アビドス怪奇現象対策委員会   作:Minus-4

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第逆話 ののみエンドレス

 

 

 000

 

 

 物事を斜めに見るな。

 どうせ見るなら、逆さまに見るべきだ。

 

 

 001

 

 

 臨時休校、二日目。

 どこか切なさを覚える夕焼け色の中、十六夜(いざよい)ノノミはアビドス高校に向かって歩いていた。

 高校の教室に忘れ物をしてしまったの思い出したため、臨時休校であるにも関わらず、こうしてわざわざ学校まで向かう羽目になったのだ。

 

 昼間は茹だるような──干上がるような暑さのアビドス自治区も、夕方ごろになってくると流石に涼しさの一つや二つくらいは感じ取れる。

 乱立している廃墟──元住宅ともいう──は夕日によって橙色に染め上げられており、なんとも言えないノスタルジーをノノミに感じさせた。

 

 しかし、それにしても。まさか初日からシロコが入院する羽目になるだなんて、考えても見ないことだった。

 つい先日、というか今日の昼頃にノノミもお見舞いをしに行ったのだが、自分が知っているどのシロコの態度とも合致しなかったものだから、えらく困惑したのを覚えている。

 あの時のシロコは、なんというか……し(・)お(・)ら(・)し(・)か(・)っ(・)た(・)。

 年頃の女の子らしかったとも言う。

 

 まあ端的に言い換えるのであれば、す(・)っ(・)か(・)り(・)弱(・)り(・)き(・)っ(・)て(・)い(・)た(・)というのが最も正確かもしれない。ノノミが病室に入るなり全身を備え付けのシーツで隠していたのはとても可愛らしかった。

 話を聞いてみると、どうやら「弱っている姿をノノミに見せると全身全霊でお世話をされそうで、それは流石に恥ずかしい」ということだったらしく、その態度が逆にノノミの琴線に触れたということは、シロコの理解の外だ。

 

 高校に着くまでにはまだまだしばらくの時間がある。

 ノノミはなんとなく暇だったということもあり、病室でのシロコとの会話を思い返すことにした。

 

 

 

 

 

 

以 下 回 想

 

 

 

 

 

 

「シロコちゃん、本当にもう起き上がっても大丈夫なんですか? お医者さんの話だと、内臓がボロボロになっていてもおかしくないって……」

「ん……本当はダメ。だけど私は特別頑丈だったから、もう起き上がっても平気。強いから、免疫とか」

「うーん……私としては、あんまり無理に動いてほしくはないんですけど……」

「でも、動かないとストレスが溜まる。それじゃあむしろ、ボロボロの身体によくないと思う。ノノミにもあるでしょ? なんとかしてストレスを発散したい時とか」

 

 現在、ノノミが病室を訪れてから30分ほど経過している。

 どうやらシロコの言い分としては、ノノミをはじめとする知人との会話そのものがストレス解消になるらしい、ということだった。

 ちなみにシロコの容体に、現在大した異常はない。見上げたタフさだが、しかしキヴォトスでは大半のケガなど一日眠れば治る。

 そういうものなのだ。

 

「まあ、シロコちゃんが平気なら、私から何か言えることはありませんね……本当に、無茶だけはしないでくださいよ?」

「ん。もう二度とあんな思いはごめん。冗談抜きで、今までで一番死んじゃうかと思った」

 

 冗談抜きと言う割には、いたく冗談めかした口調だが、しかしその言葉には実感が籠っているのがノノミには理解できた。

 既にシロコのお見舞いに行っていた小鳥遊(たかなし)ホシノから聞いた話によると、どうやらシロコは永遠に続く直線道路に閉じ込められ、そこで深刻な脱水症状に陥り命を落としかけたらしい。

 つくづく思うが、何故もう既にシロコは元気いっぱいなのだろうか。ノノミとしては心配というよりも、疑問の方が大きかった。

 

「ところで、シロコちゃん。その……本当に、無(・)限(・)に(・)続(・)く(・)道(・)路(・)なんてところに閉じ込められたんですか?」

「……もしかして、嘘だと思ってるの? ショック」

「ああ、いえ! そういうわけではなくて……ほら、もしもまた同じ道路に誰かが閉じ込められてしまった時に、対処法が共有されていないままだと危ないじゃないですか?」

「ん、確かにそれもそうだね。一応ホシノ先輩には伝えておいたんだけど、ノノミは聞いてない感じ?」

「そうですね……なんだか間が悪くて、対策委員会のみんなとは昨日から顔を合わせていなくて……」

 

 ノノミはそう言いながら、少し不思議な気持ちになった。思えば入学してからほとんど毎日──というか基本的には毎日同じメンバーと顔を合わせていた。

 それなのに今回、突然臨時休校が先生から言い渡されたということもあってか、珍しく誰とも顔を合わせていない。

 当然モモトークでのチャットなんかはしていたが、文面上でコミュニケーションを交わしたからといって、まさか顔を合わせているという認識になどなるわけがなかった。

 

「まあ、そういうことなら……ノノミにも伝えておくよ、あの空間の脱出方法」

「うん……お願いします。一体、どうやって──」

「上に逃げる」

「──……え? 上、ですか?」

「ん、上。横方向にどれだけ移動しても一生逃れられないから、上に逃げるのが正解」

 

 実際にその空間で一生を終えそうになった奴に「一生逃れられない」とか、口が裂けても言ってほしくないのだが。

 

「上……となると、ジャンプするとか──そういうレベルではないんですよね?」

「そうだね、地上20mくらいは飛び上がらないといけない。この場合の『飛ぶ』はジャンプの方じゃなくて、フライの方」

「……えっと、普通の人だったら、脱出できなくないですか……?」

「できないよ。だからみんなも、人一人がぶら下がっても問題なく空を飛べるくらいの撮影用のドローンを常時携帯するべき。買う時は言って。できるだけお揃いにしよう」

「まあ、それは大歓迎ですけど……」

 

 シロコの微笑ましい願望については、後日対策委員会が全員揃った時に叶えに行くとして。先の質問に対する回答によって、ノノミの脳裏には新たな疑問が思い浮かんだ。

 こちらに関しては、シロコも把握しているかどうかは分からないのだが──しかし、もしかすると何か情報を手に入れているかもしれない。ノノミはそういった考えのもと、第二の質問を投げかけることにした。

 

「シロコちゃん、私気になったんですけど、そのどこまでも続いている道路が出る直前って、何か予(・)兆(・)みたいなものはなかったんですか?」

「予兆? うーん……ちょっと思い付かないかも。ごめん」

「ああ、いえ! 思い付かなかったならそれはそれで大丈夫ですよ! しかしそうなると、本当にどうして……」

「あっ。ノノミ、待って。具体的な予兆とかは思い付かないけど、そういえば私、あそこに閉じ込められる前に考えてたことがあって──」

 

 シロコが言葉を紡ごうとしている。ノノミは口を閉ざして待つ。きっとそれは、その怪奇現象への対策法を確立するには十分な情報が──

 

 

 

 

 

 

回 想 終 了

 

 

 

 

 

 

「──あっ。考え事をしている内に、高校に着いちゃいましたね」

 

 先ほどまで考え事をしていたノノミの眼前には、いつの間にか普段通っている校舎──アビドス高校の別館があった。

 ノノミは結局、シロコとの会話をそれ以上思い返すことはせずに、見知った校舎の中へと乗り込んで行った。

 

 あと少しで日が暮れ、夜が来る。

 宵闇は容易に、既(・)知(・)を未(・)知(・)へと変えてしまう。

 

 見知った学校と侮るなかれ。

 そこは既に、見知らぬ空間へと変わっているかもしれない。もっとも今のノノミに、それを知る術など存在しないのだが。

 

 

 002

 

 

「あっ、あった! ようやく見つけましたよ、ミスター・ニコライの『善悪の彼方』……臨時休校中に読み直そうとしていたのに、うっかり置きっぱなしにしちゃったんですよね」

 

 学校に到着してからおよそ1時間。想像していた以上に時間がかかってしまったものの、ノノミは無事に目当てであった本を回収した。

 しばらく放置してしまったため、劣化を心配していたが……触った限りでは、特段の問題はなさそうだった。少々埃を被っているが。

 

「……折角学校まで来たんですから、ちょっとだけお掃除してから帰りましょうか☆」

 

 これから先、おそらく一週間近く対策委員会の教室は放置されるだろう。いやまあ、自分のように誰かが掃除しに来るかもしれないが、それはそれで、これはこれだ。

 誰かのため──というのもまああるが、一番の理由は自分がやりたくなったから。だから、気が済むまで部屋の掃除をする。そんなものだろう。

 

 差し当たってノノミは、既に砂埃を被り始めている机や椅子などを濡れた雑巾で拭くところから始めた。

 水道の水で雑巾を濡らしてから、全体的に軽く拭いていく。それだけで砂埃は目に見えて取り除かれていき、多少の満足感をノノミの内心にもたらした。

 床に吹き散らかしている砂埃に関しては……あまり気にしすぎてもキリがないので、箒で全体的に掃いてちりとりでまとめて捨てた後、可能な限りの範囲で拭き取っていく。

 

 そうして、なんやかんやで30分ほどが経過した。外はすっかり夜の闇に包まれている。

 対策委員会室は以前からとは見違えて──とまではいかないものの、しかし目に見えて清潔な空間へと様変わりしていた。

 ノノミは確かな達成感をその胸中に得ることができたため、かなり満足げである。

 

「ふう……やっぱりほんの少し綺麗になるだけでも、なんだかスッキリした気持ちになりますね☆」

 

 ノノミの呟きが誰もいない対策委員会室を反響して満たす。この部屋が物静かなことはあまりないので、なんだか新鮮に感じられた。

 その新鮮さに身を任せ、ノノミはもう一度対策委員会室を見渡す──すると、今まで皆と共に歩んで来た道筋がありありと、昨日のことのように思い出された。

 

 思えばこの学校に通い始めて2年か。自分が意外と行き当たりばったりで行動しがちなことは重々承知してはいるものの、今になって思い返してみると、いささか強引が過ぎたような気がする。

 アビドスに通うと宣言した時、先輩であるホシノはどんな顔をしていただろうか。なんだか呆気に取られたような顔をしていて、少しだけ面白く感じてしまったのを覚えている。

 

「……シロコちゃんと出会ったのも、そのすぐ後だったなあ……」

 

 今でも、あの時のシロコの姿は鮮明にこの目に焼き付いている。

 シロコにマフラーを与えたホシノの姿も、また同様に。

 

「シロコちゃんも随分と、可愛らしくなりましたね」

 

 あの時と比べると、シロコは本当に可愛らしくなった。物を盗もうとしなくなったし、すぐに戦おうとしなく──なってはないけど──まあそれはそれとして、物騒なこともあんまりしなく──銀行強盗とか企てるけど──うん。

 

「もしかして、シロコちゃんが丸くなったんじゃなくて、私が慣れてしまっただけなんじゃ……?」

 

 いやまあ流石にそんなことはないのだが、それと同時に、シロコの破天荒さに慣れてきてしまっているノノミがいるのもまた確かである。

 ここ最近色々と物騒なことがあったせいで、思考回路が「物騒」に慣れてしまっているのだろうか。物(・)騒(・)というか、常に緊(・)張(・)させられていたのだが。

 ともかく、ここ最近物々しかったのは確かである。

 

「……いえ、気にしないことにしましょう。お掃除は終わったことですし、いつの間にかこんな時間になっちゃったし……私もそろそろお家に帰らないといけませんね」

 

 簡易的な掃除を終えた完全にノノミは、ようやくそこで対策委員会室を後にした。廊下の窓から外を見てみても、真っ暗闇すぎていまいち何がどうなっているのか分からない。

 ただ、明かりがない分だけ、星が鮮明に観測できるのは、数少ない利点のうちの一つだろう。普段なら気にも留めないそ(・)れ(・)が、何故だか今日はひどく美しく写って見えた。

 

 強大な脅威は去った。越えるべき未来は越えた。受け入れるべき過去は受け入れた。そうして作られた平凡な現在(いま)に、今の私は生きている。全身全霊で生きている。いつにも増してロマンチックな景色のせいか、ノノミはそんなことを考えた。

 そして同時に、こんなことまでも。

 

 叶うのならば、こんなに平和な現在(いま)が。

 い(・)つ(・)ま(・)で(・)も(・)、続(・)け(・)ば(・)い(・)い(・)の(・)に(・)。

 

「──……? 何か、変な感じがする……?」

 

 ふと覚えた違和感に従い、ノノミは周囲を見渡す。

 窓、異常なし。廊下、異常なし。教室、異常なし。一通り見回してみるも、しかしノノミは、それらの部分にはっきりとした異変を感じることはできなかった。

 だがしかし、覚えた違和感が間違いであるかと問われれば、その限りではない。もっともノノミには、そんなことは分からないのだが。

 

「……いえ、気のせいでしょう! シロコちゃんからあんな話を聞いて、ちょっぴり不安になっちゃっただけですね、きっと」

 

 ノノミは脳裏に生じた漠然とした不安を、あくまでも不安としたまま振り払い、そのまま廊下を進んで行った。

 屋内であるとはいえ、夜の砂漠は意外にも冷え込む。まあ昼間の暑さに比べれば大したものではないが、しかしそれで風邪を引いてしまいでもしたら、あと5日もある臨時休校の間、家のベッドで寝込み続けることになるだろう。

 シロコのお見舞いにも行けなくなるし、それだけは御免被(こうむ)りたいところだった。

 

「さて、今日の晩御飯は何にしましょうか──?」

 

 そんな風に極めていつも通りに、ノノミはこれから何でお腹を満たそうかということと、コインランドリーには何時ごろに向かおうかということを考え、その足を昇降口のある方へと進めていった。

 軽い足取りで、子供のように跳ねながら。階段を下りて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シロコちゃん、私気になったんですけど、そのどこまでも続いている道路が出る直前って、何か予(・)兆(・)みたいなものはなかったんですか?」

「予兆? うーん……ちょっと思い付かないかも。ごめん」

「ああ、いえ! 思い付かなかったならそれはそれで大丈夫ですよ! しかしそうなると、本当にどうして……」

「あっ。ノノミ、待って。具体的な予兆とかは思い付かないけど、そういえば私、あそこに閉じ込められる前に考えてたことがあって──」

 

「こ(・)ん(・)な(・)時(・)間(・)が(・)永(・)遠(・)に(・)続(・)け(・)ば(・)い(・)い(・)の(・)に(・)って」

 

「──そんなこと、考えてたんだよね」

「……でも、流石に偶然なんじゃないですか? もし仮に、その無限に続く空間に閉じ込められる条件がその通りだったとしたら、簡(・)単(・)す(・)ぎ(・)る(・)というか……」

「ん、私もそう思う。だけど、もしかしたら今後ノノミもそ(・)う(・)い(・)う(・)事(・)態(・)に陥るかもしれない。だから、ノノミ。気を付けてね」

「うんうん、しっかり覚えておきますからね☆」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シロコの失敗は、時(・)系(・)列(・)を(・)明(・)白(・)に(・)し(・)な(・)か(・)っ(・)た(・)こ(・)と(・)。

 ノノミの失敗は、時(・)系(・)列(・)を(・)確(・)認(・)し(・)な(・)か(・)っ(・)た(・)こ(・)と(・)。

 ノノミは一つ、重大な勘(・)違(・)い(・)をしていた──もっともその勘違いの内容は、当のシロコ本人も把握などしていないため、一概に勘違いとも言えないのだが。

 

 そこに存(・)在(・)し(・)て(・)い(・)た(・)空(・)間(・)にシロコが迷(・)い(・)込(・)ん(・)で(・)し(・)ま(・)っ(・)た(・)と、ノノミはそう考えている。しかし実態はそうではない。むしろ真逆と言って差し支えないだろう。

 つまり、シロコがそう感(・)じ(・)た(・)からそこに空(・)間(・)が(・)存(・)在(・)し(・)て(・)い(・)た(・)こ(・)と(・)に(・)な(・)っ(・)た(・)のだ。

 空間が先で、認識が後なのではなく。

 認識が先で、空間は後から存(・)在(・)し(・)て(・)い(・)た(・)こ(・)と(・)に(・)な(・)っ(・)た(・)に過ぎない。

 

 そしてそれは、今回もまた同様である。

 ノノミが先で、空間は後からやってくるだけ。

 

 ──ノノミは、気が付いていない。

 つい先程まで、これ以上ないくらいにロマンチックだった満天の星空が。電池が切れたみたいに、一(・)斉(・)に(・)輝(・)き(・)を(・)失(・)っ(・)た(・)ということに。

 

 だというのに、気付いてしまった。

 気付かなくてもいいものにだけ気付いてしまった。

 その時ようやく、ノノミは己の失敗を悟った。

 

 

 003

 

 

 対策委員会室から昇降口に向かう途中、必ず階(・)段(・)を経由する必要がある。窓から飛び降りたりしたら話は別だが、その例は今回は省く。

 この階段は一般的な高校の階段と同じ設計で、その段数は十(・)二(・)段(・)である。だから段を下る回数は、当然のことではあるが、十二段でなければおかしい。

 加えて学校の階段というのは、十二段下ったところで折り返し、再び十二段下る設計になっている。そこまでやって、ようやく一階層分の移動が完了するのだ。

 

 だから下る段数は、二十四段でなければおかしい。そうでなければならない。

 だがしかし、ノノミは失敗した。失敗したが故に、よ(・)り(・)多(・)く(・)の(・)階(・)段(・)を(・)下(・)る(・)羽(・)目(・)に(・)な(・)っ(・)て(・)し(・)ま(・)っ(・)た(・)。

 いわゆる十三階段のようなものに、ノノミは巻き込まれたのである。

 

 ……それなら、ノノミが下ったのは二(・)十(・)六(・)段(・)? いやいや、まさかそんな。

 ノノミが下ったのは二(・)十(・)七(・)段(・)だ。

 

 一度目(前半)の十二段は十三段に変化し、二度目(後半)の十二段はあろうことか十四段に変化していた。

 故に、二十七段。この異常現象──怪(・)奇(・)現(・)象(・)は、先ほどまで帰った後のことを考えていたノノミに、現状について考えさせるには十分すぎた。

 

「……まさか、そ(・)れ(・)を考えちゃダメなのって、い(・)つ(・)で(・)も(・)ダ(・)メ(・)なんですか……?」

 

 思い返されたのは、シロコの言葉。「永遠に続けばいいのに」という未来を否定する言葉。

 確かにノノミもつい先ほど「平和な現在(いま)がいつまでも続けばいいのに」とは考えたが、まさかタイミングを問わず厳禁であるなど、到底見抜けるはずもなかった。

 

 しかしそれにしたって問題なのは、今現在もノノミの目の前に佇んでいる階段だ。

 ただ増えているだけなら、別に構わない。百段増えようが二百段増えようが、終わりがあるなら必ず終わりに辿り着ける。

 しかしノノミは、そう楽観的に物事を捉えることはできなかった。というのも──

 

「私、二(・)階(・)か(・)ら(・)一(・)階(・)へ(・)と(・)移(・)動(・)し(・)た(・)はずなんですけど……どうしてまた二階に到着しているんでしょうか?」

 

 ──どうやらこの階段、既(・)に(・)ル(・)ー(・)プ(・)が(・)始(・)ま(・)っ(・)て(・)い(・)る(・)らしい。事実上の無限階段というわけである。

 しかしノノミは、それでも希望的観測を続けた。絶望したらそこで終わりだということは、すでに知っているから。

 

「とりあえず、もう一階層だけ下ってみましょう。それでダメなら、シロコちゃんの言いつけ通りに階段を上って、脱出できることを祈るだけです」

 

 まあ仮に二度の前例と同じように一段増えたところで、大した負担ではない。それにもしかすると、本当は十二段だったのを自分が間違えてカウントしたのかも。

 ノノミはそんな風に考えて、勇気を持って眼下に広がる階段へと一歩を踏み出した。

 

 一段、二段、三段、四段、五段、六段、七段、八段、九段、十段、十一段、十二段、十三段、十四段、十五段──

 

「……やっぱり、ダメっぽいですね」

 

 踊り場まで到着したノノミは、これ以上ないくらいのため息を付いた。

 どうやら自分の予想が当たっていたらしいと、身をもって確信してしまったからだ。

 

「階段を下るたび、階段の段数が一段ずつ増えていますね。確認する気にもなりませんけど、多分次は十六段なんだろうな……」

 

 若干うんざりした気持ちになりながらも、ノノミは今下ってきた階段を上り直し、再び二階に到着した。

 そしてノノミは、向かって右手の階段に視線を向けた。その表情には、すでにやや疲れが見える。

 

「……シロコちゃん、本当に助かります」

 

 こうなってしまえば、シロコが身体を張って暴いてくれた脱出方法を使わないわけにもいかない。

 というかむしろ、初めから使うべきではあった。口が裂けてもそんなこと言えやしないが。

 

 ともかく、そうと決まれば話は早い。さっさと上の階層に移動して、大人しくこの下向き無限階段から脱出するとしよう。

 ノノミは先ほどまでとは反対に、上の階層へと移動する際に使う階段を、二段飛ばしで急いで駆け上がっていった。そのままの勢いで踊り場も駆け抜け、ノノミは三階へと到着した。

 

「……ふう。とりあえず上に逃げてみましたけど、これは──」

 

 ノノミは今上ってきた階段で(・)は(・)な(・)い(・)方(・)、つまり上(・)の(・)階(・)層(・)へ(・)と(・)続(・)く(・)階(・)段(・)の方を見た。

 アビドス高校は三(・)階(・)建(・)て(・)の(・)学(・)校(・)である。そしてノノミは現在(記憶が間違っていなければ)三階にいるはずである。そしてここは、屋(・)上(・)に(・)続(・)い(・)て(・)い(・)る(・)階(・)段(・)で(・)は(・)な(・)い(・)。だから──

 

 上に続く階段など、あ(・)る(・)は(・)ず(・)が(・)な(・)い(・)のだ。

 

 明らかな異常事態──しかし、ノノミはこんな状況に置かれても狼狽える様子はなかった。

 原因は簡単、状況がシ(・)ロ(・)コ(・)の(・)時(・)よ(・)り(・)も(・)随(・)分(・)と(・)簡(・)単(・)だから、そしてノノミは既に脱(・)出(・)の(・)糸(・)口(・)が(・)上(・)に(・)存(・)在(・)し(・)て(・)い(・)る(・)こ(・)と(・)を(・)知(・)っ(・)て(・)い(・)る(・)からである。

 

「不幸中の幸い、とでも言うべきなんでしょうか……別に昼間というわけでもありませんし、気温は程よいですし……とにかく、上に進み続けてみましょうか」

 

 一人そう呟いたノノミは、どこへ続いているのかも分からない階段に足をかけ、上へと進み始めた。

 二段飛ばしだと流石に後々疲れてしまうだろうからという理由で、ノノミは一段飛ばしで階段を上って行く。そうして一つ上の階層へと移動すると──またもや同じ景色が広がっていた。

 

「……あれ? 何か、変な感じが……」

 

 ノノミはここで、どうにも拭いきれない違和感を覚えた。一体何が原因だろうかと考え、周囲を見渡してみると、どうやら自分が現在二階にいるらしいということが分かった。

 上ってきた階段の隣を見ると、やはり上の階層に続いている階段も据え置きで存在している。なるほど、どうやら自分は上がっても下っても二階から脱出できなくなっているようだ。

 

「うーん……そ(・)う(・)じ(・)ゃ(・)な(・)い(・)んですけど……」

 

 確かにそれも、明確な違和感ではある。だがしかし、ノノミの脳内に今もなお漂い続けている違和感のかたまりの原因は、どうにもこれではない気がしてならなかった。

 いや、これは、違和感というよりも、むしろ──

 

「とにかく、もう一度上に行ってみましょう。そしたら違和感の正体も分かるかもしれないし……」

 

 どうしてもこの違和感の正体を明かしたいノノミは、再び階段を一段飛ばしで上り始めた。

 二段、四段、六段、八段、十段、十二段、十四段、十六段、十八段、十九段。踊り場に到達。ここで折り返す。

 二段、四段、六段、八段、十段、十二段、十四段、十六段、十八段、二十段。再び二階に到達。上に続く階段は、まだそこにある。

 

「──私、今合計で三十九段上りましたね……?」

 

 違和感の正体は、意外なことにあっけなく判明した。つまりはこの階段、下った時だけに飽き足らず、上っても一段ずつ増えているのだ。

 この調子だと、シロコから教えてもらった「上に逃げる」という選択肢は取れないだろう。ノノミは落胆した。

 

「……上に行っても下に行っても増えるということは、元(・)々(・)の(・)二(・)階(・)を(・)起(・)点(・)と(・)し(・)て(・)一(・)段(・)ず(・)つ(・)増(・)え(・)て(・)い(・)る(・)んですかね? そうなってくると、もしかして──」

 

 元(・)い(・)た(・)場(・)所(・)に(・)こ(・)そ(・)答(・)え(・)が(・)あ(・)る(・)。

 ノノミはそう確信し、今上って来たばかりの階段を駆け下りた。

 

 一二三四五六七八九十十一十二十三十四十五十六十七十八十九二十段。

 

 二十一段。

 

「──……えっ?」

 

 いや、それはおかしいだろう。

 だってこの階段は、先ほどまで確かに二(・)十(・)段(・)だったのだから。

 ノノミは確認のために急いで振り返り、今下りてきた階段を二段飛ばしで駆け上がった。

 

 三段、六段、九段、十二段、十五段、十八段、二十一段、二十二段。

 

「……そんな、わけがないです。いくら何でも、そんな──ッ!?」

 

 階段を再び上り切ったノノミは、振り返って目視で階段の段数を確認して、言葉を失った。

 だって、そうだろう。

 今上がってきた階段も。

 上へと続く階段も。

 

 どちらも段数は、等しく二(・)十(・)三(・)段(・)だったのだから。

 

「まさか、まさか──階(・)層(・)を(・)移(・)動(・)す(・)る(・)こ(・)と(・)自体……間違いだったんですか……?」

 

 今更気付いたところでもう遅い。

 古来より後悔とは、先に立たないものだ。

 それでは、後悔より後に立つものとは何だ?

 

 後に立つのは、いつだって墓標だけだ。

 

 

 004

 

 

 ノノミは状況の悪さを把握すると同時に、すぐさま行動に打って出た。一旦階段は無視して、校舎中を駆け回った。

 が、しかし。どうやら廊下は無限回廊と化しており、ノノミは例の無限階段と組み合わせて二重で無限に囚われたこととなった。

 廊下が駄目ならば窓から飛び降りるか? と、ノノミはそう考えたが、しかし窓の外は一寸先すら見えぬ闇に包まれていた。

 シロコの例を通じて考察するのならば、あえて飛び込んでみるのも一つの手ではあったが……しかしどうにも悪い予感がするため、ノノミは大人しく窓を閉めた。

 

 当てもなく歩く。あてどなく歩く。行き着く先は、いつだって同じだから。どこへ向かおうが、どうせここへ戻ってくるのだから。

 ノノミは48回目の階段前へと辿り着いた。

 

(……流石に、うんざりしてきたなあ)

 

 閉じ込められてから経過した時間は、およそ5時間。気温は高くないので別に今すぐ死ぬということはないが、しかしこのまま脱出の糸口が掴めないようでは、いずれ死ぬことも間違いなかった。

 しかし現状、解決に繋がりそうな要素はほとんど把握できていないというのがノノミの認識であり、実際にその通りであることも確かだった。

 

(あの後何回か階段を昇降してみて分かったことといえば、一段目に足をかけた時点で段数は必ず一段増えるということくらい……)

 

 あとは一番上から一番下まで飛び降りてみても段数は問題なく増えるといったことが判明している。現状掴めた情報といえば、本当にそれくらいのものだ。

 そしてノノミはそれくらいのものに、二(・)十(・)六(・)段(・)を費やした。

 

 四十九段。

 一。

 

「……今の段数は、四(・)十(・)九(・)段(・)。流石にこれ以上は増やしたくありませんね……」

 

 しかし増やしたくないといったところで、これといった打開策も何らかの綻びも見つかっていない以上、ノノミにできることといえば、眼前の無限階段についての調査を続けることくらいだった。

 廊下と窓については……期待するだけ無駄だろう。あそこに脱出方法があるとは、ノノミには到底考えられなかった。

 

 現状考えられる脱出方法は、二つ。

 一つ目は壁や天井、床などを破壊して階層を移動すること。二つ目は自ら命を絶つこと。

 一つ目については外部からの援助さえあれば簡単に実現しそうだが、しかし。この空間も例に漏れず、電波は圏外となっているため、外部への救援要請は不可能となっていた。それに──

 

(せっかくみんなで守った学校を、わざわざ壊したくはないし……)

 

 ──といった内心もあり、一つ目の案に関しては封殺されているのが現状だ。

 続いて二つ目──自殺。

 こちらは別に、ノノミの気が狂って弾き出された案というわけではない。ちゃんとして──いるかは怪しいが──それなりの理由はある。

 

 単刀直入に言えば、お(・)約(・)束(・)だから。

 自ら命を絶つことこそが、生還の鍵となる──意地の悪い創作物なんかでは、あ(・)り(・)が(・)ち(・)な展開だ。

 ノノミはここにも、一応の活路を見出してはいた。が、しかし。当然のことながら、この案にも大きすぎるリスクが付き纏う。

 

 つまり、これが幻覚や悪夢なんかじゃなく、地(・)続(・)き(・)の(・)現(・)実(・)世(・)界(・)だった場合。自殺なんかしたら、どうなる?

 わざわざ語るまでもないことだろうが、当然死ぬ。そして死んだ人間は、二度と蘇らない。

 もしかしたら、もう二度と対策委員会のみんなに会えなくなるかもしれないのだ。高校二年生の乙女であるノノミが決断をためらうには、あまりにも十分すぎる理由だった。

 

「……できればあと一つくらい、脱出の糸口というか、取っ掛かりがほしいのですけど、この調子だとあまり贅沢を言っている場合ではないかもしれませんね」

 

 ノノミは窓の外を見た。5時間前とまったく変わっていない景色が──黒よりも黒い黒が空を塗り潰している。なんだか暗に「お前には先などない」と言われている気分になった。

 いけない、いけない。ほとんど真っ暗闇の校舎の中に一人で居続けたせいで、若干ネガティブになってきている。そうだ、一度深呼吸をしよう。吸って、吐いて、吸って、吐いて──ふう。

 

「……? あれ、これは──」

 

 と、そうしていた時。ふと地面を見ると、そこに何(・)者(・)か(・)の(・)頭(・)髪(・)が一本落ちているのが見えた。ノノミはそれがなんとなく気になったので、拾い上げてみることにした。

 長い頭髪──暗闇の中だといまいちよく見えないが、間違いなく女性のものだった。色は……空色。

 

「──確か、シロコちゃんも髪(・)の(・)毛(・)が(・)綺(・)麗(・)な(・)空(・)色(・)の(・)人(・)を(・)見(・)た(・)って、言ってたような気が……」

 

 となると、もしかして。ノノミの脳内には新たな案が浮かび上がった。

 つまりそ(・)の(・)空(・)色(・)の(・)人(・)を(・)探(・)し(・)て(・)み(・)る(・)の(・)は(・)ど(・)う(・)だ(・)ろ(・)う(・)? という話である。頭髪が落ちているのだから、この空間のどこかにはいるはずだ。

 目の前に降って湧いた明らかな変化に、ノノミは気力が回復していくのを感じた。

 

「ひとまずは、その方針で行きましょうか。正直他には何も思い付きませんし……絶対に見つけ出して、なんとか帰り方を聞き出してみましょう──ふあぁ……」

 

 勢い勇んだはいいものの、しかし出鼻を挫くように、ノノミの脳が限界を訴え始めた。現在の時刻はおよそ深夜2時。

 ノノミは朝からシロコのお見舞いに行ったりしていたため、17時間程度覚醒している状態を維持している。加えてこのストレスフルな環境だ。眠気を覚えるには、十分が過ぎるというものである。

 

(……どうしましょう。このまま活動し続けるのは、体力的にも精神的にも危険が伴うし……ここはいっそ、一回眠っちゃうのもアリかも?)

 

 シロコの例とは違い、この空間は別に常軌を逸して暑いわけでも、ましてや寒いわけでもない。眠ることは十分可能だし、体力のことを考えると悪い選択ではないように思える。

 が、しかし。やはりここが異空間である以上、眠(・)っ(・)て(・)い(・)る(・)間(・)に(・)何(・)か(・)起(・)き(・)る(・)か(・)も(・)し(・)れ(・)な(・)い(・)という不安は生ずる。こればかりは気にしてもどうしようもないのだが、しかし気にしないわけにもいかない。

 だけどそれでも、眠いものは眠い。できることなら今すぐ眠りたい。床で眠ることになるだろうが、しかし一日くらいなら余裕で耐えられる自信はある。

 そう考えると、急激に眠たくなってきた。どうやら私は、こんな環境にもある程度適応してきているらしい──

 

「……決めた。ここは寝ましょう。寝不足で活動に支障が出たら大変ですし、すぐさまどうにかなったりはしないですよね!」

 

 ノノミはから元気を振り絞ってそんなことを言い、窓側の廊下の壁にもたれかかり、楽な姿勢を取った。

 ふと外を見てみると、あいも変わらず真っ暗闇に包まれている有様である。星空の一つでも見えていれば、幾分ロマンチックな気分になれただろうに。怪奇現象というのもつくづく、気が利かないやつだなあ。

 そんなことを考えているうちに、ノノミは眠りに着いていた。

 

 その表情は、これ以上なく穏やかだった。 

 

 005

 

 

 ノノミは状況の悪さを把握すると同時に、すぐさま行動に打って出た。一旦階段は無視して、校舎中を駆け回った。

 が、しかし。どうやら廊下は無限回廊と化しており、ノノミは例の無限階段と組み合わせて二重で無限に囚われたこととなった。

 廊下が駄目ならば窓から飛び降りるか? と、ノノミはそう考えたが、しかし窓の外は一寸先すら見えぬ闇に包まれていた。

 シロコの例を通じて考察するのならば、あえて飛び込んでみるのも一つの手ではあったが……しかしどうにも悪い予感がするため、ノノミは大人しく窓を閉めた。

 

 当てもなく歩く。あてどなく歩く。行き着く先は、いつだって同じだから。どこへ向かおうが、どうせここへ戻ってくるのだから。

 ノノミは480回目の階段前へと辿り着いた。

 

(……流石に、うんざりしてきたなあ──?)

 

 閉じ込められてから経過した時間は、およそ50時間。気温は高くないので別に今すぐ死ぬということはないが、しかしこのまま脱出の糸口が掴めないようでは、いずれ死ぬことも間違いなかった。

 しかし現状、解決に繋がりそうな要素はほとんど把握できていないというのがノノミの認識であり、実際にその通りであることも確かだった。

 

(……あれ? 私、なんだか前にもこんな景色を見たような気が……)

 

 あとは一番上から一番下まで飛び降りてみても段数は問題なく増えるといったことが判明している。現状掴めた情報といえば、本当にそれくらいのものだ。

 そしてノノミはそれくらいのものに、二(・)十(・)六(・)段(・)を費やした。

 

 四十九段。

 十。

 

「何か、おかしいです。具体的にどうおかしいのかは分からないけど、それでも、何かが──」

 

 おかしくないよ。

 

 しかし増やしたくないといったところで、これといった打開策も何らかの綻びも見つかっていない以上、ノノミにできることといえば、眼前の無限階段についての調査を続けることくらいだった。

 廊下と窓については……期待するだけ無駄だろう。あそこに脱出方法があるとは、ノノミには到底考えられなかった。

 

おかしいよ。

 

 現状考えられる脱出方法は、二つ。

 一つ目は壁や天井、床などを破壊して階層を移動すること。二つ目は自ら命を絶つこと。

 一つ目については外部からの援助さえあれば簡単に実現しそうだが、しかし。この空間も例に漏れず、電波は圏外となっているため、外部への救援要請は不可能となっていた。それに──

 

(……まあ、気にしていても仕方ありませんね。とりあえずは脱出方法について考えるのに戻りましょうか)

 

 ──といった内心もあり、一つ目の案に関しては封殺されているのが現状だ。

 続いて二つ目──自殺。

 自殺。

 こちらは別に、ノノミの気が狂って弾き出された案というわけではない。ちゃんとして──いるかは怪しいが──それなりの理由はある。

 

 以下省略。

 

 

 00 6

 

 

 ノノミは状況の悪さを把握すると同時に、すぐさま行動に打って出た。一旦階段は無視して、校舎中を駆け回った。

 が、しかし。どうやら廊下は無限回廊と化しており、ノノミは例の無限階段と組み合わせて二重で無限に囚われたこととなった。

 廊下が駄目ならば窓から飛び降りるか? と、ノノミはそう考えたが、しかし窓の外は一寸先すら見えぬ闇に包まれていた。

 シロコの例を通じて考察するのならば、あえて飛び込んでみるのも一つの手ではあったが……しかしどうにも悪い予感がするため、ノノミは大人しく窓を閉めた。

 

 当てもなく歩く。あてどなく歩く。行き着く先は、いつだって同じだから。どこへ向かおうが、どうせここへ戻ってくるのだから。

 ノノミは1152回目の階段前へと辿り着いた。

 

(……流石に、うんざり……うんざり?)

 

 閉じ込められてから経過した時間は、およそ120時間。気温は高くないので別に今すぐ死ぬということはないが、しかしこのまま脱出の糸口が掴めないようでは、いずれ死ぬことも間違いなかった。

 しかし現状、解決に繋がりそうな要素はほとんど把握できていないというのがノノミの認識であり、実際にその通りであることも確かだった。

 

(……あれ、前にもこんなこと考えたし、それに、前にもこんな風に「何か変だなー」って感じた気がするんですが……?)

 

 あとは一番上から一番下まで飛び降りてみても段数は問題なく増えるといったことが判明している。現状掴めた情報といえば、本当にそれくらいのものだ。

 そしてノノミはそれくらいのものに、二(・)十(・)六(・)段(・)を費やした。

 

 四十九段。

 二十四。

 

「そういえば今まで気にしてませんでしたが──私、い(・)っ(・)た(・)い(・)い(・)つ(・)か(・)ら(・)こ(・)こ(・)に(・)い(・)る(・)ん(・)で(・)し(・)た(・)っ(・)け(・)……?」

 

 5時間前から。

 だからおかしくないよ。

 

 しかし増やしたくないといったところで、これといった打開策も何らかの綻びも見つかっていない以上、ノノミにできることといえば、眼前の無限階段についての調査を続けることくらいだった。

 廊下と窓については……期待するだけ無駄だろう。あそこに脱出方法があるとは、ノノミには到底考えられなかった。

 

気付いて。

おかしいよ。

 

 現状考えられる脱出方法は、二つ。

 一つ目は壁や天井、床などを破壊して階層を移動すること。二つ目は自ら命を絶つこと。

 一つ目については外部からの援助さえあれば簡単に実現しそうだが、しかし。この空間も例に漏れず、電波は圏外となっているため、外部への救援要請は不可能となっていた。それに──

 

(……まさかとは思いますが、この無限階段──段数が増える以外にも、何か秘密があるんじゃ……?)

 

 ──といった内心もあり、一つ目の案に関しては封殺されているのが現状だ。

 続いて二つ目──自殺。

 自殺。

 自殺。

 こちらは別に、ノノミの気が狂って弾き出された案というわけではない。ちゃんとして──いるかは怪しいが──それなりの理由はある。

 

 単刀直入に言えば、お(・)約(・)束(・)だから。

 自ら命を絶つことこそが、生還の鍵となる──意地の悪い創作物なんかでは、あ(・)り(・)が(・)ち(・)な展開だ。

 自ら命を絶つことこそが、生還の鍵となる──意地の悪い創作物なんかでは、あ(・)り(・)が(・)ち(・)な展開だ。

 ノノミはここにも、一応の活路を見出してはいた。が、しかし。当然のことながら、この案にも大きすぎるリスクが付き纏う。

 

 つまり、これが幻覚や悪夢なんかじゃなく、地(・)続(・)き(・)の(・)現(・)実(・)世(・)界(・)だった場合。自殺なんかしたら、どうなる?

 わざわざ語るまでもないことだろうが、当然死ぬ。そして死んだ人間は、二度と蘇らない。

 もしかしたら、もう二度と対策委員会のみんなに会えなくなるかもしれないのだ。高校二年生の乙女であるノノミが決断をためらうには、あまりにも十分すぎる理由だった。

 

「……他に何かあるとして、何があるんでしょう。時間はあるでしょうし、少し考えてみましょうか」

 

 ノノミは窓の外を見た。120時間前とまったく変わっていない景色が──黒よりも黒い黒が空を塗り潰している。なんだか暗に「お前には先などない」と言われている気分になった。

 いけない、いけない。ほとんど真っ暗闇の校舎の中に一人で居続けたせいで、若干ネガティブになってきている。そうだ、一度深呼吸をしよう。吸って、吐いて、吸って、吐いて──ふう。

 

「……? あれ、これは──」

 

 と、そうしていた時。ふと地面を見ると、そこに何(・)者(・)か(・)の(・)頭(・)髪(・)が一本落ちているのが見えた。ノノミはそれがなんとなく気になったので、拾い上げてみることにした。

 長い頭髪──暗闇の中だといまいちよく見えないが、間違いなく女性のものだった。色は……空色。

 

「──確か、シロコちゃんも髪(・)の(・)毛(・)が(・)綺(・)麗(・)な(・)空(・)色(・)の(・)人(・)を(・)見(・)た(・)って、言ってたような気が……」

 

 以下省略。

 

 

 00 7

 

 

 ノノミは状況の悪さを把握すると同時に、すぐさま行動に打って出た。一旦階段は無視して、校舎中を駆け回った。

 が、しかし。どうやら廊下は無限回廊と化しており、ノノミは例の無限階段と組み合わせて二重で無限に囚われたこととなった。

 廊下が駄目ならば窓から飛び降りるか? と、ノノミはそう考えたが、しかし窓の外は一寸先すら見えぬ闇に包まれていた。

 シロコの例を通じて考察するのならば、あえて飛び込んでみるのも一つの手ではあったが……しかしどうにも悪い予感がするため、ノノミは大人しく窓を閉めた。

 

 当てもなく歩く。あてどなく歩く。行き着く先は、いつだって同じだから。どこへ向かおうが、どうせここへ戻ってくるのだから。

 ノノミは1680回目の階段前へと辿り着いた。

 

(前にもこ(・)こ(・)は、見ましたね……?)

 

 閉じ込められてから経過した時間は、およそ175時間。気温は高くないので別に今すぐ死ぬということはないが、しかしこのまま脱出の糸口が掴めないようでは、いずれ死ぬことも間違いなかった。

 しかし現状、解決に繋がりそうな要素はほとんど把握できていないというのがノノミの認識であり、実際にその通りであることも確かだった。

 

「……前(・)に(・)も(・)見(・)た(・)って……そんなわけないのに、ど(・)う(・)し(・)て(・)こ(・)ん(・)な(・)こ(・)と(・)を(・)考(・)え(・)た(・)ん(・)で(・)し(・)ょ(・)う(・)?」

 

 考えるな。

 

 あとは一番上から一番下まで飛び降りてみても段数は問題なく増えるといったことが判明している。現状掴めた情報といえば、本当にそれくらいのものだ。

 そしてノノミはそれくらいのものに、二(・)十(・)六(・)段(・)を費やした。

 

 四十九段。

 三十五。

 

「……そういえば私って──こ(・)の(・)空(・)間(・)に(・)来(・)る(・)直(・)前(・)は(・)何(・)を(・)し(・)て(・)た(・)ん(・)で(・)し(・)た(・)っ(・)け(・)? というか、今は何時なんでしょうか……?」

 

 考えるな。

 今は午前2時だ。

 

 しかし増やしたくないといったところで、これといった打開策も何らかの綻びも見つかっていない以上、ノノミにできることといえば、眼前の無限階段についての調査を続けることくらいだった。

 廊下と窓については……期待するだけ無駄だろう。あそこに脱出方法があるとは、ノノミには到底考えられなかった。

 

気付いて。

戻れなくなるよ。

 

 現状考えられる脱出方法は、二つ。

 一つ目は壁や天井、床などを破壊して階層を移動すること。二つ目は自ら命を絶つこと。

 一つ目については外部からの援助さえあれば簡単に実現しそうだが、しかし。この空間も例に漏れず、電波は圏外となっているため、外部への救援要請は不可能となっていた。それに──

 

(──思い出せない? いえ、そんなはずは……だって、私は対策委員会室を掃除して、それから廊下を通って、それから階段を下りて……それから、それから、それから──)

 

 ──といった内心もあり、一つ目の案に関しては封殺されているのが現状だ。

 続いて二つ目──自殺。

 自殺。

 自殺。

 自殺。

 こちらは別に、ノノミの気が狂って弾き出された案というわけではない。ちゃんとして──いるかは怪しいが──それなりの理由はある。

 

「──やっぱり、思い出せませんね。となると、私が対策委員会室を後にしたタイミングと、今現在私が存在しているこの時間との間には、何(・)ら(・)か(・)の(・)出(・)来(・)事(・)が(・)起(・)こ(・)っ(・)て(・)い(・)る(・)……?」

 

 単刀直入に言えば、お(・)約(・)束(・)だから。

 自ら命を絶つことこそが、生還の鍵となる──意地の悪い創作物なんかでは、あ(・)り(・)が(・)ち(・)な展開だ。

 自ら命を絶つことこそが、生還の鍵となる──意地の悪い創作物なんかでは、あ(・)り(・)が(・)ち(・)な展開だ。

 自ら命を絶つことこそが。

 ノノミはここにも、一応の活路を見出してはいた。が、しかし。当然のことながら、この案にも大きすぎるリスクが付き纏う。

 

「……眠たくなってきたなあ。なんで急に──いや、いやいやいや……いくらなんでもそ(・)れ(・)は(・)怪(・)し(・)す(・)ぎ(・)ま(・)せ(・)ん(・)か(・)?」

 

 怪しくないよ。

 

 つまり、これが幻覚や悪夢なんかじゃなく、地(・)続(・)き(・)の(・)現(・)実(・)世(・)界(・)だった場合。自殺なんかしたら、どうなる?

 わざわざ語るまでもないことだろうが、当然死ぬ。そして死んだ人間は、二度と蘇らない。

 もしかしたら、もう二度と対策委員会のみんなに会えなくなるかもしれないのだ。高校二年生の乙女であるノノミが決断をためらうには、あまりにも十分すぎる理由だった。

 

「急激に眠気が強くなったことを考えると、逆説的にここは眠(・)っ(・)て(・)は(・)い(・)け(・)な(・)い(・)空(・)間(・)ということになるんでしょうか。それならば、抗ってみるのもいいかもしれませんね?」

 

 眠れ。

 

 ノノミは窓の外を見た。175時間前とまったく変わっていない景色が──黒よりも黒い黒が空を塗り潰している。なんだか暗に「お前には先などない」と言われている気分になった。

 いけない、いけない。ほとんど真っ暗闇の校舎の中に一人で居続けたせいで、若干ネガティブになってきている。そうだ、一度深呼吸をしよう。吸って、吐いて、吸って、吐いて──ふう。

 

「……眠ってはいけないのなら、起きたまま越えなければいけない時間帯がどこかにあるはず。そこまでは、なんとか──」

 

 眠れ。

 三十五。

 あと十四。

 

 と、そうしていた時。ふと地面を見ると、そこに何(・)者(・)か(・)の(・)頭(・)髪(・)が一本落ちているのが見えた。ノノミはそれがなんとなく気になったので、拾い上げてみることにした。

 長い頭髪──暗闇の中だといまいちよく見えないが、間違いなく女性のものだった。色は……空色。

 

「……? あれ、これは──っと、危ない危ない……変なものに気を取られて眠気に負けてしまうところでした。そんな罠には引っかかりません☆」

 

 となるともしかしてノノミの脳内には新たな案が浮かび上がったつまりそ(・)の(・)空(・)色(・)の(・)人(・)を(・)探(・)し(・)て(・)み(・)る(・)の(・)は(・)ど(・)う(・)だ(・)ろ(・)う(・)という話である頭髪が落ちているのだからこの空間のどこかにはいるはずだ目の前に降って湧いた明らかな変化にノノミは気力が回復していくのを感じた勢い勇んだはいいもののしかし出鼻を挫くようにノノミの脳が限界を訴え始めた現在の時刻はおよそ深夜2時ノノミは朝からシロコのお見舞いに行ったりしていたため17時間程度覚醒している状態を維持している加えてこのストレスフルな環境だ眠気を覚えるには眠気を覚えるには眠気を覚えるには十分が過ぎるというものであるシロコの例とは違いこの空間は別に常軌を逸して暑いわけでもましてや寒いわけでもない眠ることは十分可能だし体力のことを考えると悪い選択ではないように思えるがしかしやはりここが異空間である以上眠(・)っ(・)て(・)い(・)る(・)間(・)に(・)何(・)か(・)起(・)き(・)る(・)か(・)も(・)し(・)れ(・)な(・)い(・)という不安は生ずるこればかりは気にしてもどうしようもないのだがしかし気にしないわけにもいかないだけどそれでも眠いものは眠いできることなら今すぐ眠りたい床で眠ることになるだろうがしかし一日くらいなら余裕で耐えられる自信はあるそう考えると急激に眠たくなってきたどうやら私はこんな環境にもある程度適応してきているらしいノノミはから元気を振り絞ってそんなことを言い窓側の廊下の壁にもたれかかり楽な姿勢を取ったふと外を見てみるとあいも変わらず真っ暗闇に包まれている有様である星空の一つでも見えていれば幾分ロマンチックな気分になれただろうに怪奇現象というのもつくづく気が利かないやつだなあそんなことを考えているうちにノノミは眠りに着いていたその表情はこれ以上なく穏やかだった。

 

「──あれ? 急に眠たくなくなりましたね……ということは、越えるべき峠は越えたということでいいのでしょうか……?」

 

 

 

「とはいっても、ここから一体どうすれば……」

 

 

 

(……何だか、さっきから静(・)か(・)す(・)ぎ(・)ま(・)せ(・)ん(・)か(・)? いえ、気のせいといえば、気のせいのような気もするんですけど……)

 

 

 

「……というか、階段といい、廊下といい、私の記憶といい……もしかして、この空間──」

 

 

 

「全てが繰り返される空間なのでは?」

 

 

 

「あれ……? それじゃあ私、今何(・)回(・)目(・)?」

 

三十五だよ。

 

「──眠ることをきっかけとして、同じ行動を繰り返してたっていうんですか……?」

 

 あ。

 あー。

 

 あーーーーーーーーー。

 気付かなきゃいいのに。

 気付かせなきゃいいのに。

 

 気付かないほうが、楽だったのに。

 行き着く先は、いつだって同じだから。どこへ向かおうが、どうせここへ戻ってくるのだから。

 

 だというのに、ノノミは眠らなかった。

 眠れば、終わりなんて来ないのに。

 永遠なのに。

 

 無限なのに。

 

 

 00 8

 

 

「……また、ここですか」

 

 ノノミは階段の前で目を覚ました。

 四十九段。

 三(・)十(・)六(・)。

 

「四十九と三十六に、一体どんな意味が──というか、もしかしてた(・)っ(・)た(・)今(・)ル(・)ー(・)プ(・)し(・)た(・)ってことなのかな──」 

 

 ノノミは階段の前で目を覚ました。

 四十九段。

 三(・)十(・)七(・)。

 

「……えっ? いや、そんな……えっと──」

 

 ノノミは階段の前で目を覚ました。

 四十九段。

 三(・)十(・)八(・)。

 

「ッ!? どうやら、急がないとまずそうですね!?」

 

 ノノミは階段の前で目を覚ました。

 四十九段。

 三(・)十(・)九(・)。

 

(しかし「急ぐ」といってもどうやって? 現状私が掴めている情報はたったの二つ──階段の段数は足をかけたタイミングで増えることと空間そのものが無限にループしているということだけ……)

 

 ノノミは階段の前で目を覚ました。

 四十九段。

 四(・)十(・)。

 

「考えている暇は無さそうですね……!? とにかく、どこかへ行かないと──ッ!?」

 

こっちだよ。

 

 ノノミは階段の前で目を覚ました。

 四十九段。

 四(・)十(・)一(・)。

 

(やっぱりいた! 空(・)色(・)の(・)髪(・)の(・)人(・)!! 顔は……ああ、もう! 急に差してきた窓からの光でよく見えない……!)

 

早く、こっちに。

 

 ノノミは階段の前で目を覚ました。

 四十九段。

 四(・)十(・)一(・)。

 

(迷っている時間はない──階(・)段(・)の(・)上(・)! 段数が増えるのは痛いですが、しかしシロコちゃんも助けてもらったらしいですし、それだけで信用するには十分すぎる!!)

 

そう、こっちだよ。

 

 ノノミは階段の前で目を覚ました。

 四十九段。

 四(・)十(・)二(・)。

 

「すみませんっ、私は十六夜ノノミという者です! 以前シロコちゃんを助けてくださってありがとうございました!」

 

ううん、気にしないで。

 

 ノノミは階段の前で目を覚ました。

 四十九段。

 四(・)十(・)三(・)。

 

「申し訳ないのですが、私も閉じ込められてしまっているようで! よろしければ、脱出の手助けをお願いしたいのですが……!!」

 

もちろん。さ、こっちにおいで。

 

 ノノミは階段の前で目を覚ました。

 四十九段。

 四(・)十(・)四(・)。

 

「助かります……! それで、私はどうすれば──」

 

それじゃあね、バイバイ。

 

「──えっ?」

 

 ノノミは階段の前で目を覚ました。

 四十九段。

 四(・)十(・)五(・)。

 

(えっ? 突(・)き(・)……飛(・)ば(・)さ(・)れ(・)た(・)? 何故? シロコちゃんは良くて、私はダメ? お願いの仕方がよくなかった? まずい、このままじゃ後頭部から落ちるっ──)

 

「ぐっ……!? いっ、たぁ……っじゃない!! 早く、脱出しないと……?」

 

 ノノミは階段の前で目を覚ました。

 四十九段。

 四(・)十(・)六(・)。

 

(……あれ? 階段の段数って、私は今上って下りたんですから、五(・)十(・)一(・)段(・)の(・)は(・)ず(・)で(・)す(・)よ(・)ね(・)?)

 

「──どうして、四(・)十(・)九(・)段(・)の(・)ま(・)ま(・)……?」

 

 ノノミは階段の前で目を覚ました。

 四十九段。

 四(・)十(・)七(・)。

 

(急いで整理しましょう。私は空色の人に突き飛ばされて……後頭部から階段の下に落ちた。それなのに段数は全く増えていない──上った時の段数は、間(・)違(・)い(・)な(・)く(・)五(・)十(・)段(・)だ(・)っ(・)た(・)の(・)に(・))

 

「……と、なると、今の一連の流れの中で、さっきまでとは違う行動──つまり、背中から落ちたことが脱出のヒントになり得る……?」

 

 ノノミは階段の前で目を覚ました。

 四十九段。

 四(・)十(・)八(・)。

 

(迷っている暇はない……! それなら!!)

 

「女は、度胸──っ!!」

 

ノノミは階段に背を向けたまま飛び降り、そして痛みに悶えながらも、階段の段数を確認した。

 

「──四(・)十(・)、八(・)段(・)ッ……!!」

 

 ノノミは階段の前で目を覚ました。

 四十九段。

 四(・)十(・)九(・)──に到達する前に、ノノミは攻略法を発見し、階段の段数を減らすことができた。

 

 あーあ。

 あとちょっとだったんだけど。

 

「……うぅ、痛い……思ったんですけど、これ、背中さえ向けてれば、別に飛び降りなくてもいいんじゃ……?」

 

 ノノミはそう考え、階段に背を向けたまま下ってみる──と、階段の段数は四(・)十(・)七(・)段(・)に(・)減(・)っ(・)て(・)い(・)た(・)。

 どうやら空色の人は、これを教えるためにノノミを突き飛ばしたらしい。分かりにくいヒントだったが、しかしノノミは彼女に助けられたことになる。

 

 つまり、前(・)を(・)見(・)て(・)進(・)む(・)のではなく。

 背(・)を(・)向(・)け(・)て(・)戻(・)る(・)必要があったらしい。

 一人ではこんなこと、気付けるはずもなかった。

 

「本当に、ありがとうございます……うーん、シロコちゃんも言っていましたけど……やっぱりど(・)こ(・)か(・)で(・)見(・)た(・)こ(・)と(・)あ(・)る(・)気(・)が(・)す(・)る(・)なあ、あの人」

 

 ノノミはそんなことを頭の内で考え、痛みを紛らわしながら階段を逆向きに下って行く。

 そうしてそれを三十五回繰り返すと、階段の段数は元々の十二段に戻ってしまった。

 

「……はあ。忘れ物を取りに来ただけなのに、こんな目に遭うなんて……シロコちゃんの件といい、しばらくは単独行動は控えた方がいいかもしれませんね……」

 

 ノノミはそう独り言を呟いて、十二段の階段に背を向けて下り、昇降口から学校を後にした──

 

 

 

 

 

 

 

 

「──ノノミちゃん(先輩)っ!!」

 

 

「──……えぇ……?」

 

 ノノミが目覚めると、そこは病院だった。

 

 

 009

 

 

 後日談というか、今回のオチ。

 

 どうやらあの日──学校に忘れ物を取りに行ったあの日。

 ノノミは階段から運悪く転落し、これまた運悪く頭を強く打ち、連絡が付かないのを心配したシロコがホシノに捜索を要請。

 全力で夜通し駆け回ったホシノによって発見され、病院に担ぎ込まれ、そして今に至ったらしかった。

 

「いや、本当にさ。最近ようやくゴタゴタが落ち着いたっていうのに、どうしてこう、おじさんの可愛い後輩たちが揃いも揃って怪奇現象に巻き込まれるのかな……?」

「うーん……偶然──とは、さすがに言い難いですよねえ……」

「……アヤネちゃんとセリカちゃんには、情報を共有しておいたよ。困(・)っ(・)た(・)ら(・)空(・)色(・)の(・)髪(・)の(・)人(・)を(・)探(・)せ(・)ってさ」

 

 現在ノノミは、シロコと同じ病院に入院していた。あくまでも検査入院であるため、しばらくすれば退院できるだろう。

 ちなみに現在、臨時休校期間の三日目である。

 

「……空色の髪の人、ねえ。ノノミちゃん、ちょっと聞きたいことがあるんだけどさ、その人の顔とか……分かる?」

「あー……顔は、そうですね……逆光になっていてよく見えなかったといいますか……」

「それじゃあさ、特徴! 身体的特徴の一つでもいいから〜!」

「ええ? えっと、うーん……あっ、そうだ」

 

 ここでノノミは、とある特徴を思い出した。

 とはいっても、普遍的な特徴であるため、特定に値する情報ではないが。

 

「特(・)徴(・)的(・)な(・)ハ(・)ネ(・)ッ(・)毛(・)が(・)あ(・)り(・)ま(・)し(・)た(・)。髪はゆるくウェーブがかっていて、ああ、あとそれと、こう、胸が結構大きくて──」

「──えっ?」

 

 それは。

 そ(・)ん(・)な(・)人(・)は(・)。

 ホシノの知る限り、一人しかいない。

 

 脳裏に、 (・) (・) (・) (・)が這い寄る。

 



 

「……これは本当に、おじさんがお礼を言いに行かないといけないかもしれないね──」

 

 ホシノが深刻そうに放ったその呟きを聞いたノノミは、ただただ首を傾げるばかりだった。

 

 

 

 

ののみエンドレス 了 

 





 次回。「第膨話 あやねエクステンド」。

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