クラスで目立たないような自分が、高校に入ったらなにかの事件をきっかけに突然注目の的になる。
そんなことって、あったら素敵だと思うけど、ないから素敵なんだって相場が決まっていることは、わたし──カミナギ・ヨツバも理解していた。
東京湾に浮かぶ超巨大ギガフロート、「新台場ギガフロート」。
その中心区画にどっしりと門を構えているこれまた巨大な学舎、「私立聖ドミニオン学園」の入学式の傍らで、うつらうつらと舟を漕ぎながらわたしはそんなことを考えていた。
『──で、あるからにして、我々は誇りと歴史ある我が校の……』
体育館の壇上で、校長先生が長々と喋っている祝辞を聞き流しながら、ぼんやりと周囲を一望する。
見渡す限りの人、人、人。
とにかく生徒の数が多くて、目眩を起こしてしまいそうだった。
(ヨツバ……ここに通いなさい。お前さんはもう一度──)
おじいちゃんが、この世を去る少し前に渡してくれた聖ドミニオン学園のパンフレットと出願届。
そして、わたしのガンプラ。
HGCEライジングフリーダムガンダムをベースに、カミキバーニングガンダムの頭とウイングガンダムゼロ炎のバックパックを取り付けた、「フィアンマフリーダムガンダム」を手に、その遺言を聞き届けてわたしはここにいた。
でも、ごめんね、おじいちゃん。
わたしは……人生の主役なんかじゃない。
例えこの聖ドミニオン学園が由緒正しいガンプラバトルの聖地であったとしても。
──わたしの炎は、もう消えちゃったんだ。
◇
拝啓、天国のおじいちゃん。
入学式は無事終わって、配属されるクラスもわかって、うまくやっていけるかどうかはわからないけれど、とりあえずは無事に一日目が終わりそうでした。
……終わりそう、だったんだけど。
「さあさあ、そこの君! 第一生徒会『ミレニアム』に入っていかないか!?」
「えっ、あっあっ、その」
「いいえ、見たところ貴女は歴史あり気品ある第二生徒会『トリニティ』にこそ相応しい逸材と見ましたわ」
「えっ、その、あ、あの」
「気品だのなんだのとくだんねェ! たった一度の学生生活なら自由に過ごしたいよなあ!? だったらオメェが来るべきはこの第三生徒会『ゲヘナ』一択だ!」
「あばばばばばば……」
ようやく校舎を出たと思ったら、看板を持った人たちにわたしはたかられていた。
生徒の数がとにかく多いこの学園には、なにやら三つほど生徒会が存在しているらしい。
だけど、これだけ多くの人の期待の目に晒されるのは本当に小学校のとき以来で、わたしはパニックを起こす寸前だった。
生徒会が三つもあるという異常事態は一旦さておくとして、どの生徒会の人も勧誘に熱心すぎて、とにかく距離が近い。
「あら、第三生徒会のお方が編入生に話しかけるなんてやめてくださいます? せっかくの青春だというのに、学園の秩序を乱している蛆虫と同じところに堕ちてしまったら可哀想でしょう?」
「はっ、第二生徒会のカスどもがなんか言ってらぁ。秩序だあ? んなもんクソだ、クソにたかってるテメェたちはさながらハエだなァー!」
「まあまあ、罵り合いなんて野蛮なことはやめよう。ここは公平にガンプラバトルでこの編入生ちゃんが所属する生徒会を決めないか?」
当事者のわたしを置き去りにして、三つの生徒会に所属しているおそらく先輩方は、制服の腰に取りつけられているガンプラのホルダーに手をかける。
そもそも生徒会って所属するような組織だったのかとか、疑問は尽きない。
けど、とりあえずここにいたままだとヒートアップした先輩たちが、学内にやたらと置いてある、GBBBBが出る以前に使われていたガンプラバトルシミュレータでバトルを始めそうな、一触即発の空気に耐えられなくて胃が痛くなってくる。
周りを見ると、似たような光景が展開されていた。
わたしに限らず、この学園の中等部、高等部の編入生たちが、やいのやいのと生徒会の先輩たちに囲まれている。
だから、この人たちも結局は「わたし」という個人が必要なんじゃないことは、わかっていた。
他にいくらでも代替は利くけど、とりあえずは数を確保しておきたい。
どの生徒会の人たちも、言っていることこそ違っても、結局はそこに収束する。
だけど、しょうがない。
わたしは人生の主役なんかじゃない。
代わりなんていくらでもいる、ワンオブゼムの一人なのだから。
そう考えることで現実から、目の前の喧騒から逃れようとしていたときだった。
「そこのうさ耳リボンのあなた、こっち!」
「あっえっあっ……!?」
ぐいっ、と誰かに手を引かれて、わたしは人混みから連れ出される。
誰がそうしたのか、なんでそうしたのか理解できないままに、とにかく広い校庭から、校舎の中に逆戻り。
されるがまま、空き教室に連れ込まれていた。
「よかったー! この時期になるとあんな感じで生徒会が勧誘で編入生取り合うんだよね」
まだ混乱しているわたしを置き去りにして、金髪をサイドテールにまとめたその人……リボンタイの色からして恐らく先輩だ──は、ぽつぽつと語り始める。
可愛くて綺麗な人だな、と、わたしはぼんやり思う。
今をときめく女子高生、って感じだ。
「え、えっと……」
「あっ、編入生なら混乱してるよね。うちって色々独特な校風だからねー」
腕を組んで、先輩と思しき人は頷く。
おじいちゃんからもらったパンフレットには、この私立聖ドミニオン学園は基本初等部からエスカレーター式で進学する生徒と、わたしたちのように中等部あるいは高等部の段階で編入する生徒で分かれているとは書かれていた。
でも、隅々まで目を通したわけでもないし、入試は緊張しすぎてて覚えてないから、学園についてわたしはなにも知らないに等しい。
「……あ、あのっ」
「あ、そうだね! 自己紹介してなかったよね」
「え、いや、そうでは」
「あたしはノア! スズシロ・ノア! 高等部二年生で所属生徒会は第一生徒会『ミレニアム』! あなたは?」
先輩改めノア先輩が名乗りをあげる。
とん、と自分の胸を叩いた自信たっぷりな姿が、陰気なわたしにはひどく眩しく映った。
一応自己紹介の流れなんだろうか。まだ混乱しているけど、流れに逆らう理由も意味もない。
「か、カミナギ・ヨツバ……です。一年生で、そっその、所属生徒会って、なんですか?」
もじもじと指を突き合わせながら、わたしはノア先輩にそう問いかける。
「所属生徒会っていうのはねー、うちってかなり独特で入学した段階で、三つある生徒会のどれかに入らなきゃいけないの」
「な、なんで三つも……?」
「その辺はあたしもよくわかんないんだけど、多分生徒の数が多すぎるからじゃないかな? で、その生徒会っていうのが『ミレニアム』、『トリニティ』、『ゲヘナ』の三つあって、基本理由がなければ、第一生徒会『ミレニアム』に入っておくのがオススメって感じ」
ノア先輩が語ったことと、さっきの出来事を照らし合わせると、三つある生徒会はそれぞれ思想とかが違っていて、基本仲が悪い……というのが、正解なのだろうか。
「第二生徒会は基本お坊ちゃまとお嬢様の集まりって感じだし、第三生徒会は問題児の集まりって感じだから、お金持ちやよっぽどの理由がなければ消去法で第一生徒会、っていうのがベターなの」
「あっ、そうなんですね……」
どうやら正解だったらしい。
わたしも別にお嬢様ってわけじゃないし、特に理由があるわけでもないから、先輩に言われた通り、第一生徒会に所属することにしよう。
優しい先輩がいてくれて助かった。
「あっ、ありがとうございます。じゃあ、わたし……第一生徒会に所属しますので」
「ちょーっと待ったぁ!」
「は、はいっ!?」
くるり、と背を向けて帰ろうとしたら、ノア先輩が急に目の色を変えてわたしを呼び止める。
「ふふふ、タダで情報を教えるほどあたしは優しくないよ……! っていうのは冗談にしても、はい、これ!」
すると、ノア先輩は一枚のチラシと思しきものをわたしに手渡してきた。
手書きで、ポップな感じに様々な色が使われているそのチラシには、果たして「ガンプラバトル部入部希望者募集中!」という文字が、でかでかと記されていた。
……ガンプラバトル、部?
ここから始まる物語