アサムラ先生に事情を説明して、ノア先輩とサリアさんと合流したわたしたちは、適当な空き教室で顔を合わせていた。
「そういうわけで、アイカ先生にはあたしたちガンプラバトル部の顧問になってほしいんです!」
ノア先輩が「部員は揃ったからあとは顧問だけ」という事情を懇切丁寧に前置きした上で、アサムラ先生に頭を下げる。
「……っすぅー……ガンプラバトル部、かぁ……」
「ダメ、ですか?」
「うーん、正直ね。他の部活だったら検討する余地はあったんだけど、ガンプラバトル部ってなるとあたしにはちょっと責任重いかなあ」
アサムラ先生は猫を被った状態で、ノア先輩からの提案をやんわりとお断りする。
リューナ先輩のときもそうだったけど、ガンプラバトル部は、なぜそれほどまでに禁忌のものとして扱われているんだろう。
よっぽどのことがなければ生徒たちからだけでなく、先生たちからもここまで忌避されたりはしないだろう。
「……どうしてもダメですか」
「申し訳ないんだけどねー。あたし個人としては協力してあげたいんだけど」
サリアさんからの問いにも答えは変わらず、アサムラ先生はガンプラバトル部の顧問を頑なに拒み続ける。
それが大人の事情というものなのだろうか。
だけど、それに屈して、ノア先輩が夢を諦めてしまうのは、ここで夢が絶たれてしまうのは絶対にダメだ。だったら。
「……あっあの、その!」
「どうしたの、ヨツバちゃん?」
「……こ、このが、学園流に! け、けけけ決着を、つけませんか!?」
わたしはしどろもどろになりながらも、アサムラ先生に向けて腰のホルダーに収めていたフィアンマフリーダムを突きつけた。
このドミニオン学園ではガンプラバトルでの賭けは表向きは禁止されている。
だけど、揉め事の解決にガンプラバトルが使われているのもまた事実だ。なら、今回は紛争解決のため、ということで言い訳は通るはずだろう。
「なるほどね。ガンプラバトルでの決着……確かに一番手っ取り早いね」
「……ど、どうですか……っ!?」
「んー……この学園的にそれを持ち出されちゃあ受けないってわけにもいかないよね」
「……っ、あ、ありがとうござ……」
「──でも、あたしは強いよ?」
アサムラ先生は、わたしの言葉を全て飲み込んだ上で、刃のように鋭い輝きを放つ目を向けてくる。
その言葉に恐らく嘘はないのだろう。
びりびりとした緊張が背筋を伝い、ぞわり、とこめかみの辺りに悪寒が走る。
アサムラ先生は、強い。
そんな相手と今の出来立てほやほやなチームでしかないわたしたちが戦ったところで、最初から勝敗は見えていることだろう。
だけど、このまま煽られているだけじゃ終われない。
本当に強い相手と刀を交えることは誉れだ。
そこから逃げ出す臆病なわたしとは、お別れをしたはずだろう。
なら、返す答えは決まっていた。
「……戦います、先生がどんなに強くても」
「ヨツバちゃん……」
「……言うね、ヨツバ」
わたしがそう答えたのに乗っかって、ノア先輩とサリアさんも腰のガンプラホルダーから、エンツィアンGⅡとダリルヴェーレンを取り出して、アサムラ先生へと突きつける。
「あたしたちガンプラバトル部は、アイカ先生に挑戦します!」
「……ヨツバだけにいい格好させてられないし」
「う、受けてくれますよね、アサムラ先生!」
そんなわたしたちを見て、アサムラ先生は目を丸くすると同時に小さく笑う。
そこに込められていた意図は、嘲笑だとか苦笑だとかでは多分ない。
強いていうなら、まるで、なにかを懐かしむかのような笑みだった。
「わかった。でもハンデはつけるからね」
「ハンデ、ですか?」
「そう。多分あたしが本気で戦ったら、申し訳ないけどワンサイドゲームになっちゃうから、最低限勝負として成立するだけの条件」
アサムラ先生は人差し指を立てて、その条件を指し示す。
「制限時間内にあたしのガンプラに一撃でも当てられたら、ノアちゃんたちガンプラバトル部の勝ち。顧問になってあげる」
「一撃でも……」
「制限時間を過ぎたら、あたしの勝ち。もう二度と顧問には誘わないでね」
大した自信だなあ、と、正直なところそう思った。
だけど、たかが学生風情だと慢心している様子が見られない以上、その大言壮語に見合うだけの実力を、アサムラ先生は持っているということだ。
それに臆する理由はない。強いと言われ続けてきた相手と、格上だと言われていた相手と戦ってきた記憶はいくらでもある。
「わかりました! その条件でバトルします!」
「オッケー、それじゃ近くの第十四ガンプラバトルシミュレータ室まで行こっか」
アサムラ先生に引率される形で、わたしたちは今使っている空き教室から最寄りのガンプラバトルシミュレータ室へと歩き出す。
ガンプラバトルシミュレータの使用申請が正式に学園側から許諾されたことで、わたしたちとアサムラ先生の戦いは、例によってモニターを通して校内全体に中継されることとなった。
負けて晒し者になるか、勝って将を射止めるか。そう考えると、心の奥底で火花がちりちりと燻るような感じがした。
◇
「それじゃあ、始めよっか」
余計な言葉はいらないとばかりに、アサムラ先生は端末とガンプラをシミュレータに読み込ませる。
デミ子ちゃんがいないのは気になるけど、サリアさんとノア先輩とわたし、戦力に不足はないはずだ。
わたしたちも生徒手帳とガンプラをシミュレータに読み込ませて、操縦桿を握った。
バトルステージは、遮蔽物の少ない荒野。
カタパルトから射出された機体を制動して、わたしたちはサリアさんを先頭に、三角形を形作るような陣形で直進する。
設定された制限時間は三分、悠長にしている暇はない。
「くるよ、ヨツバ、ノア。下がって」
ダリルヴェーレンのレーダーがアサムラ先生の機体を補足したのか、サリアさんは大楯を構えて前に出る。
『コア・チェンジ! ドッキング・ゴー!』
砂塵を巻き上げて急上昇したアサムラ先生のガンプラは、装甲類を纏ったサブ・フライト・システムからそれらをパージすると、空中で射出された装甲を纏っていく。
『フェアリィ・トゥ・エンジェル! エボリューション! これがあたしの……エンジェライズガンダム!』
恐らくはコアガンダムII──と、プルートアーマーをベースにしたのであろうその機体は、背中にウイングゼロの翼を纏い、両肩にはプルタインガンダムのブレイクロウフェザー、そして肩後部のジョイントにはサタニクスガンダムのブレーカードリルを改造したユニットが接続されていた。
装甲類をパージしたハンガーユニットをサリアさんが構えた大楯にぶつけたその爆煙を隠れ蓑にして、アサムラ先生は目を疑うほどの速さで肉薄する。
「くっ……!」
『遅いっ⭐︎』
そして、サリアさんの背後に回り込むと、手にしていた大剣で、ダリルヴェーレンの胴体を両断した。
「サリアっ! この……!」
『ツインバスターライフルは確かに強力な武器だけど、得意距離と苦手距離がはっきりした武器なんだよね』
「っ!」
アサムラ先生の言葉は、ノア先輩がその火力に頼り切っている、ということを暗に示していた。
エンツィアンGⅡがチャージ中だったツインバスターライフルも、野菜を切るような感覚で斬り落とすと、わたしが放った斬撃を回避しつつ、エンジェライズガンダムが投擲したビームサーベルでコックピットを貫く。
強い。さっきの言葉に嘘はないとわかる、凄まじい腕前と機体性能だ。
『さて……残りはヨツバちゃんだけだけど』
「……っ、負け、ませんっ!」
『その意気だよっ⭐︎』
「『月虹』!」
機体を横に捻りながら刀を振るう。
放たれた斬撃を受け流しながら、アサムラ先生は崩れかけていた体勢を立て直す。
そして、わたしが体勢を崩していることを見抜き、超速のマニューバで怒涛の攻撃を仕掛けてくる。
「『火車』!」
『おっと。そういうカウンターもあるのね、気をつけなきゃ』
崩れかけている姿勢を誘いの餌にして、わたしはカウンターを狙った「火車」での一撃を狙った。
だけど、反射神経が凄まじいのか単純に見切られているのか、その一撃もすんでのところで回避されて、アサムラ先生のエンジェライズガンダムに付け入る隙を与えてしまう。
今度はこちらのターンだとばかりに振るわれた大剣を「フツノミタマ」で受け流し、わたしは再びカウンターを試みる。
「『金鐘』!」
空いた左手で放つ音超えの刺突。
さすがにこれなら一撃で倒せるだろうと踏んでいたけど、先生はそれすら読んでいたとばかりに機体を急速上昇させることで、「金鐘」を回避した。
信じられない。化け物じみている。
『あっぶなー……本気でやられるかと思った』
「……はーっ、はーっ、はぁ、っ……!」
わたしに、力があれば。
あのときのように、あの日のように、敵を全て薙ぎ倒していく強さがあれば。
ぎり、と操縦桿を強く握り締め、血が出るぐらいに唇を噛む。
忘れていた感情が、心の奥底に縛りつけて、鍵をかけて、二度と表に出ないようにしていたその思いが堰を切って、溢れ出そうとしていた。
憎悪。殺意。焦燥。
あの頃のわたしはどうしていた?
なにを胸に、ガンプラバトルに明け暮れていた?
──勝利だ。
勝利の二文字以外わたしには意味がなければ必要もない。だって、勝たなければ、勝ち続けなければ、わたしは!
「……『木戒』!」
『いい斬撃だけど……太刀筋が素直すぎるね!』
ぎり、と歯を食いしばって大上段から振りかぶったその一撃も、大剣に受け止められるけど計算済みだ。
アサムラ先生とエンジェライズガンダムは鍔迫り合い……パワーでも勝てない、スピードでも勝てない相手だ。認めよう。
それでも、喰らいつけるのなら負けていない。やりようなんてものはいくらでもある。
「『土崩』!」
スラスターを全開にしてブーストを全力で噴射、強引に鍔迫り合いを解いてわたしは、体勢を崩したエンジェライズガンダムに、そのまま連続攻撃での攻めを選択した。
大太刀と小太刀でのラッシュ。
ジャブを打ち続けるような要領で、わたしはとにかくアサムラ先生から「逃げる」という選択肢を奪う。
『ヨツバちゃん……?』
「……わたしは負けない……負けられない……負けちゃいけないッ!!!!」
心の奥底で眠っていたものを解き放つ。
自分が裏返るような感覚と共に、ずくん、とフィアンマフリーダムに血が通ったかのような鼓動が操縦桿に伝わってくる。
これだ、この力だ。この力があればわたしは負けない──!
『……っ、ちょっとヤバいとこ突いちゃったみたいだね……だったらあたしも! GNウルテクエンジン始動!』
「『月虹』ぁっ!!!!」
わたしが跳ね飛ぶような機動でエンジェライズガンダムの背後に回ると同時に、アサムラ先生はなにやらブレーカードリルを改造したユニットを起動させる。
ただでさえ高機動なエンジェライズガンダムにそれは爆発的な出力を与えて、わたしが全力で振るった「月虹」の太刀筋から逃れた。
だけど、これ以上は逃さない!
呼び起こした力にこの身が食い尽くされたとしても、後悔はしない。この一瞬に、わたしの全てをかける。
「『神薙』!」
『「システム・エンジェルリング」起動!』
全てをかけて、全力を賭して放った「神薙」が、アサムラ先生が発生させた、余剰出力をエネルギーとして放出したのであろう光輪とぶつかり合って火花を散らす。
喰い荒らせ、喰い破れ。
わたしの心に炎が燃えている限り、絶対に負けはしない!
『……ヨツバちゃん』
気迫と余力を使い果たし、閃光が晴れたあとにあったものは、全ての攻撃をいなしきり、五体満足で佇むエンジェライズガンダムの姿だった。
──負け、た?
その事実を理解し、全身から力が抜けて、気を失いそうになった瞬間だった。
かつん、と軽い金属音が響く。
そして、次の瞬間には【Battle Ended!】の表示と、システム音声がわたしたちの勝利を告げていた。
なんで、どうして。
遠のく意識の中で必死に勝利の要因を探していると、通信ウィンドウにサリアさんの姿が浮かび上がってくる。
「……油断大敵。あーしを撃墜しなかったのが敗因」
『あー! サリアちゃん生きてたの!?』
「……秘技、死んだフリ」
どうやら、サリアさんが撃墜された風に自らを装って、投擲した騎兵槍がエンジェライズガンダムに当たっていたらしい。
──よかった。
勝てた、ただそれだけなのに、どっと疲れと安心感が込み上げてきて、わたしは。
「ヨツバちゃん!?」
ふらり、と倒れ込んで、意識を失ってしまった。
妖精から天使に至る
Tips:
【エンジェライズガンダム】
アサムラ・アイカが学生時代に使用していたフェアリライズガンダムを今の技術で改良したもので、全体的に出力の増強が図られている。最大の特徴はプルタインガンダムの肩部ユニットで、後ろ側にある3mm穴に接続した、サタニクスガンダムのブレーカードリルを推進器に転用した「GNウルテクエンジン」。これとヴォアチュール・リュミエールを操る「システム・エンジェルリング」を併用することで、爆発的な推進力を得ることが可能となった。しかし、代償として原型機が使えた「コアバスターライフル・フェアリィ」はオミットされている。そして、アイカほどの腕前と制作技術をもってしても、ついぞ越えられなかった壁であり憧れが、聖ドミニオン学園には存在しているらしい。