真実の愛が、魔法を溶かす   作:ニンニク嫌い

3 / 6

 ハンス王子人気すぎて笑いました。やっぱり全国のお姫様に憧れる女の子たちを敵にした男は格が違いますね。
 アナ雪再構成なので、全キャラに見せ場と活躍を与えるつもり。



承-従者と戴冠式の朝

 

 

 陛下たちが死んでから、三年の月日が流れた。王と王妃を亡くしたアレンデールは急速に次の後継者を求め、そしてその白羽の矢に立つのは当然二人の娘で、長女でもあるエルサしかいない。

 

 本来なら一日でも早く彼女を女王として即位させなくてはいけないのだが、この国の法律で定められた決まりで、当時のエルサでは女王になるのを認められる年齢に達していなかった。

 それならそれで彼女が即位出来る年になるまで国の代表となる代わりの人間を立てるなりしなくてはならないのだが、不幸中の幸いと言うべきか陛下が行った鎖国政策のおかげでその必要性がほとんど存在しなかったのだ。

 

 元より外部と関係を断ち、内政も陛下たちの安定した治世の賜物で即座に対応しなくてはいけない難題がなかったのも幸いして、エルサが成人するまではアレンデールに長く仕える重鎮たちで国を支える事が決定された。

 

 その中で、()は今までの自分の身の振り方を急速に大きく変える事になった。

 それは一人称もそうだし、今までの王女専属の執事から女王の専属執事に変わった事で覚える事、課される責任の重さが以前の比ではないほど多くなった。

 

 例えば、今まではエルサの身の回りの世話だけでよかったのが、彼女に数年後には女王となってもらうために必要な、人の上に立つ者としての振る舞いや知恵を接触を許されていない家庭教師の代わりに教えてあげたり、重要な会議に何度も書記という形で出席しては、執事と言う役職にあるまじき国政の知恵を身につけて、それをエルサに噛み砕いて伝える役目を担わされた。

 

 その理由はやはり、未だ魔法の制御が困難なエルサを不特定多数の目に晒すのはよくないと言う執事長たちの判断があった。だから唯一接触を許されていて、エルサもまた心を許している私を介す事で少しでも政治を学んでもらうと言う苦肉の策。

 

 外界と途絶し、安定した治世の内政をするだけで良い現状だからこそ取れた王不在のアレンデールの政治は、確かにエルサを女王として相応しく成長させるには十分な時を稼いでいた。

 

 だがそれでもいずれ限界が見える。元よりアレンデール国王夫妻のカリスマ性と卓越した政治手腕で鎖国しながらも繁栄と豊かさを維持していたアレンデールは、二人を欠いた事で緩やかとだが国益に翳りを見せ始めた。

 

 一刻も早い外交の復活が望まれる。誰もが賛同して、だからこそ国の代表たる新女王の戴冠式の日を心待ちにしていた。

 エルサが女王になる日、それはアレンデールが国として再始動する日でもあるのだ。

 

 だから私も、彼女の執事として万に一つの失敗も許されなかった。

 

「そこの椅子はB列三番に運んでください。そちらのキャンドルはD列側のテーブルの中央に一つずつ置いて行って、そっちのキャンドルはA列のテーブルに二つずつシンメトリーになるように。君、急いで倉庫から予備の木製の食器を持って来てくれ。お越しくださる王族の中に銀アレルギーの方がいる」

 

 テキパキと城で行われる未だかつてない規模のパーティの準備をする。十年近くぶりに鎖国を解除して行われる新女王エルサの戴冠式は、想像以上の規模での参列者を伴う事になった。

 

 以前から国交があった国はもちろん、遥か遠くの小国から、この鎖国中に新しく出来たり分裂したりした国からも王族や外交官の方が遥々お越しくださるのだ。

 その目的はやはり、これからのアレンデールの外交の出方を知りたいと言うのが大きいのだろう。それだけアレンデールと言う国が各国から重要視されている事に、国民の一人として嬉しいと思う反面、そのあまりの参列者の数に人手が減った召使いたちでは対処する手が回らない。

 

 いくら新女王エルサの執事とは言え、年若い自分がまるでパーティの総責任者のように指示を出しているのもそれが理由だ。もう数時間後に迫った戴冠式に間に合わせるために、招待客リストを照らし合わせながら最後のチェックを行って行く。

 

「そこの額縁の絵は戴冠式のイメージに似合いませんね。三番倉庫から『サバンナの幼王シンバ』の絵を持って来てください。あとそちらの席は窓の位置的にパーティの時間帯には月明かりが差すので淑女の方たちの集いの場として----」

「フロー! おはよう!!」

「! アナ、おはよう、っ、ございます」

 

 そんな猫の手まで借りたいほど忙しい私の背へと、疲れが吹き飛ぶような明るい声と共にアナがのしかかって、そしてそのまま俺の首元に手を回してギュッと抱きしめると、顔を頸に押し当てて来た。

 アナの整った鼻筋が肌をくすぐる感覚に、思わず責任者としてあるまじき声を人前で出そうになって慌てて堪える。

 

 そんな私の内心など露知らずとばかりに、アナは耳元に口を近づけて囁くように語りかけて来た。

 

「またこうして会えるようになってすごく嬉しいの。お父様たちが死んでから、フローはずっとエルサにかかりきりだったから」

「それは…………すいません」

 

 悲しそうなアナの声。それを聞いた瞬間、私の中に湧き上がるのはやはりどうしようもないほどの彼女への申し訳なさ。

 

 エルサの魔法を抑えるためとは言え、二人の執事であるはずの自分がずっとエルサのみに仕え、アナの事を何年も放置していたのは陛下の頼みであったとは言え許されない事だと常々思っていた。

 それも一度はまた以前のような関係に戻れると嘯いておきながら、このザマなのだ。アナが私を軽蔑して、嫌ったとしても不思議ではない事を私は彼女にしている自覚がある。

 

「ううん、いいの。フローは悪くないのはわかってる。フローは何にも悪いことはしてないもの…………フローはね」

「え?」

 

 一瞬、気温が下がったような錯覚を覚えた。春を迎えて太陽の光がアレンデールを温かく照らしているにも関わらず、エルサの氷の魔法を感じたかのような感覚。

 後ろにいるのが、まるで自分の知るアナから何か未知のナニカへと変貌したかのような。

 

 だが蚊の鳴くような声で溢れたアナの言葉に思わず聞き返そうとした時には、彼女はすでに私から離れてしまっていた。

 

「ふふ、それじゃ今日のエルサの戴冠式楽しみにしてるね。私はこれから久しぶりのアレンデールを見て回ってくるから」

 

 そして目が合った彼女は、さらに磨きのかかったエルサに負けず劣らずの美貌に花の咲くような綺麗な笑みを浮かべていて、さっきの不穏な気配なんてなかったかのよう。

 そんな私の記憶と不思議なほど一切の齟齬のない天真爛漫なアナに、私は気のせいだったと笑顔で久しぶりのアレンデール城下町に出かけて行く彼女を見送った。

 

 次期女王の妹君が一人でお城の外に、それも海外から多くの客人を招く日に出歩くのは普通に考えれば非常識なものではある。

 だがそもそも城に残っている僅かな兵士たちは、皆今日の準備に借り出されているし、何よりも十何年ぶりの外をアナには満喫してほしいと言う気持ちが僕にも他の家臣たちにもあったのだ。

 

 まあとは言え、アナの執事として流石に彼女に一人の護衛もつけないわけにはいかないのだが。

 

「クリストフ、悪いけどアナを頼んでもいいかな?」

「ん? ああ、あの可愛いお前のお姫様をか? なんだよ、心配なら自分で後追っかけて一緒に行けばいいだろ?」

 

 私はパーティ会場の準備を手伝ってくれていたボランティアの一人であるガタイの良い金髪の青年へと声をかけた。

 すると青年、クリストフは両手一杯に持っていた冷凍品用の氷を担当のシェフに渡すと私の肩に手を置いて馴れ馴れしく答えてくる。

 

「そう言うわけにも行かないのはわかっているだろ? 私はここの責任を任せられている。他の人も自分の仕事で手一杯で、アナに回せる手がないんだ」

 

 だが私もその肩に置かれた手を払いのけるような事はしないし、彼の自分への態度も別に何とも思う事はない。

 それはずっとアレンデール城で暮らす私にとって、彼は数少ない……と言うか唯一の同性の友人だからだ。

 

「おいおい、俺はただの氷売りだぜ。護衛とかやった事ないし、あんなお転婆なお姫様を影から見守るなんて無理だって」

「頼むよ、クリストフ。無理を言えるのは私にとって君しかいないんだ」

 

 私の言葉に、クリストフがしょうがないなと言わんばかりに肩をすくめる。それが了承の返事代わりだとわかるぐらいには、長い友人関係を続けている。

 

 私と彼の馴れ初めはそれこそエルサが魔法の力の制御が効かなくなり始めた頃まで遡る。当時彼女の魔法を抑制する手袋をトロールたちから貰いに行った際に、彼らの家族に新しく加わっていたクリストフと交友を結んだのが始まりだった。

 

 それからトロールが結んだ縁として陛下が私のためを思ってか、クリストフに氷を時たま城に売りに来るようにと、その対応を私がするように言ってくれたのだ。結果、私にとってクリストフは他の世界との繋がりと呼べる唯一の存在となっていて、彼にとってもトロールの家族たちの事を話せる唯一の友人として私を扱ってくれた。

 

「はぁ、友達の頼みじゃ無碍には出来ないな。でも代わりにスヴェンの餌代ぐらいはくれよ?」

「もちろん。餌代と言わず彼の好物の人参を持って行くと良い。城を出る前に厨房で私の名前を出せばシェフが用意してくれるだろう」

「お、さすが次期執事長! 器が違うね」

「私のような若輩がそんな大した存在になれるのは当分先ですよ」

 

 とまあ、こんな風なくだけた会話ができるぐらいには私とクリストフは気の置けない関係を築いていた。

 

「そうか? 俺はそうは思わないけどな。なんせ俺の親友なんだし、それにーー」

 

 お前の今までの苦労とか見てれば十分相応しいだろ、とそう言って肩を拳で軽くこずいて来るクリストフへと、私はここ数日では久しぶりの繕っていない笑みをこぼせた。

 

「ああ、ありがとうクリストフ。お世辞でも嬉しいよ」

「そう言う純粋な好意をお世辞だと受け取る癖……改めないとそのうち誰かに刺されるぜ。ま、お前に関してはそんな心配必要ないかもしれないけどな」

「心外だな、クリストフ。私はそこまで鈍感では…………ああ、悪い。どうやら呼ばれてしまったようだ」

 

 クリストフの相変わらずの冗談混じりの苦言に何かを言い返そうとした私だが、先輩の召使いの人が私を呼んでいるのを聞いて話を切り上げるために言葉を飲み込む。

 視線の先にいる先輩は陛下が信頼して手元に残した数少ない者たちの一人で、そんな人が慌てた様子でこちらに手を振っている事から何を求められているのかは明白だ。

 

「なんだ? 何かあったのか?」

「いや、なんでもないよ。それじゃクリストフ、アナの事は頼んだ」

 

 クリストフの肩をお返しとばかりに軽く拳でこずき、友人同士故の簡素な別れを告げて部屋を後にする。そして向かうのは、この城で私にしか出来ない重要な役目が待つ場所。

 

 そう、私の主人たるエルサの部屋へと。

 

 

 

 

 

「ああ、よかったフロー! あなたがいなくなってもう2時間35分46秒も経ってるの。私、とっても不安だったの」

 

 もはや目を瞑っても家具の位置まで把握できるようになったエルサの部屋。だが扉を開けたと同時に吹き付けられた極大の冷気と、部屋の主人たる彼女の喜悦と焦燥が混じった声で私は何があったかを即座に悟った。

 

「エルサ、また魔法が暴走してしまったんですか?」

「ええ……ごめんなさい、フロー。私、頑張ったの。頑張って抑えようとしたんだけど、フローが側にいないと感情が落ち着かなくて、フローが帰って来なかったらどうしようって思って……気づいたら、全部全部凍ってしまってたの」

 

 部屋はまるで、極寒のクレバスさながらに氷に閉じ込められていた。ベッドも、窓も、調度品の一つ一つに至るまで凍らせられた様は、ある種幻想的で、それを起こしたエルサのこの国一番の美貌と合わさって絵画に飾られても良いぐらい美しい。

 

 だがその内情を知っている身として、この事態は決して陶酔できるような物ではない。

 

「エルサ、今夜は戴冠式です。陛下の……あなたのお父様の物だった王冠を譲り受けて、この国の女王に選ばれる日。それを見届けに、大勢の来賓客が今日このアレンデール城を訪れるのです。だから…………」

 

 だからもしその式場で魔法の暴走なんて事態が起きれば、エルサもこのアレンデールもどうなるかわからない。

 そう、口にしようとした私の手をエルサの手袋に包まれた手が握って来る。それはまるで、安心してと言うように。

 

「大丈夫。だってその戴冠式には、フローが私の隣にいてくれるんでしょう? 私の手の届く位置で、私を見ていてくれるんでしょう? なら、何も怖くはないわ」

「エル……んっ!?」

 

 そして間近まで迫ったエルサに、唇を奪われる。魔法の影響で死人のように白くて冷たい彼女の体は、だけどその口だけは熱く煮えたぎっていて。

 超至近距離で見つめ合う事になったエルサの瞳には、情欲の炎と呼ぶべき赤いゆらめきが見えてしまう。

 

 主人と従者のキス。それも一国の女王となる相手と一介の使用人がなんて、決して許されないし、アレンデールを狙う諸外国にでも知られれば大きな弱みになってしまう大問題。

 

 だけど私は、エルサのこの行為を拒絶する事も苦言を呈する事も出来ない。もしそうしてしまえば、彼女がどうなってしまうかわからないから。

 それに私も、もう三年間一日として欠かす事なく続けられたこの行為を日常の一部として受け入れてしまっているから。

 

「フロー……んっ、フロー……! ああ、私だけのフロー……! あなた以外誰もいらない……誰にも会いたくないし、見たくもない……! 二人でずっと……!」

 

 エルサが両手を私の首元に回して、逃がさないようにがっちりと固定して来る。それは以前に一度だけ、キスして来る彼女を引き離そうとしてしまってからするようになったエルサの無言の束縛。

 息継ぎの度に溢れる彼女の言葉は、きっとエルサの本音だ。この三年間、彼女は私以外の誰とも喋っていないし、顔を合わせる事さえもしなかった。

 

 まるで、世界を自分と私だけの部屋に閉ざしてしまったように。

 

 キスはそれから、10分近くは続いた気がする。側を離れていた分の温もりを補給するように、エルサは片時も私を離す事はなくて、彼女の成長したグラマラスで魅力的な体のおうとつに精神を殺す事が精一杯で、本当はもっと短かったかもしれないし、長かったかもしれない。

 

「んあっ……はぁ、はぁ……大好きよ、フロー」

「いえ、執事として……エルサの望む物を捧げるのが、私の役目ですから」

 

 熱っぽい視線を向けて来るエルサの瞳をなるべく意識から外しながら、努めて義務的な対応で答える。そうしなければ、彼女の纏う雰囲気に飲み込まれて、超えてはいけない一線を越えさせられるしまう気がするから。

 

「た、戴冠式まで、もうすぐです。準備を、お願いできますか?」

 

 だから慌てて話題を今日のメインイベントの事へと移す。キスで流されてしまったが、この戴冠式は魔法の暴走と言う最悪の事態を抜きにしてもミスが許されないのだ。

 十何年ぶりの外交の再会。それと同時の新女王の誕生。どの国も新しいアレンデールの在り方を見極めにやって来るはずで、その中には当然アレンデールによからぬ害意を持つ者もいるだろう。

 

 そんな彼らに恰好の弱みや付け入る隙を与えないために、エルサ女王とアレンデールの完璧さを見せつけなくてはならない。お前たちが食い物にできるほど、私たちの国は柔ではないと。

 

「ええ、準備は出来ているわ。だってこの戴冠式を無事に終えれば、もうフローは私の側から離れる事はないんでしょう?」

 

 私の言葉の裏の意味まで読み取ったのか、エルサが蠱惑的な表情にゾッとするほどの微笑みを浮かべて見せる。

 彼女の言う通り、この戴冠式が大成功を収めた暁には、もうエルサと私は率先して外交の場に立つ必要はない。後のことは全て、陛下の頃から国に仕えてくれていた信用できる大臣たちに任せて問題ないだろう。そうすれば、エルサは後はお飾りの女王として今まで通り城に閉じ籠りながら、時折り決定の言葉だけを外に投げるだけで良いのだから。

 

「今回の式に来る人の名前も顔も情報も、全部頭の中に入れているわ。戴冠の際の作法も、フローと毎日一緒に練習したんですもの。間違いは起きないし、起こさないわ」

 

 彼女の聡明な頭脳は、この戴冠式の裏の狙いを全て看破していた。それはアレンデールでも有数の賢王であった父君の才能を色濃く受け継いでいるからか、それとも持って生まれた彼女の上に立つ者としての素質なのか。

 確かなのは、それを全てわかっていながら、エルサは自分の我欲のためだけにそのアレンデール一の女王にもなれる才能を消費する事を決めたと言うこと。

 

「任せて。私たちがこれからずっと、二人だけでいられるために。今日を、乗り越えてみせるから。そしたらあなたも、もう私なんて使わずに、僕に戻っていいんですもの」

 

 私が主人と従者の立場をより明確にするために引いた線引き。それを無くすよう強制することが一体どう言う意味を持つかなんて、もう少年ではない私にはわかってしまう。

 

 

「だから、一日だけ。門を開きましょう」

 

 

「その後は…………ふふ、わかってるでしょ?」

 

 

 

 エルサの精神を溶かすような蕩けた囁き声が耳から脳へと伝播する。そこにはもう、あの優しいお姉さんのエルサはいない。人を魅了して従わせる御伽話にか存在しない魔女へと、彼女は変わってしまったから。

 

「はい、エルサの望むままに」

 

 魂さえも虜にするような彼女の魔性の声に捕らえられながら、私はただどうか今日だけでいいから、アレンデールのために無事に式が終わる事を祈るしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 アレンデールの城下町。そこはここ数十年で一番の盛り上がりを見せていた。

 どこもかしこもお祭り騒ぎのように笑い声と楽しげな声が響き渡り、広場ではアレンデール史上類を見ないレベルの出店が立ち並ぶ。港からアレンデール城まで続く通りには、数十メートル毎に歌や踊りを披露する楽団がアレンデール伝統の曲を弾き鳴らす。

 街の若い連中はその調べに沿って踊り出し、その熱狂に伝播されるように船によって訪れたばかりの来賓たちも目を輝かせて足並み軽く城を目指す。

 

 そしてそんな大人たちの喧騒に影響された子供たちが人生初めての国を挙げての大イベントに街中を走り回る通りを、それに負けないぐらい心高鳴らせて踊り歩く美しい少女がいた。

 

「ああ、このときを夢見てたわ」

 

 街中で歌うどの劇団にも負けないほどの歌声と美声を響かせて、市井の者には身につけるどころか見る事さえ不可能な高級なドレスを着こなしたその美少女に、たまたま現場に出会した大勢の人間が魅せられた。

 

 まだ幼い少女としての顔つきに、わずかに見え隠れする艶やかな女としての色。純粋さの白の中に混じった決して消えることのない黒。対照的な二つの色が、混ざり合うのではなく同居しているような少女の持つ魔性の雰囲気に、誰もが彼女の素性を知らずとも目を離せなくなる。

 

「生まれてはじめて心が躍るの」

 

 そばかすと茶色い髪に微かな白いメッシュが入った少女、アナはそれほどまでに人を惹きつける女性へと変わっていた。

 その彼女の内心の歪みを誰一人理解しないまま。

 

 歌う彼女の言葉の意味を、正しく理解できる者はこの場にいない。彼女の在り方を大きく変えてしまった一人の異性へ向けた重い愛情を言葉にした歌を、理解する事は出来ない。

 

「生まれてはじめて、特別なあなたと結ばれるの」

 

 アナの内心で燃え盛る復讐心に気づく事はない。愛する青年と結婚して、その姿を憎き恋敵に見せつける瞬間を夢想する彼女の歌を止められる者はいない。

 

「生まれてはじめて、私が選ばれるの」

 

 彼女の姉に向けた嫉妬と呪詛、そしてこの夜に訪れる自身の勝利を祝福する歌を聞き届けられない。

 

「生まれてはじめて、あなたは私のモノにな…………きゃっ!?」

「うわっ!?」

 

 だが彼女のそんな暗い悦びに満ちた歌は、まるで()()()()()()()に彼女へとぶつかって来た男性によって中断させられた。

 

「いったぁ……! もう、なんなの?」

「すまないレディ、私とした事がとんだ不注意を」

 

 地面へと倒れたアナに慌てて手を差し伸べたのは、身なりの良い、まるで王子様のような男性。

 十人中八人はイケメンだと言うだろう整った顔立ちに、爽やかで清潔感を感じさせる雰囲気、何より人の良さを表すかのような白をメインにした服装。

 

 多くの女子供が思い浮かべる典型的な王子様像をそのまま形にしたかのような男。そんな彼から差し伸べられた手に、アナもまた昔の自分ならこうしただろうなと言う笑顔を顔に貼り付けながら、手を取らずに自身の力だけで立ち上がる。

 

「大丈夫よ、前をよく見ずに歩いてた私も悪かったんだもの」

「そ、そうか。怪我はないかい? 美しいレディに傷を負わせたとあっては、サザンアイルズの名に傷を付けてしまう」

 

 自分の手を取らなかったアナに、ほんの一瞬動揺したような表情を見せた男だが、すぐに心配するような顔をして誠実な男性らしい行動を取ってくる。

 

 そんな男にアナは愛想笑いをしながらそのまま別れようとするが、男の発した聞いたことのある固有名詞にわずかに関心を惹かれた。

 

「サザンアイルズって事は、今日の戴冠式のために?」

「ええ。サザンアイルズを代表して来ました、ハンス王子です」

 

 そう言って王族らしい堂に入った礼をして来た男、ハンス王子にアナは即座に自分が取るべき行動を選択した。

 

「それは失礼しました。アレンデールのアナ王女です」

 

 ドレスの裾を掴み、誰が見ても感嘆のため息を漏らすような綺麗な礼をするアナ。自分がアレンデールの名に、何よりもフローを侍らせる主人として恥じない存在である事を周りに、そしてこっそりと自分を尾行しているフローの友人に見せつける。

 

「王女様? それは、ご無礼を致しました」

 

 アナの素性を聞いたハンス王子が、慌てたように地面に膝をついて最上限の礼を尽くす格好を取った。普通の者がしたなら大袈裟すぎて逆に相手を馬鹿にしていると取られかねないが、ハンス王子のような優れた見目と身なりをした者がすればそれはまるで御伽話の一ページだ。

 

 そんな、自分の容姿の良さをわかっていて、計算してやるような者にしか出来ないような礼を見せたハンスへと、アナはわずかに困ったような表情を浮かべた。

 本人にとっては今夜のメインイベントを待ちきれない心を落ち着かせるための散歩のつもりでの外出で、あまり事を荒立てたくないのだ。こうして自己紹介したのだって、後で自分の素性がわかった時にどうして黙っていたのかなんて要らぬ考えを持たれないため。

 

 なので街の通りの中央でこうまで堂々と膝をつかれて、王女様なんて言われたらそれこそ必要のない注目を集めてしまう。

 

「そんな、顔をあげて。私は別に、王女って柄じゃないから」

 

 ーーエルサと違って

 

 ズキンッと、自分で言っていて胸が強く痛むのをアナは感じた。自分にない王女としての全てを持っているエルサへのコンプレックス。本来は気にも留めなかったはずのそれを、愛する人を奪われた故の嫉妬心から否が応でも目を向けざるを得なくなった。

 

「あはは、そう言ってくれるならお言葉に甘えて。僕も、実は堅苦しいやり取りとか苦手なんだ」

「へぇ、そうなの。私もあまりこう言うの好きじゃないのよね。昔からお転婆だったからかな」

 

 昔からあまり得意じゃなかったけど、お姉ちゃんのせいで僕から私へと一人称を変えてしまったフローを見て、ますますそう言うのは苦手になった。

 

 ハニカムように笑いながら立ち上がるハンスに、アナは内心の暗い感情を隠しながら言葉を返す。

 

「そうなのかい? 奇遇だな、実は僕も昔はお転婆でね。兄たちからはずいぶんと煙たがられたし、色々と意地悪されたものさ」

「私も、エルサとはもう何年も口を聞いてないわ…………大切な物も取られちゃったしね」

 

 アナの言葉のトーンが僅かにだが変わる。本来なら誰にも見せた事のない彼女の本音の一部。それが微かにだが漏れてしまったのは、彼女の宿願が叶う時が近づいて舞い上がってしまったのと、ハンスの巧みな話術の賜物だったと言えるだろう。

 

 相手を特別視しているような言動をして、相手の考えや趣味趣向、生い立ちに共通点を見出させてシンパシーを感じさせる。

 彼が十三人の兄弟たちによる権謀術数渦巻くサザンアイルズ城で生き抜いて来れたのは、一重に言葉巧みに相手の懐に入り込むスキルに長けていたからだ。

 

 アナから引き出せた内心の本音を、即座にハンスは彼女と距離を詰めるための重要なキーワードとして認識した。世の女性を虜にする甘いマスクを顔に浮かべたまま、彼は頭から彼女の共感を得られそうな体験談、単語を抽出する。

 

「僕もだよ! 好きだった思い出のオルゴールを兄に取られてね。ずいぶんと泣いたものさ」

「はは、私も……取られた時には泣いちゃったな」

 

 アナは変わらず天真爛漫な昔の彼女の仮面を被りながら、なんでもない遠い思い出を語るように言葉を紡ぐ。その内心で、エルサがフローを部屋に束縛した日の事を思い出して憎悪を燃やしていた事を御首にも出す事なく。

 

「なのに僕の父さんは、そんな兄たちばかり優遇してね。君のお父上とは大違いだろう?」

「ううん……昔は違ったけど、ある日からエルサばかり構うようになって、私の相手は全然してくれなくなったの。それどころか、エルサの味方ばかりするようになって」

「そうなのかい? それは、可哀想に」

 

 だがそんなアナの強固な仮面を、ハンスは共感と相槌を巧みに使って少しずつだが剥がして行く。

 

 自分が、どれほど危険な闇を曝け出そうとしているか気付かずに。

 

「親からは均等に愛を注がれているようで、やっぱり常に王位を継ぐ可能性が高い上の兄たちの方が大事にされてた」

「っ、そう……だね」

 

 だから不用意に、事の本質を突くような話を切り込んでしまった。アナにとって最も触れられたくない、蓋をして考えないようにしていた両親によるエルサへの特別扱いの理由に、それらしい答えを与えてしまった。

 

「そして兄さんたちからいない者として扱われたり……はは、兄弟って碌な物じゃないよな」

「ええ…………本当にそう」

 

 ハンスはアナの瞳に、確かに自分の言葉に深い同調を示す感情が宿ったのを見た。その姿に、これで多少は彼女の好感を得られたかなと内心で笑う。今、自分が稼いだのが彼女の好感度ではなく彼女のエルサへの憎悪だとは知る由もなく。

 

「なのに、こう言う大事な式には兄たちの代わりに行かせられるからね」

 

 

 そして、決定的な一言を放ってしまった。

 

 

「僕たちは兄の代わりじゃないのにね」

 

「ーーーーーー」

 

 ハンス王子にとっては似たような境遇下にあると思ったアナの、共感を得ようとして言った言葉。僅かな会話で、姉に対して何かしらの負の感情を抱えていると見て取った彼の、自分とあなたは似た者同士だと言う事を印象付けさせようとした一言。

 

 だがそれが、予想外の一撃となってアナの嫉妬と劣等感に染まっていた内心にヒビを入れた。

 そして一瞬、ハンス王子も気づかないほどわずかにだが、アナの仮面が歪んだ。

 

(代わり……? 私が、エルサの?)

 

 それはアナにとって決して許容できない言葉。何もかもエルサに奪われたと思うようになってしまった彼女にとって、これ以上とない自分がそうなってしまった理由。

 

(ああ……だからエルサは私が欲しい物を全部持ってるんだ……私が、エルサの代わり……影でしかないから)

 

 ふつふつと、アナの中に今までの自分の理不尽な境遇が点と線で結ばれる。

 

 エルサだけがずっとお父様たちに気にかけられていた。

 エルサだけがどんな我儘を言っても許された。

 エルサだけが私たちの執事であるフローを、独占する事を許された。

 

 それはなぜ?

 

 私がエルサのおまけで、エルサほどの価値がないと思われていたからじゃないの?

 

 アナの中で急速に固まって行く結論。それは正常な彼女なら即座にあり得ないと笑ってすぐに忘れられる考えなのに、愛に狂い、好きな人を現在進行形で奪われて愛し合う光景を見させられている彼女は、これこそが真実だったんだと信じ込んでしまう。

 

「ふ、ふふ……ふふふ……!」

「? どうかしたのかい?」

「ううん、なんでもないわ」

 

 アナの口から思わず笑い声が溢れた。それは自分の不幸が、全てエルサに起因している事を知った可笑しさから来る物だった。

 突然笑い出したアナに戸惑うハンスの前で、彼女は今度は晴れやかな笑みを浮かべて見せた。誰もが見惚れるほどの満面の笑み。

 

(良いよ。王位も何もかも、エルサにあげてあげる。でも、フローだけは返してもらうから)

 

 アナの中で、当初の予定が何か変わったわけではない。今夜、戴冠式の後にアナはフローに約束を盾に彼と結婚する。そして世界一幸せな夫婦となった自分たちを、来賓客たちの前でエルサに見せつける。その目的は不変のままだ。

 

(でももし、それを拒むようならその時は…………私がエルサの本当の代わりになってあげる)

 

 だから変わったのは、その後だ。もしエルサが恥も外聞も捨てて、女王の特権を使って大勢の前で運命の二人を引き裂くような事をして来たのなら…………アナは自分が何をするべきか、何に成るべきかを理解した。

 

「ごめんなさい、もうそろそろ戴冠式が始まるみたい。さようなら」

「え? ああ、さようなら! また会おう!」

 

 その事を理解して、アナは言葉少なくハンスと別れた。後ろで事の重大性も理解せずに、ファーストコンタクトは成功だったかな?と一人愚痴る、もう名前も忘れてしまった彼を置いてアナは城へと戻って行く。

 

「生まれてはじめて、心が踊るの」

 

 歌を、アナは歌う。

 その心はもう、エルサに負けず劣らずに暗闇に染まっていて、もう光さえ見通せない。

 

「すべてを変えよう」

 

 フローを取り戻すのに、もしその座が必要だと言うのなら、その時はーーーー例え何をしてでも手に入れなくちゃ。

 

「そうよ、だってもう私は自由なんだもの」

 

 

 





主人公
 一人称を僕から私に変えるだけで二人の病みゲージを上げる男。まだエルサとは一線を超えていない。一線は。
 執事としての腕は普通に一流で、謙遜しているが現執事長からはエルサ戴冠の後は彼に執事長の座を譲ろうと考えられていた。

エルサ
 主人公と一生引きこもり生活する準備は万端。アレンデール? 知らない言葉ね。まだ自分は清い体のままだと思ってる主人公の事を可愛く思ってる。

アナ
 エルサとの第一次姉妹戦争の覚悟は完了。後はおかしな事を言って、開戦の狼煙をあげるだけ。好きな人が姉と三年間毎日キスしてたらそれは病むよ。

クリストフ
 本格的な活躍はもうちょい先。主人公の貴重な唯一の味方側キャラ。姉妹の主人公へ向ける矢印の重さには鈍感故に気づいていない。なので早速主人公にアナが他国の王子と良い雰囲気になってたよ(節穴)と報告してる。

ハンス王子
 地雷爆破一発目。なお本人は爆破した事に気づいていない。アナに語った言葉は本音6割嘘4割。自分も結構兄や下の弟に嫌がらせしまくってたのでどっこいどっこい。次回は姉の方の地雷原で踊る模様。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。