「ヨツバちゃん、本当に大丈夫なの?」
アサムラ先生との死闘を制したあと、運ばれた保健室でわたしは目を覚ましていた。
ベッドの横に座っていたノア先輩は労りの声をかけてくれたけど、正直頭が痛くて大丈夫じゃない。
でも、二度と使わないと、二度と使えないと思っていたあの力。心の中にしまい込んでいたドス黒い感情を解き放った結果だから、自業自得だ。
「……あっはい、頭はまだちょっと痛いですけど」
「だったら薬飲んで寝てた方がいーよ?」
「さ、サクラノ先生……」
カーテンを開けて入ってきた背丈は小さいけどバストがとっても大っきい保健の先生ことサクラノ・レア先生が、いつになく真剣な表情でそう告げる。
「全くもう、アイカちゃんも生徒相手に大人気ないんだから」
「……返す言葉もございません……」
その後ろで、アサムラ先生はとてつもなく気まずそうな表情を浮かべていた。
「バトル見てたけど、兆しとはいえ、『覚醒』に至ったのってこれで何人目だったかな」
「さあ……でも、ヨツバちゃんが希少な存在だってことは事実ですけど」
「えっ? ヨツバちゃん、そんなに凄いんですか?」
サクラノ先生とアサムラ先生が顔を突き合わせて考え込んでいる途中に割り込む形で、ノア先輩が問いかける。
わたしは別に凄くなんてないというか、その辺に転がっている石とかコンクリートの隙間から生えている雑草とかそんなレベルなんです本当に。
実際、「覚醒」が使えたからといって、栄光が約束されてるわけではないのだから。
「ノアちゃんも聞いたことあるでしょ? ナギツジ・タクマのこと」
「はい、教科書に載ってますし」
「そのナギツジ・タクマを含めて、とにかく希少な存在なのよ、『覚醒』使いって」
アサムラ先生は、ノア先輩にそう教えた。
原理もトリガーも不明なブラックボックス。
少なくともガンプラバトルシミュレータが現役で稼働していた頃から存在は確認されていて、GBBBBでも使い手が新たに生まれているということ以外はなに一つわからないあやふやなもの。
ただ、少なくとも「覚醒」を使えれば、ガンプラの性能が飛躍的に跳ね上がることだけは確かだった。
「『覚醒』って、ガンプラへの愛とかそういうのがトリガーになるって私は聞いてたけど、うーん……」
「レア先輩も同じ結論ですか」
「そりゃあね。生徒のことは心配だし」
アサムラ先生とサクラノ先生が導き出した答えは同じらしい。
そしてわたしも、きっと同じだ。
ノア先輩だけがなんのことやらさっぱりだとばかりに目を丸くしていたのが少しだけ気の毒だったけど、これは、正直話したくない。
「結論から言うけどヨツバちゃん、もう二度と『覚醒』を使おうと思わないで」
「……」
「厳しいこと言ってるのはわかるし、ヨツバちゃんの負けたくないって気持ちが物凄く強くて、制御できないっていうのもわかる。でも、ヨツバちゃんの『覚醒』はいつか自分を蝕んでいくから」
──それを引き出しちゃったあたしが言えることじゃないけどね。
アサムラ先生は諭すようにそう言った。
ガンプラへの愛。バトルへの愛。そういう感情が「覚醒」の力を引き出すのだとしたら、確かにあのときのわたしは、そういう感情とは程遠いものを燃料に戦っていたのは間違いない。
「……わ、わかりました。そっその、『覚醒』を使うなっていうのはわかったんですけど」
「うん」
「……あっその、アサムラ先生はわたしたちの顧問になってくれたってことでいいんですよね……?」
気を失って倒れてしまったから、その辺のことについては全く抜けてしまっていたのだ。
わたしの問いかけに、アサムラ先生は少しだけ億劫げに苦笑する。
そして、サクラノ先生と小さくアイコンタクトをして、首を縦に振った。
「うん。約束は約束だからね。これからはあたしがガンプラバトル部の顧問ってことで一つよろしく」
「……よ、よろしくお願いします……」
ああ、よかった。
素直な話をするなら、わたしの体なんてものはどうでもいい。だってそれは、燃え尽きた抜け殻だから。
今はただ、ノア先輩の夢が続いていることが、ちゃんと途絶えずにいてくれたことが、嬉しくて、少しだけ誇らしかった。
◇
「そんなことがあったんですねー!」
今日も今日とて部室がもらえないから通っている「MAID-MAIDEN」のボックス席で、わたしたちはデミ子ちゃんにことのあらましを語っていた。
昨日デミ子ちゃんがなにをしていたかはわからないけど、元気そうでなによりだ。
アサムラ先生は初めてこの店を訪れたのか、クセの強いメイドさんたちに若干圧され気味だった。無理もない、わたしだって最初は入る店を間違えたと思ったのだから。
「でも、アイカ先生がまさか顧問になってくれるなんて思いませんでした! よろしくお願いしますね!」
「あはは……あたしも想像してなかったかも。よろしくね、フミカちゃん」
「はい! お近づきの印にこれどうぞ!」
例によってデミ子ちゃんはストックしている布教用デミトレーナーをアサムラ先生に手渡して、満足げに微笑む。
なんでデミトレーナーなんだろう、とばかりに小首を傾げつつも、アサムラ先生は「ありがとね」と笑顔で返した辺りが大人だ。
布教用のキットを持ち歩いている人なんて、新台場ギガフロート広しといえどもそうそういないはずだろうから、無理もない。
「さて、フミカちゃんとアイカ先生の顔合わせが終わったところで……今日のガンプラバトル部ミーティングの議題はこちら!」
ノア先輩が啖呵を切ると同時に生徒手帳から投影したホロスクリーンには、「部室を獲得しにいこう!」という丸文字がでかでかと踊っていた。
「あー、部室ね……まだ非公認だもんね」
「はい、先生! そろそろあたしも『MAID-MAIDEN』に通いすぎてお財布の中身が寂しくなってきたんです! ガンプラバトル部の財政危機!」
「……あーしとしては店にお金が入るならいいんだけど」
お金は確かに凄まじいペースで削れていってるけど、サリアさんが呟いた経済的な話を抜きにしても、この「MAID-MAIDEN」は居心地がいい。
コバトさんやシズちゃんたち、ハイレベルな対戦相手もいるし、必要なものは揃っている。
そう考えると部室ってそこまで必要なのかな……と思ってしまうのも確かだった。
「一応、部活として認められなきゃいけないわけで、遅かれ早かれ獲りにいかなきゃいけないんだし、第一生徒会なら話聞いてくれるんじゃない?」
アサムラ先生が投げかけた言葉に、ノア先輩が乗っかる形で手を挙げる。
「そうなんです、だからまずは『ミレニアム』の後ろ盾がほしいんです! ミカゲ会長ならきっとあたしたちの活動に賛成してくれますから!」
ノア先輩が早口で捲し立てた通り、第一生徒会は確かガンプラバトル部を作ることに対して反対していない、ということだった。
部活として正式に承認されるには、第二生徒会と第三生徒会からも許可をもらわなきゃいけないんだけど、後ろ盾があるのとないのとでは発言力が大違いだ。
とはいえ、第一生徒会「ミレニアム」は割と日和見主義というか、学内のいざこざに関心が薄いとかそんな話も聞いているから、本当に頼りになるのかどうかはわからないけど。
「それじゃ、善は急げってことで早速第一生徒会室に乗り込みます! いいですよね、アイカ先生!」
「揉め事にならないならね」
「はい!」
ノア先輩は夢の部室獲得に向けて鼻息荒く目を輝かせていた。
だけど、嫌な予感が拭えない。
トラブルが待っているというか避けられない罠が設置されているというか、そういう類の予感が。
覚醒だけは使わんといてくださいよ