「い、いいいいイキってすみません……どうか……どうか東京湾にだけは……」
無事かどうかはともかく、「ロイヤルフリート」との戦いを終えたわたしは、代表者であるリカさんへと、地べたに頭を擦り付けて土下座していた。
「と、東京湾……? すみません、どうしてヨツバさんが土下座されているのか、私には……」
「わ、わたしなんてミジンコ未満の存在が大変イキリ散らかして……ノアちゃんにも……あああああ死にたい消えたい記憶を消す方法……!」
がんがんと床に頭を打ちつける。
この痛みで記憶が飛んでくれたらどれだけよかっただろうか。
なにが「これからはわたしが全部切り伏せればいい」、だ。
格好つけてるを通り越してイキりすぎている。
自分が似てる創作物のキャラクターにラノベの主人公を挙げる中学生ぐらいにイキっている!
己が恥ずかしくて仕方がない。許されるのならこの場で切腹してわたしと戦いたかったらしいミナミさんにも詫びなければ。
「ちょっとヨツバちゃん、いきなりお腹めくってどうしたの!? 情緒が変だよ!?」
「……ヨツバの情緒が変なのは割といつものことじゃ」
「そうですね!」
「サリアもデミ子ちゃんもひどすぎるでしょ! もー、こんなところで変なことしないで元に戻ってヨツバちゃん!」
「あばばばばば……」
ノアちゃんにがくがくと前後に身体を揺すられる。
わたしの情緒がおかしいのは割といつものことだからそう言われるのは仕方ないことだとしても、今回腹を切ろうとしているのもまた仕方のないことであって。
このまま記憶を消せたらなあと思ったけど、嫌な記憶ほど消えてくれないのはわたしの黒歴史まみれの人生が証明済みだ。
「せっせめて……せめてミナミさんには、おっ、お詫びを……」
「詫びる必要なんかないです!」
がくがくとノアちゃんに揺すられながら、かろうじて紡ぎ出した言葉に、ミナミさんからの返事が飛んできた。
揺すられてたから視界不良でわからなかったけど、多分「ロイヤルフリート」の人たちはわたしのイキリ散らかしっぷりに皆呆れていたはずでは。
その予想に反して、ミナミさんはキラキラと大きな瞳を輝かせていた。
「気炎のサムライガール……最初は腑抜けたものかと思ったです、でも違った。『本物』と戦えたことには、感謝です」
「えっあっあっ……」
「負けたことは悔しいですけど、勝負は勝負です」
そう笑って、ミナミさんは手を差し伸べてくる。
この手をとって、いいのかな。
わたしが。わたしなんかが。
「……あっその……ありがとうございます……」
「次は負けないです、GGです」
「……えっあっ、は、はい……グッドゲーム……」
心から満足したようにからっと笑っていたミナミさんの顔は、まるで夏空に輝く太陽のようで、わたしはただ困惑するしかなかった。
これで本当によかったのか。いや、よかったはずがない。
だってわたしは、アサムラ先生との約束まで破って。
──おじいちゃんとの約束も、破って。
「ヨツバさんが複雑な想いをされているのはわかります」
「……リカ、さん」
「ですが、勝ちは勝ち、負けは負けです。勝負の世界というのはそういうものではないですか?」
「……はい」
「でも、そこに……『楽しかった』って思える負け方もある。ミナミは、そういう負け方をしたんです」
──だから、気にする必要はないですよ。
楚々とした笑みを口元に浮かべて、リカさんはそう言った。
どうしよう、この子はわたしよりも年下のはずなのに、わたしなんかよりも遥かに人間ができている……!
アイデンティティが、年上としてのアイデンティティが崩壊する。イキリ散らかしていた時点でもう崩れきってるけど。
「あっあっ……」
「そういうわけで、ガンプラバトル部の活動を私たち『ロイヤルフリート』はしっかりバックアップさせていただきますね。よろしくお願いします、ヨツバさん」
「……あっ、その……はい……」
ひらひらと手を振って、ノゾミさんに車椅子を押されながら、リカさんは去っていく。
なんというか、自分が。
自分がひどく惨めで情けない気がしてならなかった。
「その様子だと、しっかり反省してるみたいだけど」
「……あっ、アサムラ先生……」
「あたしはなんていうか、上手く言えないけど……ヨツバちゃん、ああいう力の使い方してると、苦しいよ」
アサムラ先生が苦笑混じりに告げてくれたことは、なにも間違っていない。
勝つことだけを、敵を全て斬り伏せることだけを求め続けた先になにがあるのかをわたしは知っている。
でも、そうしなければいけないと、そうあらなければいけないと心のどこかで強く思っていることもまた事実だった。
「……はい。苦しい、です」
「どうやったらヨツバちゃんが苦しくなくなるか、あたしはまだわかんないけど、話を聞くことぐらいはできるはずだから。あたしじゃなくてもいい。ノアちゃんにサリアちゃん、フミカちゃん。苦しさをちゃんと受け止めて分かち合える仲間がいる、ってことだけは、忘れないで」
「……あっ、はい……ありがとうございます……」
それでよし、とばかりにアサムラ先生はわたしの頭をそっと撫でて、バトルシミュレータ室を後にしていく。
仲間がいる。
仲間がいるから、苦しさも楽しさも分かち合える。
それは紛れもない事実で、わたしにもわかっていることだ。
でも、だからこそ怖い。
一つのミスで、わたしが負けてしまうことで、わたしが勝てないことで、もしも。
そう思えば、わたしにはやっぱり、勝ち続けることしか道はなくて、だけど。
頭の中で思考が渦を巻いている。
ぐるぐると同じところを回り続けているだけでなんの生産性もない無駄な悩みなのはわかっていても、止めることができなくて。
「……ヨツバ」
「……あっ、サリアさん」
「……今回はあーしらが悪い」
少しだけ気まずそうに目を逸らしつつ、サリアさんが溜息混じりに言葉を吐き出した。
「そうです! スモークを逆に利用されちゃったのは私のミスですし……」
「それ言ったらあたしはなんもできなかったし!」
「デミ子ちゃん、ノアちゃん……」
「……そんなわけでヨツバに感謝するのはあーしら」
「帰ったら『MAID-MAIDEN』で反省会ですね!」
どうしてだろう。
あれだけ醜い姿を、ひどいわたしを見せてしまったのに、どうして皆は笑ってるんだろう。
余計に情緒がおかしくなってしまいそうで、アサムラ先生も、サリアさんも、ノアちゃんも、デミ子ちゃんも、その優しさが逆に突き刺さってきて。
「もー、ヨツバちゃん、泣かないでってば!」
「……すっすみません……でも……」
「……だから悪いのはあーしらだってば」
「パフェでも食べて忘れちゃいましょう!」
余計に、泣いてしまう。
だけど。
だけど、この涙は、理由こそわからないけれど、とっても、あたたかい気がした。
そこにある結束