転生したら魔導王の子だった 作:又三郎
ジークも生まれた。
やったー! やったー!
髪は緑色で医者は驚いていたらしいが、可愛い弟だ。
出産直後にシルフィは気を失ってしまったらしいが、容態は問題なし。
産後、シルフィが目覚めて落ち着いたら、すぐに会うことができた。
「ママ!」
何時間もママと離れ離れになっていたルーシーは、即シルフィの隣によじ登る。
ベッドのシルフィママは俺たちに笑いかけたが、出産疲れとはまた違った、無理やりな笑みだった。
「ルーシー、ペトラ。この子は髪が緑色だけど、悪魔なんかじゃないよ。もしそう言ってイジめる人がいたら、この子のこと、守ってあげるんだよ」
おくるみに包まれた赤子――ジークハルトを抱くシルフィは、不安そうだ。
ルーシーにもその感情は伝わったのか、しっかりと頷いている。
「ママ、元気にしてあげる」
俺はシルフィの手に触れ、出産という重労働によって体力とともにわずかに目減りしていた見えざるコップの水を足してやる。
正直、この程度では体調に変化も出ないが、気休めだ。
「どうだ? 赤ちゃん、可愛いだろ?」
「うん」
と、入室してきたルーデウスに俺は満面の笑みで返した。
ルーシーはまだ肌も赤い新生児が珍しいのか黙っている。
ララもアルスも生まれた直後から見てきたはずだが、ちゃんと自我が育ってきてから見る赤ん坊がジークだから、無理もない。
「……何事ですか」
そうして和やかにジークを眺めていると、ふいにルーデウスの硬い声が聞こえた。
顔を上げてみると、狐面の男がいた。
アルマンフィだ。
あれ?
原作だと、ジークが生まれて即来たんだよな?
ちょっとタイミングずれてない?
アルマンフィは、お前そろそろ空中城塞こいよ、ペルギウス様の呼び出しに不満でもあんの? おん? と、いう内容の言葉をルーデウスにくれ、去った。
なんなのよもう。
でも、そうか、ジークの命名イベントかー。
ペルギウスの故郷まで行って、サラディンの名をもらうんだよな。
またしても頑張ってくれ、ルーデウス。
多少シルフィとギクシャクするかもしれんけど、お前なら大丈夫だから!
「ペトラちゃんや」
「なーにパパ」
子供の立場って楽だなあ。
守られてさえいればいいんだから。
弟の誕生にるんるんな俺に、ルーデウスは言った。
「パパはペトラをケイオスブレイカーという場所に連れていって、ペルギウス様という人にお前を見せなきゃいけない。
そこで体を調べられたり、何か質問されるかもしれないけど、ペルギウス様は怖い人じゃないからね。大丈夫だよ」
なんで?
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マジで連れてこられた空中城塞。
手筈はこうだ。
俺をペルギウスのもとに預け、ルーデウスと三ママはジークを連れてペルギウスの故郷を目指す。
転移魔法陣を使うから長期の不在ではないが、彼らが行って帰ってくるまでの間、俺はペルギウスのもとで身体検査を受ける……らしい。
何をされるんだ。
もしや俺がこの世界の未来を局所的に知っていることがとっくにバレていて、頭の中を覗かれたりするのか。
いやだ俺も連れて行ってたも! と、パパママに駄々をこねてみたら、エリスが空中城塞に残りそうになって焦った。
あんた主戦力でしょ。欠けたらダメだよ……。
ルーデウスも「それがいいかも」みたいな顔をするんじゃない。こっちまで不安になってくるだろうが。
「……」
「おじちゃん、怒ってるの?」
「怒ってはいない」
代わりに付けられたのがこの男。
オルステッドだ。
時間が来るまで俺はここで待機するらしい。
与えられたメチャ広で豪華でありながら品の良い客室で、しかし俺はオルステッドから6畳半以内の空間にいる。
だって怖いんだもん。
突然床がパカッと割れて、壁や床に血がこびりついた実験室に強制投下される可能性も無きにしもあらずだ。
「おじちゃん、肩車して」
「ああ」
とりあえずオルステッドには肩車をさせ、そのまま窓辺に近づいてもらった。
この世界では一般的なロンデル窓とは異なる、どちらかといえば現代に近い窓硝子が嵌った窓だ。
雲が見下ろせる。
雲の切れ間から見えるのは、あれは、どこの国の街並みだろう?
壮大なジオラマを見ているみたいだが、全部、リアルの景色なのだ。
ふおおお。高い。高いぞ。
この高さだとオルステッドの身長って正直誤差だから、肩車の意味あんま無いぞ。
そんな訳で床に下ろしてもらい、オルステッドの靴の上に座る。
オルステッドは大木のように静かに動かなくなってしまった。
この男、何でも言いなりだな。「ウニャニャ……」と悔しそうにしていた元猫メイドとは大違いだ。
「肩車してくれてありがとー」
窓の外の風景を堪能した俺は、オルステッドの手をとった。
正確には、中指と人差し指をまとめて握った。
相手の体はコップ。相手はコップ。
そう思い込んでから見ると、中にある水の残量は半分近くに減っていることもわかる。
まだまだ動けるが、ルーシーならそろそろママかお姉ちゃんたち(アイシャとノルン)に抱っこをねだる程度の減り具合である。
オルステッドのコップ自体はとても大きくて、前に見たルーデウスのそれに匹敵するくらいだ。
だから残量が半分とはいえ、その半分は俺の中にある水よりよほど膨大だった。
肩車してくれたし、大木になってくれたし、これくらいならしてやってもいいか。
と、俺の水を分けてやる。
あげすぎると俺が疲れてくるから、ちょっとだけね。
ほいっとな。
「なんだ? 今、何をした?」
「ヒェッ」
すんげー食いつかれた。
おしっこチビるかと思った。
シルフィママみたいに、もっとふわっと流してくれよ。
俺がオルステッドにしたことはペルギウスに伝えられ、この元気玉譲渡現象も含めて俺は調べられることになった。
多少血は抜かれたが、それ以外は痛いこともされず終了。
「お疲れ様やで」「そちらこそやで」というノリで、俺はルーデウスが迎えに来るまで放られた。
子供部屋でルーシーたちとわちゃついてるのが日常だったから、高級ホテルのスイートルームばりの客室もなんだか物悲しい。
そしてペルギウスは俺に魔力を人に移す力があることを俺のパパママに説明した。
あ、ロキシーは先に帰宅済みらしい。魔族だからな。魔族は空中城塞立ち入り禁止だ。
ペルギウスの話を聞き、ルーデウスはメッチャ驚いていた。
俺も瞠目して衝撃発言をしたペルギウスを見上げていた。
俺が今まで水をイメージして周囲の人に分け与えていたものは、魔力だったらしい。
つまり元気玉譲渡の実態は、魔力譲渡だったのだ。
この世界にそんな魔術や技術はない。
現状、俺一人にできる芸当というわけだ。
神子……ってコト!?
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「うぅ……ごめんね、ボク、気づかなくて。ペトラがルーシーに魔力をあげてるところは何回も見てたのに、ただルーシーがペトラを大好きだから元気になってるんだと……」
「誰が悪いとかじゃないよ、これは。普通は気づけないって。俺も昔スルーしちゃったしさ……」
母親であるにも関わらず、我が子として見ていたはずのペトラの状態を正確に把握できていなかった失態を、シルフィは恥じていた。
ボクがペトラを愛していないと思われるのではないか──少し前であればそんな不安が心を占めただろうが、今はそんなことはないと知っている。
ただ申し訳なく思うのは変わらないので、しょんぼりとエルフ耳を下げるシルフィである。
そんな彼女を慰め、ルーデウスはペルギウスに視線を移した。
エリスとペトラを別室に移し、ペルギウスとルーデウス達は話を続けていた。
ペルギウスはクッと笑う。
喉の鳴らし方、上げる口角の角度、どれをとっても帝王の風格を持ちながら、その姿は新しい発見を喜ぶ子供のようにルーデウスには思えた。
「我は迷宮による力だと思う」
「どうしてですか?」
ルーデウスが訊ねると、ペルギウスは「母親と子供のあいだには感応力が存在する」とさらりと話し始めた。
「胎内にいるとき、母親の血は、胎児の体を流れる。母親の思考が胎児の思考になる。母親の苦痛は胎児の苦痛。母親の快楽は胎児の快楽。
十ヶ月のあいだ、感覚をつねに共有するのだ。胎児が体外に出て母親と切りはなされても、感覚を共有する力は残存する」
ジークを抱いたシルフィはぎくりとした。
母親の苦痛は胎児の苦痛。緑の髪の子供がいじめ殺される悪夢に苦しむ時、この子も苦しんでいた?
胸の内の罪悪感を殺し、「私の母が死んだ時を私は知りません。何も感じませんでした」とシルフィは反論した。
「共感の力は、ふつう年とともに薄れるのだ。ペトラ・グレイラットは、胎児の感応力を持続している。
無論、迷宮は苦痛も快楽も感じ得ない。しかし、こんな説はある。〝餌のない迷宮で魔物が生命を維持できるのは、迷宮が魔物に魔力を与えているためだ〟」
膝の上の拳を握る。ルーデウスは彼の考察を理解し始めていた。
「……ペトラは、迷宮の胎児だった。だから力を――魔力を与える力を、
「うむ。我は〝迷宮の子〟に興味が湧いたぞ。魔力を与える力は、感応力と同様に年とともに薄れるのか? 迷宮の子の私物に、魔道具化したものはないか? どうなんだ、ルーデウスよ」
「違います」
ルーデウスは思わず立ち上がる。殺気立つ下僕を片手を上げるのみで止め、ペルギウスは話を聞く態度をとった。
「ペトラは、確かに迷宮にいた事はありますが、迷宮の子ではありません。人間の母親から生まれた、人間の子供です」
父母も、自分の名前も知らなかった。
すべてを失って転生したペルギウスには、ルーデウスが何に拘るのか、これまで重ねた人生の経験で推論することはできても、共感という形で理解することはできない。
「貴様がそのように扱うのであれば、我も最大限尊重はしよう。また何かあれば連れてくるとよい」
「ご配慮痛み入ります」
ルーデウスの知るペトラは、女の子にしては多少ガサツなところが垣間見えるが、活発で可愛らしい娘だ。
ずっと家にはいられない自分に代わり、ペトラにルーシーと同じだけの愛情を注いでくれるシルフィには頭が上がらない。
シルフィが許してくれたからこそ、ペトラがルーシーと同時期に生まれたことで辻褄を合わせられたからこそ、ルーデウスは、この秘密を墓場まで持っていくと決めた。
あの子を育てられなかった両親の分も、俺が育てる。俺が父親になる。
それが最善であるのかはわからない。子供から本当の父母を奪う残酷な行為だと指摘されたこともあった。
しかし、真実を告げ、我が子たちの横で寂しい思いをするペトラがいてはならないのだ。正しいことは、必ずしも子供の幸せに貢献しない。
そう、ルーデウスは確信している。
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齢4歳にしてオルステッドコーポレーションでの無期雇用が決まったペトラちゃんですこんにちは。
お仕事内容はオルステッドの魔力を回復させること!
体液交換とか、房中術でとか、えっちなことは無しだぜ。
やり方は簡単だ。おててを繋いで自分の魔力をオルステッドへ移すだけ。
それだけで、本来亀よりも遅いスピードでゆっっくりほんの少しずつ回復していたオルステッドの魔力は一瞬で回復し、魔術も使い放題。
ただ、元々持っている魔力総量の違いで、俺の全魔力を注いだってオルステッドの100パーには届かないのが悲しいところだ。
そのため、俺の負担にならない程度にオルステッドに魔力を与え、減った分が回復したらまたオルステッドへ、というやり方で俺はオルステッドの生ける魔力ポーションになった。
従業員に無理はさせないホワイト企業である。オルステッドが味方には人道的な男で助かった。
どちらかというと、これと並行して行っている家での魔術訓練のほうが疲労が溜まる。
小さいうちに魔力をたくさん使うと、成人後に鍛えるより魔力量が爆発に増えるっていうアレな。
知ってた。
俺の魔力をとにかく増やした方がいいってことで、隠さずできるようになったのはいいんだが、その分手抜きやサボりが許されなくなった。
昔は筋トレだと思って励んだ魔トレ(魔力トレーニング)だが、魔力量の増幅は、筋肉には何も関係がなかった。
腹筋が割れたりもしない。
筋肉に栄養という名のATPを与えるのに余念がないルーデウスパッパの横で肉体強化に勤しむが、同じトレーニング量をこなせるわけがないし、俺の体はぷにぷにのままだ。
女児だから筋肉がつきにくいんだろうな……。
俺の就職先について、一応、「他にペトラのやりたいことや進みたい道を見つけたら、パパが全力で支援するからね。ペトラのなりたいものになっていいんだよ」とは言われている。
俺はアホ面で「しえんってなーにー?」と返しておいた。
今のところ、生き延びる以外にこの世界でやりたい事はないし、オルステッドの魔力タンクになるだけで一生生活できるなら、このままでいい。
幸せになりたい、楽して生きていたい、a beautiful starだ。
余談だが、ジークはやはりサラディンの名をもらったらしい。
ジークハルト・サラディン・グレイラット。
イカしてるね。英雄として大成しそうな名だ。
「わああぁぁん!」
おっと、弟が泣いている。
ジークではなく、アルスのほうだ。アルスがジークに腕を掴まれて泣いている。
ルーシーが知らせ、シルフィがすぐに二人を離し、俺はアルスの腕にできた痣を治癒魔術で治してやった。
ジーク君はラプラス因子のせいで怪力だからな。
「痛いの痛いのとんでけー!」
おまけに患部を撫でてポイッと痛みを飛ばす真似をすると、アルスはグズグズと鼻をすすりながら泣き止んだ。
顔にハンカチを押しあてる。
ほれほれ、チーンしなさい。
まだ自我の薄いジークはぽやっとしている。
この可愛い弟たちが、将来はかたや駆け落ち、かたや定職につかずフラフラするイケメン兄ちゃんになるのか。
でもお前ら、立派だよ。
アルスはお嫁さんを命をかけて守る。
ジークはニートでも、引きこもらず陰ながら人助けするんだもんな。
ペトラの産みの母親はシルフィではありませんが、ルーデウスと血は繋がっています。