神と神殺しとの争いは有史以前から存在する。
何千年と互いに殺し合ってきた仲だからだろうか、仇敵である彼らは一目見れば互いが分かるのだ。
護堂は先ほどから、座り込んだまま動かない巨狼から刺すような視線を感じている。
たとえ今すぐ護堂が不意打ちを仕掛けようとしても、巨狼はその動作を一瞬たりとて見逃さないだろう。
「では草薙さま、ご武運を」
よつなのその言葉を背に護堂は巨狼に向かって更に歩く。
ちらりと後ろに目線をやると、 よつなはすでに消えていた。立ち去る気配を感じさせないのは流石正史編纂委員会のエージェントだろうか。
ふたたび巨狼に目を向けると、 いつの間にか身を起こしてこちらに向かって跳躍してきていた。
「いきなりかよっ」
護堂の腕ほどの太さの牙が、護堂の顔めがけて襲い来る。
大きく後ろに飛びのいて、なんとか避ける。
しかし、巨狼は着地を
これもギリギリでかわした護堂の背筋を、死の恐怖が駆け上る。
跳躍から噛みつきそして前肢まで、一連の挙動が終わるまで息を吸うほどの間もなかった。
巨躯に似合わぬほどの身軽さである。
「待て待て! 俺にあんたと戦うつもりはない!」
「嘘などつかなくてよいぞ。神殺しが
「ホントに戦うつもりはないんだって!」
「ほう。では神殺しよ、如何なる目的で此処に来たのだ?」
巨狼は空を震わせるような低い声音で口を開く。
「あんたに此処にいられると、この周辺に人が住めなくて困るんだ。どんな目的でここにいるか知らないが、あんたさえ元の住処なりどこか人のいない場所へなり行ってくれりゃあ俺たちは戦わずに済むんだ! どうだ? その気はないか?」
会話しながらも、容赦なく巨狼は護堂に襲い掛かっている。その瞳は護堂を完全に仇敵と見定めていた。
「それは聞き入れられぬ相談だな。我はこの地にまだ用があるのでな」
「その用事とやらはいつ終わるんだ?」
「ふむ、十年ほどはかかるな」
「んな待ってられるか!」
頭を狙ってきた大振りの攻撃を、護堂はその場にしゃがむことで回避する。
「そも貴様ら神殺しと我ら神は幾星霜もの間互いに殺し合ってきたのだ。
「こっちはごめんだっつの!」
「ふむ、なんとも興の冷める 神殺しよ」
「そう思うんなら手を抜いてくれ!」
ブォンッ!
巨狼が思い切り腕を振るい、ナイフのように鋭い爪を護堂の胴体めがけて走らせる。攻撃の気配を全く感じ取らせない意識の合間を突くような動き。しかも、空気を切り裂くような速さ。
護堂も完全には見切れなかった。
直感にまかせて横向きに転がり、巨狼の攻撃をなんとかやりすごす。
「そう易々とは倒せぬか……」
唐突に巨狼が立ち止まり全身に力を込め始める。巨狼の背丈が何倍にも膨れ上がっていく。
勢いよく膨れ上がる巨狼の体重に耐えかねたのか、ミシミシッという音を立ててアスファルトが
「うそだろ⁉」
更に巨大化していった巨狼の頭は、ついにはビルの六階を越すほどの高さになっていた。
ひたすら逃げ回る護堂を、巨狼はゆったりとした足取りで追う。
稲光のような
(今のところ草薙護堂は逃げ回っているだけですか……)
草薙護堂の戦闘能力および人柄についての調査を命じられているよつなであったが、いまだ草薙護堂を測りかねていた。
カンピオーネといえば闘争の申し子。神をも恐れぬ悪鬼羅刹。
平常時にいくら猫を被ろうとも、いざ戦いが始まれば化けの皮が剥がれる 、そう予想していたのだが……。
「ふふ……。護堂ったらいつもああなのよ。変なところで体裁を気にするの。結局戦うのは変わらないのにね」
忽然と木陰から王冠のように
僅か十六歳にして大騎士の位階を戴いた魔術と武術、両方に通じる天才。そしてその美貌で草薙護堂を篭絡し、傍らに常に侍り
「エリカ嬢は草薙さまをどうお考えですか?」
不敵な笑みを浮かべ、エリカが口を開く。
「彼は自分のこと平和主義者だの何だの言うけれど、本当は真剣勝負が何より好きなのよ。そして勝つためなら周りがどうなろうが知ったこっちゃない。ホントそろそろ自分が平和からほど遠い性格だってこと自覚した方がいいんじゃないかしら 」
ダメ亭主に困らされてます、といった風情のエリカ嬢の口ぶりは、愚痴というよりは
巨大狼に追い立てられる一方だった護堂の様子が変わる。
東に西にとしっちゃかめっちゃかに逃げていた護堂が、巨狼に背を向けると東北東へ全力で走り出す。
「あれは何か企んでいる顔ね。きっとこれから何かとんでもない事を起こす気なんだわ」
確信のある声音でエリカ嬢が言う。
たしかに草薙護堂の足取りには迷いがない。まるで、そこに勝利につながる何かがあるかのような……。
「……あちらは市街の方ですね」