異世界人は璃月の空を飛びたい   作:熊々楠

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異世界人は璃月の空を飛びたい②

 璃月港。璃月の中で最も栄えているという噂に違わず巨大で、かつこの世界で初めて見るほどの人の多さだ。

 他の土地と同じように高低の激しい土地を利用した建築物は縦に長いものが多い。……ここに来る道中、空に浮島があったのも、この璃月という土地柄故なのだろうか。

 人波に流されないよう、きょろきょろとあたりを見回しつつも慶宗さんについていく。まずは彼の店舗兼事務所及び倉庫にしているという場所へ向かった。

 在庫や売り上げの記録はここに集積されるようだ。忙しなく働く人々に慶宗さんから紹介を受けつつ紹介されつつ、危ねえところを助けられたんだ、と言えば向けられる眼差しに照れたりもしつつ。

「んじゃ、次は風の翼の件か」

「ご家族のところに先に行かなくていいんですか?」

「あー、まあな」

「……? 慶宗さんの帰りを待ってるんじゃないんですか? 手紙も出してましたよね」

「……あ〜」

 彼はガシガシと頭をかいた。何か後ろめたいことがあって帰りがたいという雰囲気ではない。どちらかというと照れているような……?

「あいつらの顔見ちまったらよ、少なくともその日は……仕事なんてできたもんじゃねえだろ」

「……ふふ、なるほど。それはたしかに」

「おう、わかったら早く行くぞ」

 慶宗さんだって家族に会いたい気持ちは山々なのだ。照れ隠しにすたすた歩いて行ってしまう彼に思わずくすりと笑った。

 璃月港の中心部からはずれた高台にある建物。何人かの作業員とあいさつを交わして鉄の横開きの扉を潜り抜け、四階分ほどの高さが吹き抜けになっているそこへ向かって慶宗さんは声を上げる。

「鯉麗! いるかー? 俺だ、慶宗だ!」

 建物の中にいていた作業音が途切れた。数拍おいて、三階部分からひょっこりと顔をのぞかせたのは長い髪を二本のかんざしでまとめた女性。彼女は拡大鏡を額にかけ直して優雅に手を振った。

「慶宗さんじゃない。久しぶりぃ〜。どうしたの、新しく注文でも入った?」

「いんや、こいつが風の翼に興味があるからよ、ちょいと教えてやってくれねえか? 一度も飛んだことがない初心者だ」

「あら〜?!」

 遠距離でもわかるくらい表情を輝かせた彼女は、そのまま手すり部分をひらりと飛び越えた。えっ、飛び降りるには高すぎるのでは。そう思った瞬間に彼女の背中から大きな翼が広がる。

 それは、翼の柄や大きさこそ違うものの、おれが憧れたそのもので。

 ふわり舞うようにおれの目の前に降り立った彼女は、にっこりと手を差し出してきた。

「初めまして、あたしは鯉麗よ。風の翼に興味を持ってもらえるなんて、一開発者として嬉しいわ」

「こちらこそはじめまして、鳳颯希です。風の翼の開発を……されてるんですか?」

「してるわよ! いま使った翼はこれ。コンパクトさと軽量化がテーマのタイプなの」

 ほいほいとから次々に風の翼を取り出していく彼女。よくよく見ると重さやカラーリングだけではなく、骨組みや形状にも一つ一つ違いがあるのがよくわかる。これ、と言って差し出されたものは彼女の言った通り、他のものと比較すれば小振りで小回りの利くタイプらしい。

「あなたは街中を縦横無尽に飛び回りたいタイプ? それとも大空を悠々と羽ばたきたいタイプ?」

「ええと……」

「後者だな。ただ、まずは標準タイプから練習させてやってくれや」

「ああそうね、まだ目覚めたばかりのヒヨコちゃんだものね。いいわ! ついてきて」

 早口で繰り出された質問には慶宗さんが代わりに応えてくれた。階段を上がり、鯉麗さんがスイッチを押すと手すりの一部が収納され、水泳の飛び込み台のようなものが出てきた。

「標準タイプとはいっても……あなた体格いいわね。うん、これにしましょ」

 大きめサイズの風の翼を手渡され、つけ方と飛び方の指南を受けいざ飛び込み台に。二階部分というのはつまり地上まで約三メートル、プラス自分の身長分の目線。地面までの高さを一番リアルに感じられる位置だ。

 ちらりと下を見ればこちらを見上げる慶宗さんと、両腕を広げて大きく丸を作っている鯉麗さん。準備OKらしい。

(ええと、一歩飛び込んでから翼を展開……)

 緊張で高鳴る胸を深呼吸で落ち着けて、助走をつけて飛び降りた。一瞬の浮遊感のあと、ひっぱられるような感覚。

 そして間もなく、再び両足が地面に着いた。

「いいわね、マットも必要なかったかしら」

「踏み切りがいいな。まあでも……やっぱり時間がかかろうが俺ぁ徒歩でいいぜ……颯希?」

 フライトの時間はわずか数秒だけだったけれど、夢中になるには十分すぎる時間だった。肩を震わせるおれを心配した慶宗さんが声をかけるけれど。

「た、楽しい……!」

 噛みしめるように呟くと、彼らもつられるように笑みを深めた。

「なら、次はもっと高いところから降りてみましょうか! 慶宗さん、颯希くんのことしばらく借りていいわよね?」

「ああ、颯希も喜んでるみてぇだしな……。日が暮れる前には戻ってきてくれ。颯希、終わったらもう一度事務所まで来てくれ。給料の清算するからな」

 頷いて振り返った時には、もう鯉麗さんはかなり先の方を歩いていたのを慌てて追いかけた。

 

 裏山にも、工場と同じように飛び込み台を設置している場所があった。違うのは圧倒的な高さを誇っていること。璃月港に背を向ける形で、頂上にたどりつくとと海風が頬を撫でた。

「いいね、飛行日和だわ」

 景色に見惚れていると、ふっ、と風の流れが変わった。鯉麗さんが練習用のコース準備が終わったようだ。道しるべのように風の輪が列をなしているゆるやかな曲線を描いたその道の先……工場の屋上にゴールが設定されている。

「んー、あなた見込みがありそうだし中級者向けのコースにしましょうか。ゴールまでたどり着けたら上出来よ。時間がかかってもいいからやってみて」

 じゃあスタート! そう言うと同時に鯉さんは風の翼を潜り抜けものすごいスピードで飛び去っていった。滑空とは明らかに違うそれにぽかんとしてしまったが、息を整えて、おれも風の輪へと飛び込んだ。飛び込み台を踏み切ると同時に翼を開く。バランスをとるために腕を広げて、独特の浮遊感と空気の抵抗、上昇気流。そして、ぐんと翼ごと身体全体にかかる強い力……もとい風の輪。

 風の輪には地面と垂直に設置された場合、わずかに上昇するようにできているらしい。滑翔いうと基本は降るだけなのだが、風の輪があるおかげでむしろ飛び込み台よりも高い位置を飛行している。潮の匂いと風、穏やかな日差し。そして璃月港を一望できる景色。船場で働く人々や、手をつないで歩いている家族連れ。商人、冒険者。米粒よりも小さく見えるその誰もが、この同じ時間の中で各々の生活をしている。

「……綺麗だなあ」

 つい、飛行に集中していた気をそらしてぽつりとつぶやいた。おれの地元は山からほど近く気軽に登山ができる一方で、海へは気合を入れて出かけないとお目にかかれない。それに、一口に同じ山といってもおれが普段登っているものとは性質の全く違う山。なるべく早めに家へ帰る手段を探さなくてはいけないとはいえ、まだ、もうしばらくは滞在していてもいいかもしれない。ちょっと旅行先が気に入ったから日程を増やす、みたいな思い付きとわくわくが、おれの心を支配していた。

 やがて階段状に設定されていた風の輪が途切れ、数段低い位置にまた風の道が続いている。その高度まで降りるのを待てばいちのだろうか……。少し考えて、気付いた。工場の人々の会話で「羽ばたきの滑らかさ」について語っている人がいたのを。風の翼は動力を使わず風に乗るための道具だから羽ばたきという機能は持ってないはずだから疑問に思っていたのだが、どうやら翼の収納についての話をしていたようなのだ。空中で素早く翼を閉じたり開いたりすることで、素早く高度を下げる。そのことを疑似的に羽ばたきと表現しているとしたら。

「……なるほど」

 翼を開き損ねれば地面に叩きつけられてしまう。当然だが高度に比例して危険度はけた違いになるだろう。背中をじわりとした緊張と恐怖、そして道への憧れが駆け抜けていく。

 頭の中で操作を確認した。開いて、閉じる。──…よし。

「……っ!」

 閉じた瞬間、がくんと視界がぶれるけれど、タイミングを見計らいすぐさま開く。すると、また風を捕まえた翼はおれの身体を宙に留めた。そうしてくぐった風の輪はぐんぐん勢いをつけておれを連れていく。ゴールはもうすぐそこだった。

「うん! ばっちりね。思ってたより時間もかからなかったし、その分ならすぐ上手くなると思うわ」

「わ、ありがとうございます」

 何とか勢いを殺して、コケることなく着地したおれを卵さんは笑顔で迎えた。屋上から下へ戻り商品である風の翼を見せてもらう。

「そんなに疲れてるわけでもないみたいだし……飛んでる様子を見てる限り、こっちの、さらに骨太のタイプでもいいわね。力が要るから操縦者は選ぶけど、ちょっとやそっとの風には煽られないでダイナミックに動けるわよ」

 ずらりと並んだ風の異は色も形も様々だ。出会った時に鯉麗さんが付けていた小振りのタイプはどれにあたるのかと尋ねたが、あれは彼女専用の特注だからこの中にはないらしい。頷きながら聞いたおれは、並んだうちのオススメされたエリアのひとつに目を付けた。

「ほほう……あ、これかっこいいかも」

「お目が高い! これは特に安定性を重視して作られたモデルだから、初心者の颯希くんでも扱いやすいと思うわ」

「ええと……、瑠璃袋、デザイン?」

 値札に書かれていたものを読み上げる。瑠璃袋。山で見慣れない花を見かけて慶宗さんに尋ねたところ、璃月の山でよく見かけると教えてもらったあれだ。

「璃月特産物シリーズの新作でね、瑠璃袋モチーフの翼なの。瑠璃袋ってほら、可憐な花でしょう?だから小さいサイズの翼の方が合うんじゃないかって意見もあったんだけど、大柄のデザインでもこの通り。これはこれで、崖側で花咲く生命力の強さを感じられて好きなのよね」

 自分の仕事に誇りをもって働く人は、どうしてこんなに眩しいのだろうか。

 そんなふうに色々と話を聞きつつも慶宗さんには仕事中のところを時間をとってもらったのだし、手早くお会計を済ませようと財布を取り出して再度値札を見る。

「あ、慶宗さんからの紹介だし、初回割引も含めて五割引でいいわよ」

「ご、っ……?! い、いえさすがにそこまでは……」

 慌てて首を振ると、にや〜っと笑みを浮かべた鯉麗さんがおれの肩に手を回し、ひそひそ話をするようにうつむかせた。

「その代わり〜。二回目以降も御贔屓に、頼むわよ?」

「ふ、二つ以上持つものなんですか?」

「ものによって性能も違うって話はしたでしょ? オーダーも受け付けてるし、それにぃ……見ての通りファッション性だって高いもの」

「けど、いつまで璃月にいるかもわからないし……」

「風の翼があれば、それこそ鎖国の稲妻でもない限りどこへだってひとっとびよ。それにあなた、あたしと同じ匂いがするのよね……」

「匂い……ですか?」

「そう。ひとつのことに凝りだしたら止まらない……違うかしら?」

「……。……わかりました。二つ目が必要になった時は、是非」

「毎度あり〜!」

 彼女はおれの肩を勢いよく叩いて輝かんばかりの笑顔を浮かべた。

 

 別れ際。それじゃあ、と言いかけたところで呼び止められた。差し出されたのは一枚のカード。

「忘れるところだったわ、はいこれ」

「? 風の翼……免許証?」

「そう! とはいっても、モンドの騎士団のみたいに公的なものじゃなくってあくまでも民間資格なんだけど……颯希くん、故郷が秘境すぎて外で使える身分証が何もないって聞いたわよ? 中級のコースに合格したんだし、何もないよりはいいから」

「わあ……ありがとうございます」。

 大学の学生証も自動車免許も、当然ながらここでは使えない。そもそも文字すら他の人には読めないのだ。中途半端ながらにも事情を説明した慶宗さんにも、知っている中のどの時代どの地域の文字ともわからない、と言われてしまった。その反面、言葉は通じるし飲食店のメニュー表も、文字が違うことは認識しつつも問題なく読めるおれ自身の目と耳を不思議に思ったりする。

「あと……もうすでに知ってるかもしれないけれど、手っ取り早さで言えば冒険者登録をするのもいいかもしれないわね。あなたのんびりしてるように見えるけ……慶宗さんの護衛をしてたってことは、ある程度腕に覚えがあるんでしょう?」

「そうですね……考えてみます」

 ちらりと慶宗さんにも同じことを言われていたのを思い出す。通りがかったときに見た程度だけれど、たしかこの璃月にも冒険者協会の支部があったはずだ。慶宗さんとの契約が満了となった後にでも覗いてみよう。もう一度深々と頭を下げて、工場を後にした。

 

 *

 

 賃金の清算。つまり当初との契約と履行状況を照らし合わせて、過不足分を補うためのものだ。メインの依頼は慶宗さんと荷物を晒月港まで護衛することにあった。それからモンスターを倒して手に入れたアイテムやモラは原則倒した被雇用者──つまりおれのもの。そのうえで、慶宗さんが買い取ることもできる。

 武器の強化のため鍛冶屋に持っていけばアイテムも使えるみたいだけど、必要以上に持っていても仕方がないのであらかた買い取ってもらい。

 その結果、しばらくは食うに困らないであろう、ある程度のまとまった金額を手にすることができた。

(それもこれも、あのタイミングで慶宗さんに会えたからだ……彼が危険な目にあっていたのはともかく、おれは出会いに恵まれているなぁ)

 しみじみと頷きながら、あんまり大金をもっているのも怖いので、銀行に口座を作りに行こうとしたのだが。

「ご自身の所属を確認できる書類はお持ちですか?」

 そういえばおれは住所不定で国籍もなく、しかもついさっき無職になったのだった。

 しおしおになりながら答えに窮していると何かを察したらしい行員が控えめに微笑んで尋ねた。

「失礼ですが、冒険者の方でしょうか? 冒険者協会に登録されているのであれば、登録カードが確認書類として使えますが」

「はっ……」

 そういえばそうだった。慶宗さんにも鯉麗さんにも言われていたのに、この短時間ですっかりと忘れてしまっていた

 ということで、また出直しますと告げ冒険者協会へ。自分の無計画のせいなんだけれど、やたらと右往左往している気がする。

 人混みをかき分け、坂やら階段やらを乗り越えてカウンターへ。緑色を基調とした、セーラー服に身を包んだボブカットの女性がにこりと微笑んだ。

「星と深淵を目指せ! ようこそ、冒険者協会へ」

 銀行とは打って変わって、冒険者協会への登録はあっさりと終わった。受け取ったカードをまじまじと見つけて、これが自動車免許くらい汎用性の高いものなのかぁ、と感慨深く思う。とにもかくにも住所がないとどうにもならない土地からきた身からすると不思議な気分だが、そのシステムに助けられているのも事実だ。そもそも冒険者が一般的な職業だから、こういう協会があるのだろう。

 七国すべてに協会を置いているここにならあるのではないかと思い、カウンターの彼女──キャサリンさんに世界地図はありますかと尋ねれば大きな紙がすぐに広げられた。

「璃月はここ。そして、我々の本部があるスネージナヤはここです」

 指先がついつい動き示していく。慶宗さんと出会った場所から璃月港は相当離れていたように思えるが、この地図上ではたった数センチの距離しかない。世界の広さを実感して、そしてやはり、おれの知っている世界地図とは何もかもが違うことを再確認した。

 ともかくおれは、この世界での身分証と、完全歩合制の職を手に入れたのだ。

 改めて向かった銀行でも無事口座を作ることができ、大衆食堂で腹ごなしをしたあと。鍛冶場に持っていきま武器を強化してもらったり、食料や道具を買ったり。準備を整えていざ。

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