メイクデビュー東京以来、次のレースに向けて美浦でトレーニングを行っているトチノステラ。調教の仕上がりとしては上々で、同世代の馬と比較しても、筋肉の多さや、スタミナはとびぬけていると言っていいだろう。
「調教はつつがなく日々終えています。体調も良いので、次のレースに向けて期待して頂いて良いですよ」
そう語るのは担当の厩務員、四月朔日氏だ。彼は新人の厩務員ながら、このトチノステラを担当している。
「ただまぁ、ヤンチャで癖みたいなところが多いですけどね。ただ、調教を続けるにしたがって、なんていうんでしょうね、レースに向けた、勝つっていう気持ちみたいなものが溢れて来ているように思います」
彼の言う通り、トチノステラという馬は、癖馬であると一部の関係者は語る。気に入らない厩務員の言う事は聞かないし、鞍上すらも気に入らなければ振り落とすだとか、その悪癖っぷりは相当なものだ。この取材中に関しても、見事に気に入らない調教師に対して後ろ蹴りを披露していた。
「ただま、私からすれば可愛いもんですよ」
しかし、この四月朔日氏に対してはどういうわけか、癖のある態度は示さないらしい。割と素直に言う事を聞くとのことで、何か、不思議な絆のようなものがあるのかもしれない。
そして、最後にこのトチノステラの今後についての展望を聞いてみた。
「今後の展望、ですか。そうですね。やはり凱旋門は走ってほしいと思っています。これは、オーナーの意見でもありますね。やはりオーナーが鞍上を務めていたトチノオーの血統ですから、まず、そこは目指したいと思っています。あとはそうですね……。トチノの冠が少なくなった昨今です。トチノオーとは言いませんが、それに近しい活躍をしてくれる事を期待しています」
■■■■年■号、月間競馬より抜粋
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四月一日トレーナーは、今日も今日とてトチノステラの情報を集めていた。どうしても、彼女をスカウトしたい。なぜかは判らないが、四月一日は運命に突き動かされるように、あらゆる手段を使いながら、彼女の目標レースを調べている。
「ふむ。それで、私の元を訪れた、ということか。四月一日トレーナー」
「はい。トチノステラについて、些細な情報でもいいのです。シンボリルドルフ生徒会長」
今日はルドルフにご意見を求めることに決めたらしい。生徒会室に四月一日とルドルフの姿があった。お互いに机を挟んで座り、目の前にはコーヒーが入ったカップが置かれている。
シンボリルドルフとしては面会を断っても良かったのだが、トチノステラの事と聞いてはそういう訳にはいかなかった。何せ、理由はあるにせよ、トチノステラにトレーナーを付けるように勧めたのは、シンボリルドルフその人に他ならないからだ。
「……本当に、些細な情報しかないが、それでもいいのかな?」
「勿論です。お願いします」
真剣そのものといった四月一日の顔を見ながら、ルドルフは少しだけ微笑を浮かべた。なるほど、トチノステラはやはり、トレーナーを虜にする何か輝くものを持っていたか、と。
「まず確認だが、トチノという名前についての知識はおありかな?」
「はい。トチノオーというウマ娘の出現と共に現れた名前で、ただ、血縁関係などは無い、と。ただ、なぜか確実に凱旋門を目指す血筋である……と言ったところでしょうか」
「うむ。概ね正しい解釈だ」
ルドルフは頷く。そして、少しだけ温くなっているコーヒーを口に含み、嚥下した。
「ただ、それだけでは皮相浅薄、トチノの表面上しか見ていないと言える」
「表面上、ですか?」
「その通りだ。トチノというのは確かに凱旋門を目指す。ただ、それは時世時節で、致し方がなかった、と言える」
時世時節。その時々の巡り合わせという意味の熟語だ。つまり、コレの意味するところは何かと、四月一日は頭をひねる。……トチノ、のウマ娘は凱旋門を確実に目指す。しかし、それはその時のめぐり合わせによって、ともう一度噛みしめたところで、はっとした。
「……もしかして、トチノのウマ娘達は、自分の目標とは別に『凱旋門賞を
四月一日は確信めいた声色で、そう告げた。シンボリルドルフは再びコーヒーを口に含み、目を瞑る。そしてしばしの間の後、四月一日の目を見据えながら、その口を開いた。
「正解だ。四月一日トレーナー」
シンボリルドルフは、どこからか封筒を取り出した。そして自然な動きで、書類を封筒から取り出し、四月一日の前に並べる。
「トチノオーは別として、トチノテイオー、トチオトメ、トチノエース、トチノスズカ、トチノリバー、トチノ……」
次から次へと出るわ出るわのトチノの名前。机に並べられた書類を見てみると、なるほど、確かに殆どのトチノが凱旋門賞を目指し、その土を踏んでいる。
「本当に凱旋門に縁があるんですね」
「その通りだ。しかし、縁があるからといって、彼女らの目標レースは必ずしも凱旋門賞と一致はしない」
トン、とトチノリバーの書類を指さしながら言葉を続ける。
「このリバーというウマ娘は、ティアラ3冠が目標のレースで、本人も最後は有マ記念を走って引退する気だった」
四月一日は書類をしげしげと眺める。そこに書いてあった経歴は、ルドルフの言葉とは全く違う物であった。
「……ティアラまではその言葉の通りですが、そのあとは凱旋門に……ブリーダーズカップ?海外に発つ少し前には札幌……」
これだけを見ると、完全に最初から凱旋門などの海外を見越した経歴に見えてしまう。だが、ルドルフの言葉を信じるのであれば、これは「その時々の巡り合わせの結果」という事に他ならないらしい。
「他の娘達も大体同じだ。唯一トチノテイオーだけが最初から凱旋門一本であった、のだが」
腕を組んで、ルドルフはソファーの背もたれに体重を預けた。
「本人が意図せぬ形で、2年連続で凱旋門を走っている。本当に、『トチノ』は結果的にこうなる、というほか無いんだ」
「……となると、トチノステラも本人の意思に関係なく?」
「おそらくは、凱旋門賞を走ることになるだろう。だからこそ、四月一日トレーナー。君にはお願いしたいことが一つある」
「なんでしょうか?」
ルドルフは佇まいを直して、四月一日に向き合った。
「トチノステラの、本当の目標に寄り添って欲しい。彼女の目指す世界を、支えてやってほしい」
「勿論、そのつもりです」
四月一日は淀みなく答える。その姿に、ルドルフは満足そうに頷いた。