忍者になりたいと願ったら陵辱モノのエロゲ世界に飛ばされた男   作:goldMg

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10_生にー誉を、死にー光を

 

「──あ」

 

 それはきっと、時を超えた邂逅。

 遺伝子に刻まれた力が彼女たちを引き合わせた。

 

「おばあ……ちゃん……?」

 

「……そう…………そういう事なのね」

 

 セツナは、泣きそうなのを必死に堪えていた。

 ひどく懐かしい匂い。

 彼女──雪は、大好きだった祖母ととても似ていた。

 雰囲気も、髪型も。

 そして、どこか冷えたような目つきも。

 顔は全く違うはずなのに。

 この魂の高鳴りこそ。

 

「……初めまして、私は雪。雪女の雪」

 

 セツナを目にした瞬間から少しだけ寂しそうな顔になった雪。

 対してセツナも滲んだ瞳を必死に擦って、顔を目に焼き付けようとしていた。

 

「セツナ、です…………」

 

「セツナさん……あなたはどうして私に会いにきたの?」

 

「………………こ、これ……を……」

 

「…………っ!?」

 

 震える手で差し出されたもの。

 雪はそれを見て、驚きに顔を歪めていた。

 小さな2つのお札。

 結界をすり抜ける効果を持ったそれを見て、雪は何故そこまで驚くのか。

 

 ゆっくりともたげられた手。

 札を取り、胸元で抱きしめる。

 その感覚を確かめる。

 暖かく、懐かしい魔力。

 

「あの人は……ああ……」

 

 その場に崩れた雪。

 慌ててセツナが身体を支えた。

 

「最期まであなたは…………なんでよ……!」

 

「雪さん……」

 

「……セツナさん、ありがとう。これを見せてくれて」

 

「ううん、そうするのが古の主の願いだから……」

 

「──」

 

「『きっとまた、君と同じ夢を見る』…………これが……古の主からの伝言です」

 

「……ああ……あああ…………!」

 

 咽び泣く雪に寄り添うセツナ。

 そして、そんな二人を守るようにそばに立つミカゲ。

 優しく髪を撫でるセツナは、ミカゲと目を合わせて頷いた。

 

『…………』

 

「…………」

 

 余人には分からぬ絆。

 彼らだけの文脈がそこには存在した。

 だからこそ──その場を邪魔してはならぬと、ゲンジはミクを伴って外にいた。

 忍者である二人は、扉を隔てていても人の声など容易く聞こえる。だからこそ、ミクは状況が一層のこと飲めずにいた。

 

「一体、どんな関係でしか……?」

 

「我らが知る必要は無い。ただ、素晴らしい時を過ごした人々がいたのだ」

 

「…………」

 

「穂高未来、あれこそ我らが守るべきものだよ」

 

 人は最初から最後まで幸せでいられるとは限らない。

 辛い時がある。

 泣きたくなる時がある。

 心が砕ける時がある。

 愛した人と最期まで一緒にいられるとは限らない。

 引き裂かれ、散り散りに別れた魂。

 ひと時の間だけだった逢瀬を抱えて、無念のまま彷徨う。

 だが、それでも少しの救いはあるのだ。

 

 多くを見てきた目。

 ゲンジは、あれが世に蔓延る不幸の中でほんの少しだけ与えられた幸福であると理解していた。

 

「愛、かあ……」

 

「うむ」

 

「あの……愛って、どんな感じなんでし?」

 

「ふっ」

 

 まさか自分にそれを聞くとは、と自嘲気味に笑う。

 

「俺のそれは歪んでいる。君の求めるような答えでは無いよ」

 

「自分で言うんでしか……」

 

「残念ながら、俺は真人間では無い」

 

 見た目は高校生男子である彼がそれを言うことのなんと滑稽なことか。

 だが、ミクは分かっていた。

 その言葉が真実であるということを。

 決して尋常な人では耐えられないような修練の果て。この強さに至る過程で、どれだけのものを削ぎ落としてきたのか。

 一年中長袖を着込んでいなければ見られてしまうような、恐るべき傷跡の数々。

 茶化して話しているからこそミク達はそれに乗っていたが、心底からの尊敬しかなかった。

 

「俺に愛があるならば──彼らへ対する敬意と、この使命を果たすことだろう」

 

「…………使命?」

 

「俺は常々忘れないようにしている言葉がある」

 

 脳裏に描かれたのは、決して折れぬ心と全てを守り抜く盾を抱いた男。

 目を覆った傷は誓い。

 ウィンストンの招集に応えた古兵だった。

 

「生に名誉を、死に栄光を」

 

「死に栄光なんて……」

 

「うん、それでいい」

 

「え?」

 

「分からなくて良い。その方が健全だ」

 

「…………」

 

 ミクの頭を優しく撫でた。

 

「だけど……いつか君が、何よりも大切なものを見つけた時にはきっと分かるだろう」

 

「こ、子供扱いすんな!」

 

「…………話は終わったようだし中に戻ろうか」

 

「ぐぬぬ……!」

 

 二人が戻ると、3人は少し恥ずかしそうにテーブルを囲んで座っていた。ココアを飲んでいる。

 概ねの状況は理解している為、あえて突っ込むことはしないが尋ねるべきこともあった。

 

「俺たちはそろそろ帰るが、君たちはどうする?」

 

「ぼ、僕たちは……」

 

「ここに泊まるのか?」

 

 しかし、雪の依代である大学生は決して裕福では無い。学生の身分。そしてあらゆる物価が高騰した今、子供二人を養えるような金は無かった。

 

「ごめんねセツナさん」

 

「ううん、大丈夫です。それよりも……会えて嬉しかったです!」

 

「私も……また会えるかな?」

 

「絶対会います!」

 

 やや気まずげなミカゲもいるが、それは良いのだ。

 仲が良いに越したことはない。

 では、二人はどこに泊まるのか。

 宿を取ろうにも、この街にそんなキャパシティは既にない。やってきた避難民達が泊まっているのだ。

 じゃあどこに……!? 

 

「お、お邪魔します……」

 

「…………ます」

 

「ああ、何も無くて悪いが上がってくれ」

 

 彼の家だった。

 金ならたんまりある。

 メイガスの長であるオーキス=エメトテリスから受け取った金だ。

 そんな家に上がった二人は緊張し切っている。

 特にミカゲは、ボロ負けした剣士の家ということでガチガチだった。

 

「あの……」

 

「荷物なら適当に──そこに置いてくれ」

 

「は、はい!」

 

 適当にと言われると選べないので、逆に指定した。

 おいた後も所在なさげに立ち尽くす二人に苦笑すると、手を洗ってくるように言う。

 言われたことしかできないロボットになっていた。

 

「あ、あの、洗いました」

 

「ふはっ」

 

「なっ……!」

 

 二人の顔を見て笑う。

 配属1日目の新人くらいに表情筋が強張っているのだ、無理もない。

 

「なんでそんな硬いんだ、同い年くらいなんだからそんな固まらなくて良いだろう」

 

 小粋なジョークをひとつまみっと(笑)

 

「い、いくつなんですか?」

 

「高校一年生だ」

 

「僕は中学3年生です」

 

「私もです」

 

「二人はなんの部活に入ってるんだ?」

 

「剣道」

 

「華道です」

 

「はっはっは! 見た目通りだな!」

 

 そのおっさん笑いは高校生のものではないのでは……? 

 二人は訝しんだ。

 

「まあ、ゆっくりしろと言ってもなかなかできないだろうな。どうせなら硬い話をしようか」

 

 それはつまり。

 

「君たちが現れたことで一つ整理がついた」

 

「…………」

 

「厳しいことを言うが、古の主の力を持つ者は人類に敵対している可能性がある」

 

「!」

 

「妖怪の襲撃、それは一人の男によって引き起こされている」

 

「男……」

 

「妖怪に対する命令権、それを持つのが古の主なのだろう?」

 

「……命令権ではないです」

 

 ムッとした表情のセツナに謝ると、訂正する。

 

「では、妖怪の洗脳は?」

 

「古の主はそんなことはしません」

 

「ふむ…………」

 

「あの、あなたは誰なんですか?」

 

「俺か? 俺はゲンジだ」

 

「そうじゃ無くて……」

 

 ミカゲが立ち上がると人差し指を向ける。

 

「あんた、やっぱり怪人だろ!」

 

「怪人……魔人ではなくて、か?」

 

「妖怪の力を宿した人間のことだ!」

 

「ほう、そんな人間がいるのか」

 

「あの龍はなんだよ!」

 

「龍は龍だ」

 

「鎧は!」

 

『これは授かりしものだ』

 

「うわっ!?」

 

 ガシャリと立ち上がった男。

 見上げる大きさ。

 ミカゲが小柄なこともあるだろうが、殊更に威圧感を与えた。

 

「や、やんのか!」

 

『何を言ってるんだ……』

 

 こんな夜に……と呆れた顔で鎧を解く。

 雑魚っぱに鎧を使うほど容赦のない性格ではない──事もないが、少なくとも今からぐっすり寝てもらう予定の二人になぜ攻撃を仕掛ける必要があるのか。

 

「さて、風呂に入ってこい」

 

「──セツナに何をする気だ!」

 

「…………君たちは寝る前に風呂に入らないのか?」

 

「…………!」

 

「子供は寝る時間だ」

 

「子供扱いすんな!」

 

「良いから、入りなさい」

 

 既に風呂の準備はしてあった。

 あーだのわーだのとうるさいミカゲとセツナをまとめて洗面所に放り込む。

 

「洗濯物は洗濯機に入れておけ」

 

「……うー!」

 

「くっくっく……」

 

 扉越しの不満の一声。

 なかなか面白いやつらだと笑みが溢れた。

 

 

 ──────

 

 

「島田くん島田くん」

 

「?」

 

 昼休み。

 一瞬で栄養補給を終えて休息に入った爆眠り男へと志村氷雨が話しかける。アクションを起こされると一瞬で起きてしまう習性がある男は顔を上げた。

 

「ちょっと良い?」

 

「ああ」

 

 呼び出したのは屋上。

 街を見渡しながら、ヒサメは要件を続けた。

 ゲンジはヒサメの背後で空を見上げて鳥を追っているようだ。

 

「……ミクから聞いたんです」

 

「あの二人のことか」

 

「はい、古の主って人を探してるんですよね?」

 

「そうだな」

 

 厳密にはその力を引き継いだ人間のことだが、まだ続きがありそうな話し口を邪魔はしない。

 ヒサメは、ギュッと手を握った。

 

「……私も手伝ってあげたいです」

 

「…………」

 

「ゲンジさん……私たちにできることはありませんか? ミクだけじゃなくて何かしたいんです」

 

 セツナとミカゲの二人は、雪と違って自分たちで積極的に古の主を探している。関係者である二人ならばいずれ見つけ出すだろうというのがゲンジの予測だった。

 大抵はそうだった。

 古代の秘宝を探しているときも、世界を滅ぼす兵器を阻止するときも、最後には『そうなった』。

 

「穂高未来がガジェットを完成させればあるいは、だがな。現状では俺もあまり役に立っては──」

 

「?」

 

「……」

 

 話すのを唐突に打ち切ったのを不思議に思い振り返ると、人差し指を唇に当てていた。

 

「…………」

 

 指差すのは閉じられた塔屋の扉。

 確かに気配がある。

 先ほどまでは確かになかったはず。

 

「……い、いやぁそれにしても最近大変だよね! 他の街から避難してきた子とかたくさん見るモン!」

 

「そうだな」

 

「テスト勉強の話はまた今度にして、一旦戻ろっか!」

 

「ああ」

 

 露骨なまでの今からそっち行きますよアピール。

 慌てて階段を駆け降りていく音。

 ヒサメは胸を撫で下ろした。

 

「レイ……何やってんの……」

 

「心配だったんだろう」

 

「心配って……」

 

「親友が男と二人きりになれば、誰だって気になるさ」

 

「…………」

 

 教室に戻ると、どことなくトゲのある視線が彼を出迎えた。教室全体の空気もそうだが、四つの視線は特に、だ。

 

「ぐごおおおおお」

 

 無視。

 着座。

 入眠。

 このプロセスにおいて彼に敵うものはいない。

 そうなると質問が飛び込んでいくのは一人残された彼女の方だ。

 

『何話してきたんだ!?』

 

『変なことされなかったか!?』

 

『志村! 大丈夫か!』

 

 騒音止むことなし。しかし、実際に声をあげているのは一部の男子だ。

 他の人間は静観、あるいは寝ている彼のことを見ている。人間不思議なもので、その実が分からずとも、魅力的な人間に好かれている人間はつまり魅力的であると錯覚しがちだ。

 島田という男子がユリ達四名に好かれているのは傍目に明らかだった。彼には、あの四人に好かれる何かがあるのだと同級生達はなんとなしに理解して──彼への視線も好意的なものに変わってきている。

 少し前までうるさいし不気味だと忌み嫌っていた者達の反応とは思えなかった。

 

「ちっ、調子いい奴らだな」

 

「まあまあ……良いことなんじゃない?」

 

 学業の時間を終え、覚醒した彼は身支度を目にも止まらぬ速さで済ませる。

 脳内のソロバンはすでに本日の行動の帰結までを計算し終えていた。

 結局、昨日も捕まえられなかった不審な影。今日こそは捕まえると目を見開き、教室後ろの扉を引き開いて出て行こうとする。

 

「まって!」

 

「…………?」

 

 そこに、まさかの声掛け。

 誰に声が掛けられたかなど、把握できないわけもない。

 しかもその切迫した様子。

 声。

 普段話すわけではないものの、クラスの女子であることは間違いなかった。

 故に、返答をした。

 

「なにか?」

 

「あ、あのっ……この後って暇?」

 

「ああ……忙しいんだ、ごめんな」

 

「あっ……」

 

「今度、時間があるときに俺から誘うよ」

 

 塩対応というわけではないが、全く寄り添わない。

 何せ忙しい。

 彼女が家に帰っている途中も、帰った後も、寝てからも、彼にはやるべきことがあるのだ。

 もはや学校での生活はガワだけど割り切っている彼にとって、必要なコミュニケーションは無かった。

 特にそれがただの学生であれば。

 それよりもミクと合流して街へ繰り出す方が万倍大事だ。

 計算は完璧〜。

 

「──見つけました!」

 

 ミカゲたちが1週間でやってくれました。

 

「わ、私たちの努力って一体……?」

 

 ミクは愕然と膝を折った。

 夜まで何度も何度も何度も何度も人に話しかけて、時には不審な目で見られ、時には警察に通報され、それでも続けていたのにこの仕打ちとは。

 

「名前とかは全くわからないんですけど、気配を頼りに辿ったら昨日やっと!」

 

 ミカゲにはそういう特殊な感覚があるらしい。

 

 もちろん見つけたこと自体は喜ばしい。しかし、完成したガジェットが机の上で寂しそうにしている。

 ミクも床に突っ伏した。

 日々、駆けずり回った記憶がフラッシュバックして止まない。

 

「昨日やっとって……やっとって……!」

 

 忸怩たる想い。

 この件を成し遂げて、自分ができるやつなんだということを示したかった。

 それなのにこの仕打ち。天に見放されたような気分だ。

 

「こんなのあんまりでし……」

 

「……よく頑張ったな」

 

「うわーん!」

 

 ゲンジも同じように努力が徒労に終わっている故にミクの気持ちは分かった。分かった上で、特にどうとも思っていない。誰かが見つければそれでいいのだ。

 それはそれとして、慰めはする。

 

「美味しいか?」

 

「美味しいでふ……!」

 

 夜の街は一層治安が悪い。

 しかしまだ、寝る時間には少し早い。

 屋台で買った物価高騰直撃クレープを与えると、涙目でかぶりついた。

 

「……! ……!」

 

 ムシャムシャと、早すぎないかとつっ込みたくなる速度でクレープを食べ終える。

 

「明日に備えて、今日は早めの解散にしようか」

 

 今日は金曜日だ。

 週末を前にした日までガジェット作りをしているミクはしかし、それを楽しんでいた。

 

「もう少し、先を進めたいでし」

 

「そうか?」

 

「…………ダメでし?」

 

「いや、やる気があるのはいいことだ。一緒にやろうか」

 

「!」

 

 クレープをもう二つねだる。

 ミクが店主から受け取ったそれに、ゲンジは首を傾げた。

 

「何故二つ?」

 

「当然、一つは私が食べる為でし」

 

「もう一つは?」

 

「ゲンジさんのでし!」

 

「……俺?」

 

「はい!」

 

 俺の金で買ったものなんだけどな……と微妙な気持ちになりながらも受け取る。

 ミクはラボに着くなり荷物を放り投げると、机をバシバシと叩いた。

 

「早く席に着くでし! 始めるよ!」

 

「……はいはい」

 

 どこかのゴリラに姿が重なり、懐かしい気持ちになりながら手を進める。

 今作っているのは半仮想重力式魔力推進機──簡単に言えば高速移動用のドローンだった。大気中の魔力に斥力を付加することで超加速を可能にする。残念ながらミク自身にはまともに使いこなせないが、ゲンジなら使える。

 

「ん」

 

「はい」

 

「…………」

 

「これか」

 

「!」

 

「あぶないな」

 

 阿吽の呼吸。

 ミクの一挙一動に慣れ、何をしたいか瞬時に読み取れるようになったゲンジは理想的な助手としての振る舞いをしていた。

 着々と進め、動作回路のモノだけは作り終えて解散の時間になる。

 

「肝心のガワが……」

 

 そもそも資材を集めるのが難しい。

 いくらでも金が湧いてくるわけではないのだ。

 こういう苦しさにゲンジは思い当たる節があった。

 研究者達はもっと予算がと嘆き、上の人間はあいつらは金を使いすぎだと嘆く。オーバーウォッチに関してはどう考えても予算が多すぎた節はあったが、それを思い出させる人ミクの苦悶。

 

「…………ヒ、ヒバリさんに直訴を」

 

「俺が?」

 

「…………」

 

 お願いお願いと見上げる女児。

 

「……やれやれ」

 

 

 ──────

 

 

 響き渡る声。

 それは怒りに満ち溢れていた。

 

「なんなの! もうなんなの!」

 

「落ち着け」

 

「忙しいの! 見てこれ、書類! 分かる?? 高校生には分からない!? 今、書類で忙しいの!」

 

「分かってるから、落ち着け」

 

「なんで毎度毎度、訳のわからんことをあなたは!」

 

「ヒバリ、俺が悪かったから落ち着いてくれ」

 

「やだ! もうやだ! お仕事減らにゃい! 25連勤! もう仮眠室ヤダ! おうち帰る! お酒飲みたい!」

 

 ストレスで暴れ出したヒバリをゲンジは抱きすくめた。

 暴れるんじゃねえ! 

 

「分かった、俺も手伝うから。言うことなんでも聞くから。晩酌でもなんでも」

 

「……約束だぞ!」

 

「約束だ」

 

「………………」

 

「……ヒバリ?」

 

「…………」

 

 ヒバリは抱きしめられたまま動かなくなった。

 訪問者を部屋の外に待たせた状態で何をしているのかと顔を覗き込むと、安心し切った顔をしている。

 目は虚だが。

 

「疲れたのか?」

 

「うん」

 

「そうか……だが付き合ってくれ、もう少しだけ」

 

「分かった」

 

 ミクは部屋に入ってくる。やや硬い顔はしていたが、それでも仕方ない。

 事情を話すとなれば当の本人がその場にいるのは大前提だ。礼儀の面でもそうだし、そもそもゲンジは部外者なのだから。予算取りに口を出すわけにはいかない。

 

「で、何で予算の話が出た?」

 

「ガジェットを……ゲンジさんの力を借りて……」

 

「そうか、好きにしろ」

 

「…………?」

 

「聞こえなかったか? 好きにしろ」

 

「あの、稟議とかは……?」

 

 あまりにもあっさりと。

 トップからの許可が降りた。

 そんな事あるのだろうか。

 

「私も良い加減学んだ」

 

 親指でクイクイと指したのは、壁際でコーヒーを嗜んでいる学生服の男。

 

「彼のテクノロジーを利用できるのであれば、それは我々の未来に利するものとなるのは確実だ」

 

「──そ、そうでし!」

 

「彼が協力しているのは前提としてもう1人、誰かにもついてもらう」

 

「…………」

 

 人任せ過ぎる話だが、確かなことでもあった。

 

「研究は好きにしろ」

 

「はい!」

 

「必要な物などがあれば言え、ある程度は用意してやる」

 

「えっ!?」

 

「なんだ」

 

「あ、いや…………ありがとう、ございます……?」

 

 それが、竜胆市の結論だった。

 何が何だかわからないけど、協力はしてもらえるらしいと拍子抜け。ミクはとにかく、早く続きをしたかった。

 一緒に出て行こうとするゲンジは捕まった。

 

「なに出て行こうとしているんだ」

 

「え?」

 

「仕事があるだろ」

 

「仕事……?」

 

 僕は高校生ですが……? とすっとぼけようとするゲンジの前に置かれた書類の山。ざっと元の山の3分の2ほどだろうか。

 

「なぜ内部資料を……?」

 

「どうせ見てるんだろうが!」

 

「そうだが」

 

「やれ!」

 

「…………」

 

 オーバーウォッチは書類仕事をしないのか。

 結論を言えばする。

 ラインハルトも物を壊すたびに書かされるし、ゲンジ(真)は達筆だ。

 特に彼はペーペーだったのでなんでもやらされた。

 おかげで見たくもない帳票の書き方を覚えてしまった。

 というわけで、書類とデートに勤しんだ。

 

「──お、終わった……」

 

「うむ」

 

 バタンキュー、と倒れ込む。

 時計を見ると10時。

 見ているんだか見てないんだかわからないゲンジの高速処理によって、日付変更前に終わった。

 なぜかゲンジが書類仕事をしているということで代わる代わる職員達が見にきたが、それもまた仕方ないことだろう。

 

「帰るか」

 

「…………待て」

 

「?」

 

「晩酌に……付き合うという……約束だろう……」

 

 疲労困憊ながら、決して逃さぬと強い意志をうかがわせる声を聞いて、ゲンジはヒバリを抱き上げるとそのまま連れていく。

 

「ま、待て……この格好は……」

 

 まるで赤子として抱かれているかのような。

 彼女は恥を知っている。

 職員に見られたら次の日から前を向いて歩けなくなってしまう。

 

「気配は無い」

 

「…………」

 

 この男が言うならそうなのだ。

 

「ハク達もうまく対処できたようだし……彼女達は成長しているな」

 

「…………」

 

 ヒバリの車に乗り込むと、なんでも無い顔で運転しだす。

 

「め、免許は……?」

 

「あるとも」

 

 何故あるのか。

 それはもちろん、オーキスが用意しているからだ。

 

「……普通に上手いな」

 

「ヘリも船もメックも操縦できるぞ」

 

「メック?」

 

「韓国の兵器だ」

 

「??」

 

「疲れてるんだろう、今は寝ろ」

 

「………………すぅ」

 

 背もたれに身体を預けた瞬間、彼の言う通り電源が落ちた。彼女の家に着くと荷物と彼女を移動させ、ソファーに座らせる。シャワーもクソもないが、仕方あるまい。

 

「んん…………」

 

「起きそうに無いな、これは」

 

 晩酌をするどころでは無い。

 半ば分かっていたことなので驚きはなかった。

 ベッドに寝かせると、リビングで床に座る。

 瞑想の時間だった。

 

 

 ──────

 

 

「…………」

 

 閉じ切られていたカーテンが開いている。窓から入る光が優しく彼女の瞼を刺激し、穏やかな目覚めをもたらした。

 

「──はっ!?」

 

 顔が青ざめる。

 まずい、仕事が山盛りに。

 山盛りのキャベツになってしまう。

 

「──?」

 

 仮眠室では無い。

 何故自分がこの場所──家で寝ているのかまるで覚えがなかった。扉の方から漂う良い匂いも、微かに聞こえるテレビの音も。

 冷える朝。

 カーディガンを羽織ってリビングに向かうと──

 

「おはようヒバリ」

 

「…………?」

 

 頬をつねる。

 眼前の光景が理解できなかった。

 彼女が知る限り、自分は結婚などしていなかったはずだ。恋人もいない。

 しかし目の前にいるのは、間違いなく彼だった。

 テーブルに置かれたのは二人分の食事。

 湯気の立つコーヒー。

 山盛りのキャベツ。

 目玉焼き。

 炊き立てのご飯。

 

「…………夢?」

 

「どうやらまだ疲れているようだな」

 

「………………!!!?!?」

 

 言葉にならない叫び。

 指差し、近付く。

 

「な、なんで私の家に……はっ!?」

 

 まさか、と自分の股を触る。

 特に痛みなどはない。

 そして覚えていない。

 覚えていないが、男が自分の家にいるということはそういうことだと聞いたことがあった。

 

「……俺は寝ている相手を襲ったりしないぞ」

 

「んばっ! ば、バカなことを言うな! そんなこと言ってない!」

 

「そうか……まあ、まずはシャワーを浴びて来い。身を清めてから朝飯にしようか」

 

 確かにそうだ。

 今更ながら、風呂にすら入らずに寝落ちしていたことを理解した。

 恥ずかしさで顔をタオルで巻いて戻ってくる。

 

「何してんだ」

 

「ふぁんふあほはい!」

 

「朝飯だっつってんだろ」

 

 剥ぎ取られたタオルの下。

 耳まで真っ赤だった。

 

「〜〜!」

 

「メイクなんてしなくても美人なんだから良いだろ」

 

「う、うううるさい! バカ!」

 

 そういう問題ではなかった。

 慌てて整えると、戻ってくる。

 先に座っていた彼の対面に座った。

 

「いただきます」

 

「いただきます……」

 

 久方ぶりの家での食事。

 しかも、人と一緒に。

 ヒバリはなんだか涙が出てきた。

 

「過労だな」

 

 身も蓋もない意見。

 

「ふぐっ……ぐすっ……」

 

 泣きながら食べるもので、口元からこぼれ落ちる。

 仕方ないなと隣に椅子を移動させた男は、彼女の口元や目元を拭いた。

 されるがままのヒバリは、途中から口を開けてモノがやってくるのを待ち始めた。

 

「ほら」

 

「むぐむぐ……」

 

 介護を終え、二人はソファーに。

 

「……ほ、ほんとうに何もなかったのか?」

 

「安心しろ」

 

「………………」

 

「さて、帰るかな」

 

 今日はやることがあるよ。

 昨日もあったし明日もあるけど。

 

「ではな」

 

 皿洗いまで済ませ、颯爽といなくなる。

 一人残されたヒバリはしょんぼりした。

 

 

 ──────

 

 

 ヒサメ、サキ、ミク、ゲンジは新たに現れて颯爽と古の主とやらの正体を突き止めた二人組──セツナとミカゲの後ろに付いて行った。

『気配』を感じ取って、その人間の位置がわかるらしい。

 妖の力を見に収めた2人ならでは。

 土曜日の朝からやることでは無いが、コソコソと動き回る6名はそして、古の主の子孫だとミカゲ達が断定した人間の居宅に辿り着いた。

 ──気付いたのは2人だけ。

 

「──え」

 

「ここです。ここに古の主の力を持った人が住んでます!」

 

 セツナの言葉もどこか遠く。

 ヒサメは、己が瞳に映った光景を信じることができなかった。居宅の玄関に掲げられた表札。

 そこに刻まれている文字。

 

 ──宮本怜。

 

 父母と共に刻まれたそれを見て、ヒサメは動くことができなかった。家を見た時点で──もっと言うと道中で既に嫌な予感がしていた。

 ゲンジは、固まってしまった彼女の肩に手を置く。

 

「志村氷雨、外すか?」

 

「──だいじょぶ、です」

 

 誰がどう見ても大丈夫では無い。

 顔面蒼白だ。

 それに気付いたセツナとミカゲはオロオロと心配そうにしている。意気揚々と案内してきたのに、これでは気分よく教え切ることができない。

 

「──ごめんなさい」

 

 結局、今日のところは解散となった。

 元気を無くした仲間を放っては置けないと、サキ・ミクの2人はヒサメの家に赴いた。なんだかんだでヒサメの家に来るのは初めてだ。

 なんとなくピンク基調の家具が置いてある部屋。

 親友に教えられて色々と取り揃えた化粧道具やドライヤーなど、女子らしさというものがサキ達よりも溢れた部屋だ。

 敗北感を感じながらも、2人はヒサメの事を心配する。

 

「ヒサメ、なんつーかな……」

 

「でし……」

 

 しかし、うまい言葉をかけられない。励ましも、発破も、今の彼女にとっては厳しさにつながってしまうのだ。

 

「……」

 

 せっかくできた親友に自らの正体を明かさなければならない。それはヒサメが初めて感じる恐怖だった。

 彼女のことが大好きだった。

 多くのことを教わって、普通の女の子になれた気がした。まるで自分が、ただの人間として暮らしているような気分になれた。

 ぬるま湯はとても心地が良くて、いつまでも浸っていたくなってしまった。

 たとえまやかしだとわかっていても。

 

 それが終わる。

 終わってしまう。

 どんな目で見られるか想像するのが怖い。

 失望されるのが怖い。

 恐怖に満ちた顔で見られるのが怖い。

 理解できないと突き放されるのが怖い。

 ヒサメには、何もかもの経験が足りなかった。

 臓腑に満ちわたる恐怖が、彼女の心をジクジクと痛めつける。

 そばにいるはずの2人の存在も感じられず、ただ、孤独な気がした。

 暗く深い水底に沈んだ心は、陰日向に生きる天忍だということを忘れた罰だとでも言うかのように冷え縮んでいく。

 

 ──そんな彼女の頬へ、誰かが手を添えた。

 

『捕まえた』

 

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