第駆話 しろこミラージュ
000
上を向いて歩いたほうがいい。
命がこぼれ落ちないように。
001
某日・アビドス自治区の某所。アビドス高等学校の第二学年である
たまの休みというよりは、
アビドス自治区に関連した様々な問題、もとい揉め事。カイザーによる侵攻・ハイランダー鉄道学園とのいざこざ・利権を求めた私募ファンドとの闘争・雷帝の遺産──そして
どれもこれも、一筋縄ではいかなかった。一枚岩というわけでもなかったため、アビドス廃校対策委員会の面々──言い換えれば
そんな折、
どうやら先生としては、色々と大変な思いをしたシロコ達アビドス生徒のことを気にかけているようで、今回そのような決断をするに至ったらしい。
そんな風に気にかけられてしまえば、最早彼女達にそれを拒否する理由はない。高校が抱えている九億円余の借金の返済に関しても、カイザーが自滅してくれたおかげで多少の余裕ができた。
そういった
ちなみに当初は銀行強盗の計画を立てようとしていたのだが、先生が悲しみそうなのでやめたらしい。
それはそれとして、趣味は趣味なので、そのうち立てるのだが。
シロコは早朝に家を出発して、そのままお昼時まであっちへこっちへと奔走し続けていたわけだが、当然これにも理由がある。
どうやらシロコは、
こちらにとっても向こうにとっても、ようやく出来た初めてのライディング仲間だ。折角なら、一緒に軽く4,000kmくらい走ってみたり、ロードレースなんかもしてみたい。そんな風に可愛らしい野望を抱いての行動だった。
とは言っても、アビドス一帯は既にほとんど走ってしまっていたため、どちらかと言えば「確認」の色が強いように思えた。
当然ながら
故にこれはあくまでも、いざ二人でライディングに行こうとなった時のための、
見知った道を、走り慣れた道を、あまり通らない道を、知らなかった道を、シロコは頼れるパートナーであるBoreneoのロードバイクで駆けて行く。
足が回る。ペダルを漕ぐ。チェーンが応える。ギアが上がる。一種の美しい永久機関の中に、今のシロコは組み込まれている。
直線でのスプリント速度は60キロを優に超えており、シロコはまるで砂漠に吹く一陣の風のようだった。
ふと空を見上げると、青く透き通った空と、真っ白な雲のコントラストが美しく見えている。
まるで空に絵を描いているみたいだなあと、シロコは柄にもなく、そんなことを感じていた。
撮影用のドローンでその景色を記録したシロコは、その後もしばらくコースの確認を続けた。
数時間後。粗方のコース確認を終え、それなりにいい汗をかいたシロコは、滴る汗を一通りタオルで拭ってから、背負っていたバックパックからサイクルボトルを取り出し、そのままスポーツドリンクを体内へと流し込んだ。
火照っていた身体とは対照的に、これでもかと言うほど冷えていたスポーツドリンクが舌に乗り、喉を通り抜け、身体の芯のほうを冷やしていくのを堪能しているかのように、シロコは満足げな表情を浮かべながら小休止を取っている。
ああ、なんて素晴らしいのだろう、臨時休校の日にするライディング。一週間も空きがあるので、万が一全力を出したせいで筋肉痛になったとしても、翌日にはほとんど響かない。それならばシロコとしても、本気を出さないわけにはいかない。
叶うのならば、こんな時間が永遠に続けばいいのに──とも考えたが、しかし毎日ライディングというのも、それはそれで飽きが来そうだ。何というか、趣味の範疇を逸脱してしまうと、一気につまらなくなりそうである。
それに、大好きなアビドス高校のみんなと遊ぶ時間は流石にほしい。やはりライディングは一ヶ月に数回とか、その辺りに留めておく方が良さそうだ。
さて、至福の水分補給タイムも終わったことだし、一度自分の家に帰ろう──と、再びロードバイクに跨ったところで。シロコの目が捉えたのは、記憶している限りでは一度も見たことがない道だった。
おいおい、見慣れないも見知らぬも見たことがないも同じ意味じゃないのかと、そう思うかもしれないが、本当に
正確に表現するのであれば──見たことがない
周囲に建造物はなく、時刻は昼時で、日陰はない。直線は地平線の先まで続いているように見える。そこまで認識すると、シロコの脳内に一つの考えが浮かび上がった。
ああ、なるほど。アビドスの商店街が再興したように、ここにもまた、
ここ最近、アビドス自治区には段々と人が流れ込んできている。その煽りを受けてかは知らないが、この道路沿いにもきっと、住宅なり何なりが作られて賑わうのだろう。
再開発によって新たに現れた、どこまでも続いているように見える直線道路。周りを見ても、特に車などが通っている様子は見受けられない。また、立ち入りを禁止する旨の掲示物等も無いように見えた。
シロコは道路に近づき、アスファルト面を靴のつま先でつんつんとつついてみた。しっかりと固まっているようで、走行するには問題なさそうだ。
段々と賑わってきたとはいえ、アビドスの交通量は未だそこまでのものではない。というか砂の影響もあってほとんど皆無である。精々がバス程度のものだ。
加えてライディングが趣味の者など、シロコはここ二年で一度だって見たことはない。アビドスの外にはそりゃあいるだろうが、しかしわざわざアビドスまで来てライディングに興じる物好きなど、シロコを除いて存在しないだろう。
つまりこの道路をロードバイクで走破した者は未だ
何せ
それになんと言っても、ここなら
シロコはそんなことを考えながら、そしてその胸中に少なからず好奇心を潜ませながら、目を輝かせてペダルを踏み込んで、その直線へと飛び出した。
好奇心を抱かずにはいられなかった。
シロコはまだ、青春真っ盛りなのだから。
002
「ん……やっぱりここ、新しい道だからか人通りが少ない」
直線に入ってから約5分後。人っこ一人いない車道のど真ん中を走りながら、シロコは誰に向けてでもなくそう呟いた。車も通らず、家の一つもなく、いつもなら腐るほどあるはずの廃墟すらないという有様だ。
周囲に目を向けると、そこにあるのはやはり砂だけだった。確かにアビドスは砂漠地帯が有名だが、ここまで砂まみれなのも中々珍しい。本当にこんなところに、再開発の目処が立っているのだろうか? 大人たちの考えることはよく分からないというのが正直なところだ。
進行方向に視界を向けると、かなり遠くに何かあるのが見えた。あまりにも遠すぎるため、具体的には何なのかを判別するのは不可能だったが、ひとまずのゴール地点として設定するのにはちょうど良さそうな建造物だった。
「結構遠くにあるみたいだけど……あの建物
直線に入ってから今までの5分間で、シロコは既に4kmほどの距離を走破している。路面の状態は出来たてということもあってか悪くはない。足の疲れに関しても、この調子であれば、建造物まで行って帰ってくるくらいは余裕で出来そうだった。
しかし余裕で
「……流石に、このままずーっと砂漠のど真ん中で直進っていうのは……はっきり言うと、いくら私でも飽きる」
そう。この道、正直つまらないのだ。
前人未到の直線道路──まあ、
胸が躍ったのは最初だけで、それ以降は心境も道路自体も平坦続き。それがこの、再開発に伴って作られた(と思われる)道路に対する率直な感想だった。
「二人でレースとかすれば、もしかしたら盛り上がるのかな……いやでも、ずっと直線っていうのも、工夫がない気がするし」
直線における最大速度を競う──というのも、まあそれはそれでいいが、シロコはどちらかというと、愚直に速度を追い求めるというよりは、色々な道を走ってみたいと思っているタイプだ。そしてそれは恐らく、
仮に二人でここに来たとしても、ものの数分で「ん、新しい道路って聞いたから期待してたのに、やっぱりよわシロコは感受性もよわよわだね」とか言われるのが目に見える様だった。いやまあ、
だがそれにしたって、本当に飽きてきた。先ほどまでの勢いはどこへやら、シロコはギアを下げてゆったりと走っている始末である。
どうやら飽きが来て冷静になるにつれ、つい先程までルートを確認していた時の疲労が押し寄せて来ているらしい。
加えてこの炎天下である。建物なんかはないから当然日陰もない。周囲が砂まみれなせいで日光の照り返しもあり、体感温度はおよそ45℃といったところだろうか。路面温度は70℃を優に超えているだろう。
滴り落ちる汗を拭うよりも先に、シロコは再びリュックからサイクルボトルを取り出し、スポーツドリンクを火照った身体に流し込む──が、しかし。
「──ん? あれ、もうなくなっちゃった。結構いっぱい持ってきてたんだけど……飲みすぎたかな。でも今日は本当に暑いし……」
元々の予定にはこんな道を走るだなんて組み込んでいない。当然補給する用の水分にも余剰分などない。これから家に帰ろうという時に余計なことをしたせいで、近くのコンビニで買い足したりもしていない。
シロコは再び辺りを見渡してみるが、当然都合よく自動販売機があったりするようなこともなく、記憶の限りでは、ここに来るまでの間にもそんなものはなかった。
つまりシロコはこの時点で、水分補給の手段を失ったということになる。
──とまあ、深刻な状況ではあるものの。シロコは特段焦っているようなこともなく、冷静に現状を分析していた。
「そうなってくると、このまま進むのは体調的に危ないかも。さっきから
既にこの道を走り始めてから10分弱が経過している。途中から走行速度を緩めたことも加味すれば、シロコはこの道路をおよそ6〜7kmほど走っているだろう。
つまりシロコは現在、通常の自転車であれば30分程度の時間がかかることを覚悟するくらいの距離ではあるが、ロードバイクであれば10分あれば十分余裕を持って戻れる程度の場所にいることになる。
それにしたって気になるのは、シロコも言っていた通り、どう考えても
普通10分もロードバイクで走っていれば、それなりの位置までは近付けるはずだし、もっと近くに見え始めてもいいはずなのだが……生憎なことに、一切大きさが変わっているようには見えなかった。
空を見上げる。雲一つない。
地面を見渡す。砂しかない。
「……ん、決めた。戻ろう。こんなところで熱中症になったら、ホシノ先輩に──みんなに心配されちゃうだろうし、先生も変に気負っちゃいそうだし」
脳裏に浮かんだのは、熱中症になったせいで臨時休校初日から入院する羽目になり、対策委員会のみんなや先生から甲斐甲斐しくお世話される自分の姿。
そうなると
こんなに恥ずかしいことはない。お世話となると、同級生である
というかノノミは、多分お風呂とか着替えとかも手伝おうとする。こんなに恥ずかしいことはない。耐えられない。恥ずかしすぎる。シロコは顔が赤くなるのか青くなるのか、よく分からなくなる心地だった。
「あの建物に近付いているように見えないのは……多分、あれが
その割には、目に映る景色に
今はとにかく、元いた道に戻ることだけを考えなければ。かなり日差しが強いので、皮膚がピリピリしてきた。このままでは日焼けしてしまう。
「……日焼けしたら、先生はどう思うかな……」
先生と共に海辺で遊んでいる、健康的な小麦色の肌になった自分の姿を想像しながら、シロコは
現在の気温、45℃。
体感温度、約52℃。
すぐさま脱出できれば、命には関わらない。
003
足が回る。ペダルを漕ぐ。チェーンが応える。ギアが上がる。一種の美しい半永久機関の中に、今のシロコは組み込まれている。
シロコが道を戻り始めて、10分が経過した。元いた道は、まだ見えてこない。
「……思ってるより進んでたみたい。色々あって鍛えられたからかな?」
しかし鍛えられたとはいえ、この暑さは別だ。今はまだ汗が出ているからいいものの、この調子ではそのうち汗も出なくなるだろう。だがこの程度で焦るシロコではない。
脳裏に僅かに浮かんだ何かを、シロコは振り払って前へと進んだ。
足が回る。ペダルを漕ぐ。チェーンが応える。ギアが上がる。一種の美しい半永久機関の中に、今のシロコは組み込まれている。
シロコが道を戻り始めて、15分が経過した。元いた道は、まだ見えてこない。
「ん……行きの私、相当テンションが上がってたんだね。でも、多分もうすぐで──」
シロコは誰に向けてでもなくそう呟く。喉が渇いて来たから、あまり褒められた行動ではない。だがそうでもしないとやってられない。
脳裏にふつふつと沸き上がり始めた何かを、シロコは必死に抑え込んで前へと進んだ。
足が回る。ペダルを漕ぐ。チェーンが応える。ギアが上がる。一種の美しい半永久機関の中に、今のシロコは組み込まれている。
シロコが道を戻り始めて、20分が経過した。元いた道は、まだ見えてこない。
「……大丈夫、大丈夫。そんなはずない……」
大丈夫、そんなはずない。だって、そんなのありえないから。
脳裏に生まれてしまった何かを、シロコは全力で振り切ろうと前へと進んだ。
足が回る。ペダルを漕ぐ。チェーンが応える。ギアが上がる。一種の美しい半永久機関の中に、今のシロコは組み込まれている。
シロコが道を戻り始めて、25分が経過した。元いた道は、まだ見えてこない。
「大丈夫、きっと大丈夫、絶対大丈夫だから──」
理由がわからない。理屈がわからない。理論がわからない。そんなことを考えている暇はない。一刻も早くこの道から脱出しなければならない。
脳裏にこびりついてしまった
足が回る。ペダルを漕ぐ。チェーンが応える。ギアが上がる。ギアが上がる。ギアが上がる。ギアが上がる。ギアが上がる。これ以上ギアは上がらない。これ以上ギアは上がらない。これ以上ギアは上がらない。これ以上ギアは上がらない。
「っ……なん、で……!?」
──
怖い。一度そう思ってしまえば、止めようもない。認識を境として、脳裏にこびりついた恐怖は、シロコの焦りを急速に煽った。
視野が狭くなっている、ということだけは分かる。それが体調不良によるものではなく、焦りから来ているということも。
いくら肉体が頑丈だからといって、このままではまずい。熱中症どころの騒ぎではない。もしかすると、それで済んでくれればまだマシなのかもしれない。
空を見上げる。雲一つない。
地面を見渡す。砂しかない。
足が、回らない。
シロコはペダルを漕ぐのを止め、一度地面に足を着いた。するとその瞬間、急激に強烈な疲労が身体を襲った。
荒い呼吸をすると、口から熱された空気が侵入して体内を襲う。正直なところ、勘弁してほしい。気持ちが悪くて仕方がない。シロコはそう思いながらも、息を整えるために呼吸を続けるしかなかった。
「──ッ! うぷっ……う、ふうぅ。ちょっと、飛ばしすぎたかも……きもちわるい……」
今のシロコは焦りと苛立ち、そしてとてつもない不安に飲まれている。だって、
加えてこの
だがしかし、焦ったところで事態が好転するわけでもない。むしろ悪化させるのが精々であろう。シロコ本人もそのことはしっかり分かっているので、一度大きく深呼吸をし、そして落ち着くように努めた。
「……あっ、そうだ」
──するとここで、シロコはとあることを思い付いた。
空を見上げても指標になりそうな雲はない。地面を見渡しても目標になりそうな起伏はない。
それならば。一度振り返り、30分前まで道標としていた
そうと決まれば話は早い。というか、早いこと確認したい。それで、早く安心したい。
「……見えなくなってれば、一番嬉しいんだけど──」
見えなくなるほど進んでいるのなら、元いた道も近いだろう。そんな風に、縋るように考えながら、シロコは戻ってきた道を振り返った。
……結論から言ってしまえば。
「──……え?」
シロコは、絶対に振り返るべきではなかった。
「え、な、んで……?」
30分前まで道標にしていた建造物。それは未だ、そこに
遥か彼方で、見せつけるように。
「……なんで」
焦ってはいけない。
そんなことは分かっている。
分かっては、いる。
「なんで、なんでなんでなんでっ……!」
シロコは思わず口を覆って、声を出してしまった。普段なら絶対に出さないような、怯えと恐怖を含んだ声音を。
しかし怯えとか恐怖とか、そういった物を気にしている余裕すらも、今のシロコは持ち合わせていなかった。
空を見上げる。雲一つない。
地面を見渡す。砂しかない。
進行方向を見る。まだ何も見えない。
彼方を見る。まだそこにある。
空を見上げる。滲んでよく見えない。
もう一度あの建物を見る気にもなれない。
「……もしかして、だけど──」
シロコはここに来て──ここまで駆けて来て、ようやく気付くことができた。確信することができた。現状を把握することができた。
「──私、ちっとも戻れてない……?」
一種の恐ろしい永久機関の中に、今のシロコは組み込まれている。
シロコが道を戻り始めて、30分が経過していた。元いた道は、まだ見えてこない。
現在の気温、48℃。
体感温度、約57℃。
好奇心は猫をも殺すという言葉があるが。
殺すのは別に、猫に限った話ではない。
004
どうやらこの道路に侵入した時点で、前に進むことも後ろに戻ることも出来なくなっていたらしい。そのことを悟ったシロコは、これが自分一人の手に負える案件ではないこともすぐさま理解した。
となれば、今シロコがやるべきことは一つしかない。そう、外部への救援要請である。
ちなみに現在シロコは、直射日光による体温の急激な上昇を避けるため、サイクルジャージの上を脱いで身体を覆っている。路面の温度は高すぎるため、地べたに腰を下ろすようなことはしていない。
誰かに見られたら恥ずかしいどころの騒ぎではないが──
なおこの決断に至るまでには少なからずの葛藤があったのだが、そこを詳細に説明するのは酷だろう。
何はともあれ。シロコはこの過酷な環境から生き残るために、迅速に行動を開始したというわけだ。
「……とりあえずは先生と、ホシノ先輩に連絡しよう。それで救援が来るまでは、下手に動かなければいい。これで完璧」
シロコはこういう時に最も信頼できる(と思っている)二人にメッセージを送った。
文面は「再開発されてるところで道に迷った。砂漠を突っ切る道路から出られない。蜃気楼に飲み込まれてる。助けてほしい」といった具合である。
小説や漫画アニメ等だと、こういう状況では電波が通じないのがお約束だが、しかしここは意外と融通が利くらしい。一応電波は通っている。そんなところに気を回すくらいなら、そもそも閉じ込めないでほしいのだが。
だがまあ、ひとまずメッセージを送ることはできた。しばらくすれば既読も付くだろうし、流石に問題ないだろう。きっと大丈夫。シロコはそう考え、スマートフォンを大切にしまい込んだ──
「あれ? いや、何やってるんだろ、私。メッセージなんかより、電話の方が話は早いのに」
──シロコはスマートフォンを再び取り出し、すぐさまホシノに電話をかけ始めた。そして数秒後、どうやら電波が悪いらしくノイズ混じりではあるが、確かに通話は繋がった。
「ん、繋がった……ホシノ先輩、もしもし? 私だけど……」
「シm/oゃん@jpt今どYne聞こえ&hcK返事og/」
「ごめん、ちょっと電波が悪いかも。もしもし、聞こえる?」
「ntq然聞こ(neHロコちゃuZ#絶対m_jh/@動かなqT"nzgM#&mAjあーー、あーー、シロコちゃーん、聞こえるーー?」
「あっ、うん、聞こえてる。繋がってよかった」
どうやら電波が悪いらしく、この調子だといつ通話が切れるかも分からない。途中からは安定しているようだが、しかし安心するにはまだ早いというのも確かだった。
「それで、さっきメッセージに送った通りで、その、先輩の手が空いてたら助けてほしいんだけど……」
「あーー、さっきのね。やたら長い道路だっけーー? うんうん、りょーーかいーー。今から準備して向かうよーー」
それ故にシロコは、電波が安定しているうちに一言で要件を告げた。ホシノにも正確に伝わったことが確認できると、自分の身体から力が抜けていくのを感じた。
高い運動能力を持つとはいえ、恐れずに色々とやってみる胆力があるとはいえ、シロコはまだ高校2年生の少女である。
緊張のせいで焦ってしまうのも無理はないだろう。
「……ごめんなさい、先輩。まさかこんなに長い道だとは思ってなくて、何も考えずに──」
「いーーよいーーよ、気にしないでーー。あ、そうだ。シロコちゃん、まだ飲み物は持ってるかなーー?」
「飲み物は……ううん、もう持ってないよ。さっきまでの間に全部飲んじゃったから」
「そっかーー。それなら
「えっ? オアシス?」
電話先のホシノはまるで
しかしシロコは、いくらホシノの発言であるとはいえ、これを信じることは出来なかった。
「ちょっと、何言ってるのホシノ先輩。そんなこと言われても、オアシスなんてどこにも──」
「じゃーーねーー。それじゃあまた後でーーm_djiwら絶pmj_#お願@tpwRだからvgt&jpj」
「……切れちゃった」
電波が悪化したのか、それとも準備を急ぐためなのかは分からないが、ホシノとの通話はそこで終わってしまった。しかしまあ、話す時間は十分に取れた。
現在時点でシロコがこの道に迷い込んでしまってから、およそ45分が経過している。水分無しでどこまで持つかは定かではない。
しかしホシノに連絡が取れた以上は、問題の解決は近いだろう。シロコはそう考えて一度深呼吸をした。
「──ふう。さて、それじゃあ次は先生の方に連絡を入れなきゃ……って、あれ?」
シロコは間髪入れずに先生とのモモトーク画面を開き、通話をかけようとするが、しかしその通話が繋がることはなかった。
繋がらないどころかコール音すら鳴らないため、不審に思ったシロコは一度スマートフォンを耳から離し、その画面を見た。するとそこには「応答なし」の文字が表示されていた。
「応答なしって、それじゃあ
と、そこまで口にした時。
シロコは自分のスマートフォンが、どうやら
液晶画面の右上には、確かに小さく「圏外」と表示されていた。どうやらいつの間にか、電波が届かなくなっていたらしい。
一体、いつからこうなっていた?
いや、
「……ホシノ先輩に通話をかけられたのは、本当にギリギリだった、ってことでいいのかな──いや、うん。そうだよ、それでいい」
暑すぎるせいか、頭も段々とぼんやりしてきた。上手く考えが纏まらない上にロードバイクに跨り直すのも一苦労だが、しかしまだまだ命に別状はないだろう、多分。
しばらくすれば、ホシノたちが助けに来てくれる。
だからシロコは、大人しく待っていればいい。
「あっ、先輩が言ってたオアシスって
シロコは遠くに、つい先ほどホシノから教えられたオアシスがあるのを発見した。見た感じだとそれなりの大きさだし、水分には困らなそうだ。
そうと決まれば話は早い。頼れるパートナーであるロードバイクと共に、オアシスへと駆け込もうではないか。
「……汗が出なくなってきたってことは、身体が慣れてきたってことかな。タオルはもうびしょびしょだからちょうどよかった」
「ちょうどよかったねー」
「ん。ふらふらするし、ジャージも着ようかな。本気で漕ぎすぎて、足も攣りそう。風が気持ちいいし暑いし、何か私変なこと言った?」
「ちょうどよかったねー」
「オアシス……初めて見るかも。砂祭りかな」
現在の気温、50℃。
体感温度、約60℃。
──現在のシロコの
できる限り熱を浴びることを避けたとはいえ、限度というものがある。焦って全力疾走を続けたということもあり、シロコの体内温度はかなり上がっている状態だった。
そしてこの体内温度ならば、
が、しかし。常識では考えられない環境に閉じ込められた結果、現在のシロコは、最早
熱射病の主な症状として異常行動や幻覚、運動障害などが挙げられる。これに加えて痙攣や麻痺等も現れる可能性がある。
しかし熱射病において最も恐ろしいことは、体内深部の温度が通常の状態を遥かに上回ることによって、
この場合の
基本的に人間の内臓を構成する細胞は、温度が40℃近くまで上昇することを想定した組成ではないのだ。それが脳のものでも、心臓のものでも、肝臓のものでも、腎臓のものでも、筋肉のものでも。
そんな暑さには耐えられず、
つまり、どういうことかというと。
このまま身体を冷やさなければ、最終的に──
「オアシス、楽しみだな」
「ちょうどよかったねー」
「暑い……暑い! 虹も!」
砂狼シロコは、多臓器不全によって死に至る。
005
「ん……オアシス、思ってたより遠い。暑いし、揺れてる。いいかんじ……風」
シロコは止まらない。留まらない。視界に映るオアシスを追いかけ、移動を続けている。
喉が渇いた。皮膚が乾いた。というか全身が
「逃げるなっ……!」
なるほど、これが逃げ水というやつだろうか。それにしては随分
そんなことを考えている場合ではないのだが、しかしそのことにシロコが気付くことはない。
そもそもの話。
オアシスなんてどこにもない。
「そういえば、オアシスの水って冷たいのかな。冷たいといいな。先生とか、対策委員会のみんなと一緒に、泳いだら楽しそう」
シロコの脳裏に、親しい人物たちの顔が浮かぶ。先生。ホシノ。ノノミ。セリカ。アヤネ。
オアシスで──バーベキューでもしているのだろうか? 自分抜きだというのに、随分とまあ楽しそうなことだ。私も混ぜてほしい。
と、そう思っていたところで。一人だけ、
(……あの人は、確か──)
シロコはその人物に見覚えがあった。
見覚えがあった。
見覚えがあった。
見覚えがあった。
見覚えがあった。
見覚えがあった。
見覚えがあった。
見覚えがなかった。
気がする。
それはともかくとして、自分抜きでバーベキューをするなどいい度胸だ。しかもシロコが知らない人を招いているだなんて。紹介くらいしてくれてもいいだろう。
そう考えながらも、シロコは皆が待っているオアシスに向かって駆けて行く。そうすると、さっきまでとは打って変わって、すんなりとそちらに進むことができた。
オアシスもみんなも、そこで待っている。早くみんなの所までいかなければ。
暑い。
駆け出したシロコは途中砂に足を取られ、何度か転倒してしまった。しかしそれでも、転ぶたびに起き上がって駆けて行く。
あと数歩。もう一歩。もうちょっと先に進め。先にいけ。みんなそこにいるんだから、私もそこにいないと。そこに行かないと。
暑い。
シロコは、オアシスでバーベキューをしている皆の元へと辿り着いた。
だというのに、そこにいる誰も、シロコに対して反応をよこしはしなかった。
どうやら全員が全員、バーベキューに夢中でシロコの存在に気が付いていないらしい。先生やホシノ、
ここまで頑張って来たというのに、一体この対応はなんだ。どういうことだ。シロコは皆の対応に憤りを隠せなかった。
そしてそれと同時に、シロコはそこまでみんなを
もう少し具体的に言えば、一体
熱い。
シロコは皆が作っている人ごみを掻き分けて前に進み、そして焼かれているものを見た。
そこで焼かれていたのは、珍しい肉だった。
「……ああ、
一度瞬きをすると、自分を取り囲んでいる対策委員会のみんなが見えた。熱い。痛い。全身痛い。熱い。
「……熱い──って、ちょっと……ちょっと、待ってよ。ねえ、嘘、嘘だよね……?」
疲れすぎて、シロコは起き上がれない。うつ伏せになっているシロコは、寝返りを打って仰向けになることすらできなかった。
必死になって周囲を見渡す。空色の髪の少女だけが、自分のことを遠巻きに見ていた。彼女以外は、にこにこと笑顔を浮かべ、自分のことを見下ろしている。
それを見て、シロコはたまらず言葉を放つ。
「だっ──誰かっ……たす、けて……!」
喉が乾きすぎて、まともに声が出ない。
それでも続けてシロコは助けを求めた。
「たすけて! 先輩、せんせい、誰でもいい、から──だれでも、いいからっ!!」
こんな言葉を口にしたのも、仕方のないことなのだ。シロコらしくもなく、冷静さのかけらもなく、必死すぎて見る人が見たら引きそうなくらい必死だが、仕方のないことなのだ。
だって、そうだろう。
焼かれていたのは、肉なんかではなくて。
バーベキューコンロなんか、どこにもなくて。
「あついっ、あづいよ、先輩! ホシノせんぱい! せんせい!! わっ、わたしまだ死にたくない!!」
焼かれていたのは、シロコの身体で。
アスファルトの上で、倒れているだけだった。
「たす……け……て、ホシノ──」
それを見ていたのは、空色の髪の少女だけ。
006
(──あれ……? 夢……?)
アスファルトに倒れ込んでいたシロコは、最悪な寝起きを迎えることとなった。
しかしどうにも身体が動かないため、視界に映る情報から現状を把握することにした。
結果として、周囲には様々なものが散乱──乗っていたはずのロードバイクも地面に放られている──していて、そしてその全てが自分の所有物であるということだけは理解できた。
(……幻覚を見て、暴走して──その後気絶して、転倒した? というか、これしかないか……)
地面に接している部分から尋常ではない痛みが送られてきている──はずなのだが、どうやら転倒した際に、運良くタオルが顔と地面の間に挟まったらしく、そこまで火傷した様子はなさそうだった。
とはいえ、アスファルトの表面温度は現在約70℃を軽く超えている。このままここに倒れたままでは、シロコは遠からず死に至るだろう。早く対処せねばならない。
が、しかし。現状のシロコが
とっくのとうに、シロコは立ち上がることなど出来なくなっていた。
炎天下にその身を晒しすぎた。転倒の衝撃による痛みがまだ身体を蝕んでいる。
水分は尽きた。電波も繋がらない。先ほどまでの全てが幻覚だったというなら、外部からの救援は期待できない。
(……死ぬしか、ないのかな)
暖かかった春の日。アヤネとセリカと出会った日。後輩の入学式が行なわれた日。初めてかわいい後輩たちができたあの日を、絶対に忘れない。
暑かった夏の日。みんなで一緒に海に行った日。揉め事やら遊びやらで忙しかった日。初めてみんなで夜の海を見たあの日を、絶対に忘れない。
涼しかった秋の日。空が赤く染まった日。
寒かった冬の日。ホシノとノノミと出会った日。マフラーを巻いてもらった日。初めて暖かいと感じたあの日を、きっと死んでも忘れない。
(みんな、悲しまないといいんだけど)
脳裏に浮かぶのは自分が死んでからの、アビドスのみんなの姿。ホシノはすっかり落ち込んでしまっているし、ノノミも普段の元気が全然ない。
アヤネとセリカも、そんな先輩たちの姿を見て、どうにもできずに困り果ててしまっている。
先生は責任を感じているのか、拳を強く握り込みながら俯いていた。自分が悪いのだから、先生が責任を感じる必要はないのに。でも、先生のそういうところは好きだ。
(きっと、大丈夫。私がいなくなっても、あそこにはみんながいるから)
大丈夫。私がいなくなっても、みんながいる。
私は多分、ここで死ぬ。でも、あなたがいる。
(ああ──そうだよ。きっと、大丈夫だから)
みんなはもう、大丈夫だから。
(私も、もう──)
「本当にそう思ってる?」
「──え……?」
突如、シロコの頭上から声がした。
視界には誰も映っていない。しかし
声の発信源は、おそらく前方。そこにいるということが、何となく分かってしまう。向こう岸は、ひんやりしている。
だが、しかし。シロコはもう、寝返りを打つ体力すら有していない。故に、その声の発信源を探ることはできない。
「自分が死んでも大丈夫だって、本当にそう思ってる?」
「……だい、じょうぶ……」
「自分が死んでも
「…………うん」
「じゃあ、
「……そ、れは──」
シロコは考えた。ぼんやりする頭で、どうせ死ぬのだからと必死に考えた。本当に、
数秒たっぷり考えた結果、導き出された答えは──「
「──いいわけ、ない……! まだ、まだまだ、みんなとやりたいことがいっぱいあるのに……こんな、こんなところで、死にたく、ない……!」
「そっか。仮にここを無事に脱出できたらさ、どんなことがしたい?」
「みんなに、会いたい……! 会って、お話しして、いつもみたいに……いつも通りに──!!」
死にたいわけがない。生きている以上は、生きていたいに決まっている。苦しいのは嫌だ。寂しいのはもう嫌だ。
だからシロコは、藁にもすがる思いで、最後の力を振り絞って、前方に立っているであろう謎の存在に助けを求めた。
「だから! たすけて……!!」
必死に手を伸ばし、半ば叩きつけるようにしながらも、ついにその手は届いた。
指先からガシャンと、無機質な音が響いた。
「……え?」
流石のシロコも、これには困惑した。いやまあ、この空間に来てからこの方困惑続きではあるのだが、それにしたって戸惑った。
必死に手を伸ばしたその先にあったのは、気まぐれで持ってきた撮影用ドローンだったからだ。
「いや……えっ、と……?」
まさかとは思うが。自分はドローンに向かって助けを求めていたのだろうか。幻覚を見ていたとはいえ、誰にも見られていないとはいえ、流石にこれは恥ずかしいと感じざるを得なかった。
と、そう考えた辺りで。シロコは本当に偶然、とあることを思い出した。
(あれ? そういえば私、ここに来るまでに
思い出されたのは、今でも目に焼きついているあの景色。透き通った空と白い雲のコントラストが、まるで絵画のようだと感じたのを覚えている。
が、しかし。この空間に入ってからは、どんなに空を見上げても
横にどれだけ移動を繰り返してもダメだった。無限に続く道路は、シロコを捕らえたまま、決して逃すことはなかった。
だが、しかし。それはあくまで
まだ、試していないことがある。
(……まさか、
一度そう考えられると、妄想であっても、もう
そうと決まれば話は早い──速く動かなければ、本当に死んでしまう──これでもダメだったら本当に死ぬだけだ。それならば、試さない理由というのもない。
シロコは一か八か、一世一代の大勝負に打って出ることにした。
(お願い……これで……!)
起動した直後から浮き上がっていくドローンに、シロコは必死の思いでぶら下がる。もう腕に力は入らなくてもおかしくないのだが、火事場の馬鹿力と言うべきか。
全身の痛みを堪えている間に、ドローンはどんどん上昇していく。
5m。既に肩が悲鳴を上げている。
10m。全身が痙攣している気がする。
15m。暑いを通り越して寒い。胃がねじれる心地。
20m──まで上ってきたところで。
シロコの眼前に、
「……ああ、やっぱり、きれい──っ!」
──シロコは、ドローンから手を離してしまった。
どうやら脱出できたらしいと、そう認識してしまった瞬間、全身の筋肉が弛緩したのだ。今の今まで全力を振り絞っていたのだから、しょうがないことではある。
だがしかし、ここは
落下している最中、シロコは真下が普通の道路に戻っていることと、散乱した自分の持ち物がそこにあることを確認できた。どうやら本当に帰って来れたらしい。
だがしかし、ここからどうしたものか。せっかく生きて帰って来れたのに、こんなことで死ぬなんて。
(ん、しょうがない……運任せになるけど、このまま落ちるしかないか──)
なんて、そんなことを考えていたのも束の間。
シロコにとってはこれ以上ないほど、
「シロコちゃんっ!!」
次の瞬間、視界を覆う──朝焼けみたいな桃色。
ああ、助かった。シロコはそう判断して、心底安心し切ったのか、そのまま意識を手放し、身を委ねた。
007
後日談というか、今回のオチ。
あの後アビドス市街地の病院にシロコは搬送され、応急処置を受けた。しかし、いち学園自治区の病院では手に負えないと判断され、D.U.シラトリ区の大病院へと転送された。
本来であれば後遺症が残って当然なくらいには衰弱していたのだが……そこは持ち前のタフネスでカバーされたらしく、三週間程度の入院でどうにかなるそうだ。
もっともシロコ本人は、その入院措置すらも拒んでいたようだが──対策委員会の面々で泣き落としたらしい。今は大人しくベッドに横たわっている。ちなみに、現在入院一日目である。
というか、怪奇現象に巻き込まれたのが6時間前のことだった。
タフすぎるが、キヴォトスでは珍しいことでもない。
脱出できた理由──というか、方法は簡単なものだった。
細かいところまでは分かっていないが、あそこは「蜃気楼という
つまり
人一人をぶら下げても問題なく飛行可能なドローンを持っていなければ、シロコは死んでいただろう。
「いや〜、シロコちゃん、本当にさ……おじさんがどれだけ心配したか分かってるの〜!?」
「ん……ごめん。迂闊だったとは思ってる。でも脱出方法はもう分かったし、次からは大丈夫」
「そういうことじゃないんだけどな〜……まあいいよ、生きて帰って来てくれたんだし、それだけで」
シロコの病室には、現在ホシノがお見舞いに来ていた。
お気付きのことだとは思うが、地上20mから落下したシロコを空中で受け止めたのもホシノである。シロコはホシノに感謝しっ放しだった。
ベッドの横にある机の上には、ホシノが剥いてくれたりんごが置かれている。一切れ取って食べると、みずみずしい甘酸っぱさが口の中に広がった。
ついこの間砂漠で死にかけたシロコからすると、こんななんでもない、ありふれたものでも極上だ。
「それにしても……ホシノ先輩、よく私のいるところが分かったね。私がかけた電話、電波が悪すぎて何言ってるか分からなかったんでしょ?」
「あー、あれ? うん、全然分からなかったよ。ノイズ混じりだったし、
「あー……あれは、多分幻聴と話してたのかな……?」
シロコは当時の自らの言動を思い出し、顔から火が出る思いだった。仕方のないことではあるのだが、割り切るのはなかなか難しいだろう。
それはともかくとして、今の話題は「なぜシロコの位置が正確に把握できたのか」である。ホシノは大雑把に理由を解説した。
「なるほど……つまり、私からの電話が切れた直後、先輩が先生に電話して、私の位置を見つけてもらったんだ?」
「うん、そういうこと。セリカちゃんが誘拐された時みたいな感じでね〜……まあ結局のところ、
「……それじゃあ、どうやって見つけてくれたんだろう? 先輩、何か分かったりは……」
「いーや、全然だよ〜。正直見当も付かないけど……ま、先生のことだからさ。こういうこと、よくあるじゃん?」
「ん、間違いないね」
シロコがそう言うと、何だかおかしく感じてしまって、二人で顔を見合わせて笑う羽目になった。
なんとなくいい気分だった。それすらもおかしくて、楽しく感じてしまう。日常に戻って来たのだということを実感できた。
「そういえばさ、シロコちゃん。その長い道路の中で、誰かに助けられたって言ってたじゃん」
「ああ、うん。幻覚だったとは思うんだけど……ただ、どこかで見たような気がする人だったんだよね」
「そうそう、その人。まあこの際幻覚でもなんでもいいから、分かる特徴だけ教えてくれないかな〜? もしかしたら知ってる人かもしれないし、さ」
「ん、分かった。ちょっと待ってね、すぐに思い出すから。そうだな、あの人は──」
シロコはあの時に見た、顔の分からない少女の特徴を思い出す。なんとなくだが、おそらくあの人がシロコを助けてくれたのだろうと、そう確信していた。
彼女に関して、思い浮かぶことといえば。
「──綺麗な、空色の長髪だったよ」
それを聞いた瞬間、ホシノは目を見開いた──
脳裏に、
──が、しかし、すぐさまいつものうへっとした柔らかい表情に戻り、感慨深そうに口を開いた。
「……そっか、そっかあ……それじゃあ、いつかその人に会えたら、ちゃーんとお礼を伝えなきゃいけないよ?」
「ん、当然。あの人が命の恩人みたいなものだから、もしも会えたら全身全霊でお返しする」
「その時は私からも、お礼を言わなきゃね〜」
「……? どうして、ホシノ先輩まで?」
「え〜? いや、だってさ。その人はシロコちゃんを守ってくれたんだよ? だったら、私だってお礼を言わなきゃ」
不思議そうに首を傾げているシロコに対して、ホシノは嬉しそうに、いたく優しい顔で、はっきりと言葉を渡した。
「『
ありがとうございました』ってさ!」
シロコは再び、顔から火が出る思いになった。
次回。「第逆話 ののみエンドレス」。