呪術廻戦 会者定離(旧題:一人の術師と六眼なし五条家当主の話) 作:ソル
欠けていたものが全て満たされたような満足感と、大切なものを失ったような寂寥感。目を覚ました時、私の中には二つの相反する感情があった。
そこからは、よく覚えていない。夢の中にいるように、頭の中がふわふわしている。攻撃を受けたのはわかるのに、それを受けたという実感がない。颶風を見る。一度は死を覚悟して立ち向かった相手なのに、なんだかひどくちっぽけに見えた。
体を流れる力に身を任せる。颶風へと腕を向け、力をためるようにして中指を親指で抑える。五条家に伝わる、無下限呪術の切り札。これまでは、試してみようとすら思わなかったそれ。何だか、今ならできるような気がした。
「虚式『茈』」
放たれた紫色の光が、奴の体を消し飛ばす。制御が甘かったのか、当たったのは腰から下だ。でもまあ、領域を使った直後にあれを食らった。ほとんど致命傷だ。放っておいても消えるだろう。
「終わった、のかな。禍転は、どこに―」
そこで、ようやく気づいた。彼の姿がどこにもない。
「禍転、禍転!」
返答はない。あたりを見渡す。考えたくはないが、死んでしまったとしても遺体は残るはずだ。それすら全くみつからないのは何故だ。彼の呪力は――
「…なんで?なんで私から二人分の呪力を感じる?」
呼吸が荒くなっていく。ここでようやく、自分の体に刻まれた刺青のようなものに気づいた。その刺青から、私のものではない呪力が発生している。
「なんだ、これ」
そういえば、おかしいのはさっきからだ。颶風を倒した『茈』。一人では『蒼』すら発動できない私が、一体どうやってあんなものを使えた?それに、颶風の攻撃を耐えられたのはなぜだ。領域内での最初の攻撃と同じ威力だったなら、どうあがいても死んでいたはずなのに。
いや、本当はなんとなく気づいている。その事実を受け入れたくないだけだ。術式に呪力が流れ込んでくる感覚。いままで無下限を使っていた時と同じものを、今は常に感じている。
きっと禍転は、何らかの方法を使って私に乱法葬術を移したんだろう。その結果として、彼は命を落とした。きっと、すべてをかけたのだ。その肉体すら、かけらも残らないほどに。
私の中の術師の部分が彼を称賛する。二人とも死ぬしかなかった状況で、私を生き残らせただけでなく無下限を使えるようにするなんて、結果だけ見れば最高だ。
だけど、人間としての私はそんな風には思えない。
「こんな、こんなのは」
彼も私も呪術師だ。自分が死ぬことも、周りが死ぬこともある程度は受け入れている。けど、こんな死に方はあんまりだ。何かに殺されるんじゃなく、自分から命を捧げ、遺体すら残らないような死に方をするなんて。
彼は、最後の瞬間何を考えていたんだろう。何を思って、私のために命を失ったんだろう。それは、もうわからない。
「っく、うううううぅっ!」
涙が頬を伝う。
一つだけ言えることがある。彼を死なせたのは、間違いなく私だ。私がもっと強ければ、彼が命を捨てることはなかった。私が、禰畔の討伐任務に連れて行かなければ、右腕を失うこともなかった。そもそも、私が彼を勧誘しなければ。
頭の中が後悔で埋め尽くされる。
「やあ」
後ろから、声がした。
「!?誰だ、君は」
いや、なんとなく見当はついている。さっき禍転が言っていた、彼をここまで連れてきた胡散臭い術師がいると。ここで話しかけてくるということは、きっとこいつがそうなんだろう。
「…何の用だ」
「君に提案があってね」
その言葉とともに、懐から何かを取り出す。それは、人の腕だった。どこかで見たことがあるような気がする。というか、それは…
私が答えにたどり着く前に、男は耳を疑う一言を口にした。
「これは、禍転の右腕だ。これを使えば彼を生き返らせることができるかもしれないと言ったら、どうする?」
羂索と名乗った男は、魂を切り分けて呪物となることで後に受肉する、疑似的な黄泉帰り、そしてそれを利用した儀式について語った。
「君の肉体とこの右腕を利用して、彼を呪物へと変える。君に刻まれた刺青、それは呪印だ。狗巻の家に伝わっているものに近いかな。その呪印によって、君の中には乱法葬術が刻まれているわけだ」
それが何だというんだろうか。彼はすでに死んでいる。魂とやらも消えてしまっているはずだ。
「彼の魂自体は残っていると思うよ。君の中に」
「…どういうこと?」
「彼がやったことも、理論的には似たようなものだ。呪力を流し込むことにより術式に干渉する、という部分を強化することで、自らの魂を一部君の中に宿らせて術式を維持しているんじゃないかな。」
「魂、術式、そして肉体。これだけ材料が残っていれば、十分可能性はあると思うよ。」
…信用は出来ない。もし本当のことだとしても、こんな奴が起こす儀式なんて、ろくなものではないだろう。それに彼を巻き込んでいいはずがない。
それでも、心が揺れる。彼がもう一度生きられるというのなら、かけてみたい。そういう気持ちが、私の中に確かにある。それに、
「どうせ拒否権はないんだろう」
「ま、そうだね。正直、彼にこだわる理由もそこまでない。」
初めて禍転に会った時、私も同じことをした。目的と立場を明かした以上、手を取らないのなら生かしてはおかないと、言外に告げているのだ。
その立ち振る舞いや呪力でわかる。目の前の男の実力は、本物だ。乱れた精神状態に加え、颶風戦での消耗もまだ残っている。無下限を使いこなせているならばまだしも、今この場でやりあっても勝ち目はないだろう。
考える。この場でそのまま殺されるか、それともこいつの言うことに従うか。私の命はどうでもいい。五条家のことは残してきた遺言状で何とかなるからだ。だから、彼にとって一番いい選択は何かを考えた。
そして、決断する。
「…わかった、好きにしなよ」
「では失敬して」
羂索が私の手を取る。力が抜けていくような、さっき禍転がやったものとは真逆の感覚。ただ、不快ではない。まるで眠りに落ちるように、意識がゆっくりと消えていく。
(もし、本当にうまくいったなら、その時は――)
「一応、成功はしたみたいだね」
間宵の姿はなくなっていた。その代わりに、彼女がいた場所には、その呪いを封じ込めた呪物が残っていた。
「簡単に誘いに乗ってくれて助かったよ」
もちろん、すべて計算ずくではある。今、この瞬間でなければ、こうまでうまく事は進まなかった。
身近な者の死による動揺。それがなければ、こんなに簡単に羂索の誘いに乗ることはなかっただろう。
「愛っていうのは本当に厄介な呪いだね」
親愛?友愛?それとも、恋愛か?どれなのかは羂索にはわからない。多分、本人たちにもわかっていなかっただろう。後に残った
「『禍転』か、禍に転ずるのか、禍を転ずるのか、君はどっちになるのかな」
ああ、楽しみだ。その言葉を残し、羂索の姿もそこから消えた。
記録:当時の五条家当主、五条――が任務中に行方不明となる。討伐対象であった――呪霊の姿も目撃されなく――ため、相打ちになったと判断。本人が残して――遺言状から、次代当主は五条――(文字がかすれ、これ以上は読めなくなっている)
というわけで、次回から死滅回遊編です
完結まで頑張って書いていくので、よろしくお願いします
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