【悲報】人類最強のダンジョン配信者、最強過ぎて仲間が出来ない【ボッチ】   作:土ノ子

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第二十三話 チェックメイトはかけられた

 

 光の咆哮が雲を消し飛ばした、文字通り雲一つない青空の下。

 病院のだだっぴろい屋上で大和は捕縛した”白”と向かい合っていた。

 

(獣……獅子舞っぽい。アジア系の獣神? 白い体毛に善の神格……どこかで聞いたことがあるような)

 

 敵意を込めて少年と睨み合う”白”の第一印象は、獅子。ただしライオンではなく日本の獅子舞をよりエキゾチックにしたようなユーモラスな顔立ちだ。

 豊かな”白”の体毛に長い尻尾を備えた四足の獣。頭には豪華な金の冠を被り、首には宝石を連ねた首飾り。

 獣はそのユーモラスな顔をふざけたようにくらくらと揺らす。

 その姿から正体を探りつつ、口を開く。

 

「……お前がワールドエネミーか」

 

 ワールドエネミー。それはモンスターを縛る第一原則から外れた異常分子。この文明崩壊世界で滅びの因子を持つ者はある種の特権を持つ。産み出された迷宮に捕らわれない独立性はその一つだ。彼らは自由に地上を闊歩し、己が使命(クエスト)を果たさんと活動する。

 

「シャシャ……」

 

 獣がギョロリとした大きな目で大和を見る。

 独特の愛嬌を醸し出すユーモラスな顔つきだ。だが微かな好印象は一瞬で消え失せた。獣が()()と犬歯を剥き出しにし、頬を歪めて嗤ったのだ。

 獣は拘束されている事実など歯牙にもかけず、嗜虐心を満たすように頬を歪めて笑っていた。

 

「――――」

 

 大和の中で何かが冷え込む。あの笑み一つで分かった。アレは敵だ。それもとびきりタチの悪い。

 ()()()()()()()。いつも陽気で明るい配信者ではなく、冷徹に最善手を打ち続ける冒険者が目を覚ます。

 

「シャシャシャシャ――」

 

 囚われの身でありながら天を見上げて高らかに笑う獣に向け、大和は拳をギュウと握りこんだ。

 

 †《建速嵐(タケハヤノアラシ)》†

 

 ()()()()()()()。嫌に生々しい、肉が潰れて骨が折れる音が鳴る。

 バロンを捕らえる見えない大気の拳が大岩すら粉砕する強烈な圧力をかけ、その肉体を無慈悲に圧し潰した音だった。

 

「ギィシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアー―――ッッッ!!?!?」

 

 苦痛の悲鳴を上げて身を捩る獣を抑えつけたまま、大和は冷ややかな視線を向けた。

 

「獣系って口利けない奴が多いんだよね。お前もそのクチ? 情報吐いてくれるならもうちょっと生かしておいてもいいんだけど」

 

 そう獣に告げて一秒、待つ――拘束された獣は再びニタリと厭らしく嘲笑(わら)った。

 

「あっそ――なら死ね」

 

 生かしておく理由がなくなった大和は黒翼から取り出した刃を無造作に獣の首元へと振るった。

 サクリ、と刃が肉に滑り込む音が聞こえた。ズルリ、と肉を割き、ザクリと骨を断った。全てが一瞬の内に終わり……獣の首が、クルクルと宙を舞った。ついでとばかりに地に落ちた首を踏み潰し、西瓜のように粉砕する。

 数秒後、風の拘束から解放された首から下がドサリと倒れ伏す。噴き出した血が赤黒く屋上の床を汚していった。

 

「禊?」

『確実に死んだ。偽装もない』

「他に敵は?」

『今のところ見えない』

「手ごたえがなさすぎる。クエストをクリアした感じもしないし、分身か斥候かな?」

『不明。警戒を』

「了解」

 

 制帽に付けた別の通信端末越しに短くやり取りを交わす大和と禊。二人の関心は既に獣の骸から離れ、次に移っていた。故に、隙が生まれる。

 大和が視線を外したその時、グシャグシャに砕けた頭部の肉塊が()()()と動いた。

 

『大和!』

 

 禊からの呼びかけに反射的にその場を飛びのき、距離を取る。跳躍のさなかに視線を向けた先で踏み潰された頭部の残骸が蠢いた。

 時間を巻き戻すかのように残骸が組み合わさって頭部が原型を取り戻す。さらにひとりでに分かたれた肉体へと飛んでいく。

 あっという間に肉体と合わさった首は()()()()、と異様な回転を経て接合を果たした。

 

「シャシャッ、シャシャシャシャ――――!!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 復活した獣が嘲笑(わら)っていた。

 大和の一太刀で首を落とされたはずの獣は何か異常なカラクリによって復活を果たし、全て無駄な努力だと嘲っていた。

 

「回復スキル……いや、時間逆行? 逆説証明? 始末するのに段取りがいるタイプか」

 

 一方その異常な光景をつぶさに見ていた大和は冷静に呟く。

 あまりに異常過ぎる光景。禊が死んだと断言した以上、通常の枠外にあるインチキが働いたのは明白だった。

 ワールドクエストのボスにはままあることだ。隠された条件を達成しなければ黒鉄大和ですら()()()()()()()()()。ワールドクエストの最も厄介な点だった。

 

「禊、情報」

 

 いま何よりも必要なのは敵の正体を掴むことだ。そして禊の霊眼に見破れないものはない。

 

 †《遍く照らす大眼》†

 

『データを表示する』

 

 【基礎データ】

 種族:バロン

 位階:45

 【スキル】

 《()()()()

 《白の聖獣》

 《善悪均衡》

 《森の王》

 《奉納の舞踏》

 【耐性】

 耐性:光、木、火、土、金、水、物理

 弱点:闇

 

「バロン……バリ・ヒンドゥーの聖獣。善の象徴であり、悪の敵。……今回のワールドクエストは善悪均衡型か!?」

『……最悪だね。本当に、最悪』

「なら奴が狙う”悪”は……」

 

 大和と禊が心の底から嫌そうに顔を顰めた。

 現代でも観光地として知られるインドネシアのバリ島で特に名高き一対の神がいる。善と悪に分かれ、対立し、争いながら住民達から崇められた神格だ。

 その片割れこそ眼前の白き聖獣、バロン。太陽、解毒、若さを象徴する森の王(パナスパティ・ラジャ)

 そして”善”たるバロンと対立する”悪”こそ夜、病、老いを象徴する黒の魔女――、

 

「ランダ」

 

 獣が宿敵の名を口にする。足元の病室で眠る恋華へ粘着質な執着をはっきりと向けながら。

 

「ランダ、ランダ、ランダ、ランダ! シャシャッ、シャシャシャシャ――――!!」

 

 目覚めろとばかりに名を連呼するバロン。獣が白き光を宿し、周囲を白に染め上げた。

 

『う……あ……あぁぁぁ……!』

『大和、恋華が……!』

「恋華さん!?」

 

 ドローン越しに恋華が魘される声と禊の焦りを帯びた声が耳に届く。

 ドクン、ドクンと力が胎動するのを見えないままに感じ取る。

 足元のさらに下……間違いなく恋華の病室のあたりから強力な闇の属性に染まった魔力が制御されずに放射されていた。暗く、冷たく、恐ろしい。そんな魔力だ。

 信じたくはないが、この状況から導き出される答えは一つだった。

 

「やっぱり恋華さんが魔女ランダの生まれ変わり……転生体(アヴァタール)か!?」

 

 転生体(アヴァタール)。それは大和達転生者とは似て非なる別物だ。

 迷宮の出現でこれまで神話に謳われるだけだった神性、大悪魔、妖精、怪異は現実の存在として地上に降臨した。

 そして力ある超越存在(オーバーロード)たる彼らの中に、気まぐれかはたまた深遠な計画か、人間に生まれ変わることを選択した者たちがいた。

 その生まれ変わりを転生体(アヴァタール)と呼ぶ。転生体は前世の力を受け継ぎ、影響を強く受ける。受け継いだ力が暴走し、人格が乗っ取られることすらあった。

 

「何が目的だ、バロン。狙いは恋華さんの命……()()()()()()?」

 

 恋華を殺すつもりならいつでも殺せたはずだ。なによりもさっきの理不尽な復活劇にはおそらく恋華の存在が絡んでいる。

 

「――ランダ」

 

 くらくらとふざけたように頭を揺らしながら獣が口にするのは変わらず仇敵の名。

 だがその意味するところは大和にも分かった。

 

「お前の狙いは前世の覚醒……恋華さんを魔女に堕とすつもりか。お前とランダは互いがあってこそ、だもんな」

 

 ()()恋華はランダの転生体として目覚めていない。それを無理やりにでも目覚めさせる。

 悪の魔女王たるランダを徒に目覚めさせ、暴走した力はもはや災害に等しい。だがそんなもの眼前の獣にとって知ったことではないのだろう。

 ランダとバロン。善悪一対の鏡である彼らは敵対者でありながら揃ってこそ最大の力を発揮するのだ。

 

(待った)

 

 そしてここで大和の脳裏に一つの閃きが走り、表情を歪める。

 まさか、と。

 

「おい――おい。お前……………………一体何時から恋華さんに目を付けてた?」

 

 これまでに見た恋華の卑屈な態度は度が過ぎていた。まるで何度も何度も希望を抱いてはその度に叩き潰されてきたような……。

 ランダとは不幸を司る魔女でもある。なら恋華を覚醒させるには、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「シャシャシャ……」

 

 ()()、とバロンが浮かべた性根の腐った笑みが全てだ。

 黒鉄大和よりもはるかに早く、バロンは紅恋華を見つけていた。ただそれだけの、覆しようのない現実だった。

 

「分かった、もういい」

 

 大和の口から自然と乾いた声が出た。

 善の獣なぞと標榜したところでその基準は人間のそれではない。

 悪あってこそ善が成立し、善の存在が悪へより濃い影を落とす。バロンとランダは一対。両者が揃うことでワールドエネミーとしての悪辣さが最大に引き出される。

 故に(バロン)は誰よりも強く(ランダ)の目覚めを待っているのだ。

 

「恋華さんをランダになんてさせない。絶対に」

『……大和』

 

 大和がギリィと音がするほどに歯を食いしばり、その思惑を阻止すると宣言する。たとえその手段を持たずとも。

 その気持ちが痛いほど分かる禊だが、大和への呼びかけは鉛を飲んだように重かった。

 

『……分かってるはず。恋華はもう……()()(バロン)(ランダ)のどっちも殺さなきゃ、このクエストはクリアできない』

「分かってる……でも諦めるにはまだ早い」

 

 禊の諦めを、大和は否定できない。

 善悪均衡型のワールドクエストの特徴……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 逆説的存在証明(イグジステンス・パラドクス)(ランダ)(バロン)の存在を証明し、その逆もまた叱り。

 バロンと……ランダ(恋華)を討たねば終わらないのだ。片方だけを討伐しようと、先ほど見た時計の逆回しじみた理不尽によって復活する。

 そして恋華の覚醒は恐らく秒読み段階にまで入っており、阻止はほぼ不可能だ。本末転倒な例外を除いて。

 

「だって恋華さんを殺したくない……それが必要だったとしても」

 

 つまり大和は知らぬ間にランダとして覚醒した恋華を討たねばならない状況に追い込まれていた。

 極めてシンプルで厳然たる事実を伝えよう――()()()()()()()()()()()()()()()()()

 大和に出来るのはチェックメイトがかけられた盤面を前に足掻くことだけだった。

 

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