ピーマンです。
先ずは、氷水に一晩漬け置いたピーマンをご賞味ください。
ズダダダダダダ、と蹄鉄の音が響き渡るトレセン学園練習コース。
『ウマ娘、走って元気で留守がいい、ってねー』
それを教室内から見守るのは、この学園である意味有名な
『天気もいいし、こういう日はピーマンを愛でに行きたいよねぇ』
うんうん、と頷きながら走り込むウマ娘達を遠目に見守る。真面目に取り組む彼女らは、きっと、正しいウマ娘の在り方なのであろう。だが、ピーマン野郎の性分としては、よくやるなぁと呆れ顔でそれらの練習を見るのみである。
「お、今日も残ってんのか?そろそろ退出してくれよー」
『やー、先生。判ったよ』
ひらひらと手を振りながら、見回っていた教師にそう告げた。そして、一つと息を吐くと、仕方ないかといった具合に肩を竦めた。
『そもそも私はピーマンのためにここに居るのだしー』
ぐーっと背伸びをしながらその反動で椅子から立ち上がる。そして、足取り軽く、教室のドアへと向かう。
『そのためにも、そろそろお腹を空かせにいこっかなー』
扉を潜り、トレセン学園の廊下を軽やかに歩き始めたピーマン野郎。その背中はどうにも、学園の中にあっては気楽すぎるものだ。
■
死屍累々とはこのことで、プールサイドには息絶え絶えなウマ娘の肢体が、数多、転がっている。ただ一人、その中にあっても未だに泳ぎ続けているウマ娘が一人存在していた。
『みんな体力ないんだネェー!アーッハッハッハッハ!』
「あんにゃろぉ……」
「むりぃ……何あの娘ぉ」
もちろん、それは
「スタミナ
それを仕方なさそうに見ていたトレーナーは、ため息と言葉を同時に吐いていた。周りのトレーナー達も、同時に頷きを見せている。トレセンの中ではやはりこのピーマン、体力お化けである事は周知の事実らしい。
「ただスピードとパワーがどうにも……練習を真面目にやってくれればなぁ」
「そうだよな。担当もまだ居ないし、仕方ないといえば仕方ない」
「体力はあるから、練習次第で伸びると思うんだけどな、勿体ないよな」
「でも、あの娘はスカウト断ってるだろ?俺たちにはどうにも出来ないさ」
「トレーナーの口出しも嫌ってるしな。難しいウマ娘だよ」
ピーマンの評価はおおよそ合っている。スカウトは断るし、練習の口出しも許さない。ただ、意固地になっているというよりは、興味ありませんねーといった感じである。
『ピーマンはどれも美味しいんだよね。レースだと一番が決まっちゃうでしょ』
大体はこの文言で断られている。まぁ、ピーマンで例える事に違和感はあるが、彼女の言いたいことも判る。中央のウマ娘は全員が素晴らしい素質を持ち、全員が素晴らしいウマ娘だ。だが、その中で順位がついてしまう。9割以上は挫折をして、このトレセン学園を去って第二のウマ娘としての生を謳歌しているのが現状だ。
「体力と信念は確かなんですけどね。レースで活躍となると……あとは、踏み出せるかどうか」
トレーナーの一人がそう言えば、トレーナー達は皆一様に溜息を吐いていた。本来、トレセンに通うウマ娘という、お年頃の女性は素直で努力家で、なによりも闘争心の塊なので、トレーナー冥利に尽きるウマ娘ばかりなのだが……、あの娘だけはどうにも、扱いが難しい。
■
『よぉーし!お腹減った!いただきます!』
パン!と手を合わせて、軽く頭を下げる。挨拶と敬意は食事には必要だと、ピーマン野郎は考えているようだ。まず手を付けたのは味噌汁である。
『今日はカツオ出汁だねー』
大当たり。食にこだわりがあるのか、味には煩いらしい。カツオ出汁のそれには、赤味噌が合わせてある。具はワカメと玉ねぎである。味噌の塩気が玉ねぎの甘さを引き立たせる味噌汁であり、ワカメの淡泊さがそこに一つの憩いを生み出していた。それを包括的に包むのはカツオの出汁。食堂として、一つの完成形の味噌汁である。
『味噌汁に玉ねぎってのも美味しいよねぇー』
まずは口を濡らした彼女が、次に取り掛かるのは意外。玄米だ。シンプルに、味噌汁の塩気で白米を楽しむという算段である。本日の米は新潟のコシヒカリであり、その米の香は、ウマ娘が走るが如く、鼻腔を満たしている。
『シンプルだけど、やっぱり米と味噌汁だよね』
米を喰らい、味噌汁を味わい、米を味わい。味噌汁と米を半分ほど喰い進めた頃、彼女の箸はハンバーグへと向いた。にぢり、と肉が箸を押し返すような固めのハンバーグだが、それはつまり、肉100パーセントの旨味爆弾ということに他ならない。
『うん、うん』
口に放り込まれたハンバーグ。ぐ、ぐ、ぐ、と噛みしめるたびに、肉汁ではなく、肉の旨味が染み出してくるような肉の塊。それと米。そして味噌汁。運動を良くした年頃のアスリートにとっては非常に好ましいものであろう。
――そして。それらをすべて胃に叩き込んだ後、彼女にとって一番大切な時が訪れる。大皿に、彼女の視線が向いた。少しばかり放置され、冷やされたピーマンの表面には水滴が浮かんでいる。
それを一つ、彼女は手で鷲掴み、口へと運んだ。
……もしゃあ。
言葉は無い。だがしかし、彼女の顔はその心の内を雄弁に語っている。
「満面の笑みってああいうことを言うんだろうねぇ」
「本当だね!」
遠くで同じように、夕飯を食べていた2人のウマ娘が、大皿のピーマン越しに見える彼女を見ながら言葉を吐くと、周りのウマ娘達も頷きを見せていた。そして、そこからはもうピーマンは止まらない。
「いーつ見ても良い食べっぷりだよね。あの娘」
「そうですわね」
ピーマンはピーマンに吸われていく。ヘタすら残さないその喰いっぷりは、近くに居たウマ娘ばかりではなく、遠目で見ていた学食の職員たちの顔をも笑顔にさせるものだ。