皆様こんにちは、橋瑞です。今日は棘陽の市場にいます。
買い物?いいえ、違います。
「えー、水無月はいらんかね~?」
「あ、嬢ちゃんそれひとつ」
「は~い、10銭になります。ありがとうございました~」
お客様にはにこやかな笑顔で対応!(ちゃんとお金払ってくれてかつクレーマーではない)お客様は神様です!
そう、今の私は公務員ではありません。ただのしがない水無月売りです。
え?とうとう首になったのか?・・・いやいや、そんなことはありません。
というか、これをしないと私が文字通り死んじゃうんですよ!
はい、後漢に限らず中国という国においては官吏の給料というものはとっても低いのです。
現在、私のような地方の下級官吏は給料として年八石貰っています。
一石あたりの米ないし麦が大体20リットル位ですので、計160キロ位はもらえるわけですね
ただ、粟や稗、黍などの雑穀もあったりしますので必ずしも一律20リットルという訳でもありません
また、給料のうち全部が全部穀物ではなく、うち半分が銭ないし絹などの布が配られます。
大体1石を買うために100銭が必要ですので、1銭100円とするならば金銭で配られるのは4万円位ですね。ただし、これは月給ではありません。年間給与です!
・・・なんか安くないですか?いや、現代日本よりもまだ物価が安いですが、それにしても正規職員として考えればとっても安いです。全額金銭換算としても年収8万?しかも穀物価格は天候の不順や豊作等で変動しますので下手すりゃそれ以下です。
日本ならばコンビニのバイトを夜勤で入ってハイテンションになるか、トラックの運ちゃんやってた方が儲かります。ハッハッハ・・・超ウケます。
ですので、かつて中国の官僚が賄賂を取ることで有名なこと(現在もですが)の背景には権力を持つからという理由であるとともに、そういう風な安月給ということも一因だったりします。
でなければ死んじゃいます。
郡や県の丞や尉のような高級官僚になれれば給料も一気に100石クラス以上に跳ね上がりますし、割と生活しやすくなるのですが・・・私はまだ最下級の佐吏ですので無理です。
官吏に慣れる人は当たり前の話ですが、勉強ができます。勉強ができるということは本が買えたり読めたりします。そういう人は大体荘園とかを持っている豪族や官吏の師弟や身内だったりします。
では、そんな私みたいな荘園も持ってない豪族の知り合いもいない下級官吏はどうやって生活していたのか?といいますと、大体陳情にやってきた住民の皆さんからカツアゲします。後、税金のピンハネ。
その他には、とりあえず手数料ということで冠婚葬祭とかの行事や土地問題や裁判などにいろんな名目をつけてお金を徴収します。おかげで「阮門(地方の役所のことです。)にかかわると尻の毛まで抜かれる」とかいわれて最低限のことにしか人がやって着ません。死ねばいいのに
ついでに言うと、私の場合は両親が夫婦そろってエン州に赴任しちゃいまして、強制的に一人暮らしになったんですね・・・ですので、副業をやるしかねぇのです!ファッキン!
ということで、私は水無月売ってます。
水無月の作り方は意外と簡単です。小麦粉に水飴と水を混ぜて型に入れた後一度蒸して固めます。その後煮てやわらかくした小豆を上に放り込んで再度蒸したら完成です。
前の世界ではよく作りましたよ。この時代でも水車を使った粉砕機や石臼を使って粉にしましたのでコスパは悪いですが、小麦粉は作ることができます。
また、ここ宛は古くからの交通の要衝にして長安や洛陽と並ぶ大都市のひとつでしたし、荊州は華南と華中の中間点に位置していることから、米や麦の両方が比較的に手に入りやすい環境にありますので、原材料が手に入りやすいんですよね。
本当ならば水飴ではなく砂糖がよかったのですが、砂糖はまだ一般的ではなくとんでもなく高いです。
ただ麦芽を利用した水飴もすでに誕生していましたので、比較的安く私でも手に入りますのでそれを使うことにしました。
まあ、水飴なら麦と米さえあれば自分でもその気になったら作れますので・・・というか最近は自分で作っていますので、材料費をだいぶ安くできます!ただし、ちょっと苦味が出るのが難点ですね
ところで、麦芽はビールを作る材料にもなったりします。私自身ビールは大好きですので飲みたいのですが、なかなか上手くできません。いずれまともなビールを造りたいです。
さてこの水無月、この時代にはない食べ物ですので割とよく売れたりします。
なんか羊羹もこの時代にはないようです・・・というか、菓子としての羊羹は日本で生まれましたしね
ですので、やはりみなさん甘いものには目がないのです。たまに作り方を教えてほしいとか言う奴が来ますが、絶対に教えません。教えたら真似して売るでしょうが。
それに私もお仕事がありますので一週間に一度の限定発売でかつ20本です。これが限界です。
1本10銭ですので全部売れれば200銭の儲けですね。これは悪くはないです。
後、麦茶も売っています。こっちは一杯1銭です。
中国といえばお茶だろという方、この時代に限って言えばそんなものはありません。
いや、お茶自体はあるんですよ?
ただし、現代のお茶とははるかにかけ離れたもので、みかんの皮や生姜と一緒に飲むお吸い物のような扱いでした。おまけにすっごく高いです。あれは庶民のものではなくお貴族様のものです。
横山先生の三国志の冒頭でも劉備がお茶を買うとかいって驚かれるシーンがありますが、まさにそれです。とてもじゃないですが、私の給料では手も足も出ません。
でも私はお茶が飲みたいのです。
という訳で、手に入りやすい大麦を使って麦茶を作ってみました。
麦茶は平安時代に日本で作られたという記録しか知りませんし、この時代にはどうやらないようです。
ですが、作り方はやっぱり簡単です。大麦の実を黒くなるまで煎った後、コーヒーみたいにお湯を通したら出来上がりです。・・・日本史やっててよかったです。
で、売ってみたらこれも割と好評でした。
まぁ、この時代の嗜好品としての飲み物は酒位しかありませんしね。しかも、蒸留技術も未熟ですのですっごく薄いですし。一度同僚と一緒に飲む機会がありましたが、あまりに不味いので飲む気がうせてしまいました。今でも上司の方などの飲み会などには参加しますけれど、本音を言えば行きたくないですね。
麦茶でしたら冷めていてもおいしいですしね、とりあえず甕に入れた水出し麦茶を使います。
まぁまぁこっちも安くて飲みやすいので割と売れていますね。
ただ、茶として売ったら変ないちゃもんをつけられそうですので、麦湯としています。
他に、同じ方法で作った大豆コーヒーも売ってみたのですが、こっちはぜんぜん売れませんでしたね。
ですのでそっちは個人で楽しんでいます。
いずれは豆腐やプリンにもチャレンジしたいです。
さて、日も暮れてきて昼過ぎに出した水無月もあと一本だけですのでそろそろ店じまいをしようかと考えていましたらセミロングの金髪をもつ女の子がやってきました。
こいつは李厳正方といって悲しいことに私にとっての腐れ縁だったりします。
現在は財務部の金曹をしてやがります。
つまり、私より位は上と言うことですね。
周辺では天才扱いされていていずれは孝廉にあげられて太守や州刺使になれるんじゃないかといわれています。うーん、妬ましい
「よう伯嶺、今日も相変わらずだな」
「あら、正方じゃないですか。どうしたの?」
「どうしたのって・・・酒飲んでただけだよ」
「もしかして真昼間から?」
「当たり前だぜ」
フンッと胸を張る李厳に私はヤレヤレとため息を尽きました。
そういえばほんの僅かですが頬が赤いようです。結構飲んだのでしょう。
この時代のお酒が度数がとんでもなく低いというのはさっきもお話しましたが、酔うためには壷を丸々1つ開けるなんていうこともしばしばです。
こいつはもともと酒に強いですのでかなり飲んだのだと思います。
「とりあえず客じゃないなら帰りなさい」
「まったく、幼馴染だって言うのにつれないぜ・・・取り合えず麦湯くれ」
「ハァ・・・ほら、残っている奴全部上げmあすからさっさと飲みなさい」
そういって柄杓を渡します。
すると李厳はパッと顔を明るくすると柄杓をとってごくごく飲み始めます。
4分の一くらいあった麦茶ですがあっという間になくなってしまいました。
「・・・あ~・・・美味かったぜ。それじゃ・・・」
飲み終わった後李厳はそそくさと立ち去ろうとしますが私はすぐに着物の端をつかんで容赦なくかつ満面の笑みで引き止めます。
「待ちなさい。立ち去る前に金を払いなさい。麦湯10杯分」
「ひでぇな、幼馴染からも金を取るのかよ」
「幼馴染って突き詰めればただの腐れ縁じゃない。それにあげるとは言ったけれど無料だといった覚えはないわよ」
「まったく、本当にお前は仁や礼の欠片もないな。そんなんだから出世できないんだぜ」
李厳が苦笑しながら言いますがそんなことは知りません。
私にも生活がかかっているのですから
「生憎、私は徳とか論語とか出世とかそういうのあんまり興味ないのですよ」
「お前位だぜ?そういうの・・・ほら」
そういってお金を出すと今度こそ李厳は立ち去っていきます。水無月を齧りながら
・・・・・・って・・・んん!?
「ちょ、こら!待ちなさい!水無月の金払え!」
「死んだらあの世で払うぜ!」
「私が天国に行ってあんたが地獄に落ちたら払ってもらえないじゃないですか!」
「天国とか地獄とか何言ってるのかさっぱりわからないんだぜ!」
「取り合えず今すぐ払うか氏ねぇ!」
取り合えずこうしてはいられません。
私は追撃をするとします。
ということで、愛用の長弓をとりだして射掛けます。
まァ、200メートルくらいまでなら届きますし、始末できないこともないでしょう。
かくして、夕暮れ時の棘陽の町にて二人の少女による乱闘が起こるのであるが、それは最近の棘陽の町での風物詩となりつつあった。