ぎいっ、と大きな扉を咲夜は一瞬のうちに開き、朱い壁の洋館に戻った。
「只今戻りました。お嬢様」
彼女は、人間としては少し特殊であった。まるで、時を越えたような、そういった人間離れした能力を彼女も持っているのだ。
そして、何者かが帰還した咲夜を察知してか、姿を現した。
「戻ったわね。ご苦労様、里の様子はどうだったかしら」
バサバサッ、と大きな風切り音と共に現れた者こそ、この紅魔館の主。「レミリア・スカーレット」その人であった。
”永遠に紅い幼き月”の通り名を持つ、この少女はれっきとした吸血鬼で、500年以上の歳月を生きてきた実力者である。
かつて、幻想郷で起きた事件こと「紅霧異変」の主犯でもあり、この楽園の征服を企んだ危険人物として知られる彼女は、当然博麗の巫女「博麗霊夢」に目を付けられ、戦い、そして敗北し、今は荒事を起こさないことを条件に、この楽園にて平凡な暮らしを送っている。
そして、ステンドグラスに移動した後、レミリア・スカーレットは咲夜に対し、噂となっている話について問うた。
咲夜は、淡々とした口調で返答する。
「ええ、やはり湖の”あれ”が加工されて商品化されておりました」
「もう加工されてるの?随分と噂が広まるのが早いのね」
「あの数ですからね…嫌でも目立ってしまいますよ」
「そうね。あ、ありがとう」
咲夜は能力を使用し、瞬時のうちに紅茶をティーポットに淹れてきた。
メイドとして彼女はこれ以上ない働きぶりを見せ、その様はレミリアも含め、この館に住む人物全員が評価している。
そんな彼女が選んだ茶葉はアールグレイ。無難な種だが、それでいて飽きを越させない紅茶の中の代表だ。
レミリア・スカーレットは紅茶を受けとり、香りを楽しむ。そして、静かに蜂が蜜を堪能するかのように口に注いだ。
しかし、そんな優雅な時間を過ごしている彼女だったが、その場にそぐわない大きなため息をついた。
「あの時は本当に驚いたわ…」
時は3日程前まで遡る。
時刻は正午。鵯が元気よく鳴き、暖かい日差しが辺りを照らす。
吸血鬼であるレミリアは就寝中であるこの時間にて、事件は起こった。
紅魔館には門番がいた。巷では大層腕っぷしの強い妖怪であると噂され、大抵の人間や妖怪はその強さの前には、お帰り願うほかなかったという。
しかし、そんな妖怪にも弱点があった。それが…
「すぅ…すぅ…」
門番は紅魔館の門扉で居眠りしていた。
そう。この門番は退屈になると居眠りをしてしまうのだ。
この欠点により、妖精には空中から侵入され、挙句の果てには隣の策を我が物顔で通り抜けられてしまうことも少なくなかった。
そんな仕事をさぼっている門番を見逃すはずもなく、鬼ような形相をした咲夜が無言で近寄った。
「美鈴」
咲夜は門番に強めの圧を掛けた。
門番は怯えた表情で飛び起き、咲夜に対して敬礼を行った。
「は、はい!ちゃ、ちゃんと門番やってますよ!」
「いや、やってないよね。寝てたよね」
咲夜は鋭い指摘をした。なんだか、大変なことになってしまいそうだ。
「い、いやそんなわけ…」
「はい?」
「はい。すみません、咲夜さん。完全に眠っておりました…」
美鈴は素直に謝ることによって、その絶望的状況を何とか打破した。
凄く不満げな表情をまだ浮かべていたが、
流石に正直にされると、咲夜も何も言うことはできなかった。
とても賢明な判断である。
「早く来なさい。お嬢様がお呼びよ。湖が大変なの」
とだけ言うと、咲夜は次の瞬間、姿を消した。時を止める能力によって、その湖のほうへ行ってしまったようだ。
「え、え?どうしたんですか?」
どうやら、咲夜の不満げな態度はその湖の異変によるものらしい。
しかし、それだけではよく状況を理解できなかった美鈴は
とりあえずその異変があったという湖に駆けつけることにした。
~少女移動中~
「来たわね、美鈴」
湖のほとり。そこには本来であれば、就寝中であるはずのレミリア・スカーレットと咲夜がいた。
日光を非常に苦手とする彼女は咲夜に日傘をさしてもらっており、
この目眩がするようなまぶしい日差しを非常にうっとおしそうにしていた。
そんな湖を眺める二人に、美鈴は一言声を掛けようとした。
「お、お嬢様!咲夜さん、一体全体どうしたっていうんですか…
って臭ッ!…なんですかこの酷い臭い」
美鈴は、湖では本来臭わないはずの悪臭が鼻につき、思わず摘んでしまった。
「見なさい」
「うわぁぁ…何ですかこれ」
レミリアが指さした方角。
つまり湖には、騎士と思われるの死体とその残骸が夥しい数、漂っていた。
これが、湖から臭う異常な腐敗集の正体であった。
その数はざっと数えて、50。否、100は優に超えているであろうか。
その余りに多い死体から流れる大量の流血。湖にて生息する周囲の魚も血が鰓に詰まらせ、閉塞死するほどであった。
そして、死体の大半はまともな形を維持していなかった。
中には、上半身や下半身を失ったものや原形をとどめていないもの。
腹部を貫かれ、中の臓器が露出したものなど様々な屍が水面を埋め尽くしており、まさに死屍累々であった。
「酷い…これってもしかして異変ってことですか?
こんなに沢山の死体の山が流れ着くなんて、そうそうないですよ。しかも、一度になんて」
「分からないわ、けれどこれは問題よ。
腐敗臭が紅魔館の庭園まで充満しててたまらないの。
私もそうだけど、これのせいでパチェがもう参ってるのよ。お茶も満足にできやしないわ」
思わず鼻を摘んで語るレミリア。そして難儀する紅魔館の妖怪達。
「せめて死体だけでも処理しないと不味いですよ…」
「もちろん、そのつもりよ」
「地底の猫にでも引き渡しましょうか?お嬢様」
「…そうね、妖怪の山の連中にここの処理をお願いしましょ」
「かしこまりました」
咲夜が出した提案に、レミリアはすぐに承諾した。
流石にこの数の死体を処理するのは、面倒だとレミリアは判断した。
何せこの数だ。咲夜一人に任せるわけにもいかないし、彼女には少々事情がある。
そのため、死体処理が得意な妖怪にこの一見は任せるということで、話は終わった。
場合によっては、人里にも連絡をいれて何とかしてもらうことになりかねないが、やむを得なかった。
「事によっては騒動になりかねないから、慎重にお願いね。
後、文屋にこの事が悟られると、後々面倒なことになるから絶対に侵入を許してはダメよ。美鈴」
「は、はい!分かりました!」
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「あれから3日くらいたったけど…
結局広まってしまったわけね。はぁ…面倒だわ」
「既に文屋のほうにも情報が伝わっているようで、いつあの情報屋が嗅ぎ付けてもおかしくないかと」
「やっぱり”あれ”にも伝わってしまったのね…
その場合は、いつも通り追い返しておいてよ。咲夜」
「…もちろんでございます、お嬢様」
咲夜はいつものように、主に対して二つ返事で承諾した。
こう淡々と作業や面倒ごとをまとめてくれる彼女に、レミリアは多少頭上がらないことがある程であった。
「パチェは?あれから少しは緩和されたと思うけど、何か言ってない?」
「図書室に尾籠になっていますが、「多少マシになった」と」
「そう。ならいいわ」
「お嬢様ぁぁぁ!お嬢様ぁぁぁ!」
すると、レミリアを呼ぶ声と共に、大きな音がして乱暴に寝室の扉が開けられた。
そして、滝のように汗水を垂らした美鈴が勢いよく入室してきた。
「今度は何よ、美鈴。門番の仕事はどうしたの?」
「いいわ、咲夜。そんなに慌ててどうしたの、美鈴」
「ひ、人が!あの湖の死体が!一人生きてたんです!」
「どういうことよ、死体が蘇ったとでも言うの?」
「違いますよ!咲夜さんまでボケないでください!」
「わ、私は別にボケてなど…」
咲夜は突然の指摘に動揺してしまった。
しかし、レミリアがその風船のように張り付いた空気を裂くように、口を切って会話に割り込んだ。
「御託はいいわ。で、その娘は今どうしてるの?」
「はい、お嬢様!大ケガだったので門の側に寝かせてあります!」
レミリアは数秒の間、何やら考える素振りを見せて黙り込んだ。
そして、にやりと思いついたような笑みを見せると、彼女は従者二人に指示を下した。
「…咲夜、ベッドの準備を。美鈴、貴方はその客人を運んで寝かせなさい」
「「は、はい!お嬢様!」」
サリバン騎士の剣
かつて金獅子が麾下した軍勢
サリバン騎士団の扱う片手剣
軽い合金で造られており、扱いやすく
二刀持ちや刺突攻撃にも優れる上質の剣
サリバン騎士団は風の剣技を操り
流れ着く全てを征した
今はもう、遠い昔の話だ
サリバン騎士の大弓
金獅子が麾下した軍勢、その騎士が用いる大弓
並外れた筋力と技量を要求し
並の腕力では弦を引くことすらできない
主を失い、自らの翼も傷ついた騎士は
今や遠い故郷を想い、死んでいった