秋の恵みの空の下~メモリーズ―秋―   作:飛鳥 螢

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ブドウ園

 新たに芽衣を乗せ、車内が一層賑やかになったマイクロバスは狭い山の間を抜ける道路を走り、少しだけ拓けた山間の盆地に出るとすぐの所にあった果樹園の駐車場に乗り入れた。

「わぁ、結構広いです」

 マイクロバスから降り、目の前に広がるブドウ棚を見渡して、芽衣が感嘆の声を上げる。

「色んなブドウが一杯()ってます」

 渚の言うように、ずらりと並んだブドウ棚には大小の粒に、黄緑や紫に赤紫など様々な色合いの品種のブドウが鈴生りになっていた。

「ブドウ棚って初めて見たの」

「私もです」

「ほら、ボタン。これがブドウ棚っていうのよ。すごいでしょ」

 目を(みは)ることみと椋の横で、杏はボタンを抱き上げてよく見えるようにした。

 それにボタンが「ぶひっ」と、つぶらな瞳を丸めて応える。

「これ、好きなだけ食べ放題の取り放題なんて、嬉しすぎるよね」

 鈴生りのブドウ棚を前にし、春原が嬉々として言う。その口許には既にヨダレが垂れていた。

「僕、全部食べ尽くしちゃおうかな」

「まあ、おまえにそれだけの金があるなら、一向に構わないけどな」

 浮かれる春原を冷ややかに見やり、朋也はブドウ園の入口にある看板を指差した。

 そこには『ブドウはご自分で収穫した物を清算した後でお食べ下さい』と書かれてあった。つまり、金を払わなければブドウは食べられないという事だ。

「えっ、でも、その代金も商店街の人達が出してくれるんじゃないの?」

「一人二千円までだよ」

 後で細かい打ち合わせをした時、一応言っておいた筈だが、春原は全然聞いてなかったらしい。

「嘘でしょ」

「嘘じゃねぇよ。な。そうだったよな、オッサン」

 エンジンを止めて降りて来た秋生に朋也が確認を取る。

「ああ、流石に予算の都合で好きなだけって訳にはいかなくてな。それをオーバーした(もん)は、悪いが差額分は自分で払ってくれ」

「そ、そんな……」

 折角腹一杯食べようと朝食抜かして来たというのに……

 呆気なく目論見が崩れ、春原はがっくりと肩を落として涙した。

 そんな兄の姿に、芽衣は情けなさそうに深く溜息をつく。

「もう、しょうがないなぁ、お兄ちゃんは……」

「ホント、馬鹿よね」

「まぁ、それが春原だからな」

 妹の前で容赦なく()き下ろす杏に、朋也が弁護とも言えないフォローを入れる。

「ま、そうがっかりするな。パツキン小僧」

 秋生は項垂(うなだ)れる春原の背中を威勢よく叩いた。

「その分、後のお楽しみを用意しておいたからな」

「え? 後の楽しみって、まさか温泉のコトですか!?」

 途端に春原は目を輝かせ、身を乗り出して確認する。

「ああ、ま、そんな処だ」

 後の楽しみだからと曖昧に秋生が応えると、鼻息を荒くした春原がぽおっとしてニヘラと不気味な笑みを浮かべた。

 おそらくお楽しみの入浴シーンを妄想したのだろう。ツーっと鼻から一筋の血が流れ出る。

「ぅわっととっ」

 ハッと我に返った春原は、慌てふためいて鼻を押さえた。

「春原さん!?」

「大丈夫だ。単に自分の妄想に逆上(のぼ)せただけだ」

 ——ったく、何想像してやがんだ。

 春原の鼻血に驚いて慌てる渚を落ち着かせ、朋也は渚がポケットから取り出したティッシュを受け取ると、軽く丸めて自分の鼻血に焦る春原に放った。

「ほら春原、これ使え」

「あ、ああ」

 鼻を押さえていない方の手でそれをキャッチした春原は、急いでティッシュを丸め直して鼻の穴に突っ込む。

「っとに、どうしようもないわね」

「全くだ」

「すみません。何分いたらぬ兄でして……」

「い、いえ。そんな事ありませんから」

「そうなの、春原くんは少し鼻孔の血管が弱くて切れやすいだけかもしれないの」

 呆れ果てる杏と智代に、しゅんとして謝る芽衣に慌てて椋が言葉を掛け、それにことみがコクリと頷いて私見を述べる。

 そこに入口の精算所で人数分の入場料を払ってきた早苗が戻って来た。

「はい、皆さん。入園の手続きが済みましたから、入口の所でカゴとハサミを貰って園内に入ってくださいね」

 そして入園する前に、注意事項を説明していく。

「それから、取ったブドウは五百グラムまでは、入場料に含まれますので無料です。それ以上はお金がかかりますから気を付けてくださいね」

「さっきも言ったが、うちが出せる金額は一人二千円までだからな。自腹切りたくねぇ奴は、気ぃ付けて取れよ」

「分かってま~すっ」

 後の楽しみと聞いて一気に息を吹き返した春原は、鼻の片方に丸めたティッシュを突っ込んだまま元気に返事した。全くもって現金である。

 早速一番にカゴと剪定バサミを持って園内に入ろうとする。

 そんな春原の前に杏が立ち塞がった。

「ほら、あんたが持つのはカゴじゃなくてこのコ」

 と、抱きかかえるボタンを強引に春原に押し付ける。

「いい、ボタンから目を離したら、あんたのその目から眼球引っ張り出して、文字通り節穴にしてあげるからね」

 空恐ろしい科白(せりふ)をにこやかに凄味を付けて言い放つと、杏は身を翻して妹と共に入口に置いてあるカゴと剪定バサミを貰って中に入って行く。

 取り残されたボタンは後ろ脚でゲシゲシと春原の体を蹴り、その手から逃れて地面に降り立つと、ふんふんと鼻を(うごめ)かした。

 そして、野生の(さが)か、人の手で整備された園内より、その周辺の野趣溢れた自然の方が気に入ったらしく、ダッとブドウ園の脇に鬱蒼と繁る藪の中に駆け込んで行く。

「あぁっ、待ってください、ボタン様っ」

 ここでボタンを見失ったら、杏に何されるか分からない。

 恐怖に駆られ、春原は慌てふためいてその後を追った。

「春原さん、ブドウ狩りはどうするんでしょう」

「ボタンの気が済めば、戻って来るだろ」

 心配そうにガサガサ揺れる藪を見詰める渚の頭に手を乗せ、朋也はお気楽に言った。

「それに春原の分なら、芽衣ちゃんが取っててくれるだろうからな」

 よく気が付き、兄想いの妹だから言われなくともそれくらいするだろう。

「あ、それもそうですね」

 安心したように渚が頷く。

 そんな渚の様子を窺うように朋也は訊いた。

「ところで渚、気分とかは悪くないか?」

「はい、大丈夫ですけど。……朋也くん、どうかしたんですか?」

 いきなりの質問に、渚は小首を傾げて朋也を見た。

「あぁいや。おまえこんなに長くバスとか乗ったこと無いって、オッサンから聞いてたから、疲れたんじゃないかと思ってさ」

「はい、でも朋也くんと一緒ですから大丈夫です」

「そっか……」

 ——今の処は大丈夫そうだ。

 ほっと朋也は息をつく。

「じゃ、俺達も入ろうぜ。じゃないと、オッサンにブドウ全部取られちまうからな」

「はい、朋也くん」

 にっこりと微笑み、渚は楽しそうに返事した。

 

 

「皆行っちまいましたね」

 駐車場の入口前に立つ、大きなブドウ園の立て看板の陰に停めた車の運転席で、ヤスは助手席のボスの顔を窺い見た。

「どうするんです。俺達も中に入りますか?」

「いや、ブドウ園の奴等に顔を見られるのはマズイ。とはいえ、ここで待ってるってのも芸が無さすぎるな……」

 言いながらハンチング帽のちょび髭男は、助手席から金網のフェンスに囲まれたブドウ園を見渡した。

 ブドウの木を荒らす野生動物の被害を避ける為に設置されたそれは、人間にとってはそれ程高くない。あれなら人目を避けて目立たない所からよじ登って園内に入れる。

 そして。あれだけ広いブドウ園なら、あの少女達もブドウ狩りに夢中になってバラけるだろう。そうすればあの大人達に気付かれずに、扱いやすそうな()を捕まえる事も可能だ。

「ヤス、さっきここに来る前に横道があったよな」

「あ、はい」

「車をその横道に入れて停めてこい」

 と、ボスはさっさと助手席のドアを開けて車を降りる。

 ヤスは言われるまま、車をUターンさせて横道の所まで戻って行った。

 

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