忍者になりたいと願ったら陵辱モノのエロゲ世界に飛ばされた男 作:goldMg
「っ……」
空を埋め尽くす妖怪の大群。
百鬼夜行呼ぶのが相応しいか。
圧倒的な数を前にして、完全に全てを凌ぎ切るなど誰にもできない。
しかし、退くこともできない。
退けば最後、妖怪の軍勢に飲み込まれて命が尽きる──に留まらず、侵攻をかろうじて生き延びた人民も滅び去ることになるだろう。
倭の国終焉シナリオというわけだ。
その未来を前にして、ミカゲの顔に血の気はない。
握った刀も、心の支えとしてそうしているだけに見えた。
威勢よく飛び出したところで、出来ることなどやはりなかったのだ。
「ミカゲ……」
隣に立つのは
ミカゲの事を──その努力をずっと見てきた。
「だ、大丈夫、だよ」
「…………うん!」
憔悴した表情で強がりを言う幼馴染を前にして、セツナにできるのは先の宣言通りに信じることだけだった。
だが、状況は変わらない。
2人には、何をすればいいのかが分かっていなかった。
「お願いだ……! 何か……どうにか……!」
ミカゲの持つ刀をどうにかする事で百鬼夜行を抑えられる。
そう記述された古文書は見つけた。
だがその先は、どこを探しても見つからなかった。
或いは、もう少し探せばどこかにあったのかもしれない。
半分以上崩壊した倭の国を2人で動きまわれば或いは、という話だ。
セツナも、ミカゲも、それは分かっていた。
分かりきっていた。
「なんで……何も応えてくれないんだ!」
寄せるべきでは無かった。
身を。
心を。
彼女達に、彼に会うべきではなかった。
そう──ミカゲが始めた旅にはあまりにも救いがなかった。
ヒサメやハクが見たのと同じものを、各地を巡っていた2人だって見ているに決まっていた。
心がすり減るに決まっていた。
この国を救うと決めたからと言って、直ぐに人の死に鈍感になるわけがなかったのだ。
路銀も尽きかけだった。
荒んだ人々との出会いが齎したのは、信じられるのはお互いだけという荒んだ結果。
怪人や妖怪、魔物を倒すうちに少しずつ強くなれても、国を救う為にどうすればいいかなど分かる筈がなかった。
しかし、見つけてしまった。
比較的安全だと思われる街の外れにある倉庫でコソコソと何かをやっている怪しい気配を。
思い出してしまった。
柔らかいベットで安心して眠れることの嬉しさ。
お互い以外の誰かと食卓を囲むことの暖かさ。
醜いと思い込んでいた手を褒めてくれる人がいると、知った。
ずっと3人で暮らしたかった。
温かくて、仄かに眠くなるような、夢のような時間だった。
「なんで……こんなときに……!」
世界を救わないといけない。
使命を果たさないといけない。
心を引き締めないといけない。
それなのに、思い出されるのは幸せな記憶ばかりだった。
「違う! 僕は──っ……?」
ふわりと、甘い香りが広がる。
暖かい感触──セツナに優しく肩を抱かれていた。
「セツナ……?」
「ミカゲ、違うよ」
「な、なにが……」
「……ごめんね。私、本当は分かってたの」
セツナは刀を撫でた。
そしてミカゲの頭も同じように。
「あの日……ユキさんの記憶が、少しだけ入ってきたの」
「記憶って……」
「大事な記憶。本当は見ちゃいけないんだろうって分かったけど……ユキさんと私が混ざって……それで
「!」
勢いよく振り向いたミカゲの、見開かれた美しい瞳が少女の前に現れた。
しかし、それに驚くことすらなく穏やかに微笑みかける。
「幸せを手繰り寄せて心を満たすこと……それが条件」
全てを知っていた少女は、全てを相棒に伝えた。
曖昧で、抽象的で、それでいてミカゲにも分かることを。
「刀はただの器で、振い続けた器は己が身と同じ。だから……満たして? ミカゲちゃん」
「──」
ミカゲは、セツナの腕に抱かれたまま強く前を見た。
顔には色濃く疲労が浮かんだままだ。
だが、瞳の奥にあるのは絶望ではない。
「本当は……国を救えなんて言われても、よく分からないんだ……」
「うん」
「でも、守りたいんだ……」
「うん」
「この街を……みんなを守りたいんだ……!」
決意と、勇気がみなぎっていく。
「ありがとうって言いたいんだ!」
どちらも同じならば、片方が満たされればもう片方も満たされるのは必然だった。
「くっ……あああ!」
支えにしていただけの刀を振りかざす。
何かを示すように明るい白光が刀身から漏れ出て、明滅していた。
その光に妖怪達は気付く。
石になったかのようにその場にとどまり、ただ、光を見つめていた。
だが──
「うぅ……!」
ただ振り上げているだけにも関わらず、ミカゲの額には玉のような汗が。
そして、いつまで経っても刀を振り下ろさない。
否──振り下ろせないのだ。
「動か……せない……!」
質量が突然に増大したのか、はたまた他に理由があるのか。振り下ろすという、重力に従うだけの動作に対して苦労しているようだった。
妖怪達もいつまで固まっているか分からない。
緊張と恐怖の中でミカゲは再度、身動きが取れなくなる。
動かせないならば、終わりなのか。
──1人で戦っていたなら、そうかもしれない。
「大丈夫」
「セツ……ナ……!」
掲げた刀──その柄を握る手を、ミカゲのそれよりも少しだけ大きな手が包んだ。
やわらかな声と共に。
「できるよ」
「…………」
「できる」
「……あ」
ここにきて漸くミカゲは気づいた。
自らに足りなかったもの。
自ら遠ざけていたもの。
旅をして、多くのことを経験した。
それらの思い出こそが『満たす』ということだと思った。
違ったのだ。
「そうだ……」
いつだって、思い出の中には誰かがいた。
隣に立つ誰かがいた。
時には喧嘩することもあったし、意見がぶつかって話さないことだってあった。
それでも結局のところ、この街に辿り着けたのは2人だったからだ。
天忍でもゲンジでも、他の誰でもなく、セツナと2人だったから歩いて来れた。
「──いつもありがとう」
素直に、自然と言葉が出てきた。
「あのさセツナ……僕……僕だけじゃ、この刀は扱えないみたいなんだ。だから──」
恐れはなかった。
先程までの重さもなかった。
振り上げた刀は光を一層強く放ち、妖怪達を白く染め上げていく。
「一緒に、戦ってくれる?」
「もちろん!」
「じゃあ……」
最後だけ。
本当に、最後の一太刀だ。
彼女が武器を振るうのが、まさか戦いの最後になるとは2人ともが思っていなかった。
そんな2人の手に力が籠る。
「「はあああああ!」」
振り下ろされていく刀を前にして、妖怪達はピクリとも動かなかった。
光に触れた身体の端から消えていく。
それでも、操られていたはずの妖怪達の表情はどこか晴れやかだった。
──光が、全てを飲み込んだ。
──────
「ん?」
「あれ……」
ミカゲとセツナは、いつの間にやら自分達が場所を移動していたことに気付いた。
先程までは半壊した街だった。
今いるのは、石畳と白い壁が特徴の町並みが広がる場所だ。
見覚えはなかった。
「どこだろう、ここ」
「うん……リンドウじゃないよね?」
「たぶん?」
太陽の強く照りつける様も、肌の焼けた人々が楽しげに過ごしている様も、先ほどまでのリンドウとは似ても似つかぬ様子だった。
しかし、それならばどこなのか。
「転移術に巻き込まれたとか? メイガスならそういう魔法持ってるかもしれないし」
「……あの怖い人とか?」
「うーん……」
ちなみに怖い人とはアズラエルの事だが、2人は街ゆく人々を眺めて気付いた。
妙に目を惹く人物がいたのだ。
1人だけスポットライトが当たっているように目立って見える。
「あの人……」
「うん、なんだろう」
2人は自然と、その人物の後を追っていた。
そしてパン屋に入った人物が振り向いた時、何故目を惹くのか理由が判明した。
「似てる……」
「……けど、違うような?」
店員と何かを話している人物は、彼らが居候している家の主にそっくりだった。
しかし微妙に違う。
具体的には、2人の知る彼よりも少し大人びて見えたのだ。
「……ど、どうする? お兄さんとかかな」
「話だけでもしてみよっか」
パン屋から出てくるのを入り口で待って、出てきた彼の前に立ち塞がる。
ミカゲは勇気を出して声をかけた。
「あの、ゲンジさん……ですよね?」
「…………」
男は空を見上げていた。
右手にはパンのたくさん入った袋を提げている。
何か考えているのか、なかなか帰って来ない返事にミカゲが不安になったころ、漸く口を開く。
「空が……青いな……」
「え?」
「止まるわけにはいかない……俺は……」
「あの……あ、あの……?」
スタスタと2人を無視して歩いていく男。
呆気に取られて反応できなかったミカゲの肩にポンと乗ったのはセツナの手だった。
「せ、セツナ……」
無視されたという事実がミカゲの心にじわじわと浸透し始め、涙目になっていく。
「待ってミカゲ、何かおかしいから」
セツナは対照的に冷静だった。
ブレインとして、周囲をつぶさに観察していく。
そして一つのことに気付いた。
「おかしい、生気を感じない」
「えっ? …………本当だ!? ま、まさか全部妖怪か魔物!? ────あれっ?」
すぐに刀を構えようとして──気付く、肌身離さず持っていたはずの刀はどこにもなかった。
「か、刀がない! 刀が!」
「…………」
セツナの腕に縋り付くも、やはりセツナは冷静だった。
「ゲンジさんについて行こう」
「あわわわ……う、うん」
誰構わずに歩幅の大きさを活かして歩く男についていくのは2人には少しだけ大変だったが、男は時折立ち止まるのでなんとかついていくことができた。
しかし2人は、さらに大きなことに気付いて固まった。
「なに、あの、ロボット」
「わかんない」
街の中を平然とロボットが活動していた。
人型のスケルトンが目立つが、真四角の清掃ロボットは腕を伸ばして石畳の苔を落としているしゴツい大型ロボが工事をしていたりもする。
街の人はそれに何も感じていないようで、見えていないかのように生活している。
男も同じく前を見て歩いており、どうやら2人以外にとっては変なことではないらしい。
「な、なんなのここ……」
2人はそのまま着いて行った。
男は途中で角を曲がると裏路地を進んでいく。
「見失わないようにしなきゃ!」
「うん! 急ごう!」
男は、裏路地の何もないところで止まった。
2人は角から背中を見守る。
壁にもたれ、何かを呟いているようだ。
「仕方ないんだ……俺は、弱いから……あれは仕方ないんだ……仕方なかったんだ……」
「どうしたん──」
男は拳を振り上げた。
「っ!?」
人体とコンクリートの衝突からはなり得ない衝突音が耳を貫いていく。
肩を震わせた2人の目の前で、男は建物の壁を打ち砕いていた。
「そんなわけがないだろうが!」
「ひっ!?」
「何が力だ! 何が忍者だ! 俺は! ……俺は、何をしてるんだ……」
膝から崩れ落ちた男は、堪えられぬ衝動によってか強く歯軋りを鳴らした。
「目の前にいる子供1人すら救えないなら……俺はなんのために修行してるんだ……誰か教えてくれよ……」
『──』
「!」
1体のロボットが現れた。
ボロボロに擦れ切った袈裟を肩から掛けている。
見た目はごく普通のロボットで、しかし明らかに違う雰囲気を纏っていた。
「誰だ!」
『私は…………何者でもない、ただのオムニックだ』
「……その何者でもないただのオムニックが、俺に何のようだ」
『君の心に、強い苦しみと迷いがあるのを感じた』
オムニックと男は壁を見る。
男は吐き捨てるように言った。
「誰だって感じるだろうよ」
『確かにな……だが、皆がその稀なる力まで感じ取れるわけではないだろう』
「!」
『破壊の律動に身を委ねたものは、やがて自らの破壊に行き着く。だが……その心にあるものは破壊ではないずだ』
「知ったような口を……」
『誰もが知り、そして抑えているものだ。抑えられないのは……その心に対して巨大にすぎる力を宿してしまうからだ』
「…………」
『ついてきなさい』
──────
「「──はっ!?」」
2人は、また別の場所にいる自分たちを知覚した。
今度は真っ白なリノリウムの床の上だ。
白衣を着た大人が忙しく動き回り、中央の金属製台座には見慣れたサイバネティックアーマーが寝転んで何かの装置をとりつけられている。
周囲のモニターに映し出されたモノの意味を読み取る事は2人には出来なかったが、寝転がる男の元にとりあえず近寄った。
周囲の大人の声に耳を傾ける。
「スペクトラムの解析は済んだか?」
「あのな……そんな一朝一夕に出来るもんか。まだ解析方法すら見つかってないって言ってんだろ?」
『……解析方法がないというのはどういう意味ですか? 解析するという話では?』
「ああ? そりゃあ……ちょっと待て、バカにもわかるように説明するから。…………物質ってのは何であれ波を発するんだよ。だから赤外線センサーやら重力センサーで検知できる。それは分かるな?」
『ああ、まあ……』
「お前の鎧にはそれがない」
『……ない? 微小なだけとか──』
「ゼロだ。見ろ、直線だ」
確かに、指差した計測データは横一直線だ。
まるで何もないかのような。
『普通に計器が壊れてるだけでは? それか計測できないほど微細とか』
「いいか? これは重力波観測装置だ。範囲を絞っていけば10のマイナス38乗──ほぼ重力の基本単位までの空間の揺らぎを図れる。それで何の反応もしないってことは、本当にそこには何もないって事なんだよ! ……ふう」
話していて熱が入ったのか、半分キレていた。
息を落ち着けた研究者に、男は静かに反論する。
『しかし、俺はこれを装着しています。皆にも見えている』
「そうだ。この現象を何というか分かるか」
『さあ……』
「幽霊だ。お前は素粒子的に幽霊な鎧を身に付けているんだよ」
『分かるような分からないような……』
「幽霊ってのは便宜的な表現だけどな。要はその鎧全体が未発見の素粒子か、この世には存在しない物質で形作られているってことだ」
『!』
「喜べ。このラボの人間はお前が別世界の人間だって言葉を信じざるを得ない。本能と直感は否定してもな」
『……活用は難しい、と?』
「バカ言うな! 神由来だろうが、そこに存在する物体には必ず法則が存在する! そして法則があるならば、必ず数字の羅列に叩き落として再現する!」
『神殺しってわけですか』
「そうだ! 腕が鳴るな!」
『……ははっ』
──────
今度は何も物が置いていない正方形の部屋だ。
広く、白く、そして薄緑に光るバイザーが向かい合っている。
ど真ん中に躍り出てしまった2人は、その痺れるような圧迫感に慌てて部屋の隅へ固まった。
『よろしくお願いします』
『──よし』
模擬戦闘は、ユルユルとした組手から始まった。
右の拳を突き出す。
それを左の裏拳で弾き、右の拳を返す。
前腕で弾き、合いの手になったところで一度離れる。
ゼロから急加速の回し蹴りが左側頭を叩きそうになれば、霧がかったように輪郭が揺らいで透かされ、お返しが後頭部へ襲いかかる。
下から拳を突き上げていなし、再び向かい合った。
一段、ギアが上がる。
「……!」
ミカゲの息が詰まる。
見ているうちにまた一段、もう一段、さらに一段と、階段を上がるように2人の動きは激しさと速度を増していった。
そして同時に、劣勢と優勢がハッキリと色付いて別れる。
『ぬるい!』
『う……おっ……!?』
やがて、全ての攻撃を全身に余す事なく──秒間に何発叩き込まれているかすら分からぬような、セツナは兎も角ミカゲにすら全く知覚できない連撃によって片方が吹き飛ばされた。
弾き飛ばされて壁に激突し、硬質な壁を叩き割ったのちに地面に落ちる。
鎧には傷一つないが、胸の辺りを抑えて立ち上がった。
そのまま、一方的という言葉が生ぬるいほどボコボコにされ続ける様を2人は間近で見せ付けられた。
──────
次に意識が到着したのは何とも酒臭い場所だ。
探さずとも彼はいた。
カウンターに座り、隣の体躯に恵まれた老年の男と談笑している。
彼が座る、その隣へ腰を落ち着けると、見えないはずの2人が見えているかのように、男とふたつ開けた席へ1人の男が座る。
──そう、先ほどから人々には2人の姿が見えていないようだった。
彼以外の誰かに話しかけても無視しているようで、しかしそこには悪意が感じられない。
純然として見えていないのだと、状況を完全には読めぬまでもある程度は掴めてきた。
「いや、そろそろキツイわ……」
「フハハハ! 相変わらず弱いな! 軟弱軟弱!」
「いや、これでも世間一般からするとザルの類に入るんですが……そもそもアルコールっていうか水分がね……」
「では、呑み比べでの勝利数を数えてみるか! んー、ひとつ! ふたつ! みっつ! …………あとは覚えとらんな! はっはっは!」
「んー……取り敢えず、もう一杯!」
「…………」
ジョッキを持ち上げてグイグイと飲み干していく彼の横顔を、老年の男は優しげに見つめていた。
そこに込められたナニカの意味が2人には分からなかったが、思うところはあった。
「ゲンジさんにも友達がいたんだね……でも、本当になんなんだろうコレ」
「彼の記憶、さ」
「「──!?」」
明らかに2人へ向けたと思しき言葉が左側から聞こえてきた。
振り向けば、セツナの隣を確保した男が2人を見ていた。
しかし、この不思議な状況の中で、会話が成立しているようでしてない事は何回か経験していた。
「僕たちのこと……見えてます?」
「見えてるとも。聞こえてるとも」
「──えっ、えっ、えっ……」
「僕も今気付いたからね。まさかこんな珍妙な事になるとは……」
「…………だ、誰ですか?」
「君たちが古の主と呼ぶ男──その残留思念さ」
「ええええっ!? あ、あなたが!? ──うわあっ!」
椅子ごとひっくり返るほどの衝撃が2人に走る。
しかし、大袈裟な反応などではない。
追い求め続けた全ての伝説の元にいる男が自分たちの目の前に現れたのだ。
「あなたが古の主さま……」
セツナはマジマジと、間近にいる伝説を観察した。
伝説と祀られるような存在なのだから凄まじい覇気を放っているものだと勝手なイメージを持っていたが、目の前にいるのはなんてことない普通の男だった。
自分たちと同じ人間、サラリーマンとして働いていそうだ。
「あはは、そんなにマジマジと見つめられると恥ずかしいね……」
「あっ……ご、ごめんなさい!」
「いやいや、そんなに縮こまらなくていいよ。僕はそんな偉い人とかじゃないしね」
「そんな事ありません! 妖怪達の大災害を、人界と妖界まとめて救い切ったことが……偉業以外のなんですか!?」
「おおう、この懐かしい感じ……数百年ぶりかもしれない……」
いやー本当に懐かしいなー、と何度も頷く男にセツナは恐る恐ると尋ねる。
「そ、その……残留思念というのは……?」
「うん? ああいや、僕はとっくに死んでるけどさ。あの刀の真の力を作るときに妖力を込めすぎたせいで魂の一部が引っ掛かっちゃったっぽくてね。ずっと刀に閉じ込められてたのさ」
「えっ……嫌すぎません?」
「あははっ! いや本当に! 僕の昔の記憶の中を散歩するくらいしかやる事がなくてさ!」
「──ん? じゃあ、ここは古の主さまの記憶なんですか?」
「いいや? さっきも言ったけど、これは
そう言って指さすのは、相変わらずラインハルトと談笑している男。
「ゲンジさんの?」
「そんな名前なんだね。そう、ゲンジさんの記憶の中にいるのさ」
「…………なんでゲンジさんの記憶の中に私たちとあなたがいるんですか?」
「刀の力を使っただろう? あの力に巻き込まれたっぽいんだけど……何か、彼の力と刀の力で感応するものがあったようなんだよね」
「近い力、ってことですか?」
「僕だけの力じゃなくて、仲間達の力も借りたんだ。その中にあったのかな」
そこでセツナは気付いた。
古の主は古い時代の人物だ。
しかし、その話し方は自分たち現代人と変わらない。
これはまさか歴史的に凄い発見をしてしまったのでは!? と興奮しながら尋ねた。
「ん? ああ、僕の仲間に君たちみたいな喋り方のやつがいてね。いつのまにか馴染んじゃって……これでも驚いてるんだよ? あいつ、本当にこっちの人だったんだ──ってさ」
「こっち?」
「ソイツ、異なる世界の異なる時代からやってきた男だって自称する女でさ。女になったからって距離の近さを利用して女を口説こうとしたりして……よく失敗してたもんだよ! あははっ!」
「仲が良かったんですか?」
「あっ…………い、いや、まあ、うん……面白いやつではあったね!」
何やら触れてほしくなさそうな雰囲気を感じ、改めてこの空間について尋ねる。
「僕もここから出られた事はないけど……どこかにきっと本物の彼がいるはずだよ。まずはそれを──来るよ」
──────
「2人とも、見ないほうがいい。これは……尋常じゃない」
酒場の次に送り込まれた場所。
着いて早々だが、それは微妙に間に合わない忠告だった。
「あ、あああ……」
「こんな……こんなのって……」
ミカゲ。
セツナ。
2人とも魔物や妖怪の悲惨な事件を体験してきた。
同年代の少年少女に比べれば経験を積んでいるという自負があった。
目の前に広がる惨状を受け止める事ができなかった。
彼らの背中の向こうに広がる、圧倒的な破壊の痕跡を直視できなかった。
彼らは確かに押し寄せるオムニックを倒し切った。
銃火器を文字通りに
自在に操る
だが項垂れる彼らと街を見て、勝ちだと言えるものはいるだろうか。
『…………っ』
殊更に、彼の動揺は大きかった。
剣を握る手からはギチギチと強く音が鳴り、そばにいる女性から優しく宥められている。
「あのカラクリ……きっと、争いはここだけの出来事じゃない」
古の主は2人と違い、真っ直ぐに世界を見ていた。
この世界に訪れたもの。
この世界が直面しているもの。
それが過去の出来事だとしても──否、彼自身が過去の残骸であればこそ、今の出来事と変わりなく受け止められるのかもしれない。
「どんな世界であろうと、争いは起きるものなんだね……」
悲しみと愛を持って、男は世界というモノの理を見定めようとしていた。
「こ、これが……ゲンジさんの世界……」
「道理で強い筈だ。僕の時代よりも余程…………途方もない戦いだったに違いない」
「……ゲンジさん、苦しそうだった」
「強くても…………強いからこそ、戦いから逃れられない。いつだってそうだ」
「古の主様もゲンジさんと同じだったんですか?」
「僕は違う。僕が強かったわけじゃないからね。周りが強かったんだ」
「…………」
「僕にできる事は話す事だけだった。自分なりに先のことを考えて、彼らと歩む道を探すしか能がなかった」
「戦わない道……」
「もちろん、仲間になってくれなかった相手だってたくさんいたけど……僕の仲間は話をしてくれた。だから仲間に──いや、違うね。誰かと話したかったのに、誰も話してくれなかったから……だから、僕なんかの話を聞いてくれたんだ」
男は言う。
ここは3人の探している場所ではないと。
ここに見える彼も、彼自身の記憶が形を為しているに過ぎないのだ。
やがて、いつの間にやら景色が切り替わる。
「ここは──」
来たのは道場だった。
静かで清廉な気配が漂うそこにいるのは、ただ1人。
坐禅をする彼だ。
そんな彼に向けて、慣れた足取りでミシミシと板間を鳴らしながら近付くミカゲ。
彼の顔を見て──
「あ」
「来た、か」
そこにいたのは、紛れもない彼だった。
ゲンジを名乗る男。
決してゲンジではないと判明した男。
しかし、真に呼ぶべき名を知らぬミカゲはこう呼ぶしかなかった。
「ゲンジさん……!」
「おっ……」
体裁など構わずに抱き付いた。
それを軽く受け止めた男は、鼻を啜らせるミカゲの背中を摩りながら更に後ろへ言葉を投げかける。
「どうやら……色々と見られてしまったらしい」
「その……勝手に見ちゃってごめんなさい」
「気にするな、セツナ。誰が悪いわけでもない。強いて言えば、あの刀の力のせいだろう」
「分かるんですか?」
「仄かに懐かしい感覚を覚えた。まあ嬉しいものじゃないんだが……趣味の悪いやつだから、なんとなくは理解できる」
「?」
兎も角、ゲンジと合流することはできたものの脱出の術は彼にも分からないらしい
「あー……彼は?」
「あ、えと、この方は古の主様です」
セツナの紹介に、古の主はピースピースとテンアゲで軽いノリを見せる。
「初めまして、だね」
「ああ、初めまして」
「巻き込んじゃってすまない。本来は2人と僕だけが話す筈だったんだろうけど……まさかアレに飲み込まれても平然と意識を保っている人間がいるとは思わなかった。キミ、本当に人間?」
「人間だが、一つ聞きたい。この空間では時間は流れているのか? それとも極端に遅くなったりはしているのか?」
「時間……確か世界の今を細かく区切った状態だったかな……な、流れてる筈だけど……現実のそれと同じ早さかは分かんないかな。なんで?」
「状況が気になる、ただそれだけだ」
ミカゲをそっと離させると部屋の隅へ歩いていく。
壁をコンコンと軽くノックして何かを確かめているようだ。
その後ろに、ミカゲもトコトコと付いて回った。
「なにしてるの?」
「壊せるか確かめている」
「なんで?」
「ここから出るためだ」
「壊せば出られるの?」
「分からん。だが、他にできることもない」
構え、殴打を幾度か壁に叩き込む。
しかし記憶の中では砕けていたというのに、壁には亀裂すら走らない。
「硬い、とも違うな」
「壊せないの? ……え、じゃあ僕たち本当に閉じ込められたの?」
「そうだな」
「そうだな!? ど、どうするんだよ! 一生ここで生きてかなきゃいけないのか!?」
「時間が止まっていれば永遠に修行出来るのだがな……」
「そんなこと気にしてないって!」
壁に向けていた視線を打ち切り、向けるべき方向を正す。
全ての力の源泉たる男が、したり顔をしていた。
「何か知っているのだろう」
「そりゃあ──古の主、だし?」
「そろそろ良いだろう?」
「うん」
全ての妖怪を鎮めた男は、どこから説明しようかなとつぶやいた。
「取り敢えず色々おかしくてさ。本当は僕の力で君たちを外に出してあげられる筈なんだけど……というかさっきから試みてはいるんだけど全然効かないんだ。たぶん──」
「俺か?」
「さっきも言ったけどさ、僕の仲間の力と干渉してるっぽくてね」
「なるほど」
男は刀を具現化させ、首筋に当てた。
「「「え?」」」
「俺が死ねば力は再び使えるようになるか?」
「────い、いやいやならないならない!」
「そうか……」
残念そうに肩を落とすと刀を消す。
当然、2人は怒りそのままに食ってかかった。
拳を突き上げながらレパートリーの少ない罵倒の言葉を繰り返すが、男は冷静に返す。
「死ねば出られると思ったんだがな」
「ここにいるのって魂だからね?! 肉体が死ねば魂が死ぬように、魂が死ねば肉体も死ぬよそりゃ……」
「そうとも限らないぞ」
「? …………まあ、とにかくそんな事はしなくて良いから──というか良く考えなくても現代人なのに躊躇なく首切ろうとしたね!?」
「価値観の違いだ」
「ええ……まだ2人の方が価値観近い気がする……」
2人は揃って首を大きく縦に振った。
「しかし、そうなるとどうするんだ?」
「どうしよう……」