低レベルクリア目指してたゲームの主人公になってしまったんだが   作:なお

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第一話

 とっくに陽の暮れた夏の夜。

 モニターから発せられる明かりだけがクーラーの効いた室内を照らしている。

 俺は大量の汗を滴らせながら、緊張した面持ちで画面をただ見つめる。コントローラーを握る手に力が籠る。

 

 …………頼む、もうちょい。

 ――今度こそ、今度こそ、今度こそ!!!!

 

 震える指で俺はコントローラーのボタンを押す。

 画面の中の数々のダメージを負いボロボロになった”手ぶら”の”ペラペラの布切れのような服”を身に付けた凛々しく顔の良い青年が人間の数倍以上の図体を誇る悪魔とも魔獣とも似つかない異形の化け物を殴りつけた。

 次の瞬間、その化け物は断末魔をあげて爆散した。

 少し間が空いてやがて勝利を意味するファンファーレが流れ、シンとした部屋に響いていく。

 

 俺は目の前で起きていることが理解できずに、ただ茫然と画面を見つめる。

 

 ……やった。

 ……とうとうやったんだ。

 

 時間の経過と共にこれが現実世界であることを俺は理解していく。

 そして――、

 

 おっしゃああああああ!!!! 

 やってやったぜえええ!!!!

 ほら見ろおおお!!!! 

 やっぱりできたじゃねえかああ!!!!

 

 俺は思わずガッツポーズ天に突きさした。

 

 ……思えばここまで長かった。

 この一年間、学校のある日は放課後から夜遅くまで、休日は朝から晩まで集中してこれだけに没頭してきた。

 

 ゲームオーバーする度にやり直し。気が狂いそうなほどのやり直し。

 それはやり直した数を諦めてしまうほどに。

 プレイ時間はとっくにカンストの999時間に達し、実際のそれは余裕で数千時間を超えているだろう。

 ただでさえ鬼畜と名高いこのゲームに自らが化した低レベルの条件、さらに主人公以外の仲間は常に死亡という孤独の中での戦い。

 いわゆるやり込みプレイ。

 針の穴に糸を通し続けるような超超超低確率の先に待つ勝利の二文字。

 何度も気が狂いそうになった。……いや、既にもう気が狂っていたのかもしれない。

 しかし俺は今、この瞬間、その勝利の一つを掴み取ったのだ。

 周囲から絶対に不可能だと言われた壁をまた一つ打ち破ったのだ。

 

 

 

 ……これでようやく”中盤”までクリア、だ。

 

 

 

 体中を駆け巡る達成感を心地よく感じると同時にどっと疲労が押し寄せてくる。アドレナリンによる興奮効果が切れてしまったのだと理解する。

 

 ……親が旅行に行っており好き放題できるからって無茶しすぎたな。

 どれくらいぶっ続けでゲームしてたんだ? 

 まあいいや、ちょっと休もう。

 ……流石に限界だ。

 それに……、

 

 

 

 ここからが本当の地獄だからな……。

 

 

 

 そして俺は、倒れるように眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然のことだった。

 全身が燃えるように熱く経験したことも無いような激痛に包まれた。

 突然のことに理解が追い付かない俺は、悲鳴をあげることもできずにその場に膝から崩れ落ちる。

 

 な、なんだっ!? 何が……。

 

 床に手をつき、大量の汗が噴き出てきて荒い息を何度も吐きながら状況の整理を行おうとする。

 一瞬、ゲームのしすぎで病気になったのかと思うとすぐに違うと分かる。

 まず自分が手をついている床。それは大理石のように固く冷たかった。我が家にこんな床は無い。

 次に自分の手に視線を移す。妙に暗く見づらかったが何とか目を凝らす。そこには見慣れているはずの不健康な白い肌の手では無かった。

 そして自身が身に纏っている服。ペラペラの布切れのような服。

 

 ……これって。

  

 混乱しつつも今の状況に思い当たった俺は、ゆっくりと顔を上げる。

 目の前に巨大な玉座があった。

 

 …………やっぱり。

 

予想通りの光景であったが、それが余計に俺を混乱させることになる。

 細部に彫刻が施され、素人目にも芸術作品であることが分かる数メートルほどある巨大な玉座。

 狐に包まれたような気分でゆっくりと周囲を見渡す。

 そこは巨大な大広間であり、玉座同様に豪華絢爛といった内装だった。まさに王の間。しかしこの空間を満たしている黒みがかった霧が普通の空間でないことを物語っている。

 

 それはそうだろう。

 

 ここは先ほどようやく倒した『ドムドルド』の為の玉座の間なのだから。

 ここの景色を嫌というほどモニター越しに見て来た。見間違えるわけが無い。

 いや、そんなことは今どうでもいい……。

 

 問題はなぜここに俺自身がいるのか……だ。

 

 ここはゲームの世界。

 夢かと疑うが、この肌感、床を踏む足の感覚、そして何よりこの痛み、その全てが現実そのものだ。

 そしてこの状況。

 これではまるで先ほどまで操作していた主人公に俺がなってしまったようではないか。

 

「ヴっ!?」

 

 俺がそんな予想をしていると突然全身に鋭い痛みが走った。感じたことの無い痛みだった。魂を削られるような、そんな痛み。

 ただでさえ満身創痍だった俺はその場に倒れてしまう。

 

 ……こ、これ、もしかして。

 

 混乱している中でもその痛みの要因はすぐに思い当たった。

 それは一帯を包んでいる黒い霧のせいだ。見るからに危険なそれは、一定時間ごとにダメージを食らう仕様になっている。

 この仕様のせいで俺がどれだけ苦しめられたか……、低体力の主人公は七回この定数ダメージを食らっただけで陀仏なのだ。その上ドムドルド自身から激しい攻撃が来るわけで……。

 

 違う、そんなことは今どうでもいい。

 今は死にかけなんだ。

 ゲームの事を考えている暇は……。

 

 …………いや。

 本当にここがゲームの世界なのだとしたら、大人しく死んだ方が楽か。

 元々死に戻りするつもりだったし。

 

 というか素人の俺にも分かるが絶対にこれは助からないと確信できる。

 どの道、俺が辿る道は一つだろう。主人公になったのなら回復アイテムも底を尽きているはずである。体も動かないし。

 

 死ぬって結構辛いんだな……。

 

 全身のあちこちが激痛を訴えており呼吸も苦しい。それに全身から体温がどんどんと奪われていっているようである。血も流れている。

 多分次の霧のダメージで死ぬ。

 

 こんな状態で今まで俺は無慈悲に主人公を操作していたのか……。

 そう思うとゲームとはいえ結構残酷なことしてたよな。

 低レベルだからすぐに瀕死になる主人公には、死ぬ一歩手前の状態で何度も魔物と戦ってきてもらったもんな。

 

 目が霞んできて、目の前の光景が滲む。

 しかし、その時俺は見つけた。

 玉座の前に落ちている趣味の悪い真っ黒な金属質の腕輪を。

 あれはドムドルドを倒すことによって入手できるアイテムだ。

 

 ――!?

 あれだけは絶対に回収しないと!

 

 一体全体何がどうなっているのか分からない。

 しかし、ゲーマーとしての俺があれを逃すなと言っている。

 シャクトリムシが進むようにぼろきれと化した体をもぞもぞと動かす。

 そして何とか次の定数ダメージを食らう前にその腕輪を入手できた。

 ドムドルドが身に付けていただけあって巨大なそれだったが、俺が触った途端に縮みだし、俺が身に付けるにはちょうどいいサイズになる。

 俺はそれを絶対に無くさないように大事に抱え込む。

 

 ほっとした俺は、何気なく視線を後方へ向ける。

 そこには黒色の髪の少女が倒れていた。

 

 次の瞬間、黒い霧が俺の命を刈り取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暖かい風が吹き抜け、ざぁざぁと葉や草が音を立てる。

 そして周囲からは小鳥たちの囀りが聞えてくる。

 そんな中で俺は目覚めた。

 目を開けた瞬間、陽の光が飛び込んできてその眩しさに目を細める。

 体の痛みが無くなったことに気付き、むくりと上体を起こす。徐々に目が光に慣れてくるとそこが見慣れた森の中であることに気付く。

 清涼な空気に包まれたここは、どう見ても始祖の森の一つだ。

 

 俺は立ち上がり改めて自身の体に視線を這わせる。

 最後に自身の頬を摘み、しっかりと痛覚を確認する。

 痛みが無くなり、冷静な頭で考えたうえでようやく心から確信する。

 

 やっぱり間違いない……。

 ここは、ゲーム『ファースファンタジー』の世界だ。

 物語はごくごく王道なRPGだ。変わり種と言えば恋愛要素を含んでいることだろうか。

 後は、とんでもなく難易度が高い鬼畜ゲーであることだろうか。

 ここはそんなゲームの世界だ。俺が言うのだから間違いない。

 

 

 

 ……で?

 なんで俺がここにいんの?

 このゲームが好きすぎて転生でもしたのか? なわけないか。

 

 

 

 いくら考えても答えは出てこない。

 ここで俺は自分が例の腕輪を持っていることに気付く。

 腕輪を見て、先ほどまでの出来事も現実のそれだったのだと思い知らされる。

 ということは俺、本当に死んだのか。

 良く知った世界だとはいえ、現実となった今、本当に死に戻りできるかは分からなかったけどなんとか生き返ったらしい。

 とういうことはここはやはり現実であり、ゲームの世界なのか……。

 

 これからどうしよう……。

 

 途方に暮れていると、背後から女性がすすり泣くような声が聞えて来た。

 突然のことにびっくりして全身を跳ねさせながら後ろを振り返る。

 そこには女の子座りで地面にへたり込み、両手で涙を拭いながら泣いている女の子がいた。

 肩下まで伸びた黒い髪は艶がかった絹のようである。彼女の装備は村人が纏うような普段着のような格好だ――無論、初期装備のままだ。

 一応魔法使いなのだが、その姿からは想像もできない。実際(レベル的に)全然魔法使えないけど。

 

 彼女の名前は『アリル』。

 同じ村で生まれ育った村一の美少女。そして主人公とは幼馴染であったりする。そしてここまでの中盤、唯一の旅の仲間だったりする。

 

 ……ということはどういうことか分かるだろうか?

 あのドムドルドを相手に、主人公と魔法使いであるアリルの二人だけで戦うということを意味している。改めて思うが馬鹿げている。

 

 少し脱線してしまったが、そのアリルは気が強く、典型的なツンデレタイプだ。

 主人公にいつも強くあたりつつも主人公のことが大好きで、時折見せるデレが可愛い――といった感じのキャラだ。

 気の毒だが、ツン要素が強くあまり人気の無いキャラだったりする。俺も世間の意見に同意だった。昔のヒロインみたいに理不尽なことで主人公に暴力振るう所がちょっとな……。

 

 しかし、その気の強いアリルが泣いているのはどういうことだろうか?

 こんな場面、ゲームでは無かった。

 

「……ごめん。ごめんね……。今回も私のせいで死んじゃったんだね。……いつも偉そうにしてるのに……。また『ユウ』に迷惑かけちゃった……。本当は私が支えないとだめなのに」

 

 そう言って真っ赤になった瞳を潤ませながら上目遣いでこちらを見つめてくる。

 そこには普段の気の強いアリルの姿は全くなかった。可憐な乙女だった。

 

 …………可愛い。

 

 これがギャップ萌えか。

 とアリルに見惚れていると、アリルはそのまま勢いよく立ち上がるとそのまま俺の元まで駆け寄ってくる。

 

「……つ、次は! 次こそは絶対に足を引っ張らない……から! だ、だから! わ、私を……捨てないで……。そ、そして、もう……、無茶しないで……」

 

 アリルは俺の両手を自身の両手で握り、怯えるような様子でそう懇願してくる。今も涙をぽろぽろと流している。

 

 そのアリルのあまりの必死さに、見惚れている場合でないと我に返った俺は戸惑うばかりである。これもゲームでは無かった展開である。というか別人じゃないか。

 

 何がどうなっているんだ……。

 

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