【悲報】人類最強のダンジョン配信者、最強過ぎて仲間が出来ない【ボッチ】   作:土ノ子

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第二十六話 ――配信を始める

 恋華が昏睡状態に陥り、三日が経った。まだ彼女は目覚めない。

 大和はベッドの上で眠る彼女を見守りながら、その時が来ないことを祈る。だがそれ以上が出来ていない。何もしないのではなく、出来ていなかった。

 

「…………ッ」

 

 焦燥感に汗を流す大和が人知れず歯噛みする。

 いよいよ今日が蓮華の身柄を左右する決議の日だ。とはいえ対案がない今、実質的に死刑宣告サインをするのに等しい。

 大和もただ手を拱いていた訳ではない。

 禊を通じたネットの炎上の鎮火。

 逃げ去ったバロンの追跡。

 史料編纂局の全面協力を得ての資料捜索。

 さらに言えば他の幹部達も力を貸してくれた。彼らとて恋華を殺めたい訳ではないのだから。

 ただ、根本的に打開策となる鍵は得られなかった。

 

(……情報と人手が少なすぎる。転生者(ギルメン)がもっと積極的に動いてくれれば……いや、愚痴か)

 

 ギルメンに協力を呼び掛けるも動きは鈍い。彼らにも日々の仕事があり、大和が動いている時点でこれを『大和案件』と見なしている空気があった。

 身も蓋もなく言えば遠くから気の毒な他人事として捉えていた。

 

(みんなが知恵を貸してくれるだけで大分違うんだけどな……この世界、神話学の研究全然進んでないし)

 

 意外に思われるが事実だ。1999年に始まったダンジョン出現で巻き起こった混乱と治安の低下がこの世界のアカデミックな研究を大幅に遅らせた。神話生物の行動や弱点といったいわば『生態』にあたる部分は重点的に掘り下げられたが、ワールドクエストで重要になるのはそれ以外の一見どうでも良さそうな情報が多かった。

 加えて資料編纂局に集積された情報は量こそ膨大だが整理されているとは言いがたい。元々有志の転生者達が始めたWikiが前身だが、前世由来の雑多かつ真偽確認が困難な情報が積み重なってある種のブラックボックスと化した。

 ここから情報を抜き出すのは検索エンジンに頼らずネットの雑多な情報を手探りで探し当てるようなものと言えば少しは分かりやすいか。

 

(前世のネットに繋がる端末があればなー。それだけで百人力なんだけど)

 

 元々ランダとバロンはマイナーな神格であり、情報も少ないことを差し引いても情報は遅々として集まらなかった。

 こうして埒もない空想をもてあそぶ程度には大和は追い詰められている。

 

(配信で直接ギルメンに呼びかけるか……? でもこういうのって匙加減が難しいんだよな。正直いまの僕って冷静じゃないし)

 

 追い詰められた状態で一発逆転を狙うなど大抵ロクな落ちが待っていない。そうせざるを得ない程の崖っぷちなら別だが。

 ため息を吐いた大和はもう何度目か分からない程読み込んだ、バロンとランダに関する報告書を取り出した。ヒントを求め、か細い希望にすがって。恋華のそばで読み込むことを控えていたそれを、少しならいいかと。

 

 油断だった。

 

 やはり大和自身ずっと気を張り続けていたことで疲れていた。成果の出ない時間に焦っており、冷静な判断が下せていなかった。

 

「…………」

 

 ペラリ、ペラリと一枚ずつめくっては見落としが無いように読み込んでいく。思索を重ね、恋華を助ける算段を付けようとするが、その全てが徒労に終わった。

 そんな時間がかれこれ数十分は続き……やがて奇妙なほど強い睡魔に襲われ、ゆっくりと大和の瞼が落ちた――。

 

 ◆

 

 人の気配でスッと目が覚めた。

 反射的に周囲を見渡し、警戒する。外で、こんなにも無防備な状態でいたのは久しぶりだった。どれくらいぶりだか思い出せないくらいには。

 

「大和様――」

「――恋華さん?」

 

 覚醒のきっかけになったのはベッドで眠り続けていたはずの恋華だった。彼女が身じろぎをする音で目覚めたのだ。

 眠り続けていたはずの彼女が身体を起こし……その手には大和が持っていたはずの報告書の束がある。

 

「なんですか……これ」

 

 声が震えていた。

 食い入るように手元の報告書を読み込み、咀嚼し、理解した恋華は自身に待ち受ける結末(バッドエンド)を受け入れず、問いかけた。

 

「本当に……こんな? でも、私は、私が――」

 

 信じたくない。だが信じざるを得ない。彼女の心情はそんなところか。何故なら理不尽な運命というあやふやで得体の知れない濁流に誰よりも翻弄されてきたのが紅恋華の人生なのだから。

 

「――っ。なんで」

 

 一方、大和は己のミスにひどく狼狽えていた。ありえないと。

 迂闊に恋華の前で報告書を曝け出し、睡魔に負けて寝落ちし、挙句恋華に報告書を懐から抜き取られて気付かないなど。一つならまだしも、三つ同時に起こすなど普段の大和なら絶対に起こさない失態だ。

 

(まさか、ワールドクエストの運命補正……? いや、そんなことより恋華さんを落ち着かせないと……!)

 

 それはまことしやかに囁かれる運命論。ワールドクエストは可能性そのものを根こそぎに断たなければ必ず成立するという、ジンクスと呼ぶには前例がありすぎる経験則だ。

 手を打たず放置したワールドクエストは必ず失敗する。無慈悲なシステムの因果は現実になった今も影響を与えていた。

 

「私、怪物になるんですか……?」

「そうならない方法を探しています」

 

 震える声の問いかけに嘘をつかず、できるだけの誠実さを込めて答える。

 だが追い詰められた恋華はその()()()()()を受け取る余裕はない。ひどく禍々しい気配を撒き散らし始めていた。

 

「……私は、怪物ですか?」

「違います。恋華さんは――」

「殺した方がいいと、大和様もそう思うのでしょう?」

「そんなこと、思いません。一度も!」

「では、何があっても私を守って頂けますか?」

 

 恋華の言葉を否定し続けた大和が返答に窮した。

 どことなく()()()()()()問いかけだった。まるで恋華自身が是と言われるなどと一欠けらも期待していないかのように。

 

「……………………」

 

 そして大和もまた嘘を吐けなかった。

 大和は嘘が苦手だ。真情の籠らない薄っぺらい言葉で恋華を騙せるなどとは一瞬たりとも思えなかった。

 

「あ、はは……()()()()

「やっぱり?」

「いつもそう。私が、そうなんだ。いつも私が――」

「恋華さん、落ち着いてください!」

 

 ブツブツと譫言のように呟き続ける恋華を抑えようとして立ち上がり不意に大和は気づいた。

 ()()。異常なほど。

 真夏の熱波。いいや、まるで大火事のただなかに立っているかのような、異常な室温の上昇が起こっていた。

 

「あ……あああ……あつ、い」

「恋華さん?」

 

 虚ろな目で呟く。

 

「あつい、あつい……熱痛(あつ)熱痛(あつ)熱痛(あつ)熱痛(あつ)熱痛(あつ)熱痛(あつ)熱痛(あつ)熱痛(あつ)熱痛(あつ)熱痛(あつ)熱痛(あつ)い! あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”ああ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”ああ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”ああ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”ああ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”ああ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”っ――――!?」

「恋華さ――」

 

 本物の炎で炙られているかのように苦悶の声を張り上げる恋華。

 一瞬の後、大和の視界が炎の漆黒で塗り潰される。

 身悶えする恋華の身体を取り巻くように炎が燃え盛っていた……否、恋華自身から黒の炎が噴き出している!

 

 †《()()()()》†

 

 恋華が持つ複合スキルの本体。データ不足で一部が黒塗りとなっていたそれがついにその凶悪な本性を発揮した。

 爆発、焼却、呪詛。

 黒煙を吹き出す火山噴火の如く、破壊の炎が吹き荒れる。頑強極まりないオモイカネ工業本社の地下隔離区画が魔女が操る業火によって燃やされ、壊され、呪詛に満ちた空間へ塗り潰されていく。

 凄まじい劫火。覚醒が進んだことでLv.も上昇したのか、耐熱機能を備えた隔離扉が熱で歪み始めていた。

 密閉された隔離区画の温度が急上昇。溶鉱炉に等しい灼熱地獄と成り果てた。

 

「風よっ!」

 

 †《建速嵐(タケハヤノアラシ)》†

 

 大和は咄嗟に荒ぶる風を駆使して荒ぶる業火を抑え込む。

 とはいえ爆発の全てを強引に抑え込めば今度は室内で荒れ狂った衝撃波が恋華の肉体を破壊するだろう。

 衝撃波を相殺しつつ、恋華への被害も抑え込むという繊細極まりない作業を驚異的な精度でやってのける大和。だがその代償に自身の安全は疎かとなり、無防備なまま爆発に巻き込まれる。

 吹き飛ばされる勢いのまま壁に衝突し、背中から叩きつけられた挙句に再びの爆発。前面の衝撃波と背面の壁でサンドイッチされ、強烈な痛みが全身を走り抜ける。

 

「口に埃が入ったぁ……ペッ」

 

 勢いよく壁に叩きつけられた大和だが、起き上がるとそこそこ元気そうに埃混じりの唾を吐き出している。身も蓋もない話だが、あの程度の衝撃で怪我をする程黒鉄大和の肉体はヤワではない。暴走する恋華の方がよほど問題だった。

 

「……熱痛(あつ)い。ああ、熱痛(あつ)い! もっと、もっと、別のどこかに行かないと」

 

 うわごとのように呟く恋華はただそれだけを望む。その手段の是非を考える余裕は彼女にはなかった。

 

「来てください……ベルーガさん」

 

†《契約()():ブラックドッグ》†《遠隔召喚》†

 

 赤黒い光で彩られた禍々しい魔方陣が空中に描かれ、一瞬の閃光のあとに恋華とかりそめの契約を結んだ黒妖犬(ブラックドッグ)、ベルーガが出現する。

 巨牛に等しい体躯を持ったベルーガが赤く光る眼で鋭く周囲を見渡し、恋華を見つけて吠えたてた。

 

「グルウウウゥゥゥオオオオオオォォォ――――!!」

 

 無理やり召喚されただろうベルーガの怒りを込めた咆哮が隔離区画に轟き渡る。密閉空間に音圧がビリビリと響く。

 その敵意は召喚した恋華に向いていた。

 

「まさか、主人(アニマさん)から契約モンスターを奪い取った!? そんな無法なっ!?」

 

 そのあり得ない光景に大和が叫ぶ。それくらい非常識な真似だった。

 いくらランダ、バリ島の魔女王と言えども相当な離れ業だ。あるいは恋華とベルーガが結んだ縁が思った以上に強かったのか。

 

「ベルーガ、さん。お願いします。私……ここから出たくて」

「グラアアアアアアアァァァ…………ァァ?」

「私を……たすけて……」

「グ、グググ、ぐるぅ……」

 

 敵意を込めて恋華に吠え掛かっていたベルーガが困惑したように唸るのを止め、堕ちかけている彼女を見た。恋華からの涙混じりの懇願にベルーガはそれ以上敵意を向けることができなかった。

 

 †《眷属契約:ブラックドッグ》†

 

 ベルーガは抗わなかった。その事実を強引に同意と見なし、ここに契約は結ばれた。

 これまでのような仮契約ではない本契約。加えて恋華自身が覚醒段階の途上。霊的な絆で強く結ばれた両者は必然影響を与え合う。

 

「ああ……ありがとうございます、ベルーガさん……」

 

 メキメキメキィ……ッ! と肉体が無理やり伸張する歪な音がベルーガから鳴り響く。

 元から巨躯を誇ったベルーガがさらに大きく、強くなろうとしていた。新しいステージへ半ば強制的に……しかしベルーガ自身の意志を伴って。

 光が瞬く。

 ベルーガの姿が眩しい光に照らされ、消える。そして一瞬後、光が収まったそこには……(ふた)つの首と蛇の尾を持つ巨大な黒犬。

 

「まさか、無理やり存在昇華(ランクアップ)した? 恋華さんを助けるためにっ!?」

 

 黒妖犬(ブラックドッグ)双頭犬(オルトロス)へ変じた。

 オルトロスは魔女……地母神の系譜に連なる女神(エキドナ)の眷属。ランダとは文化圏こそ違えどその役割や権能は似通っている。その類似性から恋華とベルーガの相性はすこぶるいい。その相性がもたらしたランクアップだ。

 

Gu()Ru()Uu(ウゥ)Uu(ウゥ)Uu(ウゥ)Oo(オォ)Oo(オォ)Oo(オォ)Oo(オォ)Oo(オォ)――――!!」

 

 昇華した肉体に滾る力を吐き出すような大咆哮。

 人間程度軽く吹き飛ばす音圧が解放され、大和の鼓膜をビリビリと叩いた。

 

「ベルーガさん……お願い」

「グルゥ」

 

 (ボウ)と意識すらもあやふやなままの指示に従い、ベルーガの巨大な爪が隔離区画の扉を引き裂かんとする。が、硬い。扉に爪痕を残すに留まった。オモイカネの技術力が作り上げた特別製は伊達ではない。幹部陣の全力にすら一度は耐える強度を誇るのだ。

 

「ああ……熱痛(あつ)。あああああ熱痛(あつ)熱痛(あつ)熱痛(あつ)い――!!」 

 

 †《黒の殉炎》†

 

 が、 恋華が暴発させた黒い炎の前には飴のように融けて崩れるしかなかった。

 黒の炎に纏わりつかれた恋華がうわ言のように熱いと繰り返しながらそのまま2枚目の扉も同じように破壊し、廊下へとさまよい出た。

 明らかに正気ではない。恐らくは今も秒単位で状況が悪化し続けているはず。最早猶予はない。

 

「禊、聞こえる?」

 

 やろう。自然と腹が決まった。一か八か。多分九割がた一の目が出る賭けだとしても、もうやるしかない。

 配信者のサガとして常に持ち歩いている撮影用ドローンを起動し、禊へ連絡を取る。映像はもちろん音声も対応可能なドローンは爆発に巻き込まれながらも問題なく稼働した。黒鉄大和御用達の逸品として蛇狐が改造しただけはあった。

 

『大和、一体何が――』

 

 爆発は本社を僅かだが揺らす程の規模だった。近場に居を構える禊も当然気付いている。即座に通信が繋がる。禊から焦った問いかけが届くが、悠長に説明している暇はない。

 

「――()()()()()()。大急ぎで準備お願い」

 

 混乱する禊へ必要な指示を端的に告げるや否や、大和は恋華を追って駆け出す。

 その前に立ち塞がる者がいた。

 

「グ、ルル……!」

「ベルーガくん。ちょっと急いでるんでどいては……くれないですよね」

「ガァッッッ!!」

 

 圧倒的なLv.差にも臆さず吠え猛るベルーガ。

 強引に契約を奪い取られ、従わされ、それでも忠実なる従者は暴走する恋華()を守ろうとしていた。恋華にとって死神の鎌、あるいは慈悲の刃となりうる大和を行かせまいとしたのだ。

 

「――分かりました、押し通ります」

「――ガアアァッ!!」

 

 ここで時間を食うほど恋華が危ない/ここを通せば恋華が危ない。

 ともに恋華を思う両者が全力で激突し――決着はすぐに付いた。

 

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