転生したら魔導王の子だった 作:又三郎
サブタイトルが最終回だけど全然まだ続くよ!
ノルンが魔法大学を卒業した。
保護者席から俺も見物した。卒業式後に行われた闘技大会の優勝者に贈呈された、ほっぺちゅーも見た。
ギャラリーは大盛り上がり、ほっぺちゅーをもらった男は汗と血に塗れながらも「一生の思い出にします!」なんてキラキラした瞳で言っていた。
ふふん、ここにいる奴は誰も知らないだろう。
ここにノルンのほっぺちゅーを日常的に受けている、祝福されし存在がいることを。
お風呂もいっしょだし、枕を持って部屋を訪ねると添い寝だってしてくれるんだぞ。
内心で勝ち誇っていると、ノルンが顔を赤くして口元をゴシゴシしながら保護者席の俺たちのもとにやってきた。
「おめでとうございます、ノルン様。ご立派になられましたね」
「……」
嬉しそうなリーリャと、表情は動かないがやはり嬉しそうにノルンの手を握るゼニスばあちゃん。
「おめでとう、ノルンお姉ちゃん!」
「めっとー!」
祖母たちにならって祝福するルーシーと、走ってどこかに行かないようにルーシーに手を繋がれているアルス。
ララはレオの背だ。
「お疲れ様、ノルン姉。卒業したけど、これからどうするか決めてるの?」
「魔術ギルドに誘われてるけど……まだ迷ってます」
「ふーん、まあゆっくり悩んでいいんじゃない? お兄ちゃんならそう言うだろうし」
ノルンを労りながらも、現実的なアイシャ。
腕にはジークを抱いている。
「ノルンお姉ちゃん、おめでとう! 今日からいっぱい遊ぼうねー!」
なんやかんや一人身軽な俺は、ノルンに飛びついた。
卒業後どうするか決めてないってことは、家事手伝いの名目でしばらく家にいるってことだよな。
嫁に行く前に俺を構い倒してくれや。
ノルンの送別会は別日にずらしたらしい。
今日は家族で過ごす日だ。
アイシャが「ノルン姉もノルン姉なりに頑張ったみたいだからね~?」と言いながら、あれこれ夕飯の品目を増やしていた。
昔なら「〝なりに〟って何!」と突っかかっていただろうノルンも、苦笑いで受け入れている。
少女の成長は早い。
俺が赤ん坊の頃は少女だったノルンも、もう大人の女性だ。
「パパ、今日もいないの? ママも……」
「みーんな、ルーシーちゃんたちのために頑張ってるんだよ」
アイシャは歌うように言い、しょんぼりしかけたルーシーの頭をひと撫で。俺はあとでルーシーの傍にいてやることにした。
ルーデウスは、そもそも今日がノルンの卒業式だったことを知っているのだろうか?
ルーデウスパパも三ママも、最近は家にいない。アイシャも彼らを手伝うためか、ちょこちょこ家を抜けている。
言わずもがな、決戦が近づいているのだろう。もう始まっているのかもしれない。
無事に帰ってくると信じよう。
俺がいることでバタフライエフェクト的な現象が起きて、誰か死んだりしませんように!
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ノルンをルーシーが送り出した。
彼女はこれから、兄のもとに行き、ルイジェルドや他のスペルド族の看病に尽力するだろう。
ノルンは医者ではないし、天才でもない。看病はノルンにしかできないことではない。
誰にでもやれる仕事だ。
でも、ノルンは行動したのだ。
発奮したルーシーに背中を押されて。
「ひっく……ふえ……」
クローゼットの中を覗くと、ルーシーがひとりで泣いていた。
パパはいないし、ママはいないし、リーリャやアイシャは人の介助が必要なゼニスや、もっと小さな子につきっきり。
ルーシーは着替えもご飯もひとりでできる年齢だけど、まだ保護者が必要な時期だ。
一番構ってくれていたノルンも、遠くへ行かせてしまった。
寂しいだろうな。
「私がいるよ、ルーシー」
「……」
涙を擦って真っ赤になった目元を晒して、ルーシーはこちらに手を伸ばしてきた。
温かい体をしっかりと抱きしめてやる。
一時でもこの子の支えになれたなら、それだけで俺が生まれた意味はある。
そう思った。
草の根を踏み分けて、一人の女性が灯りを持って歩いていた。
彼女が行くのは未踏の森で、装いは旅慣れた者のそれである。
魔界と恐れられる森である。古怪な巨木が密生する一帯では、たとえ昼間であっても陽のかけらも射ぬだろう。
魔物や魔獣が跋扈する樹海を、夜に、一人で歩く。
それが可能な時点で、女性が相当な実力者であることがわかる。
年は若くない。魔物や人を迷わせる樹海は敵ではないが、老いによる体力の衰えには逆らえず、美しかった頃の面影が残る顔を時々疲労に歪めながら、進む。
まるで人を拒むように何重にも張られた結界を突破し、彼女は辿り着いた。
森の拓けた場所にぽつんと建つ茅屋からは、不気味なほど、人の気配は感じられなかった。
家主は死んでいた。
下半身は無く、残った上半身すら、内臓をほとんど失っている。
床一面に描かれた魔法陣の効力はとうに切れ、家主の残骸は、その上に投げ出されるように伏していた。
死後数日は経ったのだろう。抱き起こした屍体の乾いた顔の膚を、松明は照らす。
揺れる松明の弱い灯りは目鼻立ちを明確にしないが、お父さん、と彼女は思い当たった。
よみがえるのは、幼い頃のほんの数年に渡る記憶だ。
彼と離れた後の人生は、不幸ではなかった。そして尋常の子供は、現在が楽しければ過去は振り返らぬもの。
しかし数十年のうちの、たった数年の思い出を捨てきれないのは、一時期でも自分の父親になろうと努めた彼の優しさが忘れられないからだ。
そして忘れるには、彼女の頭脳は人より優れていた。幼少期の記憶にある青年と、修羅のような人生によって顔つきも変貌してしまった老爺が同一人物であると判別できる程度には。
そのために、連れ合いもなく、子も持たず、こんな年齢まできてしまった。
「お父さん……いえ、」
──さん。
呟いたのは、男が生きている間に呼びかけることができなかった言葉だ。
自分は彼に父を求めていたのか? 兄を求めていたのか? それとも、異性として愛していたのか。
それだけが、今でもわからない。
ルーデウス・グレイラットは過去への転移に失敗した。
彼の研究は遺された手記を解読したペトラが引き継ぎ、十数年後、彼女は時間遡行術を完成させた。
ルーデウスを過去に送り、彼の最愛の者たちに再会させたい。
その一心で、ペトラは神子たる己の魂を使い潰すことにした。
彼女の行方は、誰も知らない。
「うわっ!」
自分の大声で目を覚ました。
ベッドから体を起こすと、頬がベッチャリ濡れていた。
「ワフッ」
「レオ……?」
ベッドに顎をのせたレオが俺を見上げて鳴く。
するとこの頬のヌルヌルは、レオの唾液だ。うなされるか寝つきが悪かったかして、頬を舐めて起こしてくれたのだろう。
カーテンの向こうは明るい。
ルーシーたちはいなくて、部屋ではララだけがすやぴーっと寝ていた。
「あー……やな夢みた……」
具体的に思い出すことはできないが、とにかく悪い夢だった。
小っ恥ずかしい過去を思い出して顔を枕に埋めてジタバタするような感じではなくて、思い出すだけでじんわりと落ち込むような記憶をシアターで上映されたような、嫌な感覚だ。
顔を洗って食堂に行くと、台所で片付けをしているシルフィがいた。
「おはよう、ペトラ。朝ごはん食べなね」
「はーい、白ママ」
俺専用のクッションを置いて座高を高くされた椅子に座り、残っていた朝食を食べる。
三ママが帰ってきたのは、つい先日だ。
ルーデウス、ノルン、アイシャはまだビヘイリル王国に残っているが、身内で亡くなった者はいない。
ヒトガミに接触して原作知識を読まれることのないまま、俺は最終回を迎えられそうである。
「ごちそうさま!」
朝食を食べ終えたら、することがない。
いつもなら魔術の訓練や勉強が始まるのだが、ママたちは長らく家をあけたことに負い目があるようで、俺もルーシーも勉強と訓練からしばらく放免され、つかの間の暇をのびのびと過ごしている。
のびのびのーび。
エリスは庭で素振りをしてるし、ロキシーはまだ寝ている。
夢見が悪かったし、ロキシーのベッドに潜り込んで一緒に寝てやろうかな。
目を覚ましたロキシーに、俺は言うのだ。青ママってねぼすけさん!
素振りするエリス、ねぼすけロキシー……わりと日常だが、もしかしてこの感じ、今日がルーデウスの帰宅日じゃないだろうか。
でも、ルーデウスが帰ってくるのって早朝だよな。
今は午前中だが、それなりに日は高い時刻だ。
まさか、帰宅途中で何かあったんじゃ……。
おのれヒトガミ!!
「パパ!」
一階にいるルーシーの大声が耳に飛び込んできて、俺はバッと顔を上げた。
ロキシーの部屋の前から、走って階段をかけ下りる。
途中で立ち止まった。
踊り場からは玄関先が見下ろせる。
そこには、ルーシーを抱いて頬ずりするルーデウスと、彼を迎えるリーリャとゼニスがいた。
リーリャはまた泣いていた。
ルーデウス、また髪の毛が真っ白になってるな。
また枯渇するほど魔力を使い果たしたんだ。
怪我だってたくさんしただろう。
けど、終わったんだな。
よかった……。
「ペトラ! ただいま!」
その場を去ろうとして、ルーデウスに呼び止められる。
ルーシーを横に下ろし、そんな風に両腕を広げられては、行かなきゃ空気がぶち壊しだ。
「パパー!」
いいんだいいんだ。
俺は六歳の子供なんだから、父親の帰宅を大げさに喜んでみせたって、何もおかしくない。
「……」
抱き上げられて、ローブの首元につかまる。
ルーデウスはしばらく俺を見つめた。
何か言いたげだ。
「パパ、どうしたの?」
そう言って促してやると、「夢を見たんだよ」と、ルーデウスは話し始めた。
夢か。奇遇だな、俺も見たよ。
「その夢では、ペトラはパパとママじゃない人の子供だった。パパは夢から覚めるために、ペトラから、お母さんを取り上げなきゃいけなかった」
冥王ビタの夢は、もっと違う内容だったはずだ。
三ママ以外の女性と結婚した未来、そしてゼニスが健常のまま救出されたもしもの未来を、ビタは見せたのだ。
だからこれは、ルーデウスが個人的に見た夢だろう。
「ごめんな」
ルーデウスは酷い悪夢を見たような語り口で、俺に謝った。
しょせん夢だろ? そんな申し訳なさそうにしなくていいのに。
「なあ、ペトラ。俺がお父さんで、お前は幸せか?」
昔にも同じことを聞かれた。
あれはそう、確か、ジュリだった。
あの頃から、俺の答えは変わらない。さらに今は、俺の知る歴史も完走済みだ。
決戦を無事に乗り切った喜びも手伝って、幸福も倍である。
「幸せ! パパが私のパパでよかった!」
ルーシーを手本にした娘のロールプレイも板についてきた。
というか、これは「ああ言えば可愛いだろう」「こう振舞えば愛らしいだろう」という思惑を巡らせるより先に出てきた俺の言葉で、本心だ。
笑顔で答えると、ルーデウスも笑顔を作り、そして泣きそうな顔をして、俺を強く抱きしめた。
そんなに嬉しかったのか?
やっぱりルーシーは「ぼくの考えた最強にかわいい娘」だ。
なんにせよ、よかったな。
ルーデウスに心を折られたヒトガミは、あと数十年は派手な妨害をしかけてくることはない。
水面下で色々策を講じはするみたいだが、うちには「夢のお告げに従うべからず」という家訓もあるし、ひとまずは大丈夫だろう。
身内が誰か死ぬこともなく、不幸になることもなく、俺の知る物語は一つの終焉を迎えた。
だけど、ルーデウスたちの人生はこれからも続くし、俺の人生も続く。
これまでとやることは大幅に変わらないが、俺ももっと、何も考えずに生きよう。
ルーシーと魔法大学に入学したら、原作では詳しく書かれなかった分野の勉強をしてみるのもいいかもしれない。
アイシャとアルスが駆け落ちせずとも結婚を認めてもらえるように、できる範囲で手助けしてもいい。
それくらいの介入は許されるだろう。
さて、こっからは夫婦水入らずの時間だ。
子供たちは邪魔をしないように、ララも起こして外にでも遊びに行こう。
「ゼニスおばあちゃん、いっしょにお散歩いこー」
「……」
保護者は必要だ。
ゼニスが望んでいることは、リーリャもノーとは言えない。
俺はゼニスの手を握った。ゼニスは喋らないが、「いいわね」という雰囲気だ。俺にはわかる。
「母さん、ペトラのことは、俺に任せてください」
「……?」
ゼニスはふわふわとした雰囲気で首をかしげ、ルーデウスの頭に両手を伸ばし、ゆっくりと撫でた。
ルーデウスも、突然なんだ。
任せるもなにも、俺はお前の子だ。他にも養い育てなきゃいけない子供は四人。後々六人に増えるが、俺以外にもいるんだぞ。
まあいいや。
とりあえず散歩だ。
おっさんぽおっさんぽ、たっのしいなー。
翌日。
たまたま日中にルーデウスたち夫婦の寝室の前を通りかかったら、すんげー女の人の喘ぎ声が聞こえてきた。
気まずくて女の人とボカしたが、要はママたちの営みの声だ。
いや、4Pは翌日にズレ込むんかい!
とりあえずハッピーエンド。
ルーデウスは娘に「お兄ちゃん」と呼ばれる夢でも見たんでしょう。