呪術廻戦 会者定離(旧題:一人の術師と六眼なし五条家当主の話)   作:ソル

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邂逅・2

 明が昏睡状態になったのは、ちょうど今から一年ほど前のことだった。その原因は不明。病気でも怪我でもない謎の症状で、あいつは眠り続けていた。

 今思えば、あれも呪術とやらの影響だったのかもしれない。回游が始まった途端に、あいつは行方が知れなくなってしまったからだ。

 それからは、結界内の化け物を倒したり、取り残されてしまった人を助けたりしつつ、あいつを探し続けている。

 

 ピピピピピ、という音で目を覚ます。昔から使っている目覚まし時計だ。こんな異常な状況でも、何か一つ普段の日常を感じられるものがあると結構気が楽になる。

 着替えを済ませ、病室から出ようとした時だった。ドタドタ、と誰かが走ってくる音が聞こえた。

 

「先生?どうかしたんですか」

 

「大変なんだ!矢内さんの様子が急に…。とにかく来てくれ!」

 

 病室についてすぐに、先生の言っていたことを理解した。今までは眠っているようだった矢内さんは、何かの病気にかかったかのように顔を赤くし、荒い息をしていた。

 だが、最大の変化はそれではない。彼女の顔から手にかけてびっしりと、あざのような黒点が浮かんでいたのだ。どう見ても普通じゃない。まさか、この人が眠り続けているのは怪我などではなく、誰かの術式の影響――

 ドン!という音に、思考が中断される。誰かが来た。しかも、どう考えてもまともな人間ではないだろう。病院に訪ねてきただけであるならあんな音はしない。術師か、呪霊かはわからない。けど、戦闘をするつもりなのは間違いなさそうだ。

 

「先生!みんなをお願いします!」

 

 病院を戦場にするわけにはいかない。清永先生に声をかけると、窓から外へ向かって飛び出した。

 病院周りの壁に穴が開いている。さっきのはあれを破壊した音だったんだろう。同時に敵の姿をとらえる。数は二人。一人は裾の長いコートを羽織り、もう一人は眼鏡をかけている。正門のほうに向かっているようだったが、俺の姿を見るとこっちに近づいてきた。

 

「おっ!あれ泳者じゃねえか!いいねえ、得点は多いほうがいい」

 

「あの白髪女のせいで動きづらかったしな。ラッキーだぜほんと」

 

 あからさまな敵意。話してる内容からしても間違いなくこっちを殺すつもりだろう。

 

「何でここがわかった?あんまり目立つ動きはしてなかったのに」

 

「俺の術式は狙った相手に呪いをかけるタイプでなあ、その対象の位置を感じ取れるのさ」

 

「お前、覚醒タイプの泳者だろ。術師として活動してたにしてはお人よしすぎる。そのせいだぜ、俺らに見つかったのも」

 

 眼鏡のほうの術式、それによるマーキング。こいつは、矢内さんを他の人間を発見するための餌としてつかっていたのか。誰にも発見されなければそれで良し、誰かが助けたならそいつも殺して得点を増やしていく。

 なるほど合理的で、効率的だ。人道を外れている、という点を気にしなければだが。

 

「一応聞いておくが、やるのか?おとなしく殺された方が楽だぜ?」

 

 返答代わりに、拳を構える。だよな、とにやけながら奴らも戦闘態勢に入った。

 これはチャンスでもある。矢内さんの意識不明が術式によるものなら、こいつらを倒してしまえば矢内さんも意識を取り戻す…はずだ。

 必ず倒す。あの子たちに母親を返してやるためにも。決意を固めて、目の前の敵に向けて拳をふるった。

 

 

 

 

 甘く見ていた。相手の蹴りをガードしながら、自らの考えが間違っていたことを思い知った。

 

(なんだコイツ!?現代育ちのくせにやけに場慣れしていやがる!)

 

 泳者の一人、病葉(わくらば)は目前の青年の実力に驚愕していた。戦闘が始まってから数分、二対一にもかかわらず、攻めきれずにいたからだ。

 しかも、相手は術式を見せていない。体術のみでこちらと渡り合っているのだ。それを可能にしているのは才能か、又は別の何かか。

 万が一があり得る以上、遊んでいる余裕はない。

 

霞邑(かむら)ァ!もう十分だろ、使え!」

 

 相方に向かって叫ぶ。霞邑の術式は最大の効果を発揮するまでに時間がかかるのだ。だが、それゆえに強力な物でもある。

 

「連鎖残影」

 

 術式を発動すると同時に、霞邑の姿が7つに増えた。

 

「何だ、分身!?」

 

 幸基の動揺は一瞬、増えた一人に向かって飛び蹴りを入れようとした。

 

(やっぱり判断が早いな、だが…)

 

「そいつは外れだ」

 

「がっ!?」

 

 残像の胴体を貫くように伸びた手に足を捕まれ、背中から地面に投げ飛ばされる。転がるようにして受け身を取るも、距離を開けたまま近づこうとしない。術式を測りかねているからだ。

 術師同士の戦い。それは相手の術式を理解し、自分の手札で対処、攻略していくものになる。相手の術式に干渉する術式を持つ幸基にとっては、その傾向はさらに強い。

 

(単なる分身じゃない。実体はないみたいだし、動きがどこかおかしかった。)

 

 背中の痛みに耐えながら思考を回す。だが、敵も時間を与えるほど甘くはない。霞邑と呼ばれた術師が一気に幸基へと迫ってきた。

 

「くっ!」

 

 腕を振りかぶる霞邑に対しカウンターを当てようとするが、またも拳が空を切る。

 

(これも偽も…ぐあっ!」

 

 気づいた時には後ろに回り込まれていた。避ける間もなく霞邑の攻撃が直撃する。ダメージは大きい。だが、今ので相手の違和感の正体に気づく。

 

(同じ…。分身も本体も全部同じ動きをしてる)

 

 カウンターを当てようとした分身もそうだが、病葉の近くにいる分身までもが同じように拳を振り切っていた。明らかに拳が届く距離ではないのにだ。そして、もう一つ。

 

(分身の方は最初の位置から移動していない。)

 

 ここまでの情報と、霞邑が呟いた連鎖残影という言葉。奴の術式はおそらく――

 

(自分の動いた軌跡、というより残像をその場に残すような術式か。残像は本体の動きに合わせて動くけど、元の位置を移動することはできないみたいだ)

 

 ここまで予測を立てた幸基だが、相手の術式について完璧に理解したわけではない。これ以上の何かを隠している可能性は高い、と考える。術式を使って確実に仕留めたいが、幸基の術式を使うためには、相手の体に直接触れる必要がある。本体に触れさせないように立ち回る霞邑の戦い方は天敵に近い。

 唯一の救いは、霞邑が術式を使いだしてから病葉が戦闘に参加していないことだった。残像を増やす性質上、味方であってもどれが本体かわからず連携がとりづらくなるからだ。

 しかし、このままでは病葉のみが病院にいる人たちを襲いに行く可能性もある。

 

(…賭けるしかないか)

 

「はあっ!?」

 

 病葉の驚愕の声が響く。立ち上がった幸基が走り出した先は、

 

(病院の中に…。何のつもりだ?)

 

 何か策略はあるのだろうが、どちらにしても標的は病院にいる。二人の泳者は、幸基の背を追い駆け出した。

 

 

  奴らが追いかけてきている。まずは俺を仕留めるつもりなのか、位置が分かっている矢内さんを追う気はないようだ。

 もうすぐ、目的の場所につく。うまくいけば奴らを倒せるはずだ。

 

「ようやく止まったな。死に場所はここでいいのか?」

 

 霞邑が問いかけてくる。ここは、2~3ⅿほどの幅しかない渡り廊下だった。ここなら、ある程度攻撃が来る方向を絞れる。

 

(動きを制限すれば何とかなると思ってんのか?)

 

「考えが浅ぇんだよ!」

 

 その言葉とともに、霞邑がこっちへ迫る。ただ走ってくるのではなく、壁を蹴り、立体的な軌道で俺に接近してきた。半分ぐらいの距離に来たところで、その姿が7つに増える。

 さっきのように後ろを取るつもりなんだろうが、分身の正体が残像である以上、一番最初に接近してくるのが本体であるのは間違いない。もちろん、相手もそれをわかっているため、後退や跳躍を入れながら残像に紛れようとしている。相手がコートを着ているのも、なるべく面積を大きくして本体を見分けづらくするためなんだろう。 

 だが、よく見れば違和感はある。地面を蹴っているのに進んでいないもの、空中に止まったままでいるもの。それらの動きを観察すれば、どれが本体かはおのずとわかる。

 

「こいつだ!」

 

 本体が接近してきたと同時、顔面に向けて拳をふるった。

 

「なっ!?」

 

 手ごたえがない。なんでだ、確かにあれが本体だったはず…

 

「残念!」

 

その声に反応し上を向くが、その時には相手は後ろに回り込んでいた。

 

「がはっ!」

 

 霞邑の蹴りが背中に直撃する。残像の表情が、こちらを見下すようにゆがんだ。

 ここまでは想定済みであることにも気づかずに。吹き飛ばされる直前、右手で奴の足に触れる。

 

「強駆!」

 

「何ぃ!?」

 

 その場の残像がすべて消え去ると同時に、霞邑の驚愕の声が響いた。

 相手が蹴りを繰り出そうとしたのは、他の残像の動きから分かっていた。だから、わざとそれを食らうことで奴の油断を誘ったのだ。

 

(残像を消された!?まずい、これじゃ移動でき――)

 

「ごっ!?」

 

 先ほどの意趣返しも込めて、奴を背中から床にたたきつけ、そのまま左の拳に呪力を集中させる。

 

「霞邑!?」

 

 病葉の声を聴くが早いか、俺の拳が霞邑の顔に突きささった。

 奴が気絶したのを確認し、すぐに態勢を立て直した。このまま病葉を倒す。病院前での戦闘で、霞邑よりも体術が劣ることはわかっている。こっちもダメージはでかいが、十分勝ち目はあるはずだ。

 そして、病葉に向けて拳をふるおうとした、その時。

 ガクン!と膝から力が抜ける。

 さっきのダメージによるものではない。高熱が出ているときのように、体に力が入らない。

 

「ずいぶん不用意に近づいてきたな、判断力が落ちてるぞ。お前も限界が近いのか?」

 

「俺の術式は、半径1mに入ってきた相手に病のような症状を発症させるものだ。普通の状態ならともかく、随分ダメージを食らっている今なら、致死率を下げれば体の動きを止めるぐらいはできる」

 

 体のだるさがさらに増す。視線を動かすと、矢内さんについていたのと同じ黒いあざができているのが見えた。

 

「霞邑を倒したのはまずかったな、あいつがいたから俺は術式を使わなかったんだ」

 

 どうやってもまったく体が動かない。まるで自分のものではないかのようだ。

 病葉が懐から何かを取り出した。それは、刃渡り20cmほどの包丁。どこの家庭にもあるが、使い方によってはたやすく人を殺せるものだ。どうやら、あれで確実にとどめを刺すつもりらしい。

 奴が包丁を振りかぶる。クソッ、何か、何かできることは!

 

「じゃあ、死ね」

 

 言葉が耳に届くと同時、ナイフが振り下ろされる。その瞬間、すべては決着していた。

 

 シン・蔭流 居合 夕月

 

 斬っ!

 何か反応をする間もなかった。瞬間移動かと思う速度で奴に接近した人物が、そのまま手に持った刀で奴を切り裂いたのだ。

 

(なんだ今の、簡易領域か?あんな精度で出せる人が――)

 

 そこまで考えて、気づく。なんで俺はあれが何か推測できた?術式に関してはまだわかる。自分自身に刻まれているものだ。それを理解することだってできるだろう。

 だが、簡易領域などというものは使うどころか聞いたことすらない。なのに、なぜ――

 

「おい、お前」

 

 男がこちらに話しかけてきた。どうやら敵意はないようだ。

 

「呪詛師…じゃなさそうだな。覚醒タイプの泳者か?ここの結界の状況教えてほしいんだが」

 

 スーツの上からコートを着た男は、こう続けた。

 

「あと、水色の髪した女見なかったか?」

 

 

 

 ザフッという音とともに、呪霊の姿が消えていく。おそらく2級ぐらいの呪霊だったろう。目の前の女性は、それを簡単に倒してしまった。

 

「ど、どうもありがとうございました」 

 

「どうってことないさ。それにしても君、ずいぶん動きがぎこちなかったね。今まで武器とか使ってたんじゃないの?」

 

「あはは、いろいろありまして…」

 

 刀が使えればもう少し何とかなったんだけどなあ、とぼやきつつも、目の前の人物へ問いかける。

 

「あの、日下部さん…コートで刀を持ってる男の人見ませんでしたか?私と一緒にここに来たんですけど」

 

 

 

 

 

 

 




霞邑 術式:連鎖残影 自分の残像に姿を与える術式。残像は本体と同じ動きをし、その場から動けない。しかし、本体が残像と入れ替わることもできる。幸基の攻撃を避けたのも直前で残像と入れ替わったから。

病葉 術式:病症呪法 1m以内に3分以上いた相手に病を植え付け、対象が再び1m以内に近づいた時にそれを発症させる。病の種類はある程度選ぶことができるが、相手を即死させるようなものは発動できない。


来週も土日、18時に投稿予定です。
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