転生したら魔導王の子だった   作:又三郎

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よろしくお願いします。


第一話 転生先はグレイラット家

 ――天啓。

 積み木の丸く削られた角を舐めしゃぶっている時、俺は()った。知識ではなく、感覚として。

 稲妻のようにそれが走ると、俺の回路がバチッと繋がる感覚があった。

 我、思う故、我ここにあり。

 一歳前にして、我が身の実在を確信したのである。

 すなわち、自分が転生者であることを思い出したのだ。

 

 目に入るものは絨毯、板張りの床、木造の壁。

 洋館の一室にいることは間違いない。部屋の広さ、そして周りに置かれた調度品の質の良さから、そこそこ裕福な家庭であることが伺えた。

 

 そして何よりも、

 

「まーま」

「……ん? どうしたのかな、ペトラ?」

 

 傍に座って俺たちをみていた白髪の美少女……いや、美女を見上げる。

 髪は伸ばしている途中なのか、俺がよく知るビジュアルに届く一歩手前という感じだ。

 耳がピンと尖った美女は、にこにこと俺の顔に手を伸ばした。

 やめろ、頬をツンツンするなって。気が逸れるだろ。

 

 次に横を見て、赤ん坊の姿を認めた。

 赤ん坊といっても、生まれたてではない。座って積み木を文字どおり積むことができるくらいには育っている。

 

「ちぃ!」

「そうだね、ルーシーだね」

 

 白髪のエルフママ、ルーシーと呼ばれた小エルフ。

 この程度ではまだ確信は持てない。たまたま似てる異世界に転生しただけかもしれない。

 

 思考に沈みそうになる意識を、廊下から聞こえる足音が揺り戻す。

 トタトタとのんびりした音は軽く、おそらく音の主の体重はそう重くないことが察せられた。

 なんだ、誰か来るのか?

 

「お疲れ様です、シルフィ。子守りは代わりますよ」

「あ、ロキシー、帰ってたんだ。助かるよ、ボクそろそろお手洗いに行きたくて」

 

 いたいけな少女――に、見える外見。

 おさげにされた長髪は、みごとなコバルトブルー。

 眠たげな目つきは、もしかしたら、人によってはふてぶてしい印象を受けるかもしれない。

 主人公の幼い頃から没年まで変わらない容姿は、企業的にもやりやすかったのだろう。ヒロインの中では販売されたフィギュアが一番多いことで有名だ。

 

「あっ、あっぷあぁ!」

「え、え? どうしたんですか?」

「なんかロキシーを見たら興奮したね」

 

 ロキシー!

 神よ! マジですか神よ!

 

「よいしょっと」

 

 騒いでいた俺は突如として宙に浮いた。いや、抱きあげられた。

 ロキシーの顔が近い。

 空気を吸い込む。女の子の匂いだ。

 ついでに胸もまさぐる。成長途上の少女の胸……の、平均をわずかに下回るふくらみが、そこにはあった。

 身長はシルフィが高いけど、たしか胸はロキシーの方があるって設定だったよな。

 

「ルーシーも、ただいま」

「んきゃっ」

 

 おさわりに真剣になるあまり黙った俺に、あやすのが成功したとみなしたのか、ロキシーは屈んでルーシーの頭をなでる。

 ボクっ娘の白エルフママンがシルフィと呼ばれ、ロキシーが降臨したことで、俺は確信した。

 

 マジか。

 いやー、ガチ?

 俺、『無職転生』の世界に転生したん?

 

 

◾︎◾︎◾︎

 

 

 あれから数日が経った。

 ちなみにあの日の夕方に帰宅してきて、俺に頬ずりをくれたイケメンはどう見てもルーデウスだった。

 こやつ、まだ十七とか十八で、嫁も子もいるのかあ……。

 羨ましいぞチクショウ。

 父親は夭折、母親も普通のコミュニケーションが難しい状態なのは同情するし、何よりこれから先の苦労も俺は先んじて知っている。嫉妬とかはない。

 頬ずりはいらんが、異世界転生ものの金字塔の主人公に会えたのも素直に感動した。

 会えるどころではない。一緒の家で暮らしている。

 ルーデウスに庇護され、養われる立場になって。

 

 とどのつまり、俺はグレイラット家に生を受けたのだ。

 しかもTS転生だ。

 名前はペトラ。

 ペトラ・グレイラット。

 

 正確な月齢はわからないが、頑張ればずっと座っていられる程度には育っている。

 小エルフことルーシーは俺よりやや大きいが、大きな差はないから、同時期に生まれたとみていい。

 まあつまり、双子ってわけだ。参っちゃうね。

 どっちが姉でどっちが妹なのかわからないが、発育がルーシーのほうが良いせいか、なんとなく、俺が妹として扱われている雰囲気だ。

 

 前世の俺はしがない会社員あるいは大学生だった。

 とでも言いたいところだが、どうにも記憶はあやふやだ。

 男で、ある程度自活のできる年齢だったことは覚えているのだが。

 ルーデウスは生まれた瞬間から前世の記憶があったが、俺は思い出すのが遅れたせいか?

 ちなみに死因も忘れた。

 寝て、起きたら、転生していた。感覚としてはこんな具合だ。

 

 好きな物のことはよく覚えている。

 趣味は筋トレだった。加えてアニメ、漫画全般の記憶が多く残っているのを考えると、俺はいわゆるオタクだったのだろう。

 ラノベはあまり詳しくない。小説を読む習慣がなかったのだ。

 だが、無職転生だけは別だ。

 あの物語には、人を惹き込む力があった。

 うん、覚えてるぞ。Web小説を数日で読破し、流れるように書籍も購入したんだ。

 おかげで原作の流れはだいたい頭に入っている。

 

 ってことは、俺の頭の中をヒトガミに読まれたら終わりだ。

 この時期はルーデウスもまだ使徒か?

 読まれたら最後、未来の救世主ララは生まれず、龍神は従来のループ通り敗北、最悪ルーデウスもその家族も殺される。

 ヒトガミは将来ルーデウスが未来の自分から助言を受けてララの死産を回避、オルステッドの軍門に下って自分と敵対することまで知るわけだからな。

 徹底的に潰しにくるだろう。

 鬱展開待ったなし。

 ……。

 

 どっと血の気が引く。

 冷える頭とは反対に、下のほうがじんわり温かく湿ってきた。

 失禁? 赤ん坊だから無問題だ。

 そんなことより! まずい! 六面世界に原作知識持ち転生って、一番ダメなやつだろ!

 どうすんだ! 俺もルーデウスの家族になったんだぞ! まっさきに見せしめに殺される立場じゃねえか!

 

 ヒトガミちゃん「ざぁ~こざこ♡家族も守れない無能♡死ね♡死ねよ♡」

 ルーデウスくん「鬱だ死のう」

 

無職転生-BADEND-

 

 ああ……。

 最悪だ。

 

 無職転生は読者の視点だから面白かったんだ。

 実際その世界に転生して、自分の人生を謳歌できるかってのは、別問題なんだ。

 転生なんかするんじゃなかった……。

 

 

 

 

 さらに一ヶ月が経った。

 俺はこの世界で生きていく上で、一つの決意をした。

 

 それは、アホになること――だ。

 ヒトガミが見向きもしないようなアホになることだ。

 やつは膨大な未来視の力を持っているが、その力のほとんどを自分の未来を視るのに費やしているせいで、一度に干渉できる人間は三人まで。

 貴重な三枠だろう。

 一瞬でもこいつで一枠を潰すのはもったいない。

 そう思われるようなアッパラパーの子になるのだ。

 

 幸いなことに、物語として世にあったのは、ルーデウスが嫁と4Pをする手前まで。

 ちょっと言い方が悪いな、ヒトガミとの大きな決戦を終えるまでだ。

 その先は、蛇足編等でちょこちょこ拾える情報はあったものの、本筋は未知。

 俺が知らないものはヒトガミだって見れない。

 

 決戦まで乗り切ったら、あとは自由の身だ。

 玄関まで這って大鏡を見たが、俺はなかなか愛らしい赤ん坊だった。

 人族側の血が濃いのか耳は丸いが、グレイラット遺伝子を持つ女児だ。美少女に育つはず。

 ルーシーといっしょにラノア魔法大学に通いつつ、美少女の肉体を満喫するのだ。

 ふふふ、この家は裕福だし、ルーデウスもゆくゆくは各所の要人にコネを持つようになる。

 良い仕事先を紹介してもらえば一生安泰。

 俺はやるぞ。やってやるぞ。

 

「あはっ、見てノルン姉、ペトラちゃんの考え込む後ろ姿!」

「不思議な哀愁があるね」

「最近よくやるんだよねー」

 

 背後から聞こえてくる少女の話し声に振り向く。

 寮生活のノルンは今日帰ってきたのか、そうか。

 前世の記憶によれば、ノルンは十日に一度の頻度で帰省しているような描写があったと思うが、俺の知る範疇では彼女はもっと頻繁に帰ってきている。

 歓迎すべく、床に手をつき尻をあげて立ち上がり、よたよたと歩み寄ろうとしたら、ノルンは感動していた。

 ちょろい。

 ……そんな涙ぐむほど?

 

 

 月日は過ぎる。

 赤ん坊なので当然ながらお喋りとアンヨの練習のほかは何もできない。

 こっそり今のうちから魔術を使い、魔力量を増やす計画も立てたが頓挫した。

 言語が違うんだよ。

 日本語で詠唱文を覚えててもどうにもならねえんだよ。

 アホ作戦を立てたから、ルーデウスみたいに赤ん坊のうちから本を読んで字を学ぶこともできねえし。

 誰か口頭で赤ん坊の俺に詠唱文を教えてくれないかなー、無理だよなー。

 

 

 1歳。

「ルーシーちゅわんはもう1歳でちゅかー早いでちゅねー」とルーデウスがルーシーにすりすりチュッチュしながら言っていたから、芋づる方式で自分の年齢を知った。

 そういえばこの世界、5歳と10歳と15歳の時しか祝わないんだっけな。

 ルーシーはグズってシルフィママンに手をのばしていた。

 威厳など欠片もないルーデウスを見ていると、ルーデウスは俺の視線に気づき、キリッとした顔で襟元を正していた。

 何もかもが遅い。

 

 

 1歳と数ヶ月。

 ゼニスは俺の祖母にあたるわけだが、俺は彼女が苦手だ。

 もちろん、キャラとしては好きだよ?

 クリフ編で、神子を介してゼニスの内心が明らかになるシーンは、涙無しには読めなかったね。

 ただ、ゼニスは迷宮で読心能力を獲得している。人の思考がわかるのだ。

 俺の思考もダダ漏れだ。

 いくら迷宮に囚われてた後遺症でぽけーっとしてるとはいえ、可愛い孫娘の中身が男っていうのも嫌だろうな。

 俺も気まずい。

 そんな感じでゼニスをできるだけ避ける俺だが、周囲はやたら俺たちを近づけたがる。

 この前なんて、しつこくゼニスに俺を抱っこさせるから、ゼニスもとうとうふらっと立ち上がってシルフィに俺を渡しに行ってたぞ。

 腹減ってたんでちょうどよかったけど。

 おっぱいじゃないぞ、柔らかく煮た幼児食だ。

 

 

 1歳半。

 シルフィとルーデウスが何日も留守にしている。

 アイシャやロキシー、リーリャの会話から、二人がケイオスブレイカーを訪ね、そこで発覚したナナホシの病気を治すために奔走していることを知る。

 うちの風呂に入りに来たナナホシは何度か見たことがある。

 無愛想だけど俺やルーシーを相手にする時はちょっと微笑むんだよな。

 恐るべし赤ん坊パワー。

 というか、そろそろか……。

 ルーデウスが日記をつけ始めるのは、ナナホシの病気の対策法を発見し、家に帰ってきてからだ。

 ヒトガミよ、俺の夢には現れるな!

 

 ある朝、白い冷気に誘われて家をハイハイして移動すると、地下室の前にたどり着いた。

 硬く施錠された扉の隙間から、冷気は流れ出ていた。

 ぼーっとしていると、通りかかったルーデウスが悲鳴をあげて俺を部屋から遠ざけた。

 おまけに最近は書斎にこもりきり。食事時にも食堂に現れないことが多く、顔もやつれ気味だ。

 これは……老デウスが来たな?

 そんであの冷気は地下室を凍らせた余波だな?

 勝った。ララの誕生はこれで確約された。

 

 ルーデウスは俺が転生者だと気づくことはなく、疑いすら持つこともなく、ヒトガミは俺を注目する価値もない存在だとみなしたのだ!

 アホ万歳!

 つかまり立ちで縦揺れをしていたら、ノルンが歌って手を叩いて拍子をとってきた。

 なんか、アイシャは満遍なく俺とルーシーの世話をしてるんだけど、ノルンは明らかに俺ばっかり構うんだよな。

 姉妹でできの悪いのが俺だからって、同情されてるのか?

 

 ハハ、気遣いは無用だぜsister。俺のアホは演技だし、仮に魔術か剣術か、あるいはその両方の才能がなくたって、落ち込んだりはしないからな。

 だって美少女が約束されてるんだもん。

 あ、叔母だからauntか……。

 

 

 三ヶ月後。

 俺の知る流れの通り、ルーデウスはオルステッドを殺すべく準備を進めていた。

 そりゃもう長いこと進めていた。

 小説だと一話で済んでいたが、準備期間に費やす3ヶ月も、この体には長い。

 泥沼対龍神戦はたった数時間――いや、もしかしたら数十分も持たない戦いだ。

 これだけの時間と金をかけて用意した兵器や対策を、一瞬でひねり潰される。

 圧倒的実力の差っていうのを、一度拝みたいもんだ。

 俺が戦いを見に行けないのが悔やまれるね。

 

 何かを覚悟した顔で出ていったルーデウスが、嫁に支えられてかえってきた。

 毛髪は真っ白になり、もはや歩くこともやっとという精根尽き果てた状態だが、両腕が、あった。

 俺の産まれる前に始まって終わったヒュドラ戦で失われた片腕が、また生えていたのだ。

 この家にいる三人の魔術師の実力は、この世界では十分高水準に値するのだが、失った四肢を無から再生するほどの治癒魔術の使い手はいない。

 この治癒魔術はオルステッドが施したのだ。

 二人のあいだで仲間になる契約が結ばれたことの証明である。

 よしよし。順調、順調。

 このままの勢いで決戦編までいってくれ。

 

 あとエリスが家で暮らすことになった。

 ギレーヌも一緒だが、彼女はしばらくするといなくなる客人だ。

 幼児の目線から見る猫耳筋肉質高身長剣士は、壁だ。マジで壁。

 ほえーっと見上げていると、「パウロとゼニスに似ているな」とフッと笑って言われた。

 祖父母似かよ。シルフィママのエルフ成分どこいった?

 それにしても、パウロか。墓参りなら何度も家族といってるけど、贅沢を言えば生きてる時に会ってみたかった。

 

「パウロも無念だったろうな」

 

 孫を抱けなくてね。

 

 

 将来の赤ママことエリスが我が家の一員になった。

 正確には、なりそうな雰囲気、だ。

 家族になるための歩み寄りは双方しているのに、決定はしていない。

 なぜそんな生ぬるい状況になっているのか。

 ルーデウスがまだエリスにプロポーズをしていないからだ。

 家長だからな。

 いくら俺たちが歓迎オーラを醸しても、最終的な決定権はルーデウスにある。

 

 ルーデウスはシルフィロキシーとイチャつきつつ、俺とルーシーを構い、ノルンとランニングに行く。

 エリスと目が合えば乙女のように顔を赤らめ、恥ずかしそうに視線を逸らしている。

 少女漫画のように、セーラー服と風に揺れるおさげの幻覚まで見える。

 

 いや、なんでだよ。

 はやくプロポーズしてやれよ。

 なんなら龍神戦の帰途でしておけよ。

 エリスだってなあ、お前から何もアクションがないから不安そうに……は、してないけど、求婚を今か今かと待ってるんだぞ!

 

 ふう、つい熱くなってしまった。

 ヒロインはみんな好きだが、強いていえば俺はエリス推しだった。

 エリスの歓迎ムードに一助するべく、俺はエリスを見かけたら積極的に両腕をVの形にあげている。

 抱っこのポーズだ。

 子供に好かれているというのは、それだけで好印象だ。

 エリスは最初むっつりとして腕を組み俺を見下ろしてきたが、「だっこ!」とおねだりすると、「わ、わかったわ」と抱きあげてくれた。

 子供にたじたじなエリス。新鮮だ。

 まま! 赤いまま! と、無邪気っぽく懐いておく。

 エリスは満更でもなさそうだった。

 

「ルディ、気分はどう?」

「んー、まだ本調子じゃないな。魔力が回復しきってないみたいだ」

 

 ルーシーと遊んでいると、シルフィとルーデウスの会話が聞こえてきた。

 あー、そうだっけ。

 魔力が回復するまで十日だったか?

 で、エリスと正式に夫婦になる。

 そして龍神からの初招集がかかるのだ。

 

 とすると、プロポーズを先延ばしにする気持ちもわかる気がする。

 こういうのは万全の体調で臨みたいよな。

 

「ぱぱー」

「お、ペトラ」

 

 考えてみれば、オルステッドに挑んだのだって家族を守るためだ。

 これから先も守られ続けるのだし、俺もルーデウスには感謝している。

 いっちょ労わってやるかとソファに座っているルーデウスに近づいた。

 

「俺……パパな、今までナイナイしてた左手が生えてきたんだ、見てごらん」

 

 言われなくともわかってるぞ。

 ルーデウスは袖をまくって左腕を見せてきた。

 継ぎ目もない、綺麗に再生された左腕だ。

 

「ぱぱ!」

「! そうだな、高い高いもできるよ」

 

 両手を伸ばして高い高いを要求する。

 子供になったから思い出したが、あれってけっこう楽しいんだよな。

 ささやかな絶叫アトラクションみたいな感じだ。

 

「う」

「ルディ!」

 

 意気揚々と立ち上がったルーデウスは、顔をしかめ、フラッとよろけてソファに手をついた。

 立ちくらみを起こしたのだ。

 

「大丈夫? きついよね、そのまま横になれる?」

 

 シルフィはめちゃめちゃ心配している。

 立ちくらみで大袈裟なとも思うが、目の前で夫が瀕死で死にかける所を見たばかりなわけだし、無理もない。

 

「いや、大丈夫だ」

 

 ルーデウスはすぐに立ち直ったが、顔色はさっきより悪い。

 魔力枯渇で調子が悪いって、マジっぽいな。

 

 最近の俺の魔力量は着実に増えている。

 アホのふりをしてシルフィママのワンドを振り回して遊んでいたら、興味本位、期待半分という顔でロキシーがウォーターボールの詠唱を教えてくれた。

 もちろん俺はアホなのでそこで完璧に復唱することはありえないが、詠唱だけはしっかりと頭に叩き込んでいた。

 

 そして、一人になった隙を見計らい、ひたすら練習。

 初めて成功した時は、その常識から外れた御業に興奮した。

 気絶するまで使ってはバレるだろうから、練習は気絶寸前まで。今では無詠唱でもいけるようになった。

 俺は元々筋トレが趣味だし、体を限界ギリギリまで追い込むのがけっこう好きだったりする。

 だからこの特訓にも耐えられたが、普通の幼児にはとんでもなくキツいだろう。

 この苦行をのりこえたルーデウスの魔力量が一人突出しているのも頷ける話だ。

 

 めちゃめちゃ鍛えて増やした魔力が無くなるんだから、先の戦いで苦労したんだな、こいつも。

 

「るーでうしゅ……」

 

 あ、やべ。呼び捨てにしちゃった。

 まあエリスの真似ってことにすればいいか。

 

 そう思いながら、俺は何気なくルーデウスの手に触れた。

 

「ぉあ」

 

 腕がなくなったのかと錯覚した。

 それほど強い吸引力だった。

 ギュイッと手から魔力は吸われ、吸いとられ、コツコツ増やしたはずの魔力はあっという間に枯渇する。

 

「ペトラ!?」

 

 そうして俺は、意識を失った。

 

 


 

 

 ルーデウスに抱き上げられた子供は、白い顔でぐったりと脱力している。

 何が起こった? 俺は何もしていない、と自問にはすぐに答えが返される。

 さっきまで元気に高い高いをねだっていた子供が、ルーデウスに触れた途端失神したのだ。

 こんなことは初めてだった。

 

「ルディ、貸して、ボクに見せて」

 

 普段から娘をよく見ているシルフィは、子供の突然の体調不良、怪我にも慣れている。

 シルフィは冷静にペトラの顔を覗き込み、呼気や瞳孔の開き具合を確かめ、ほっと息を吐いた。

 

「うん……ただ失神してるだけだよ。とりあえず寝かせて、様子を見ておこう」

「いいいい医者に、シルフィエットさん医者に」

「落ち着いて、ルディ。大丈夫だから」

 

 慌てふためき、宥められる、その最中、ルーデウスは気づく。

 ここ数日体にまとわりついていた倦怠感が軽減しているのだ。

 全回復にはほど遠い。しかし調子はかなり戻った。

 間違いない、体に満ちるこれは――

 

「……魔力が回復してる……?」






ペトラ・グレイラット
自分の魔力を人に与えることができる神子
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