転生したら魔導王の子だった   作:又三郎

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第十一話 生まれる疑念

 アルスの誤解は解けても、荷物を暴動にまぎれて失くした事実は変わらない。おつかいは失敗だ。

 シルフィママはガミガミ怒るタイプではないから、事情を話せば、危険な場所に近づいたことは諌めつつ、まず俺たちの身を心配してくるだろう。

 しかし失敗には誰しも落ち込むものだ。アルスと俺はトボトボと帰路についていた。

 

 何気なく視線を前に投げた。

 俺たちの先を、薪雑把を背負った少年が歩いていた。

 二宮金次郎のようだが、背中の荷は今にも崩れそうだ。

 

「あ」

 

 やはりガラガラと音を立てて薪は落ち、アルスが駆け寄った。拾い集める少年に手を貸した。

 俺はしばし取り残された。

 助けたところで何の見返りがあるのだろう、と、冷徹に考えている己を顧みて、戸惑った。

 いつもなら思いもよらないことだ。

 

 遅れて拾い集める俺に、少年が控えめな笑みを向けてきた。

 よせよ、弟がいなかったら、俺はお前を見捨てるつもりだったんだぜ。

 

 一抱えの薪を、アルスはしっかり抱えている。少年に渡す気はないらしい。

 

「手伝うよ。これ、どこに運べばいいんだ?」

「金はない」

 

 打って変わって、少年は厳しい顔で言った。

 仕事を無理にでも奪い、礼に金銭を要求する小僧だとアルスは思われたのだろう。

 俺たち姉弟の身なりからして、そこまで困窮していないとわかりそうなものだが。

 

「金とかいらねえし」

「じゃあ、薪を返せ」

 

 純然な親切心なのに、哀れアルス。

 率先して拾い集めたのに、感謝の言葉より先に疑いの目を向けられ、アルスはむっとしている。

 

「お金がほしいわけじゃなくてね、私たち、今日だけ寄り道をして帰りたい気分なの。だからこれは暇つぶし。ね、手伝っていい?」

 

 そう優しく言うと、彼はようやく頷いた。

 

 

 少年の言うことには、あと一軒寄ったら今日の仕事は終わりだという。

 この先に産医の家があり、残った薪を全部買い取ってくれるそうだ。

 

「ここ、前に来たことある」

 

 アルスが門を見上げて言う。

 たどり着いたのは、顔見知りの住宅だった。

 弟妹たちを取り上げた産医の家だ。

 弟妹だけじゃない、俺もルーシーも、ここの家の医者に誕生を手助けされたらしい。

 親子共々世話になっているかかりつけ医だから、毎年挨拶に行っているのだ。

 

 子が生まれる時には産婆を呼ぶのが、この世界の常識だ。

 ただし、産婆は迷信深い。魔法都市であるシャリーアには少ないが、まじない頼りで治癒魔術を使えない者さえいる。

 現代日本から転生したルーデウスからすれば、うさんくさい処置ばかり施すのだろう。

 子供と母親に何かがあったとき、専門家がいないと不安。

 産婆は名乗ればなれるが、産医は国が発行した証書がなければなれないからな。

 

 そんなわけで、グレイラット家の出産スタイルでは産婆と産医を両方呼ぶ。

 人体の専門家は医者だが、予想外のことが起きた時は産婆の経験が役立つこともあるのだ。

 

 俺とルーシーもそんな万全の体制の中産まれてきたのだが、当事者としては何も覚えていない。

 幼児期健忘ってやつだ。

 推しの子に転生した某漫画由来の知識を思い出しつつ、薪を買い付けに顔を出した老婆に笑顔で手を振った。

 

 老婆は産医の母であった。

 グレイラット家かかりつけの医者はベテランだ。

 ベテランってことはそこそこいい歳いってるのだから、その母親が老いているのも当然である。

 老婆は顔見知りである俺とアルスの訪問を驚き、そして「寒かっただろう」と全員に熱い粥を振る舞ってくれた。

 人情染み渡るな。

 薪売りの少年は赤くかじかんだ手で椀を受け取っているので、こうして施すのが日課なのだろう。

 

「ペトラ姉」

 

 アルスは伺いを立てるように俺を見た。

 無料で粥だのスープだのが振る舞われているのは、教会の前や街角なんかで、たまに目にする。対象は、食うに困っている孤児や貧民、人からの施しで生きている巡礼者だ。

 いわゆる富裕層の子供である俺たちは、そういうのは食べないように躾られている。

 お前たちは家に帰ればご飯があるのだから、必要な人の分まで奪ってはいけませんってな。

 

 物語としての『無職転生』を読んだ上の印象に過ぎないが、こういう時、少女時代のエリスであったら迷いなく食べてみるだろう。

 そして美味しかったら「おかわり!」多少不味いくらいだったら「まあまあイケるわ!」だ。

 俺が知る赤ママはもうちょっと無口で、理性的である。

 パパは赤ママのこういう成長を横で実感してきたんだろう。

 

 さて、ほっこりと温かいの木椀の粥。

 薪売りの少年はありがたく啜っているが、食うに困らない俺たちまで受けとることを良しとしていいものか、アルスは悩んでいる。

 口をつけていいのか断るべきか、判断を下す大人はここにはいない。俺はパパとママと代わりを求められているのだ。 

 器に注いで持ってきたのを突き返す方が手間だろう。

 ここは遠慮なくご相伴にあずかろうじゃないか。

 俺は自分の持っている椀を、薪売りの少年にあげた。

 

「二人で一杯だよ。いただこう、アルス」

「うん」

 

 ちゃんと後日返礼に行こうね。

 

 戸口で三人、粥を啜っていると、心だけが肉体から離れたように気持ちがふわふわしてくる。

 俺ならぬ俺は、寒風に頬を赤くしながら飯を食べている姉弟を、俯瞰して眺めている。

 そんな気分だ。

 

 家の前に馬車が止まった。

 中から降りてきた中年男にも、俺は「ご無沙汰してまーす!」と明るく声をかけた。産医である。

 

 薪売りの少年は帰り、俺たちは家に案内され、茶まで出してもらった。

 世間話? 任せなさい。

 俺には朧気ながら前世での経験がある。困った時は天気の話でもすればいいのだ。家族も多いし、身内ネタにも困らない。

 アルスは退屈そうだけどな。

 

「うちのパパとママはとっても仲良しなので、また弟か妹が産まれるかもしれません」

 

 両親の仲良しエピソードを披露した後、冗談めかして言うと、「その時はまた私に任せてほしい」と結構ガチの売り込みをされた。

 もう七人も取りあげてもらってるんだし、今更別の医者に浮気したりはしないだろうよ。

 しかし、俺という存在がいる以上確証はないが、原作の通りいけばルーデウスの子が増えることはないだろう。

 次産むのはアイシャだな。

 

「俺、弟がいいなぁ。青ママが産んだらさ、あのさ、全部のママが男生んだことになるからさ、ちょうどいいよ」

「バランスをとらせようとするな」

 

 出産は神聖なイベントだ。

 ママは三人いるが、自分を産んだママは一人。その辺はわかっちゃいるが、子供は授かりもの故選べないことは理解していなさそうなアルスの頭に、軽い手刀をお見舞いする。

 アイシャが産む子はルロイと名付けられる。そのルロイの父親(予定)であるアルスは現在7歳。

 父親になるのは12、3歳の頃だから、あと……えっ? 5年後?

 うっそぉ……早……。

 

 迫る修羅場に心臓バクバクな俺を差し置き、産医は苦笑いで言う。

 

「ロキシー夫人は難産になるかもしれないな。彼女は小柄だから、赤ちゃんの頭や肩が、産道でひっかかってしまうんだ」

  

 と、お産における青ママの負担を子供にもわかりやすく説かれ、アルスはちょっと反省した風だ。

「赤ママならいいですよね?」と、弟を欲しい気持ちは変わらないみたいだけど。

 

「もちろん! エリス夫人は恥骨弓の広さといい、腰幅といい、理想的な体格だ。おまけに痛みに強く、体力もある。あと十人だって産めるだろう」

 

 おうおう、黙って聞いてれば人のママをよ。

 産医はエリスの腰の構造について、興奮して語っている。

 すけべ目的ではなく、医者としての知見だろう。

 パパに告げ口はしないでおいてやる。

 

 しかし、青ママと赤ママの出産適性について聞いたし、こうなると白ママの話も気になるところだ。

 

「では、もう一人の母……シルフィエットはどうですか? 具体的にはあと何人くらい産めそうです?」

 

 興味本位だ。

 エロ目的ではない。というか、この俺がママたちをそういう下衆な目で見ることを想像すると、普通にヘドが出そうになる。

 無理無理無理のかたつむり。こちとら育てられる身ぞ。

 可愛いなと思うことはあれど、胸がほんわかして終わりだ。

 あの三人の可愛さが性的欲求に結びついていいのは、ルーデウスパパだけである。

 

「長耳族は子供ができにくいが、そのぶん肉体の全盛期が長い。出産後の不調も、時間をかけて完全に治してしまう。

 現にシルフィエット夫人は、二人も子を産んだというのに、身体は今も若い女性のままだ。

 数十年、あるいは数百年という間隔で産むのなら、理屈の上では、際限なく子を成せるだろう」

 

 へー。

 エルフより人間のほうが繁殖力が高い、というのはフィクションでよく見た設定だし、この世界でもそうだ。

 個人でいえば、エルフのほうが出産可能回数は多いというのは盲点だった。

 子供を作れる期間がうんと長いのだから当然か。

 

 エリナリーゼばあちゃんだって何十人と子供がいるらしいしな。

 しかしあれはクリフが呪いを抑える魔道具を作るまで、休みなく繁殖行為にいそしんだ結果だ。

 全長耳族がそこまで性欲が強いわけでもなし、結局子供ができやすい人族のほうが繁殖は早い。

 

 ……。

 なんかさっき、聞き逃せないこと言われなかったか?

 なんだっけ。

 産医の言葉が頭のなかでリフレインする。

 

〈シルフィエット夫人は、二人も子を産んだというのに〉

 

 これだわ。

 

「ちょっと先生、数え間違えてますよ」

「え?」

「母が産んだのは三人! 私と、姉のルーシーと、弟のジークハルトです」

 

 俺か? 俺を忘れたのか?

 確かに俺とシルフィママは似てないが。

 エルフ耳組の中に入れずあぶれてしまうが。

 俺をとりあげた医者が忘れなくたっていいじゃないか。

 産医は少しの間不思議そうにしていたが、「あぁ、そうだった」とわざとらしく膝を叩いた。

 中年男のきょとん顔はかわいくない。

 

「そうだった、うん、ペトラ君とルーシー君は双子なのだった。癖でね、双胎のお産は一度と数えてしまうのだよ」

 

 なるほど。

 そんなことなら許してやる。

 

 俺はその後も産医と談笑し、頃合いを見て、アルスを連れておいとますることにした。

 御者を呼んで家まで送り届けようかという提案を断り、歩いて帰る。そこまでの貴族待遇はいらんのだ。

 特に慣れ親しんだシャリーアではな。

 

 傭兵団が町の治安を守ってくれるし、ルーデウスの子が二人で歩いていても、よからぬ事は起きようもない。

 

「寒いね、アルス、姉ちゃんと手ぇ繋ごうよ」

「いいけど」

 

 この時期、空はすぐ暗くなる。

 油断すると冬季鬱になりそうだ。

 早く明るくて賑やかな家に帰ろう。

 

 ていうか、アルスが素直に手を繋いでくるなんて珍しいな。

 一瞬ジークを連れているのかと勘違いしかけた。

 

「あのさー……」

「ん?」

 

 アルスはもじもじと歯切れが悪い。

 どうしたん。

 

「ペトラ姉ってさ、白ママの子じゃないんじゃねえの?」

「なんでさ」

「ルーシー姉とも、ジークとも、耳の形ちがうじゃん。顔もにてない」

 

 俺はアルスの手を振り払い、顔をぐにぐにと揉んでやった。「うぎゃー!」と声が上がる。

 

「お前ー! 人が気にしてることを!」

「似てねえ! 拾われた子! もらわれっ子!」

「でもパパはアルスより私の方が好きって言ってたよ!」

「嘘つき! そんなこと言わねえもん! うそ……うっ……ぐすっ……」

「嘘ぴょん泣かないでごめんごめんごめん」

 

 自分から憎まれ口を叩いてきた癖にべそをかき始めたアルスを抱いて慰め、俺たちは帰路につく。

 父親についてナイーブな時期にあの発言は効きすぎてしまったようだ。

 股間を踏まれた上に、俺にしょうもない嘘をつかれたアルス。

 おかしいな。

 弟に甘々な姉になるぞ、と遠い昔に決意したはずなんだが。

 

 帰宅し、アルスと二人で白ママにおつかいの不達成を謝った。

 呆れられたが、仲直りはできたとして、そんなに叱られなかった。

 次同じことをして買ったものを失くしたら、エリスにお尻ペンペンしてもらうからね、とは言われてしまったが。

 やられたことはあるが、本当に痛いんだ、あれ。

 ペンペンなんて可愛い響きじゃ誤魔化せないほどの威力。ケツが四つに割れるかと思ったね。

 

 ソファに座ると、一人で黙々と遊んでいるリリが目に入った。

 床に伏せたレオの背を、でんぐり返しで乗り越えるのを繰り返している。

 

「姉ちゃんもやっちゃおー!」と参加してレオに不満そうに唸られたいところだが、今日はちょっと疲れている。

 リリがこっちを見たので、笑顔で手を振る。

 

「……」

 

 リリはトコトコと歩いてきて、白い毛にまみれてポサッとした頭のまま、俺の膝に座った。

 リリは静と動でいうなら、静のほうだ。アルスもクリスも一瞬たりとも大人しくはしないが、リリは激しく動き回ることがほぼない。

 後頭部が鼻にヒットしてくる可能性を警戒しなくていいから楽だな。

 

「青ママー、リリの髪とかしてあげたい。ブラシとって」

「良いお姉ちゃんですね、えらいえらい」

 

 俺まで小さい子のように褒められた。

 ちょっと得意になりながら、青い髪の生えたリリの丸い頭を撫でる。

 

「私って、白ママに似てるとこ、ないよね」

 

 ブラシを渡そうとしていたロキシーの手が、ピタリと止まる。

 

「ペトラはルディ似ですからね。容姿が両親のどちらかに極端に寄るのは、混血の子にありがちです。

 わたしもリリを産んだ時、ルディに似ているところをつくづく探したものです」

 

 ロキシーとララとリリは、三姉妹みたいに母娘でよく似ている。

 ララはまだ髪の生え方の癖や黒子の位置が父親似なのだが、リリにいたっては完璧にロキシー寄り。強靭なミグルド遺伝子である。

 

「……気にしてるんですか?」

「うーん」

 

 俺は曖昧に笑って誤魔化した。

 

 

 

 

 家族も、親の知り合いも、俺に隠しごとをしている。

 誰のことも問い詰める気になれないのは、お前はうちの子だよ、あの魔導王の娘なんだよと笑い捨てられそうな気もしたからだ。

 ルーデウスと血がつながっていることは、少しも疑ってはいない。しかし、俺の出生については、何か用心深く隠されている。

 何もないのだと明らかになってはつまらない。そうかといって、母のシルフィエットや姉のルーシーやら弟のジークとはまったく血のつながりのない他人、というのが事実であるのも嬉しくはない。

 彼女らの血族でありたい。矛盾した、奇妙な願望のために、俺は曖昧な靄のなかに、立ち止まるのだった。

 

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