アサムラ先生を探すために学園まで戻ってきたのはいいけれど、捜査範囲が広すぎる。
それを失念していたわたしたちは、急遽三人で手分けして先生を探すことに決めて、今に至るといったところだった。
もちろん、ノア先輩からもサリアさんからも発見の報告は届いていない。
「……うぅ……なんでこんなに広いんだろう……」
生徒の数が多すぎるからという答えは既に出ているけれど、そう呟かずにはいられなかった。
勇気を出してすれ違う人たちに「アサムラ・アイカ先生がどこにいるのか知りませんか?」と聞こうにも、その勇気が出ない。
先生だから職員室にいるだろうと思って真っ先に立ち寄ったけど、職員室にも、その隣の給湯室にもそれらしき人はいなかったし。
当てもなく歩いているうちに中庭は、部活動に励んでいる生徒たちで賑わっていた。
わたしみたいな陰の者には眩しい青春の光みたいなものがキラキラと溢れ出していて、このままここにいると溶けてなくなりそうだ。
ごめんなさい、通ります。そう心の中で唱えながら、できるだけ中庭の隅っこを歩いていた、そのときだった。
「……ちっ」
「……あっあの、ご、ごごごご、ごめんなさい! わざとじゃ、なくて!」
サリアさんと負けず劣らず気怠そうな表情をしている、白いパーカーを修道服の上から羽織っている女の子と、わたしは肩をぶつけてしまった。
……尋常じゃない圧を感じる。
あの目は絶対に因縁をつけた相手を東京湾の藻屑に変えてきた目だ。わたしはどう足掻いても明日お魚の餌にされてしまうんだ。
「……ご、ごめんなさい……許されることじゃないかもしれませんが……せめて、命だけは……」
平身低頭、命乞いの土下座をすることしか、わたしにできることはなかった。
「……あんたは私をなんだと思ってるの?」
「えっあっ、あの、堅気じゃない方では」
「……はぁ。よく言われることだけど。私は別にそういうんじゃない……」
その人は、心から面倒くさそうに溜息をつく。
修道服を着ているということはシスターなんだろうけど、神様のことは信じていなさそうな目だ。
それでもシスターをやっているということは、きっとなにか複雑な事情があるに違いない。ヤのつく自由業の人ではなさそうだったけど、訳アリっぽいのは確かそうだ。
「……え、えっと……ごめんなさい……」
「……気にしないで、いつものことだから。で、あんたはなにをしてたの」
失礼なことをさっきから口にしているわたしなんかにもコミュニケーションを取ろうとしてくれている辺り、この人はいい人なのかもしれない。
そう考えると、心がぱあっと明るくなる気がした。
そして同時に申し訳なさが込み上げてきて、わたしはしどろもどろになりながら、修道服の女の子に事情を打ち明ける。
「……わ、わたし……アサムラ先生を探していて……」
「……アサムラ。ああ、あの人ね」
「し、知ってるんですか……!?」
「一応知ってる。ついてきて。居場所には心当たりがあるから」
そう短く告げると、その子は踵を返して歩き出した。
なんていい人なんだろう。
初手で東京湾に沈めてきそうな人だと思ってしまったことが申し訳なくて、今すぐ地面に頭を打ちつけたい気分だったけど、わたしもその後ろをちょこちょことついて回る。
「……ぁ、あのえっとその、わ、わたし、よ、ヨツバです。カミナギ・ヨツバです」
「……シバウラ・ミキ」
無言が気まずかったから名乗り出てみたら、気怠そうだったけれどきちんと名乗り返してくれた辺り、ミキさんは本当にいい人だなあ。
わたしなんかの名前を聞いたって別になんの得にもならないというのに。
えへえへと上機嫌で後ろにくっついて歩いていると、ミキさんは呆れたように溜息をつく。
「……ヨツバ、でいい?」
「あっはい、カミナギでもヨツバでもお好きなように」
「……あんた、詐欺とかに引っかからないように注意した方がいいかもね」
「?」
「……まあ、なんでもいいんだけど。着いたよ」
しばらく歩いた末にたどり着いたのは、本校舎のすぐ近くに建てられた大聖堂だった。
ドミニオン学園は無宗教の私立校として通っているから、修道服の生徒がいるのも聖堂が建っているのも本来ならおかしいことなのだろう。
でも、出資しているお金持ちにはお金持ちの考えがあってこの聖堂だったり、ミキさんみたいな生徒がいたりするのだろう。
アサムラ先生もきっとその一人で、敬虔な人なのだろうなあ、なんてことを考えながらわたしが扉を前にぼーっと立っていると。
「……ヨツバ、こっち」
「えっ、はい……その、大聖堂の中には?」
「いるわけないじゃん、今は誰もいないよ」
手短にそれだけ告げると、ミキさんは大聖堂の裏に歩いていく。
わたしは取り残されないように駆け足でミキさんを追いかけて、その背中に続いた。
表は荘厳な大聖堂だったけど、裏にもなにかあるのだろうか。
怪訝に思いながらも、大聖堂の裏側にたどり着いた、そのときだった。
「あんたに用があるって生徒がいたから連れてきたよ」
「あ? あたしに用って……つーかここに生徒連れてくんなって……あっ」
「あっ、えっ、あっ」
果たしてそこにアサムラ先生は立っていた。
あのプロフィール写真からは想像できないぐらい濁りきった瞳で、タバコを咥えながら。
まるでこの世における全てを憎んでいるような目をしてはいるけど、念のために生徒手帳を開いて確認したプロフィール写真と顔立ちは一致している。
と、いうことは。
この、濁りきった目でタバコを吸っている女性とアサムラ・アイカ先生は同一人物だということだ。
ぴしり、と空気がひび割れた気がした。知ってはいけないものを知ってしまった、見てはいけないものを見てしまった、そんな感覚と確信がわたしの中にぴきーん、と閃く。
「……ヨツバ、用あるんでしょ」
「……あっその、あっあっ……と、東京湾は勘弁してください……」
「なんで東京湾……? まあいいけど……」
アサムラ先生は観念したように、心底面倒くさそうな溜息をつくと、タバコをコンクリートに押し付けて火を揉み消す。
そして、そのまま空き缶の中に吸い殻を入れると、ぴしゃりと自分の頬を叩いた。
すると、光を失ってコールタールの中に沈み込んでいた先生の瞳が、徐々に光を取り戻していく。
「ごめんね、ヨツバちゃん……でいいのかな? あたしになにか用事? 力になれるといいんだけどなぁ⭐︎」
「今更猫被り直してももう遅いと思う」
きゃるん、という擬音が聞こえてきそうな可愛らしい笑顔を浮かべてアサムラ先生は問いかけてきたけど、正直なところ、ミキさんの言う通りだった。
「ちっ、しゃーねーその通りだよ……で、あたしに用事ってなに」
多分こっちの方が素なのだろう。
アサムラ先生は新しいタバコに手を伸ばすと、トーンが低い声で問いかけてくる。
「……あっあっ、その、えっと」
「うん」
「……わ、わたしたちの、えっと……顧問になってくれませんか……!?」
過程をすっ飛ばしてしまったけど、伝えたいことは伝わったはずだ。
そう信じてわたしは、アサムラ先生の顔を凝視する。
視線に動じることもなくタバコを吸っていた先生は、はー、と心の底から面倒くさそうに副流煙と溜息を吐き出して、言った。
「ごめん、なんの顧問か知らないけど部活の話ならあたしは基本断ってるから」
「……あっ、そ、そんな……っ……」
「だって面倒くさいじゃん。あたしは余計な仕事したくない」
取りつく島もないといった風情で踵を返し、アサムラ先生が大聖堂の裏側から去っていこうとした瞬間のことだった。
「……猫被ってることと業務中にタバコ吸ってんのとサボってることの三点セット、全部バラすよ」
今まで沈黙を貫いていたミキさんが、その背中へと突き刺すように言葉を投げる。
「えーっとヨツバちゃん、話ぐらいは聞いてあげるからとりあえずついてきてね⭐︎」
わかりやすすぎるくらいに態度を豹変させて、アサムラ先生はきらきらとした笑顔でそう言った。
なんだか、これでいいんだろうかという気持ちにはなったけど。
ミキさんには本当に感謝しかない。何度も頭を下げながら、わたしはアサムラ先生の後ろについて歩くのだった。
ヤニカスアイカ先生
Tips:
【アサムラ・アイカ(GB4)】
私立ドミニオン学園の国語教師。元々は医大を受け、成績も優秀だったものの、とある事件を受け、自分の命を捨ててでも怪我人や病人を救う魂の輝きを見て、怠惰な自分には医者になれる資格も覚悟もないと国文学科に転科している。そこから流れで国語教師の道を歩み始めて、ドミニオン学園に流れ着いた。公言はしていないものの、性的嗜好はレズ。在学当時の先輩に開発され尽くした結果らしい。そのため「どこが弱いのかを知り尽くしているから強い」タチとしてやっているが、本質的にはバリネコ。二年ほど前に「拾った」女性、エリー・悠陽・クリステラと同棲している。生徒たちからは明るく気さくな「アイカちゃん先生」として親しまれているが、その本性は怠惰なヤニカス。聖堂裏でよくエリー及びミキと連んでいるほか、たまに保健室でサクラノ・レアと駄弁っていることもあるらしい。
「あたしはアイカ。教師の端くれ……ってとこかな」
「はいはいそこ、気安くアイカちゃん先生とか呼ばないの。ったく……見逃したげるのは今回だけだからね?」
「……っはぁー……かったりい……」
「おい無職、ヤニの火が切れてんぞ」
「いやさぁ……エリーのことは……なんていうかさ……好きっていうかなんかほっとけないっていうか……いや多分好きだと思うんだよね、身体の相性ばっちりだし」
【シバウラ・ミキ/原案:「X2愛好家」様】
ドミニオン学園に通っている高等部二年生の女子生徒。部活としてはシスター部に所属している。しかし、ミキ本人はどの生徒会にも属していない、または馴染めなかった生徒の寄り合い所帯である「補生徒会」こと「アリウス」に所属している。あの目は人を何人か東京湾に沈めた目だとか、自殺願望を抱えているなどなにかと暗い噂は絶えないが、本質的には付き合いがよく、面倒見も悪くない少女。新台場ギガフロートに居を構える隠れた名店として名高い喫茶「BLACK VANGUARD」に住み込みで働いているとか。