛び出して来た。

 公園を一気に横切り、ぷひっと手を広げる杏の腕の中に飛び込む。

「おまえ、まさかボタン連れて行く気か?」

「そうよ、ボタンにも鈴生りのブドウ見せてあげようと思ってね」

 この辺じゃ見れないからねと、驚く朋也に杏が事もなげに言う。

「それに今日行くブドウ園って、山間の自然に囲まれた所にあるんでしょ。ボタンもたまには地元を離れた自然の中で遊ぶのもいいかと思って」

「いや、だけど迷子にでもなったらどうすんだよ」

 朋也は表情を曇らせた。

「そいつ、結構独りで何処でも行くだろ」

 今はペットとして杏に飼われているが、ボタンは元は野生動物で行動範囲がやたらと広く、いつも一匹で町内のあちこちをうろついているらしい。時々、バイク通学する程の遠方から通う杏の匂いを辿って学校にまで来るほどだ。

 そんな奴が見知らぬ土地などに行ったら、何処に行くか分からない。

「そうそう、そこの土地の人達がペットと知らずにボタンを捕まえて、鍋にしちゃったりとかしてさ」

「そうなる前に陽平、あたしがまずあんたを鍋にしてあげるわ」

 朋也の危惧に肩を竦めて軽口を叩いた春原を、ぎっと鬼気迫る形相で睨め付け、息を呑む脱色頭の元同級生にずいっと詰め寄った杏は冷然と言い放つ。

「それがイヤならボタンが人に捕まらないよう、あんたがしっかり見てなさいよ。ブドウ狩りなんてしないでね」

「なんで僕がっ!?」

 理不尽な事を言われ、春原が思わず言い返す。

「そうゆーのって、飼い主がするもんでしょ、普通っ」

「あんたが言い出したんだから、言い出しっぺがやるのは当然でしょ」

「ボタンを連れて行かないってゆー選択肢はないんですかね!?」

「ないわ」

 あっさりと春原の抗議をうっちゃった杏はボタンを抱え、これ以上問答は無用とばかりバッグを手に、さっさとマイクロバスに乗り込む。

 杏にとって、春原がボタンの面倒を見るのは既に決定事項らしい。

「諦めろ、春原」

 何時もの事だと、呆然と声もない悪友の肩を叩き、朋也は渚と共に杏の後に続く。

 他の者も次々と乗り込み、最後にがっくりと項垂れる春原が乗って、全員忘れ物がないのを確認すると、秋生は扉を閉めてマイクロバスをスタートさせた。

 町を出てすぐに高速道路に入り、何事もなくマイクロバスは暫く北を目指してひた走る。

 そして、一時間ほどして下道に降りて何もない長閑(のどか)な田舎の風景の中を二十分程走ると、マイクロバスはその先にあった町の中に入って行った。

 

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