呪術廻戦 会者定離(旧題:一人の術師と六眼なし五条家当主の話) 作:ソル
「『屍縛呪法』には、操れる数の制限はない。しかし細かい動きは指示できないため、術師に自分の術式を使わせることはできない」
(術式の開示か!)
止めようとするが、操られている動物たち…正確にはその死骸が襲い掛かってくる。
「だが、操る人間を一人に限定すること、術式の情報を相手に開示するという二つの『縛り』を用いることで、その術式を使用する命令を出せるようにした」
「識、『術式を用いて奴らを倒せ』」
「っ禍転、飛べ!」
その言葉を聞くが早いか、思い切り跳躍する。下を見ると、周りにいた獣や後方の木がなぎ倒されているのが見えた。
「何だ!?」
相手のほうを見ると、残った左腕を薙ぐように動かしていたのが見えた。よく見ると、その指先からは細い呪力の塊が見える。
「兄様の術式だ!指先から呪力で作った糸を出して敵を切り裂く!」
かなり厄介だ。感じる呪力を考えると、直撃すれば真っ二つになるだろう。
攻撃力が高すぎて、一応味方であるはずの獣達も巻き込んでしまっている。
(にしても、これじゃ近づけない!)
距離を詰めようとするたびに糸が飛んでくる。
唯一の救いは、識様が右腕を失っていることか。両腕がある状態なら単純に糸の本数が二倍になる。そうなればとっくにバラバラにされていたかもしれない。しかも、こっちを分断するように攻撃してきているようで、徐々に当主様と引き離されている。
当主様も敵に近づこうとはしているが、そのたび残っている獣が邪魔をし、うまく動けないでいる。当主様のほうが強いことは気づいているのだろう、獣は大体7割ほどがあっちに行っているように見える。どうやら目で直接見える位置に入ったことで、獣への命令がしやすくなっているようだ。今までより連携が取れた動きをしている。
(まずいな、このままじゃなぶり殺しにされるぞ)
俺たちは二人とも殴打が中心で、遠距離攻撃の手段がない。奴に近づくことさえできれば、俺の術式で奴の術式を停止させられるのに。
「っ!」
少しでも隙を見せるとすぐに糸が飛んでくる。まずいな、今のところ八方塞がりだ。せめて当主様のところに近づければ少しはこの状況を変えられるかもしれないんだが…
クソっクソっクソっ!悔しい。兄様が死んでいることなんて自分でもわかっていた。死体がなかったからこういう事態だって覚悟していた。けれど、兄様がこっちを攻撃してくるという事実だけでこんなにも動揺してしまっている。しかも、攻撃をかわすので精一杯な今の状況じゃ敵を討つこともできそうにない。
何も出来ない。あれだけ術師として頑張ってきたのに、今ここで何もできていない。それが悔しくて仕方ない。
「…どうやら大した術式は持っていなさそうだな。識、『術式を用いて奴らを殺せ』」
言葉の意味を理解するよりも先に、今までより数段強力な攻撃がこちらに向かってくる。
そこで奴の言葉を思い出す。
『俺の術式は、自分でとどめを刺した相手を操る』
そうか、奴の術式で他者を操るには自分の手で殺す必要がある。
ある程度の戦闘を見て、兄様よりも有用な術式を持っていたなら、兄様の代わりに私達のどちらかを操ろうとしていたんだろう。
つまりそれは、こっちの術式は把握出来ていないということだ。近づくことさえできれば禍転の術式で奴を倒せる。
けど、
(攻撃が激しすぎる!これじゃ躱すだけで精一杯…!)
禍転のほうを見る。合流できれば無下限の強制発動で状況を変えられるのに…!
そこまで考えた時だった。禍転の体が宙に浮くのが見えた。兄様が彼の足元を切り裂き、体勢を崩したところで獣たちに殴り飛ばされたようだ。
「…あ」
糸が禍転のほうへ向かっていくのが見えた。空中にいては身動きが取れない。私も助けに行けない。死なせないって決めたのに。
ダメだ、と声にならない言葉が漏れた。糸が禍転に近づいていく。
そして…
あ、死んだ。これはさすがに躱せない。あの切れ味を考えると、防御しようがそのまま真っ二つだろう。
しまったなあ、とどこか他人事のように考える。最後の最後で当主様の役に立てなかったのが悔しい。
当主様の顔が見えた。初めて見る顔だ。目の端に涙を浮かべている。ダメだ、と言ったような気がした。俺にか、それとも兄にかはわからない。
このまま俺が死んだら、あの人も同じように殺されてしまうんだろう。それも自分の兄の手で。
冗談じゃない。そう思った。
識様と俺は、何の関わりもない。けれど、話だけでも、いい兄だったのはわかった。心の内がどうだったのかは知らない。でも、当主様がこの人に救われていたのは確かだったんだ。
迫る糸に対し拳を向ける。腕が切り裂かれようが構うものか!
こんな形で、
兄が妹を傷つけるなんてこと、あっちゃならない!
すべての呪力を拳に集め、糸を迎撃する。
そして…
それは、呪術師が壁を越えるために絶対に必要な一撃。
どんな術師でも、ねらって出すことはできない。
だが、死への危機感か、死なないという覚悟か、それともまた別のなにかか。
その思いが、それをひきよせる。
その名は….
黒閃
黒い火花が辺りを照らす。
「ぐっ!」
拳が少し切り裂かれた。当然だ。黒閃は強力な攻撃ではあるが別に肉体を強化するようなものじゃない。
だが、生きている。黒閃は空間の歪みだ。それによって弾かれた糸はあらぬ方向へと飛んでいく。その行き先は、獣の対処に手間取っている当主様のところだった。
獣たちは、予想外の攻撃を交わすことができずに相当な数が切り裂かれた。
その隙をつき、当主様の元へと跳ぶ。
「ばか!なんて無茶するんだ!?」
怒ってはいるが、今やるべきことを察しているのだろう。俺に向かって手を伸ばしている。
「説教は後で!行きます!」
「強駆!」
『蒼』を発動する。今の今まで、どう試しても制御できたことはない。だが、黒閃を経て、覚醒状態にある今ならば…!
「当主様、一緒に!」
「っああ!」
「「出力最大『蒼』!!」」
二人とも渾身の呪力を振り絞る。そして放たれた『蒼』は、円を描くようにして動き、獣たちを引き寄せ、削り取っていく。
完全に制御できているわけではない。呪力の消費が激しすぎてもうすぐ消えてしまいそうだし、最低限どう動かすかを決めるだけで二人とも精いっぱいだ。
だが、今ので敵にもかなりの被害が出た。
「何だと!?」
禰畔の動揺を見逃さず、そっちへ向けて『蒼』を動かす。
制御が限界に近く、かなりそれた。これだと直撃はしないだろう。しかしそれでもかまわない。
『蒼』の制御を当主様に任せ、禰畔と識様のところへ跳ぶ。『蒼』に引き寄せられた体は急激に加速し、奴の懐へともぐりこんだ。
「っ識ぃ!」
当然あちらも応戦しようとしてくるが、もう遅い!迫る糸を無視して右手を禰畔へと突き出し、術式を発動する。
「強駆!」
その言葉とともに、奴の術式が停止する。操られていた亡骸が、ただの死体へと戻っていく。
「 」
彼が、最後に何かを言ったような気がした。
「やめっ」
その言葉を無視し、禰畔の顔面を全力で殴りつける。
術式の関係上、自分で戦うことはなかったのだろう。本人の強さはそれほどでもなかったようで、今の一撃で気絶してしまった。
「…やった、のか?」
「はい、何とか。それよりあっちを」
倒れた識様を指さすと、当主様がそこへ向かっていく。あっちは当主様の問題だ。部外者の俺があそこに関わるべきじゃないと思う。
俺は禰畔をなんとかしよう。とりあえず、意識が戻っても逃げられないよう両手足を縛っておく。こいつの処遇は後でいいだろう。
「兄様…」
色々といいたいことはあるんだろうが、何から話していいかわからないようだった。手を握ったまま固まっている。
「…いままで、ありがとう。お疲れ様」
絞りだしたのは、その一言。万感の思いが込められているのが分かった。
「さあ、帰ろうか。禍転」
そういって、こちらに笑いかけてくる。当主様の中でも、一つの区切りがついたようだ。
しかし、少し気になることが残っていた。識様の遺体を見る。その右腕は、ただ切断されているのではなく方のところから焼き切られている。
禰畔の仲間にそういう術式の奴がいたのだろうか。しかし、この人にそんな手傷を負わせられる奴ならむしろそっちの方が有名になっていそうなものだが…
「っ!?」
とてつもない呪力を感じるとともに、あたりが一瞬にして暗くなる。上を見ると、分厚い雲が空を覆っているのが見えた。
その中心から、異形の姿が現れる。
「何だキサマ、また負けたのか」
それは、竜巻がそのまま人になったかのような存在だった。頭の部分が台風のようになっており目や鼻はない。というより、顔に当たる部分が存在していない。台風の目のように穴が開いており、そこから小規模な雷が発生している。
(人の言葉を解する呪霊…!?)
感じる呪力からしても、どう考えても特級かそれに準ずる強さがある。
あの特徴的な外見。人の言葉を話すほどに高い知性。そしてその呪力の強さ。
あれの正体はおそらく…
「嵐の、呪霊…」
この時代でも特級とかの区分あるんだろうか…