カンピオーネ! 内海の乙女   作:nasta

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第一章
第1話


 

 

 首都圏の駅前はいつ見ても人ごみに溢れている。

 忙しないサラリーマンたちの賑やかな朝の通勤ラッシュが終わった後も、カメラを手にした観光客や休講日の大学生など意外と利用客が多いのだ。

 改札から出てくる人々の顔ぶれを眺めて、そんな益体もないことを考える。

 上野駅の公園口には護堂と同じように待ち合わせに佇む人もちらほらといる。

 しかし、今日は平日なので、護堂と同じ高校生の姿は見当たらない。

 

「はあ、やっぱり迎えに行った方がよかったかぁ……」

 

 ぼやきながら空を仰ぎ見る。

 護堂の待ち人は、その場にいるだけで否応なく目立つ。

 なぜか王冠のように思えてしまう、鮮やかな金髪。近寄り難く感じるほどの美貌。衆目を意に止めない横柄さ――。

 近づいてくれば、ひと目でわかる容姿の持ち主なのだ。

 しかし、彼女――エリカ・ブランデッリは一向に現れない。

 時計を確認すると、すでに約束の時間を三十分過ぎている。次の電車をのがすと空港に間に合うのがギリギリになってしまう。

 ……出会って間もない頃はイタリア人らしい気質としてとらえていた護堂だが、近頃はこの遅刻癖は単に彼女のずぼらさが原因ではないかと疑っている。

 以前にこのことについて指摘した護堂だが、エリカからは、

 

『別にいいでしょ? 時間にきっちり動くなんてそんなの私の柄じゃないわ。 それより護堂。時間にキッチリするのは私との逢引きの時だけにしなさい。それが日本人の美徳なのは知っているけれど、あなたは()なのよ。待つのは王の仕事じゃないわ』

 

 などと逆に説教されてしまった。

 しかし“待つのは王の仕事じゃない”というわりにエリカの朝の登校は護堂に起こしてもらっているのだが。

 それはともかくとして、このままでは本当に電車に乗り遅れてしまう。彼女の性格を考えればここで待っていても仕方ないのかもしれない。

 

「まったく、あいつは……」

 

 護堂はつぶやきながら携帯電話を取り出した。履歴からエリカの番号を見つけすぐさま電話を掛けると、数回のコールの後に繋がった。

 

「もしもし。起きてるか、エリカ」

『あら、護堂。これから待ち合わせだっていうのにあなたの方から掛けてくるなんて、よほど寂しかったのね』

 

 携帯電話のスピーカーから聞こえてきた声は悪びれる様子など一ミリもない。

 昨日唐突に護堂の家に押しかけてきて「明日の飛行機とったから。護堂も送れないようにね」という言葉を言い残していった人物とは全く思えない言い(ぐさ)である。

 

「そんなわけないだろ。それよりいつも通りといえばそうだが、今日はやけに遅いじゃないか 。もう次の電車をのがしたら飛行機に乗り遅れるぞ」

『ごめんなさい、護堂。今すぐにでもあなたと会ってふたりで愛を語らいたいところなのだけど、少し野暮用ができちゃったの。寂しいだろうけど護堂ひとりで岡山に行ってちょうだい』

「は?」

 

 この女の傍若無人ぶりに慣れた護堂でも、エリカがついて来ないというのは意外だった。

 大抵エリカの傍若無人さは、護堂をエリカの側に置くために働く からだ。

 

『そういうわけで、空港についたらたぶん出迎えがくると思うから。案内してもらいなさい』

 

 ブツッという音がしたかと思うと一方的に電話を切られていた。

 普通の友人が相手だったら絶交しているであろう事態だが、彼女とすでに数か月付き合いのある護堂は、毎度のごとく短いため息を一つするだけだった。

 エリカは常に唯我独尊で自分の都合しか考えず、それを周囲の人間に押し付ける。そして護堂は行った先で争いに巻き込まれる……。

 エリカ・ブランデッリは、ただひたすら平穏な日常を望む護堂と真逆で、危険やスリルに生を見出すようなまったく相容れない性格なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、そういえば待ち合わせ場所を言いそびれたな」

 

 護堂のつぶやきは到着ロビーに溢れる足音にかき消される。

 いま護堂は新岡山空港に来ていた。

 もともと岡山空港は岡山市南部の湖や公園などに囲まれたところにあった。その後、数十年経ち、旅客用ジェット機の台頭とともに滑走路を延長する必要に駆られたが、しかし旧岡山空港は地形的に滑走路の延長が困難であった。そのため、市の北西部の山林を切り拓き、いま護堂のいる新岡山空港が建設された。

 滑走路確保のために都市部から離れたところに造られたため、市街へのアクセスはやや悪い。

 

「あの、草薙護堂さまでいらっしゃいますか?」

 

 手持無沙汰にケータイのメールを確認していた護堂に後ろから声がかかる。理知的な、どこか堅苦しさを感じさせる声である。

 振り返るとそこにはスーツ姿の女性が立っていた。

 怜悧な印象を与える切れ長なまつ毛に威圧感のある無骨な額縁メガネ。

いかにもキャリアウーマンといった風情の女性だ。

 

「ああどうも……。もしかして、正史編纂なんちゃらの?」

「はい。草薙閣下におかれましてはご機嫌うるわしゅう。ワタクシ正史編纂委員会(せいしへんさんいいんかい)で中国地方支部主任補佐を務めさせていただいております、葉山よつなと申します。どうぞ御身(おんみ)の気の向くままお使いくださいませ 」

 

 その外見に相応しい凛とした声だった。

 正史編纂委員会。日本の呪術師や霊能者のうち、特に都市部に住む在野の呪術師たちを統括し、彼らが関わった事件の情報操作などを行う政府直属の秘密組織である。平たく言えば、日本におけるメン・イン・ブラックといったところだろうか。

 

「あの、よつなさん、どうしてそんなに畏まった口調なんだ? もっと砕けた感じで大丈夫だぞ」

「いえいえ、そんなわけには参りません。御身は我が国にたった一人の『王』であらせられますから」

 

 やたらと畏まった口調で拒否された。

 

「えーと、俺はあんまり『王』とかそういうの分かんないんだ。だから普通に話してくれ」

「では、草薙猊下(げいか)でよろしいでしょうか」

「いいわけないだろ! むしろ悪化してるじゃないか! 変な敬称とかいらないから!」

「それでは、草薙さまとお呼びします」

 

 頑なに敬称を外さないよつなに護堂は折れた。

 

「……ええと、そんなことより、エリカのやつに急に呼び出されてさ、実はまだ何で呼ばれたのか聞いてないんだ」

 

 少し困ったような口ぶりで護堂はよつなに告げた。

 

「そういえば、エリカ様はどちらに?」

「ああ、アイツなら遅れてくるみたいだな」

「そうですか」

 

 護堂の返事に対してよつなは少し考えこむ様子をみせた。

 そしてしばらくした後、思い切ったように護堂に口を開いた。

 

「実は草薙さまにお願いしたい事というのは、市街近くに現れたまつろわぬ神の撃退なのでございます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 護堂を乗せたセダンは岡山空港を出ると、そのまま一般道をひた走る。岡山空港は非常にアクセスの悪い場所にあるため、近くに高速道路などがないのだ。

 

「草薙さまは岡山に来られたことはおありですか?」

「まぁ、何度か」

 

護堂の祖父は以前は世界と日本の伝統芸能を専門に民俗学を教える教授だったらしく、護堂と妹の静花は頻繁にフィールドワークに連れていかれていたのだ。

 

「この辺やたら“津”ってつく地名多いよなぁ」

「あぁ、それはこの辺りが元々は海だったからですね」

 

 ふと浮かんできた疑問を口にした護堂に対して、間を置かずによつなが答える。

 護堂は少し驚いた。

 何気なく呟いただけだったので、まさか即座に答えが返ってくるとは思っていなかったのだ。

 

「元々“津”というのは、船が安全に停泊できる波風の穏やかな場所のことを指すんです。瀬戸内海は年中穏やかな風しか吹かない場所ですからね。“津”がつく地名がいっぱいあっても不思議じゃありません」

「え? でもここら辺とか海辺から少なくとも五キロは離れてますよ?」

「全然ありえますよ。例えば、『古事記』に載ってる神武天皇が海路で訪れたという高島神社ですけど、海岸線から十キロメートルもある場所にあったりしますしね」

 

 流石は正史編纂委員会のエージェント。

 日本の呪術界を統括しているだけあって、日本に関していえば呪術知識だけでなく日本史や地理についても相当の知識を持っているようだ。

 

「にしてもこの車なかなかに年季が入ってそうですね? カーナビない車みたの久しぶりですよ」

 

シフトレバーもよく見るような運転席と助手席の間の床に設置されているものだが、完全にMTフロアシフトである。

 

「ええ、こちらの車はスカイライン・R32です。まぁ、派手なリアウィングで分かっていらっしゃったと思いますが」

「え? あ、ああ、そ、そうだな、リアウィングあるもんな」

 

もし、あの時に戻れるなら、あそこで護堂は藪蛇をつつかなかっただろうか。

 

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