西暦204█年、元号・永慈の日本。現世に超自然的産物───超常的エネルギー「穢れ」とそれを用いる「境界異常」が存在し、霊的存在が科学として研究される世界。また日本に【環境庁神祇部境界対策課】が存在し、彼ら率いるタクティカル祓魔師が界異に立ち向かう世界。人の命が軽く、残酷なまでに強者が闊歩する世界。
そんな世界でも人間は必死にもがきながら生き、平凡な日常を送っている。██県住月市にある駐車場だけ広いコンビニもまた、いつものように夜を迎えた。
「じゃ、僕帰るから。あとはよろしく由希くん」
「はーい、お疲れ様です店長」
コンビニチェーン・イノール住月三番町店には変わったルールがある。平日の深夜帯はバイト1人で店の運営全てを管理しなければならないのだ───つまりはとんだブラックバイトである。
そんな哀れなくじを押し付けられた青年…
時刻は午後21時半。今から朝の7時まで、しめて9時間近くを一人で対応しなければならない。待てよ、前は朝6時までだったような…いや、いつものことだな。何の問題もない。
「いらっさゃーせー」
過酷な日々の業務に半ば思考麻痺した青年はよたよた入ってきた酔っ払いに来店の挨拶をした。
タクティカル現代の夜が更ける。
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突然だが、白澤由希───本名・ブラン公爵はヴァンパイアである。
界異はびこる永慈の日本、もとい世界においてヴァンパイアとは伝説に語り継がれる吸血鬼とは似て非なるものだ。
『スモレンスクの夜明け』作戦*2のごくわずかな生き残りである穢血貴族のブランは殺戮の嵐と数多の目から逃れて東に落ち延び、島国日本で生きるためアルバイトに日々を費やしているのだ。
《いかがでしたでしょうか?ラジオネーム《妖精乱舞》さんからリクエストいただきました、ありがとうございます。》
…もっとも、その勤務態度は良いとは言えないが。レジ裏の椅子に座り、イヤホンでラジオの再放送を聞き流すブランはため息をついた。
「…はあ……」
深夜2時を回り、コンビニに客は誰も来ない。2時間ほど前に訳のわからないことを喚く老婆を迎えに来た家族を見送ったのが最後だった。電灯とホットスナックケースの光が否応なしに目に疲れを溜めていく。
自動車学校か何かの明るい宣伝音楽が流れる中、ブランは空っぽの建物でまた重く長いため息をついた。
このコンビニはクソだ。体はどう扱っても疲れないが、心は別だ。仕事をしない無能上司がいるおかげでアルバイト生活を続けていられるが、それはそれとして心が疲弊するのだ。人間にこき使われる現状に甘んじるのを
そこまで考えて、ブランは頬を張った。いけない、このままではいけない。彼は生きるためにプライドの全てを捨てると決めたのだ。
この世界で生き抜くためには『ブラン公爵』ではなく、『白澤由希』でなければいけない。
《…ではここで今回のスペシャルゲスト!今日のゲストは境界対策課広報室の四辻██さんです!》
《皆さん初めまして!環境庁神祇部境界対策課広報室の四辻です!今日は我々境界対策課から注意すべき界異について説明させていただきます!》
もし自分が
《世界各地に現れる境界異常、通称【界異】には多様な種類が存在します。今回はリスナーの方から頂いたテーマを基に界異の性質を───》
ト、ト…
「……!」
界異の優れた聴覚が店外から足音を聞き取った。ブランはイヤホンを外して『白澤由希』に戻り、応対した。
「いらっしゃーせー」
「……』
真夜中の客は灰色パーカーの出不精そうな男だった。前ポケットに両手を突っ込み、俯きながら入ってきた。男は最も入り口に近い棚の正面からチケットを取ると一直線にレジに向かってきた。祓魔乙女ミタマ*3の一番くじだ。
「これ3回お願ェ……』
「はい、では箱からく…じ……」
瞬間、二人の間から音が消えた。店内BGMも一区切りで止まり、レジ裏に置かれたイヤホンからの音漏れがいやに大きく響く。広報室の祓魔師の声が明瞭に説明を始めた。
《───はい、ファンタジー的な名前を持つ界異も存在します。特に有名なのは
「……」
「……』
二人きりのコンビニで顔を見合わせる。
異色虹彩…穢れた血の赤、と形容される濁った色の片目を持つ店員。
袖とフードから僅かに見える、4本指と長く尖った耳を持つ客。
時刻は深夜2時、コンビニに
「……あー、これ当たり…っすね…A賞です」
「……うっス、あざス』
深夜2時3分、何事もなく二人は解散した。