呪術廻戦 会者定離(旧題:一人の術師と六眼なし五条家当主の話) 作:ソル
山へ着くと、いつもの訓練場ではなく、それより奥のほうへ案内された。
「どこまで行くんですか?もうずいぶんと進んでますが」
「まあまあ、もう少しだからついてきてよ」
その後、数分ほど山の中を進むと、当主様の足が止まった。ようやく目的の場所にたどり着いたらしい。
そこは、木々に隠されていた小さな空間だった。せいぜい三人か四人が座れる程度だろうか。
「ここは私のお気に入りの場所でね、兄と一緒に来ることもあったんだ」
そういうと、真剣な顔でこちらを向き、話を続ける。
「じゃあ、始めようか。まず本題から話すね。今回の呪詛師討伐任務、君にも同行してほしい」
「…理由を、教えてもらえませんか」
今までだって一緒に任務に行くことはあった。ただの任務ならこんな仰々しく話す必要はないはずだ。
「勿論。けどまず、私の昔の話を聞いてもらえないかな」
そして、彼女は自分の過去について語り始めた。
「今でこそ当主をやっているけど、私はもともと五条家じゃあ冷遇されていたんだ」
「数代前の当主は無下限に加えちゃんと六眼を持っていたんだけど、御前試合で禪院家の当主と相打ちになって死んでしまった。その後、無下限呪術の証である白い髪を持った私が生まれて、家の人たちは相当喜んだらしい」
「けど、知っての通り私には六眼がなく、しかも女だ。何とか禪院や加茂に対抗する手段を求めていた上の人たちからすると、私は期待外れの失敗作だったのさ。両親が死んで、後ろ盾がなくなってからはさらにひどくなった。何とか無下限を使わせようと、並の術師なら死んでるような任務に放り込まれたりもした。…まあ、そのおかげで強くなれはしたけど」
「そんな状況を変えようとしてくれたのが兄だった。兄は今の私よりもずっと強くてね。いろんな任務に出て、とにかく実績を積み上げていった。そうやって若くして当主の座をもぎ取ったんだ。兄は私だけじゃなく、他人にも優しい人だった。誰かから聞いたかな?今五条家で働いてる使用人のほとんどは居場所をなくした人たちを兄が連れてきたんだ。『どうせ広い屋敷だし人手があったほうが助かるだろう』みたいなことを言ってね」
「けど、呪詛師集団の捕縛任務にあたったとき、そんな兄が行方不明になってしまった。みんなは死んだっていうけど、焼き切られた右腕が残っていただけだ。きっと生きてる。…生きているって、信じたい」
そう言いつつも、当主様はどこかあきらめているようだった。自分でもわかっているんだろう、生きている可能性はほとんどないと。
「けど、兄が帰ってくるまでに他の人が当主になったら、兄のわがままで置いておいた使用人たちはいっぺんに解雇されて行き場を失ってしまうだろう。」
「だから、私が当主になるしかなかった。幸い、兄の影響で私の地位自体も以前よりは上がっていたし、実績を積んでいけば何とかなったんだ。当然、反発は大きかったし、今も内輪もめしたりしてる」
…なんというか、こっちには想像もできない過去だ。俺もたいがい苦しい過去であると思ってはいるが、
「ここからが本題だ。私は何としても兄をが逃がしてしまった呪詛師を倒したかった。兄の手がかりを手に入れるだけじゃなく、五条家当主として力を示し、みんなを守るためにもね」
「けど、兄を下した相手に私一人で勝てるかは正直怪しいし、何よりもそいつの情報を手に入れるために、私の権力をもっと大きくする必要があった。だから、無下限呪術が必要だったんだ」
それで俺を探していたわけか。わずかな可能性だったとしても、それにかけてみるしかなかったのだ。そして、その賭けは成功した。制御できなかったとはいえ無下限呪術を使えるようになったことで、ようやく下手人の糸口をつかめるようになったんだろう。
「どうして、この話を俺に?任務に同行させたいだけなら、わざわざこんなことを話す必要はなかったのに」
「今回は、今までの訓練とは違う。多分、無下限呪術を実戦で使うことになる。この数か月特訓してきたけど結局完全には制御しきれなかったものをだ。今までよりもずっと命の危険が大きくなる。そんな任務に同行させようというのに、事情を説明しないのはあまりにも不誠実だと思ったんだ」
「そうですか。わかりました、行きましょう」
即答する。
「…いいのかい?正直、かなり無理を言っている自覚はあるんだが」
さすがにこんなに早く返答が返ってくるとは思っていなかったらしく、当主様は目を白黒させる。
「あんな話聞かされて行かないわけにもいかないでしょ…」
「まあ、そういう打算込みで言ったところもあるけど」
過去の話を出すことで断りにくくしたかったらしい。わかっていたけど、この人は結構したたかだ。
まあ別にいいと思う。数か月五条家にいて、当主様や華乃さん、仁などいろいろな人と仲を深めた。みんなと一緒にいられる場所を守りたいという気持ちは俺だって同じだ。そのためなら、別に命くらいは賭けられる。
「いいですよ。もともと術師として活動してきたんですからその辺でのたれ死ぬ覚悟もあります」
「分かった。けれど、君を死なせるつもりはない。もちろん私も死ぬ気はない。二人とも五体満足で帰ってこれるように頑張ろう」
そうして、ここでの会話は終わった。
「やっぱり、君は兄に少し似ているね」
「?なんですか急に」
帰り道、当主様が急にそんなことを言い出した。
「私のわがままにすぐ答えてくれるところとか、ほかの人への態度とかね。最初にあった時も村民の人たちを気にしていただろう?術師ならわざわざ気にかけないやつも多い」
君は優しいよね。そういうと、こちらに笑いかけてくる。
「…別に優しいわけじゃありませんよ。俺はただ、自分を覚えていてほしいんです。それも、なるべくいい形で」
「…昔何かあったのかい?」
「つまらない話ですけどね」
俺は、そこそこの名家で生まれ育った。もちろん、五条家にはかなわない。あくまで「庶民の中では」裕福な方というだけだ。けど、俺は妾の子だった。母は俺を生んですぐ死んでしまったらしく、そのまま放り出すのも風聞が悪いということで一応その家においてもらえていた。しかし、当然家の中での立場は悪く、子供のころから使用人として働かされたり、殴る蹴るの暴行を受けることもあった。
それがもっとひどくなったのは、本格的に呪いが見えることがばれてからだ。ただでさえ腫れもの扱いを受けているのに、常人に見えないものが見える気狂いとなれば、当然扱いはさらに悪くなる。
このままここにいたらいつか死んでしまう。そう考えて、家を飛び出し野良の呪術師として活動し始めた。幸い、どこでも呪いは湧いていたから仕事に困ることはなかった。
まあ、ありふれた話だ。呪詛師や野良の呪術師のほとんどはこんな感じで生きている。
「…君は、どうして呪詛師にならなかったんだ?周りのすべてが敵に見えてもおかしくない境遇だと思うけど」
「俺は、あの家にいたころ誰にも求められていませんでした。だから、誰かに自分を必要としてほしかったんです。呪詛師として周りを攻撃したって、恐れられるだけで求められることはありませんから」
(それでか。さっきもそうだけど、私が勧誘した時もあっさりと承諾したのは。禍転はきっと、自分を求める声を拒否できないんだ。)
報酬をあまりもらっていないのもそれが理由だ。俺にとっては依頼をしてもらうことそのものが報酬で、金や名誉に興味はないのである。
彼は思っていたよりずっとイカれている。多分、命を捨ててくれといってもそこまで悩まず従うだろう。
それだけの理由で、彼は命を投げ出せる。
「どうかしました?」
「別に」
あの時、私自ら禍転を勧誘しに行ったのは、「大した報酬も取らずに人々を助けている術師がいる」と聞いて、兄を思い出したからでもある。
「あっそうだ。上を見てみて」
そこには満天の星空が広がっている。
「…すげえ」
「綺麗だろう?ここは空気が澄んでいてね、晴れた日には星がよく見えるんだ」
よく兄と一緒に見ていた星空だ。けど、兄はきっともういない。あの時、私が一緒に任務に行っていれば兄はいなくならなかったかもしれない。
だから、今度は失敗しない。目を離せばすぐ死んでしまいそうな禍転を守ろう。私に命を預けてくれた彼を。
星を眺める彼の横顔を見て、そう決意した。