たづな理論、あるいはタキオンに至るまで   作:灯眼

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7.にぎやかな未来

 新AIのテストは研究室にて行われた。知己であるマンハッタンカフェ、ジャングルポケット、ダンツフレーム、そしてパッチ作成者のエアシャカールを招集しており、彼女らはモルモットもとい、新三女神の元へつながる扉を最初に開く権利を与えられた者である。

「やあやあ揃ったようだし、さっそく実験開始と行こうか。一応前提をもう一度共有しておくことにしよう。まずは概要だが、大雑把に言うとメガドリームサポーターに搭載されている三女神AIの拡張パッチの試験ということになる。シャカール君の協力のもとに作成したものだ。君たちには起動の後、自身のデータを打ち込んでもらう。なるべく詳細に頼むよ。そこからAIによる分析が行われ、仮想空間の中に未来の映像が映し出される、予定だ。起動テストは済ませたが結果はまだ未知なのでねぇ。うまくいけばより高度な未来予知が可能になる。疑似的なタイムマシンともいえるだろう、題して新時代の扉プロジェクトだ」

「あー補足すっけど、一応パッチはVer0.1なんで、まだ占いみたいな精度でしか出力できねえから。あまり期待すんなよ」

 シャカールがにべもなく言うとタキオンは少しばかり不服そうにしていたが、周りからは安堵のため息が聞こえた。そんな中で、いの一番に実験台への名乗りをあげたのはジャングルポケットだった。

「いいじゃんいいじゃん、面白そうじゃねえか。俺がやる」

「話が早くて助かるよ。いつも通りメガドリームサポーターを起動してくれたまえ」

 

 

[ジャングルポケットの場合]

 

――激動の一年を締めくくるレース、有馬記念。冬の寒空の下、煮えたぎるほどの闘志を燃やし、ジャングルポケットはその舞台に立っていた。東京レース場では敵なしと称された彼女も、この中山の芝の上では分が悪い。だが、胸に抱くは最強の自負。呼吸を整え、ゲートイン。そして火蓋が切って落とされる。

 走る、走る、いななきながら。その声を心臓の拍動とすさまじい足音にかき消されながら。頭の中が真っ白になる。やるべきことはやった。決着の時は近い、だから、ただすべてを出し切るのみ――

「勝ったのはジャングルポケット、ジャングルポケットです!」

「――!」

 激闘を制したのはジャングルポケット。悲鳴にも似た叫び声が、彼女の内からあふれ出す。その雄たけびは、ターフの上に留まらず、どこまでも響いていった。

 その後ライブを終えても、興奮冷めやらぬと言った調子で、ジャングルポケットはトレーナーと祝勝会をすることになった。美味しいパフェもあるホテルのビュッフェ、以前からトレーナーが目をつけていたところである。そこへ向かう途中、ふとジャングルポケットは「わり、先行っててくれ」とだけ言って、どこかへ走り出した。その背中が少しだけ寂しそうだったから、トレーナーは何も言えなかった。

 着いた先は英雄の像がある場所、像の足元にはかつての戦友の名が刻まれている。

「なあ、勝ったよ。俺、最強を証明したぜ。なあ、あんたは見ててくれたか、見てたよな。なあ、俺、追いつけたかな。タキオン……」

 その眼には涙がにじんでいた――

 

 

 

 

「これ私、喪に付してはいないかい? えー? ポッケ君、君の未来では私はどういう立ち位置にいるんだい? おかしいだろう、ええ?」

「ふふふ」

「カ~フェ~!? なぜ笑うんだい!?」

 モニターで共有していたタキオンは狼狽した。その未来予想図はタキオンの予想をはるかに超えて突飛であった。カフェはくすくすと笑い、ダンツはおろおろとフォローの言葉を探しているらしかった。ゴーグルを外したジャングルポケットはというと。

「あー、なんか、わりぃ」

 なんとも歯切れの悪い返事をするしかなかった。申し訳なさを感じてはいたが、正直なところ有馬で優勝できたので、いい夢が見れたと思う部分もあった。タキオンが不服そうにしていると、最初は気だるそうにしていたカフェが興味を持ったのか「次は私ですね」と自ら進んでメガドリームサポーターを起動した。

 

 

[マンハッタンカフェの場合]

 

――雨が降っていた。にごった空は月明かりすら隠している。炒ったばかりのコーヒーのにおいはマンハッタンカフェの心を落ち着かせてはくれるけれども、誰もいない空間のうら寂しさを紛らわすには頼りなかった。

 念願の喫茶店を開いて幾星霜、静かな生活が続いていた。客の入りはそこそこ、決して流行らず、ゆったりとした時間が流れている。カウンター席が5つ、テーブル席が二つ。小さい店で、商売繁盛とはいえないが、コーヒー豆の香りと今まで集めた様々な器具に囲まれて、お友達も傍にいて、いつも心は満たされていた。

 それでもこんな雨の日はふと寂しさが募るもの。マグカップを洗いながら、雨音に耳を澄ませていると、どうしても昔のことを思い出してしまう。かつての栄光、トレセン学園での日々は今でも鮮明に記憶に刻まれていた。

 自分のコーヒーを淹れようとお気に入りのマグカップを取り出すと、からんとドアベルが鳴る。お客さんだ。ついと見やる。

「やあカフェ、ずいぶんと静かな夜だ。君の望む平穏な日常というやつかい?」

「嫌味ですかタキオンさん」

 けれどもくすりと笑ってしまう。ひとりだというのにタキオンは無遠慮にテーブル席に腰かけて紅茶をせがんだ。

「紅茶はありませんよ。うちはコーヒー屋です」

「百回くらいは提案した気がするが喫茶店に紅茶はつきものだろう」

「そんなルールはありませんよ」

 そう言いながらカフェは紅茶を淹れた。そして自分のマグカップにはコーヒーを注ぐ。もちろんお友達の分も。

 カフェはカウンターから離れ、タキオンの座るテーブル席に三つのカップを持っていき、そのまま腰かけた。タキオンには大量の砂糖入りの紅茶、お友達にはミルクと砂糖たっぷりのコーヒー、自分はブラック。

「はい紅茶風味砂糖です、いつも思いますけど、これでは味がわからなくなるのでは」

「ありがとう、糖分は必須だよ。ねえお友達君。君もそう思うだろう。ブラックで飲む方がよほど酔狂なのさ」

 そんな会話、何度も繰り返したいつものやり取り。それから三人は話をした。夜が更けるまでずっと。

――そこで映像が切り替わる。テーブル席にひとり、カフェだけが座っている。テーブルの上には三つのマグカップがあり、湯気が立っていた――

 

 

 

 

「か~ふぇ~? 速やかに説明を願いたいねぇ。ええ?どういうことだい。なんで寄ってたかって私を亡き者にしたがるんだい?」

「映ってたじゃないですか」

「じゃあ最後のは何だい!? いやおかしいとこならたくさんあったよ、外は雨なのに私は濡れていないし、まず私はお友達とやらと話をしたことはないんだよ」

タキオンがぷんすか怒っていたがカフェは心なしか楽しそうだった。そんな中、ポケットとダンツはがたがた震えていた。

「や、やめろよ、怖いこと言うの……」

「ひえ、祟らないでくださいタキオンちゃん……」

「失礼だね君たちぃ!?」

 憤る反面、少しばかりうれしさもあった。友人たちはたとえ未来でも自分のことを覚えている。状況があまりよろしくないのはともかく、アグネスタキオンという存在が、彼女たちの脳裏に深く刻み込まれていることだけは確かなのだ。自然と口角は緩んでいた。

「じゃあ次はダンツ君だねぇ」

「わ、私かぁ、緊張するなー」

 

 

[ダンツフレームの場合]

 

――学園のすぐ近くに大衆食堂がある。ウマ娘たちはカフェテリアでランチを食べることが多いが、気分転換に近くの店に足をのばすこともしばしばある。ダンツフレームもそのひとりだった。彼女の視線はAランチとBランチを行き来していた。この店のランチメニューは日替わりで、基本的には二種類ある。Aはミックスフライ、エビやとんかつなどを筆頭に珠玉のラインナップが目を引く、なんともボリューミーなメニューだ。だがダンツが気になっていたのはBの鍋焼きうどんのセットである。ひとり用の鉄鍋にたっぷりのうどん、具材も豊富で食べ応えがありそうだ。にんじん、ちくわ、鶏肉、ごぼうのささがき、しいたけ、ねぎ、つみれ、まるで寄せ鍋の面構え、生卵がついてくるのもなんともにくい。しかもセットである。ご飯とお新香、さらにはおまけで牛肉のしぐれ煮までついてくるという。当然おかわり自由。ふりかけやのりの佃煮などは実は頼めばもらえるという良心設定。食べ盛りのウマ娘たちにはありがたいものである。

「うーん、でも炭水化物と炭水化物かぁ」

 ふとヒシミラクルがお好み焼きでご飯を食べていたことを思い出す。美味しいに決まっているのだ。気がつくとダンツはBランチを頼んでいた。

(あーでもAも良かったなぁ)ほかのウマ娘たちは皆Aランチばかりを注文していた。当然、揚げ物でご飯を掻っ込む快感は筆舌に尽くしがたい。だが彼女は踏みとどまった。年頃らしく体重や体形を気にしているからである。あぶらよりもうどんのほうがヘルシーな気がしたのだ。ではなぜ、セットにしたのか。うどんは単品でも売っている。理由は単純で、空腹だったからである。腹が減ってはレースはできぬ。うどんだけでは足りないと判断したのだ。一見矛盾した思考であるが、しかし、あらゆる物事には正と負の側面が必ず存在する。完璧な食事など存在しない。葛藤の末にたどり着いたのがBランチだった、それだけである。

「お待たせしました」

 トレイを受け取るとずっしりと重量を感じた。席について鍋のふたをとる。芳醇な濃い目のつゆの香りが立ち込め、湯気で一瞬視界が白くぼやける。やがて見えてきたのはいかにも家庭的なルックスな具沢山のうどんであった。

「いただきます」

 熱いうどんを一度白米に乗せ、ふうふうしてからすする。口の中を蹂躙する熱さに一瞬「あち」と戸惑ってしまうが、咀嚼してみると心地よい弾力と甘い醤油の味わいがたまらない。

 そしてつゆが少ししみたご飯を一口。これもまた美味である。出汁のしみたにんじんやしいたけなんぞを口に含めば、もう箸は止まらない。がつがつと食べてしまう。

「そう言えば前食べたオッチャホイもおいしかったなぁ。また食べたいなぁ、新潟のお米もおいしいんだよね」食べながら食べ物のことを考える。彼女にとっての至福の時間だった――

 

 

 

 

「ご飯食べているだけだねぇ!? 流れというのがあるだろう!? 私が出てくる気配すらなかったよ。え、ほんとに未来のことなのかい?」

「間違いねえよ」

 タキオンはついツッコんでしまった。タキオンどころかほかのウマ娘すら出てこない、それどころか普通に食事をしているだけで、いつの時間軸かすらわからない映像である。

「あ、そういえば、明日あの食堂に行こうと思ってたんだった。いやーあそこ結構おいしいんですよ」

「なるほどな、確かに明日も未来だ。俺も行こうかな」とジャングルポケット。

「まあそういうことらしいな。どのぐらい先を見れるかはランダムっと、まあこんなもんだろうよ。それに言ったろ、まだ玩具の範疇だって」

 冷静にシャカールが諭すと、落ち着きを取り戻したタキオンはふむと考え込むような仕草をした。数行ばかりメモを残し、シャカールに言った。

「じゃあ次はシャカール君だ、どんな未来になるか楽しみだよ」

「あー、オレはパスだ。まだ不確かな未来予知に頼る気はねえよ」

「えー!?」

 何度も自身の手で未来を計算してきたシャカールである。AIの精度があがるまでは手を出す気はなかった。

「じゃあ次はタキオンちゃんだね」

「そうだそうだ、最後のトリ、任せたぜ」

「ですね、私たちにやらせたんですから、やるべきだと思います」

「わ、私かい? まあいいが、どうせいつだろうと研究をしてるだろうさ」

 

 

[アグネスタキオンの場合]

 

――ある冬の日。あまりの寒さに指先が悴んで何もやる気が起きなかったタキオンは、最近研究室に持ち込んだ炬燵に潜り込み、さらにはどてらを羽織って冬に抗っていた。さながらみのむしの面構え、降りしきる雪を眺めながら、あたたかな炬燵に居を構えじっと佇んでいた。最近は実験もままならず、怠惰な、けれどもすこぶる健やかな日々を過ごしていた。

 そんな穏やかな午後、昼食を摂っていないタキオンは空腹を抱えていたが、動くのが億劫すぎて、なにもできずにいた。

「モルモットくーん、ごーはーん。いないのかい、じゃあカフェー……はあ、餓死してしまうよ」

 そんな調子でしばらくぼんやりしていると、ダイワスカーレットが訪ねてきた。

「あ、タキオンさん、ここにいたんですね。お昼食べましたか?」

「まだだよスカーレット君」

 スカーレットはおずおずと弁当を取り出した。可愛らしいピンク色のつつみで覆われている。

「あの、これ良かったらどうぞ。作りすぎちゃって」

「おお、助かるよ。空腹だったんだ」

 受け取った弁当を開く。ごま塩のかかったご飯、からあげ、ブロッコリーと卵の炒め物、プチトマト、にんじんとしいたけの煮物、なんとも家庭的で色鮮やかなルックスである。タキオンは早速箸をつけた。

 不思議なことにタキオンの昼食は、誰が決めたわけでもなく当番制のようになtぅていた。基本的にはトレーナーが作るのだが、彼が忙しい場合、気配り上手なウマ娘たちがお弁当を持ってきてくれる。それがかぶることはないが、タキオン自身は気づいていないという、無言のやり取りがなされていた。

 弁当に舌鼓を打ちながらタキオンは愚痴を吐いた。

「まったく、モルモット君は何をしているんだか。担当の空腹を見過ごすなんて薄情だとは思わないかい」

「忙しいみたいですよ。チームのサブトレーナーになってから」

「そうだろうねぇ、けれども最優先は担当だろう」

 文句を言いながらも表情は柔らかい。美味しいものを食べる時、自然と顔はほころぶものなのだ。

 弁当を食べ終えてからもタキオンは炬燵から動こうとはしなかった。日がな一日、ぼんやりしていたので時間が過ぎるのが早く感じた。というよりも居眠りをした時のように、時間にぽつぽつと空白があった。三時ころにニシノフラワーが来て手作りのクッキーを差し入れてくれた。夕方にはマンハッタンカフェが来てコーヒーのついでに紅茶を淹れてくれた。

 最近はだらけた生活が馴染みとなっていた。足のけががきっかけだが、日常生活にはなんの支障もない。ただ本気で走れないだけ。引退も考えているが、まだ踏ん切りがつかないでいる。トレセン学園の設備を手放すのは惜しいからだ。もっとも最近は研究すらスローペースだが。

夜になるとようやくトレーナーが顔を見せた。

「遅くなった。夜飯持ってきたぞ」

「遅いじゃないかい、えー?」

 トレーナーの持ってきた弁当を食べる。胃に収めた後、今日は食べて排泄して、それしかしていないことに気づいた。

「タキオン、風呂入ったか」

 鼻をひくひくさせながら聞いた。暗ににおいが気になると告げていた。

「失敬な、女性にいう言葉じゃないだろう。入ったさ……三日前くらいに」

「すぐに入って来い」

「寒いから出たくないよぉ」

 さらに深く潜り込んだ。猫のようだとトレーナーは思った。なんとか引きずり出そうとしてもびくともしない。

「いーやーだー」

「わがまま言わない」

「そうだモルモット君、君が洗ってくれたまえ、ここで。お湯はそこから出るし。いいだろう今更気にするような仲でもないだろうに」

 そう言うとタキオンはおもむろに服に手をかけ――

 

 

 

「わー! わー! わー!」

 タキオンは強制的に接続を切った。その場にいたほかのウマ娘たちの視線が突き刺さる。

「……破廉恥です。タキオンさん」

「言いがかりだねぇ!? 知らないよこんな私」

「タキオンよぉ……まああれだ、その、見損なったぜ」

「タキオンちゃん……トレーナーさんとどこまで……」

「君たちはとことん失礼だねぇ!? 私だって自分のことは自分でやってるさ。なんだいその訝しんだような目は、シャカール君もなぜ笑ってるんだい!?」

 いくら弁明しようとも皆がじっとりした目で見てくるので、タキオンは拗ねた。二度と未来など覗くものかと心に決めた。




7話目です。空想の未来の話。
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