デミ子ちゃんと約束をして、そのまま別れたわたしはくたくたになりながら第一生徒会「ミレニアム」が有する学生寮に帰還していた。
ノア先輩が第一生徒会への加入申請までやってくれていたおかげで、寮にはなんとか入れたけど、もしわたしがゲロ吐いてそのままだったら野宿の可能性があったのも恐ろしい。
裏を返せばそのぐらいセキュリティとか仲間意識みたいなのが徹底してるということなんだろうけど。
寮とは名前ばかりのタワーマンションじみた建物を見上げて、わたしはほっと一息つく。
一介の学生には過ぎた建物かもしれないけど、聖ドミニオン学園の出資者である、世界最大の企業、「GHC」こと「グローリー・ホークス・カンパニー」の経営者の厚意で学生たちに貸し出されているらしい。
そういえばわたしが使ってる化粧水も「GHC」産だし、本当に色んなところに手を出してるんだなぁ。
そんなことをしみじみと思いながら、エントランスホールを歩いていると。
「カミナギさんっ!」
聞き覚えのある声──というか小一時間前に聞いたばかりの声が、わたしを呼び止めた。
「あっ、で、デミ子ちゃん……? あっそれとも、さ、サワイデさん……?」
「デミ子でいいですよ! 偶然ですね、カミナギさんも第一生徒会だったんですね!」
デミ子ちゃんはぱあっと笑顔の花を咲かせて、わたしの手を取った。
相変わらず陽のオーラが眩しい人だ。
ただ、なんとなくその指先が粉っぽい気がして、わたしは首を傾げる。
「え、えっと、あの」
「なんですか?」
「デミ子ちゃんは、ガンプラを作っていたんですか……?」
この粉っぽさには覚えがある。
プラスチックを削ったときに出る粉塵だ。
よく見ればデミ子ちゃんはマスクをしているし、あのデミトレーナーを改造していたのだろうか。
「はい! ここのエントランスロビーはガンプラ制作ブースになってますから!」
デミ子ちゃんが指差した先にあるエントランスホールには、その言葉通り巨大な円卓といくつもの新型塗装ブース、そして、ドライブース代わりに使われている温熱循環式の食器乾燥機が並んでいた。
そういえばそうだった。
入学式でもらったパンフレットにはそんなことが書かれていた……ような気がする。
わたしはフィアンマフリーダムの微調整ぐらいしかやらないから縁がなかったけど、これからじっくりと愛機を作り上げる人たちにとってはいい環境だ。
お金持ちはやることのスケールが大きいなあ。
学生たちのためにわざわざ、こんな大がかりな投資をするなんて。その心の広さには感心するばかりだ。
「あっえっと、デミ子ちゃんのデミトレーナーに、あの水星の魔女拡張パーツセット……使ったんですか?」
わたしの問いかけに、デミ子ちゃんは苦笑しながら答える。
「えっと……わたしのファイトスタイルってなんだろうって思ったら、ダヤ・アンビカーもビームカリヴァもドリルジャベリンも持て余しちゃう気がして……だから、チュチュ先輩のデミトレちゃんとミキシングすることにしたんです」
「……そ、そうですか……」
買ったはいいけど結局持て余して使わない。
それもまたモデラーあるあるだ。
今まで素組みのデミトレーナーで戦ってきたなら、多分デミ子ちゃんが得意なレンジは近距離から中距離……だと思う。
そう考えると、ビームカリヴァとビームマスケットの使い分けが大事になるファラクトの武器は使いづらいだろう。
ドリルジャベリンも、別に分離させなくても強力な武器だとはいえ、本領はシャディク・ゼネリのように搦手を使った奇襲だ。
クロスレンジまでの突撃を支援するという意味ならダヤ・アンビカーは合ってると思うけど、その分機体重量が嵩む。
だから、一撃離脱スタイルで機動力を重視したチュチュ専用デミトレーナーと普通のデミトレーナーをミキシングするのは、理に適っている気がした。
「今日はまだ表面処理で終わっちゃいましたけど、ガンプラバトル部の戦いでいずれお見せできるかもしれませんね!」
「あっはい……」
デミ子ちゃんの曇りなき笑顔が眩しい。
そもそもガンプラバトル部が部活として認められてもいなければ顧問の先生もいないし部室もないの三重苦を背負った状態なのを話し忘れたことを、わたしは心の底から後悔していた。
でも、デミ子ちゃんなら笑って許してくれそうな気がしたから、多分大丈夫……?
ううん、嘘をついちゃいけない。
ときには方便になるとしても、それに甘えちゃいけない。
だからわたしは勇気を出して、ガンプラバトル部の現状をデミ子ちゃんに説明することにした。
「え、えっと。ガンプラバトル部っていっても、バトル部は、部活として認められてなくて……」
「……? それなのに、部員を募集していたんですか?」
「あっはい……すみません……その、あの、えっと、まず……ガンプラバトル部を部として認めてもらうところがスタートラインといいますか……」
あたふたしながら、しどろもどろになって説明したわたしの言葉をデミ子ちゃんは理解してくれたのか、なにかを考え込むような仕草を見せる。
もしかして、辞めるって言われるのかな。それは嫌だけど……部活の現状を考えたら仕方ない。
元からわたしのわがままで部に入ってもらったんだから、仕方ないことなんだ、と、目を瞑って俯いていたら。
「素敵じゃないですか!」
「えっ?」
「水星の魔女で、株式会社ガンダムが認められるために色々と頑張ってたのを思い出します!」
「あっあの、本当に……? や、辞めなくて……いいんですか?」
「はい! 私にできることがあったらなんでも言ってくださいね、カミナギさん!」
もちろん、できる範囲でですけど。
そう言い残して、デミ子ちゃんは制作ブースに引き返していく。
なんていい人なんだろう。暗くてジメジメしているわたしがミジンコかプランクトンみたいに思えてくる。
「……せ、せめて……ミジンコ以上には、なりたいな……」
ぽろり、と左目からこぼれ落ちた涙を見なかったことにして、わたしは自室に向かうべく、エレベーターに乗り込んだ。
◇
これから待っているのが、ガンプラバトルじゃなくて海千山千の生徒会や先生方を説得することだと考えると、なんとなく気が重い。
自室のベッドに体を投げ出して、わたしは何をするでもなくただ天井を眺めながらぼんやりと考えていた。
とはいえ、聖ドミニオン学園がガンプラバトルのエキスパートを養成するための機関なら、多かれ少なかれバトルはするんだろうけど。
「そういえば、わたしのルームメイト、誰なんだろう……」
生徒の数がとにかく多いということで、よっぽどのお金持ちじゃなければ寮は相部屋だ。
わたしも結構お金持ちではあるんだけど、自分で稼いだものじゃなくて、ほとんどがおじいちゃんとおばあちゃんの遺産だから、自慢にもならない。
だから、相部屋を選んだ。
もしあのモヒカンみたいな人がルームメイトだったらどうしよう、と不安が胸をよぎった、刹那。
「あれ? カミナギさんだ」
「……あっ、デミ子ちゃん」
わたしは三十分ぶりの再会に目を丸くする。
生徒手帳に割り振られたIDが一致しないと入ることができないこの部屋に入ってこられたということは、つまり。
「わー! カミナギさんがルームメイトだったんですね! すっごい偶然! これからよろしくお願いしますね!」
その結論を口にしたデミ子ちゃんはキラキラと目を輝かせていた。
よかった、ドン引きとかされなくて……出ていけって言われたら野宿も覚悟していたのに、こんなわたしなんかを、全校中継でゲロ吐いた女を、ルームメイトと認めてくれるなんて……!
なんていう心の広さ。広すぎてもはや大マゼラン銀河だ。
「あっ、ありがとうございます、その、よろしくお願いします」
「うん! そうだ! カミナギさん、せっかくルームメイトになったんだから記念で、これあげるね!」
「……え、HGデミトレーナー」
「布教用に十個ぐらいストックしてるから気にしないで!」
布教……布教?
それは流石に知らない概念だったけど。
よっぽどデミトレーナーのことが好きなんだろうなぁ、と実感しつつ、わたしは贈り物をありがたく受け取った。
人からこうしてあたたかな気持ちを分け与えてもらったのはいつ以来だろうかと思うと、少しだけ涙が滲んでくるのは、秘密にしておこう。
観賞用デミトレーナー、布教用デミトレーナー、保存用デミトレーナー